ep2
満たされると書けなくなる。行きたかった場所に行ったとき、読みたかった本を読み終わったとき、数日呆然としてしまい曲が書けなくなる。そのあとに爆発的なエネルギーで数十時間寝食を忘れて創作に没頭するのだ。やりたいことをやり、書けなくなり、書き続けるというサイクルは一週間かかるため用事がないタイミングで行っていた。しかし出会いとは突然で、Luait Lit に一晩でときめいてしまった。起きたときから書けない日だと確信した。
ゼリーで朝食を済まし、軽く運動をする。シャワーを浴びてピアノに向き合う。毎日の動作だが、なぜかすべてが新鮮に感じた。足元が覚束なくどこか浮足立っているようだった。
「エナすげー……」
どうせ今日はもう動けない。数日後の創作中に倒れないよう、体調を整えリラックスすることが重要だ。
テレビにLuait Lit の toneを映し、MV以外の企画動画をすこしずつ見進めていく。ステージとは違い、ゆるい雰囲気で見ることができる。親しみやすい笑顔を浮かべた彼らは墨名の疲れた心を癒やす。末っ子メンバーを可愛がるエナ、メンバーとふざけるエナ、遊園地ではしゃぐエナ。ステージの激しいダンスを踊るエナと同一人物だということが信じがたいが、どのエナも魅力的だった。
まだ日が高いなかシャワーを浴び、昼食を摂った。シンプルなサンドイッチだが、この質素さが好きなのだ。食に対してはどうも真剣になれない。サンドイッチを食べきった時、その瞬間はきた。
急いで歯を磨き部屋を完全に締め切る。座る時間も惜しいとばかりに席につき、音を見ながら曲を組み立てていく。こうなってしまえば周りの音は聞こえない。
墨名が部屋から出てきたのはそれから3日経った日の朝だった。
歯を磨き、風呂に入り、水を飲みゼリーを流し込む。ようやく人間らしくなったところで深々とため息をつき、ベッドになだれ込んだ。
「どうですか?」
「全体的にふわふわしてますね。なんか良いことあった?」
試しにマネージャーに聴いてもらうと、すべて見透かされているようだった。
「曲数も前回の2倍くらいあるし。前回はデンマークだっけ?今回はどこ行ったんですか?」
「今回は旅行じゃなくてtoneです。かっこいいアイドルがいて」
「ほぉ〜詳しく」
マネージャーの目がキラリと光る。好奇心半分、旅行より効率的なtone鑑賞への興味半分といったところだろう。
「Luait Litのエナ、この人です」
luxのエナのアカウントを表示したスマホを見せる。
「おぉ、ルトリだ。この人最近よく見ますよね。墨名さんより背高くないですか?顔も綺麗だし。派手髪似合うの羨ましー」
「寧々さんも綺麗な髪色じゃないですか。よく似合ってますよ。それにエナはビジュアルだけじゃないんです。作曲もしてて、センスあって。衝撃が大きすぎていつもより浮かれてたかもしれないです」
「良いことじゃないですか。いつもと雰囲気違う曲も素敵だし。このまますこしずつ色々なスタイル試していくのも……」
あっ、と寧々が声を上げた。そのギラついた瞳に墨名は怯んでしまう。普段はギャルのような彼女だが、やるときはやる。かなりのやり手だ。そして何をするのか、その時まで分からない。
寧々が伝票を手に立ち上がった。
「行こう墨名さん。お寿司がいい?ローストビーフがいい?私は大トロが食べたい気分です」
「お寿司ね、わかった……」
お寿司のお会計は今寧々が持っているカフェの伝票の十数倍になるだろう。これは大変な仕事を任せるから頑張ってねという寧々なりの激励なのだ。前回のトラウマを思い出し苦い顔をしつつ、その店のサーモン提供の有無を寧々に聞いた。
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