第47話 45、ミシェルとテニス

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 ニューマンは1ページを4秒の早さで本を読んだ。

いつもよりずっと遅い。

著者ミシェルは没頭しているニューマンの横顔をじっと見つめていた。

ニューマンは20分ほどで読み終えた。

その本はB5サイズで342ページ、総文字数が40万字程度の本だった。

ニューマンは読み終えると内容を反芻(はんすう)するように本の表紙を見つめていた。

 「どうでした。」

著者ミシェルがおずおずと訊(たず)ねた。

「私は素晴らしい作品だと思いました。主人公のマーヤさんはミシェルさんですね。誰も戻って来られない死の深淵に向かって出発するマーヤさんの心情がよく分かります。」

「ありがとうございます。」

 「・・・この作品は比較的初期の作品ではありませんか。」

「どうしてそう思われたのですか。」

「断崖の向こうに関する記述が少し曖昧だからです。一昨日語られた14次元世界観が記述されていないと思いました。」

「その通りです。この作品は私の処女作です。まだ14次元の構想は出来上がっておりませんでした。」

「そうでしたか。関連したストーリーを書き続けることにより次第に主張したい主題が明確になって行くのだと思います。」

「そうですね。」

 「この本は頂いても宜しいですか。」

「・・・はい。どうぞ蔵書の一つに加えてください。」

「私は写真的な記憶ができます。本の内容は正確に記憶されております。いつでも思い出すことができます。でもありがたく頂戴します。ミシェルさんの心ですから。」

「まあ、私の心が奪われたのですね。でも本などなくても心が奪われる場合はあると思います。」

「同感です。不思議ですね。・・・庭を一緒に散歩しませんか。」

「そうしましょう。」

 二人は徒歩で庭園を巡った。

ニューマンは若く5m以上跳躍でき抜群の運動神経を持っている。

ミシェルは300㎏の体重があり、常に浮遊して金属の体を支えている。

どちらも介助の必要は全く無い。

それでもニューマンは池の飛び石を渡る時はミシェルの手を取り、ミシェルは当然のようにニューマンに手を差し伸べて補助を乞うた。

ミシェルの手は細く暖かく柔らかだった。

 やがて二人は手を繋いで歩くようになり、やがてミシェルは寄り添ってニューマンの左腕を右手で抱えながら歩くようになった。

ミシェルの張った乳房がニューマンの左腕を押し付けた。

もちろんニューマンもそんな状況に異存はなかった。

その日、ニューマンは夕方までミシェルと過ごした。

 「ニューマン、今日もミシェルさんに会いに行くの。」

母、シークレットが朝食の時に言った。

「そうする予定だよ、母さん。ミシェルさんと一緒にいると楽しいんだ。恋をしているのかな。」

「どうもそうみたいね。まあ経験だから一生懸命恋をなさい。」

「了解。」

 ニューマンとミシェルの会談は日本庭園の散策からテニスの試合にまで広がっていた。

ミシェルの書いたSF本を読んだ読後の感想の中でテニスの話が出て来たのだ。

ミシェルの話によればホムスク星でもボールゲームは盛んだったがロボットがスポーツ競技に参加することはなかった。

もちろんローマの剣闘士のようなロボット同士の殺し合いの戦いはあったがロボットが生物人間とスポーツをすることはなかった。

あまりにも能力の差が大きかったからだとホムスク人は言っていたらしい。

 ニューマンは普通の人間よりは素早く動くことができるし筋力も比較できないほど優れている。

一方ロボット人ミシェルは人間より素早く動くことができ、筋力は桁違いの力を出すことができる。

生物人間ニューマンはミシェルにテニスの試合を申し込んだ。

 ミシェルは喜んでニューマンの申し込みを受け、急遽(きゅうきょ)日本庭園の外れをテニスコートに変えた。

二人はテニスコートができるのを眺めた。

最初にロボットが空中に出現し、分子分解銃で地面を平に整地した。

次に地面近くの空中に芝生が出現し次々に落下して芝生の絨毯になった。

何かの液体を撒いてからローラーで芝を押さえつけた。

ロボットは分子分解銃でポールの位置に穴が開け、空中に出現したポールを穴に嵌(は)めた。

ポール先端のスイッチを押すとポール間にはナノロボットのネットが張られた。

着替え用のハウスとベンチとテーブルとパラソルがポールの近くに設置された。

 「こんなこともできるんだね。」

テニスコートができるとニューマンが言った。

「ホムスク帝国ではテニスが盛んでした。電脳のメニューの中には『テニスコートの設置』が入っております。ニューマンさんの宇宙船の電脳に言えば簡単にテニスコートができます。」

「了解。・・・初心者ですがお相手願えますか、ミシェルお姫様。」

「お相手しますわ。私も初めてです、ニューマン王子様。」

 ロボットがニューマン用のテニスウエアとテニスシューズとテニスラケットとボールを持って来た。

ニューマンはハウスの中でテニスウェアに着替え、次にミシェルが着替えた。

ミシェル用のテニスウエアはなかったが小屋から出て来たミシェルは白系の短いスカートと半袖のシャツを着て出て来た。

自在に姿を変えることができるナノロボットのなせる技だった。

ミシェルの白くきめの細かい細い腕と薄い膝蓋骨を持つ白くまっすぐの脚が美しかった。

 ニューマン達はホムスク帝国のテニスをした。

ニューマンはミシェルからホムスク帝国ではロボットはテニスができないと聞いたのでホムスク帝国のテニスをすることにしたのだった。

ホムスクテニスのルールは地球テニスのルールとほとんど変わらなかったし、コートの大きさもほとんど同じだった。

テニスのレクチャーを映像で受けてから初心者同士のテニスが始まった。

その様子は空の上からシルバー隊の楓(かえで)によって撮影されていた。

 二人のテニスは進化して行くテニスだった。

最初は緩いボールのラリーや山なりのサーブだったが、次第に正確に着地点にボールを落とすことができるようになり、バックハンドストロークもできるようになった。

相手の球が落ちてくる場所は正確にセンターラインの延長上30㎝だったので二人がコートを走り回ることはなかった。

 「OK、次からは右コーナーだ。」

ニューマンが球を打ち返しながら言った。

「了解。」

ミシェルが応えた。

ドライブショット、スライスショット、ロブショット。

どんな球も最終的には右コーナーの一点に着地した。

たとえ着地点の前に出てボレーショットをしてもその球は相手コートの右コーナーに着地する。

ボレーロブにしてもボレースライスにしても二人は落ち着いて右コーナーの一点に着地させていた。

右コーナーを外したら負けのように気持ちで打ち合った。

 「なかなかやりますね、ミシェルさん。」とニューマンが言い、「人間のニューマンさんがこれだけ正確に打てるとは思っておりませんでした。」とミシェルが応えた。

サービスショットの練習は互いに見ているだけだった。

ショットが豪速球だったからだったが、心の中ではこれなら打ち返すことができるだろうとは思っていた。

サービス練習の後はニューマンのために休憩を取った。

ニューマンはコーヒーを飲んだがミシェルもほんの少しだけ口に含んだ。

 「あれっ、ホムスクロボット人は飲食はできない構造じゃあないのですか。」

ニューマンは不思議そうにミシェルに言った。

「はい。少し構造を改良しました。地球人のニューマンさんと付き合うのですから多少の飲料は飲めるようにしようと思いました。」

「それは申し訳なかったですね。でもありがとう、ミシェル。」

「こちらこそありがとうございます。初めて呼び捨てにしてくれました。」

「あっ、いや申し訳ないミシェルさん。」

「ミシェルと呼んでください。」

「・・・そうする。ニューマンと呼んでください。」

「そう呼べるようになったらそういたします。」

 ホムスクルールでの試合が始まった。

サービスは2本ずつで11点を先取した者が勝ちになる。

地球のテーブルテニス(卓球)のルールと同じだ。

最初のサービスはミシェルだった。

時速250㎞のフラットサーブだった。

ニューマンは右隅に打ち返したがミシェルはニューマンが打ち終わると同時に着地点に移動しニューマンの左端を狙って打ち返した。

ニューマンもミシェルが打ち終わると同時にボールの着地点に移動して打ち返した。

勝負はなかなか付かなかった。

 ニューマンもミシェルも弓より早く時速300㎞で動くことができる。

一方、テニスのボールは時速250㎞を越えることはあまりない。

それ以上早く打てばボールはコートを出てしまう。

逆にドロップショットをした時にはボールの速さは非常に遅くなってしまう。

要するにボールがどこに落ちようと二人は悠々とボールに追いつくことができたのだった。

最後はボレーの打ち合いになりニューマンの打った球がネットに当たり球が相手コートに落ちたのでニューマンの勝ちとなった。

ニューマンは久々に汗をかいていた。

ニューマンとミシェルは互いの顔を見て相手の実力を認め合った。

 ミシェルの2本目のサービスが行われ、再び長いラリーが始まった。

そのラリーを制したのはミシェルだった。

ミシェルはニューマンが打った球がネット上端に当たって5mも跳ね上がったところを跳躍して渾身の力で打ち込んだのだった。

球はコート内で破裂した。

 次はニューマンのサーブだった。

ニューマンは空を眺め、芝生の草を千切って投げ風向を調べて言った。

「絶好の条件だ。ミシェル、行くよ。これが僕のサーブだ。」

そう言ってニューマンはボールに回転をかけながら真上に投げ上げ、落ちて来たボールの回転をさらに増すようにボールの下を擦(こす)って大きな山なりのサーブをした。

ニューマンのボールは斜め上に進み、ボールの回転と向かい風の影響でネットを越えてから押し戻されるように落ちて来た。

サーブを打ち返すには地面に落ちて跳ねた球を打たなければならない。

ボレーショットのように空中で打ってはならない。

ニューマンの球はネットのミシェル側に落ち、球の回転のためにすぐさまネットに引っかかってコートに転がった。

 「ニューマンさん、これはずるいわ。絶対に打ち返せません。」

ミシェルは抗議した。

「でも違反はしていないよ。僕のコントロールの勝利だ。」

「・・・いいわ。お願いがあるのだけどいいかしら、ニューマンさん。」

「何だい、ミシェル。」

「もう一度今のサーブをしてくれない。今度は返してみせるわ。」

「よしきた。再度『秘技球戻し』をお見せしよう。」

 ニューマンは自信を持って『秘技球戻し』サーブをした。

絶対に成功することは計算済みだった。

だがミシェルはその上を行った。

ミシェルはラケットを左手に持ち替え、ネット側に落ちて来た球に大きなモーションの渾身の右手張り手を見舞ったのだった。

その張り手は音速を越えたのかもしれなかった。

「パン」という鞭の音がした。

 もちろんミシェルの手はテニスボールに触(さわ)らなかったが強烈な風圧でテニスボールは押し戻されニューマンのコート内に落ちた。

「あらーっ、今度は風が少し強かったみたいね。」

ミシェルが微笑んで言った。

「そうか。その手があったか。もうこの秘技は使えないようだ。球が遅いからすぐに準備されてしまう。」

ニューマンが言った。

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