テディオルカ
背尾
ep1
「誰これ!?」
墨名は急いで投稿者のプロフィールを開き、過去の投稿をチェックした。
インスタントカメラのイラストのアプリアイコン。luxは墨名にとって重要なsnsだ。作品を投稿したり、様々なジャンルのクリエイターの投稿を確認しアイデアを集めたりすることができる。
そのアカウントの男は素晴らしいスタイルに暗い色の衣装を身に纏っていた。スクロールしていくと数人の男達と写っている写真もあった。どうやらグループ活動をしているようだった。プロフィールの英文からして世界中で活動しているのだろう。一桁のフォロー欄には見覚えのあるグループ名があり、そこでようやくその男がアイドルであると気付いた。
フォローし、急いで動画サイトtoneを開き公式チャンネルのミュージックビデオを片っ端から見ていった。デビュー当時のあどけなさが残る顔、1周年2周年と時が経つにつれ成長していくパフォーマンス。5年目となった現在では3か国語を使いこなし、アイドル活動以外にもモデルや作曲家として活動している。チャンネル内のほとんどの曲のクレジットにその男――エナの名前が載っていた。
墨名は特に重低音が特徴的な代表曲に心惹かれた。ややハイテンポかつ低音が響く。どう踊れば決まるのかわからないような曲でもエナはすっかり踊りこなしていた。ポップミュージックをここまでエンターテイメントとして盛り上げているということに感動した。
墨名自身も音楽で生計を立てており、現在は何不自由ない暮らしをおくっている。23歳ながら身の丈に合うか合わないかといったところの都内のマンションに住み、欲しいものは何でも買うことができる。しかしどこかに埋まらない穴があり、日々少しずつ何かがこぼれ落ちていくような感覚があった。今この瞬間、その感覚はぴたりと止まった。
25時になったにも関わらず涙がこぼれてこない。毎日、理由もわからず涙が出るのだ。十数分タオルを当てて音楽を聴いたり寝転んだりと、墨名にとっては良いデトックスタイムとなっていたのだが。
「エナすげー」
思わず軽く笑ってしまう。数年続いていた習慣すら一日で変えてしまうのか。初めてギターに触れた時のような、初めてソルフェージュを終えたときのような、小さな子どもに戻ったかのような気分だった。世界の色のフィルターが変わって心拍数と体温はいつもより少し高く、なかなか寝付けない。テレビ画面に動画サイトを映す。
その晩、エナが所属するグループ「Luait lit」(ルットリット)のMVやトレーラーをすべて見尽くした。淡い空に浮かぶ月から垂れた蜂蜜に包まれ揺られるように心地よい夜だった。
カーテンの隙間から射し込む朝日で目を覚ますと、目の前にエナがいた。toneを観ながら寝落ちしてしまったのだろう。これまでで、最も幸せな朝だ。
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