第46話 44、日本庭園での散歩
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その日ニューマンとホムンク29号は夕方まで話をした。
途中、ニューマンは遅い昼食としてスカイカブの非常食の温かいチャーハンを食べ、非常飲料の缶コーヒーを飲み、子用(小便)にはスカイカブを3000mまで上昇させスカイカブの簡易便器で用を足した。
もちろんホムンク29号はそのようなことはしなかった。
「ホムンク29号さん、今日は楽しかった。また話をしたいですね。」
ニューマンは別れ際に言った。
「私も久々に楽しい会話をすることができました。またお会いできれば幸いに存じます。」
「ホムンク29号さんのSF小説も読みたいものですね。」
「少し恥ずかしいですがぜひとも読んでください。ニューマンさんが最初の読者になります。私にとって名誉なことです。」
ニューマンはホムンク29号を磐梯山麓の小屋の上までエスコートし、上昇し夕空に消えた。
ニューマンにとっては久々の楽しい会話だった。
その夜、ホムンク29号の村の荒野のあばら家は消え、新たに瀟洒(しょうしゃ)な木造家屋が建ち、家の周囲は整地造成された美しい日本庭園になった。
庭園の大石には美しい緑の苔(こけ)が生えており、庭園にはどこからか疏水(そすい)が引き込まれ、大石隣に小滝となって流れ、底が見える透明な小池を作っていた。
庭の所々には人手が入った枝振りを持つ樹木が立ち、小池の畔(ほとり)には瓦屋根の東屋(あずまや)が建っていた。
家屋や東屋は巧妙な木立の配置で外から見えることはなかった。
「まあ、何と言うことでしょう。広大なお庭になっている。」
翌朝、アクアサンク海底国の見張りの戦闘機の楓(かえで)は驚きの声を上げた。
ホムンク29号の宇宙船が埋まっている地点から半径500mの範囲が美しい日本庭園になっていたからだ。
たった一晩で山の樹木を消し、地面を削って整地造成し、築山を作り、家を建て、年月が経たような日本庭園を作ったことになる。
楓は早速朝の発信をした。
「お早う、皆さん。私はシルバー隊の楓(かえで)よ。今日は大ニュースよ。挨拶して頂戴。」
「おはよう楓。こちらは第13町のキースだ。今日もいい天気だ。」
「おはようございます、楓さん。イリヤス遠征隊第13村のイムジンです。大ニュースって何ですか。」
「それはお断りをしてからね。・・・ホムンク29号さん、お早うございます。」
「おはよう、楓さん。すぐに分かることだから話してもいいわよ。」
「ありがとうございます。・・・皆さん、この地に美しい日本庭園が出現しました。ホムンク29号さんの敷地内に日本庭園が出現したのです。昨日は古びた小屋がある荒れ野だったのですが、一晩で美しい日本庭園に変わったのです。その庭園の大石には緑の苔が生えております。庭の芝生も植えた形跡がありません。庭の木々も綺麗に剪定(せんてい)されております。庭の池の水も透明で底が見えます。どれも時間が必要なことなのにたった一晩でそうなってしまいました。どのようにしたのかは分かりません。まるでホムンク29号さんは庭の時間速度を制御できるように思われます。・・・キースさん、ホムスク人はそんなことができるのですか。」
「そんなことができるなんて聞いたことがない。ホムスク人が時間速度を変えることができるのは宇宙船内の工作室と生物実験室と治療箱だ。とにかく時間速度を変えるにはその空間の重力場を変えなければならない。囲まれた領域でなければ時間制御はできない。外ではできないんだ。」
「イムジンさんはどうなの。」
「うちは遅れているから時間速度を変えるなんてとてもできないです。」
「ホムンク29号さん、どうしたかは秘密ですか。」
「軍事機密よ。」
「軍事機密だそうです。皆さん、諦(あきら)めましょうね。・・・早速報告しなくっちゃね。」
翌日、ニューマンは朝から会津磐梯山山麓に来てホムンク29号に呼びかけた。
「ホムンク29号さんに告げる。こちらアクアサンク海底国のニューマン。応答願う。」
「ニューマンさん、お早うございます。ホムンク29号です。何でございましょうか。」
素早い応答だった。
「おはようございます。ホムンク29号さんにもう一度会談を申し込みたい。」
「喜んでお受けいたします。会談の場所も準備してございます。」
「2日前の風景とはだいぶ違っていますね。荒れ野が美しい庭になっているようだ。会談場所はその庭ですか。」
「そうです。ニューマンさんとの会談場所として作りました。庭の池の畔でも、庭の東屋でも、庭を望む家屋でもかまいません。ニューマンさんの好みの場所で会談したいと思います。」
「今日はお弁当と飲み物を準備して来ました。それであのー、電波通信では誠に言い難(にく)いのですがその庭にはトイレがありますでしょうか。」
「もちろん設置してあります。完全な洗浄便座付きです。ほかに大きな湯船がある風呂場も設置しました。もちろんシャワー付きです。さらに脱衣所には高速洗濯機を置きました。10分間で洗濯から乾燥、折り畳みまで完了します。シャワーを浴びている間に終わります。着替えは必要ありません。」
「おそらく最新式ですね。それで病原菌に関してはどのように対処なされておりますか。」
「地中の宇宙船から分子分解砲の変調無しのガンマー線拡散放射をしました。私には分かりませんがガンマー線滅菌はなされていると思います。」
「そうですか。安心ですね。・・・それに最近私は病原菌をあまり恐れなくなりました。ホムスクの治療箱があるからです。私は試みに自ら傷をつけて治療箱に治させました。治療箱は地球人の私の傷を綺麗に治すことができました。ホムスク人とは異なる遺伝子を持っているはずなのに治療箱は地球人も治療するようです。病原菌に触れても治療箱に入れば治るだろうと願望的推測をしているのです。それに治らない病原菌ではホムンク28号も困るでしょうしね。病原菌のことはホムスク宇宙船の電脳パピヨンに聞いても分からないんですよ。ホムンク29号さんは病原菌に心当たりはありませんか。」
「私も分かりませんが治療箱で治療させれば病原菌は確定できると思います。実験動物をお持ちなら感染させて治療箱に入れたらどうでしょうか。動物を治せるなら人間も治せるはずです。」
「今度やってみましょう。さて、問題はどうやってその庭に入るかですね。シールドを切れば病原菌が入ってしまう。いつもの方法で入りますか。」
「どのような方法ですか。」
「隣接7次元で地中に潜り、7次元シールドを越してから空中に出れば7次元シールドを通り過ぎることができます。」
「了解。いい方法だと思います。」
ニューマンはその日はビッグボール号ではなくメレック号で来ていた。
性能は落ちるかもしれないが自作の宇宙船で訪問すべきだと思ったのだ。
他人の家を訪問するのにその家の家人が使っていた中古の宇宙船で訪問するわけにはいかない。
ニューマンはメレック号を隣接7次元に置き、7次元シールドの前の地面から地中に入り、地中を100m進んでから上昇した。
そこは広大な日本庭園の端だった。
ニューマンはメレック号を現世に戻し宇宙スクーターに弁当とコーヒーを積んで地上に降りた。
メレック号の電脳ピースにはメレック号に7次元シールドを張っておくように命じた。
電脳ピースは地球製だからあるかもしれないホムスク電脳への干渉も無いだろうと思った。
ニューマンが地上で宇宙スクーターに跨って待っているとホムンク29号が1m方形の薄い板に乗って地上30㎝を滑るように飛んで近づいて来た。
その日のホムンク29号は髪を肩下でカールさせ、ゆったりした袖を袖口で締めた白のブラウスに薄藤色のゆったりしたスカートを着、干渉縞が見事なパールのハイヒールを履いていた。
ニューマンは一昨日と同じ白のワイシャツに紺色のスーツと黒エナメルの革靴だった。
ネクタイだけが赤色に変わっていた。
「よくいらっしゃいました、ニューマンさん。」
ホムンク29号がニューマンに近づいて言った。
ニューマンは29号がそう言うと気持ちのいい香りを感じた。
「お世話になります、ホムンク29号さん。素敵な庭園ですね。いい庭ってのはいい香りがするのですね。」
「私は匂いに関しては鈍感なのです。ニューマンさんがそう感じるのならきっとそうなのだと思います。・・・すみません、『夜間飛行』という香水を少し振り撒きました。私にも少し掛かっております。私にとって今回の準備は夜間飛行でしたから。」
「そうでしたか。ありがとうございます。みんな人間の私のためになさってくれたことです。母屋の方に行きますか。29号さんが乗っている金属板は何なのですか。浮いて移動することは分かりましたが。」
「これは『歩行器』とでも言ったらいいと思います。行こうとする方向に板がせり出して行くのです。もちろん水上も歩くことができます。体重をかければその方向に飛行します。ニューマンさんが単身で降りられたら使おうと持って来ました。」
「まだまだホムスク文明の勉強が足りないようです。先導してください。」
ホムンク29号が先導しニューマンはゆっくりと後を着いていった。
ホムンク29号は大石の横にした垂れ落ちる滝が清涼な池を作っている築山(つきやま)が見える縁側にニューマンを案内した。
そこが一番便利で一番落ち着くし一番美しいと思ったからだった。
ニューマンは宇宙スクーターを降りて縁側に腰掛け、ホムンク29号もニューマンの隣に腰掛けた。
「それにしても大きな庭園ですね。ざっと計算しても78万平方メートル。有名な金沢の兼六園や水戸の偕楽園や岡山の後楽園の6倍もの広さです。1日では回りきれないですね。」
ニューマンは眼前の築山を眺めながら言った。
「ふふふっ。何日もかけて見てください。私がご案内いたします。」
ホムンク29号はニューマンの方を見つめて言った。
夜間飛行の香りが漂う。
夜間飛行の香りの最初は白檀(びゃくだん)からの香(こう)の香りで日本庭園に合う。
森林浴で匂うフィトンチッドも含まれる。
ニューマンはホムンク29号の方を向いて言った。
「今日は頼みがあって来ました。29号さんのSF小説を読ませていただけませんか。14次元をも考えておられる29号さんの考えている空想科学を知りたいと思いました。」
「まあ、でも恥ずかしいですね。」
「お願いします。14次元世界を考えていると興奮して眠れないのです。」
「でも恥ずかしいわ。」
「でも一昨日、29号さんは読んでくださいって言いましたよ。」
「そうでしたね。言ってしまったのですね。・・・分かりました。紙の本が宜しいですか。」
「できれば紙の本をお願いします。」
「分かりました。30分ほどお待ちください。最初の一冊が出来上がります。」
ニューマンとホムンク29号は連れ立って家の周りの日本庭園をゆっくり見物した。
ホムンク29号はニューマンにピッタリと寄り添っていたが何か気が漫(そぞ)ろだった。
ホムンク29号にとって自分の奥底の考えを他人に知らせることは自身の処女性を失うことに等しかったのだ。
家屋の縁側に戻るとB5版程度の一冊の本が畳の上に置いてあった。
ホムンク29号は本を取りニューマンに差し出して言った。
「これが私のSF小説です。どうぞ読んでください。」
「ありがとう。読ませていただきます。ワクワクします。」
ニューマンは表紙を暫く見て言った。
「題名は『時の断崖』ですか。まさにそのものの題名ですね。それとホムンク29号さんのペンネームは『ミシェル』さんですね。地球では女性の名前です。良ければこれからホムンク29号さんではなくミシェルさんと呼んでもいいですか。その方がピッタリと合っている。」
「まあっ、・・・お任せいたします。」
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