第48話 46、ミシェルと休憩

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 次はミシェルのサーブの番だった。

ミシェルは通常人間には打ち返せない豪速球のサーブをせず、普通のサーブをした。

ニューマンは直ちにその意味を理解しその球を普通の人間の速度で打ち返した。

ミシェルは微笑んでその球を普通の人間の速度で打ち返した。

二人の試合はもはや常人離れした豪速球の試合ではなく普通の人間の試合となっていた。

 どんなに早いサーブを打ったとしても相手は確実に余裕を持って打ち返すことができた。どんなに絶妙なドロップショットをしても相手は弓矢の速度で動き落ち着いて打ち返すことができた。

どんなに強烈なショットをしても相手は追いつき打ち返すことができた。

 コートを隔てるネットが球速のネックになっていた。

打点がネット高さより低ければ球速を落とさなければ相手コートには入らない。

たとえトップスピンをかけても結局は球速を落としていることになる。

コートに入ることができる球速では相手は悠々と追いつくことができた。

二人は互いに相手の実力を認め合い勝負はつかないとの思いに至ったのだ。

 二人は30分ほどテニスを楽しみその後休憩にした。

ニューマンは休憩するため宇宙スクーターに乗って築山が見える縁側に行った。

ミシェルは空中を飛んでニューマンに従った。

「ニューマンさんはほんとに人間なのですよね。」

ミシェルは涼しい風が屋内から流れ出ている縁側に座ってニューマンに言った。

 「正真正銘の人間です。でも私は普通の人間とは違います。」

ニューマンは縁側に座ったテニスウエア姿のミシェルの方を向いて言った。

「多倍体人間でしたね。」

「そうです。多倍体人間になると強い筋肉を持ち素早く動けるようです。」

ニューマンは宇宙スクーターの座席下の収納庫に入れてあった魔法瓶の冷たいコーヒーを一口飲んだ。

 「私の祖父、川本五郎は5倍体人間でした。写真的記憶力と超人的な筋力と素早い反応ができました。話によればコインを1m跳ね上げてそれを受け取る間に脇のホルスターから自動拳銃を引き出し、20m先の10体のマンターゲットの額に17発命中させ、拳銃を脇に戻してから落ちてくるコインを受け取ったそうです。4倍体人間だった父はそれを真似たのですができなかったそうです。私は試みたことはありませんが、何とかできるかもしれないと思っています。」

 「そんなニューマンさんと知り合えて良かったと思います。私は先程のテニスの試合を全力で戦いました。それをニューマンさんは全面的に受け止めました。しかも奇抜なサーブを編み出す余裕を持ってです。人間がロボットに対抗できた証(あかし)です。」

「私もホムスク帝国の代行者のミシェルさんと知り合えて良かったと思います。・・・そろそろ昼食の時間ですね。引き続き昼食休憩にしますか。」

 「はい。ニューマンさんのお弁当の中身は何ですか。私は何を用意したらいいのでしょう。」

「ふふふっ。今日のお弁当はチャーハンです。『今日も』かな。コーンスープも用意してありますからミシェルさんには食後の緑茶をお願いできますか。」

「ホムスク国の緑茶ですが宜しいですか。」

「それでお願いします。」

「了解。」

 「私は7次元位相界に廃棄されていたホムスク宇宙船を使ってホムスク文明を7年学びました。電脳に聞いて応えてもらうやり方で学び、ナノロボットを作成する機械を作り宇宙船を修理したのです。こちらの半日が宇宙船の1週間だったので毎日半日、1年をかけて学びました。365日が宇宙船では365週の7年になるのです。その間に学んだホムスク文明にはホムスク人の食は入っておりませんでした。ホムスク星の宇宙船にはホムスク人の食べ物に関する情報も入っているのですよね。」

「もちろん入っております。私はその情報はほとんど使っておりませんでしたが。」

 「食物を食べないミシェルさんならそうでしょうね。宇宙船の電脳はチャーハンを作ることができるのですか。」

「できると思います。宇宙船の電脳にはホムスク帝国の首都の有名店のメニューが入っていると思います。店名とメニューを指示すればその有名店のご馳走がナノロボットによって作られます。コピーですから味から暖かさから原料から調理法まで完全に同じ物ができます。名前は違っているでしょうがチャーハンはあると思います。」

「それは便利ですね。中性子からできる食べ物ですがメレック号の冷凍食品よりずっと美味(おい)しそうです。こんどやってみましょう。・・・宇宙船のどこで作って、どうやって運ぶのですか。チャーハンは宇宙船の中で食べなければならないのですか。」

 「私にも良くわかりません。・・・遷移機の中のオカモチの中にチャーハンを作って任意の場所に遷移させたらどうでしょうか。」

「ふふっ、お互い無知ですね。『先達(せんだつ)あらまほしきことなり』です。」

「ふふっ、そうですね。ロボットの数を増やしておきましょう。庭の手入れも必要だしニューマンさんのお弁当も準備できるようにしておかなければなりません。」

「お手数をかけますね。」

 それでもミシェルはニューマンがチャーハンを食べ終わり、コーンスープを飲んでいる時に奥に消え、暫くするとお盆に器を載せてお茶を運んできた。

「これをどうぞ、緑茶にございます。」

そう言ってミシェルは黒い器を縁側に置いた。

「ニューマンは器を取り容器の中を見て言った。

 「これは抹茶ですね。ミシェルさんが淹(い)れたのですか。」

「はい。日本庭園を作ることを決めた段階でホムスクのお茶の淹れ方を学びました。」

「私はお茶の淹れ方はよく知らないのですが棗(なつめ)から抹茶を取って茶筅(ちゃせん)でかき混ぜたのですか。」

「そうです。」

「ナノロボットではないのですね。」

「ふふっ、そうです。もちろん抹茶の粉はナノロボットですけど。」

「ありがたくいただきます。」

お茶はおいしかった。

 ニューマン達はテニスの試合を中止あるいは延期にすることにした。

勝負がつかない長い試合になることが予想されるし、試合の勝ち負けにこだわる気にはならなかったからだった。

互いに好き合っていたし相手に勝ってほしいとも思っていたからだった。

「ミシェルさん、テニスの試合は延期にしてもいいかな。ご飯を食べたら今日はミシェルさんとゆっくり過ごしたくなりました。」

「そうしましょう。ニューマンさんの服はロボットに持って来させます。ニューマンさんはお風呂にお入りになりませんか。」

 「そういえばこの家は風呂場があったのでしたね。」

「はい。露天風呂と内風呂とがあります。どちらも横になっても十分な広さがあります。」

「それはいいですね。清水の研究所では各部屋に小さなユニットバスがついています。軍事衛星の家にはシャワーしかありませんでした。乙女号もメレック号もシャワーだけです。ホムスク宇宙船の宇宙戦艦ギズリの操縦室の隣にはバストイレ付きの家を建てましたが大きな浴槽のある風呂場は付けませんでした。ましてや露天風呂なんて初めてです。」

「お気にいればいいのですが。」

 風呂場は高速洗濯機がある広い脱衣所から始まった。

金属光沢のロボットが洗濯機の横に立っており、ニューマンが入ると言った。

「いらっしゃいませ、ニューマン様。お脱ぎになった衣服をお洗濯して宜しいでしょうか。」

「高速洗濯機だな。よろしく頼むよ。」

「入り口のリネン箱に手ぬぐい、タオル、バスタオル、バスローブが掛かっております。お好みでお使いください。不要になりましたらゴミ箱にお捨てください。」

「了解。」

「御用がございましたら私にお申し付けください。」

「よろしく。」

 ニューマンは風呂場の案内人が金属光沢のロボットであることに感謝した。

人間の姿をしていたら男性であろうと女性であろうと裸になるのには躊躇する。

ニューマンはこれまで母のシークレット以外に全裸を人に見せたことはなかったからだ。

銭湯であろうが温泉であろうが人間だれしも最初に利用する時には恥ずかしいと感じる。

 風呂場は洗い場に沿って3つの浴槽からなっていた。

最初の浴槽は3m方形の檜(ひのき)の浴槽で38℃の透明な湯が溢れ出ていた。

2番目の浴槽は直径3m円形の浴槽で細かい気泡が浴槽の底から吹き出しており泡で白く濁った湯が溢れていた。

湯温は40℃だったがアイスクリームと同じで気泡の断熱効果で熱いとは感じなかった。

3番目の浴槽はエアカーテンの向こう側にあり、滝が流れ落ちる大石で囲まれた3m方形の浴槽だった。

そこは天井がなく、空を眺めることができた。

 ニューマンはタオルを首にかけ、かけ湯をしてから生まれて初めての気泡風呂に入った。

水の流動性が泡で損なわれるから水の浮力は小さくなるのだろうが、代わりに体の下から微細な泡が少しずつ体を上方に押し上げているようだ。

体が軽い。

ニューマンは気泡風呂の中で両手を広げて大の字に浮いた。

熱さでふにゃけた陰茎が浅瀬の小島のように水面から浮き出していた。

 「お背中をお流ししましょう。」

突然頭の向こうから声を掛けられニューマンは慌てて体を反転させ湯船に身を沈めた。

ミシェルが紺色のワンピース水着を着、タオルを腕に下げてニューマンを見つめて立っていた。

湯船に浮いていたのを見られたのだ。

「ミシェルさんか。驚きました。どうしました。」

「お背中をお流しいたします。」

「でも僕は裸ですよ。」

「殿方がお風呂に入ったらお背中を流してさしあげるそうです。」

 「まいったな。・・・分かりました。・・・この湯船はマイクロバブルの浴槽です。体の汚れはマイクロバブルで剥がれ落ちるはずです。ミシェルさんも浴槽に入って浴槽で背中を流してくれませんか。ミシェルさんはお湯に浸かっても大丈夫ですか。」

「大丈夫です。分かりました。湯船に入ってお背中をお流しいたします。」

ミシェルはそう言って白い脚を湯船に入れて入って来た。

気泡風呂の湯船の深さは2段になっており、1段目に腰掛ければ背中を流しやすかった。

だがニューマンは湯船の底にしゃがみ両手を湯船の縁を掴んだ。

畢竟(ひっきょう)ミシェルはニューマンの後ろにしゃがみ水中のニューマンの背中をタオルで擦(こす)った。

 一人の背中を流す時間など長くはない。

すぐに終わる。

ニューマンはミシェルの方に向きを変えて言った。

「ミシェルさん。頼みがあります。水着を脱いで一緒に風呂に入ってくれませんか。私は私の裸を見られるのが恥ずかしくてこの浴槽から出ることができません。ミシェルさんも裸になってくれれば条件は同じになります。一緒に風呂に入ることになります。それが嫌なら先に風呂場から出てくれませんでしょうか。」

 「ニューマンさんに恥ずかしい思いをさせてしまって申し訳ありません。思いに至りませんでした。私もニューマンさんと一緒にお風呂に入ることに致します。」

ミシェルの着ていた紺色の水着はあっという間に皮膚に吸収され形のいい乳房が突き出した。

乳房は左右対称で小さな乳首がまっすぐ前を向いている。

「ミシェルさんは裸が恥ずかしくないのですか。」

 「それほど大きな羞恥心は生じません。姿や体型はいくらでも変えることができます。皮膚の色や質も乳房の位置も形も大きさも自在に変えることができます。ですからホムスクロボット人にとって裸体は衣服と同じ意味になるのです。生物人間はそれらを変えることができません。ですから裸体に羞恥心が生ずるのだと思います。・・・ロボット人の私がいちばん恥ずかしいことは私の心の奥底を見られてしまうことなのです。心は自在に変えることができません。私のSF小説をニューマンさんに読まれた時は死ぬほど恥ずかしい思いを致しました。ましてやそのSF小説は私の処女作でした。私にとってそれは処女を失うに等しいことでした。」

 「それは申し訳なかったですね。ミシェルさんのSF小説を読むのがそんなに重要な事だとは思いもしませんでした。」

「いいえ、いいのです。私はニューマンさんに私の作品を最初に読んでほしいと思っておりました。」

「それは名誉なことです。」

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