第36話 34、イグル人にホムスク通訳機を 

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 日本にもイグル人の町(基地)ができた。

場所は会津磐梯山裾野、猪苗代湖近くのホムスクロボット人の町、アッチラ遠征隊第8町の東側でスキー場の丘陵だった場所だった。

ある日、4隻の宇宙船が1辺300mの四角形になるように着陸した。

上空5000mには同型の1隻が浮遊した。

 着陸した宇宙船は町を作ろうとはしなかった。

アッチラ遠征隊の町と違って四角形の内側に家屋は建てず、小型の地上走行車4台が宇宙船から出され、宇宙船の近くに停車しているだけだった。

外に出て来たイグル人は宇宙服を着ていた。

地球の地表を漂っている病原菌の影響はまだ調査中なのだろう。

 アクアサンク海底国にとってアッチラ遠征隊第8町は重要な町だった。

地球のホムスク人の住んでいた将村に近く、ニューマンと岩倉一平が訪(おとず)れた町であり、個人用7次元シールド装置をプレゼントされた町だ。

当然、アクアサンク海底国の常時監視の対象になっていた。

そしてホムスク語による見張り同士の交流が行われていた。

 「アッチラ遠征隊第8町の通信士に告げる。こちらいつものアクアサンク海底国シルバー隊のカンナ。応答せよ。」

「シルバー隊のカンナ。こちらいつものシンプライ。どうした。」

「第8町の東側に宇宙船4隻が降りて来た。上空にも1隻いる。シンプライは知ってるかしら。」

「知っている。カンナは誰何(すいか)しなかったのか。」

「する前に着陸してしまったの。シンプライはなぜ誰何しなかったの。」

「7次元シールドを張っているからな。別に急ぐ必要はない。」

 「それにしても図々(ずうずう)しいやり方ね。普通は隣に引っ越して来たいのですが宜(よろ)しいでしょうかってお伺いを立ててから着陸するものでしょ。」

「同感だ。カンナはどこの宇宙船なのか知っているのか。」

「知ってるわ。あれはイグル星のイグル人のイリヤス遠征隊の宇宙船よ。地球を侵略しようと来たのでしょうが相手が強そうなので攻撃できないでいるの。・・・と思うわ。」

「なぜ隣に来たのか知っているか。」

 「もちろん知らないわ。でも色々な推測ができる。一つ目はアッチラ遠征隊の町の隣に居れば日本から攻撃されないから安心。第8町は強いから日本は手を出さない。二つ目は隣に居れば強いアッチラ遠征隊に敵対しないという意思を示すことができる。おそらくアッチラ遠征隊から攻撃されない。だから安全。三つ目は隣に居れば交流が生じる可能性が出てくるわね。交流が生じればホムスク語が分かるようになる。イグル人はホムスク語を知ろうとしている。この会話も録音されているからホムスク語が分かるようになったら内容が分かるようになるってこと。発言は注意しなけりゃね。」

「カンナは頭がいいな。だがどうしてホムスク語を知ろうとしているんだ。覚えるべきは地球の言葉だろう。」

 「そうかしら。侵略者にとって弱い相手の言葉を覚えることは必要ないわ。シンプライも地球語は知らないでしょ。もし相手が弱ければ相手を滅ぼしてしまうのだから覚える必要ないわね。・・・ところが地球には強そうな相手が居たの。アッチラ遠征隊とアクアサンク海底国よ。そうなると尻尾(しっぽ)を巻いて故郷に逃げ帰るか友好的に居つかなくてはならないでしょ。居つくためには言葉が通じなければならない。ニューマン様はイグル人が覚えるべき言葉としてホムスク語を推薦したの。ニューマン様は深いお考えからイグル人の町作りをお許しになりホムスク語を推薦したのだと思うわ。」

 「ニューマン様か。ホムスク人を連れてこの町にも来られたな。」

「ニューマン様は宇宙空間でイグル人と会見したの。宇宙船の操縦室同士を重ねて会話されたそうよ。」

「宇宙船を重ねてか。隣接7次元を知らない者から見たら信じられない現実だったろうな。」

「戦う気は失せるでしょうね。」

「それでホムスク語を覚えようとしているのか。」

「そうだと思うわ。」

 数日後、猪苗代湖のイグル人の町(村)にニューマンが来た。

隣接7次元にあるメレック号を半分地面に潜らせてアッチラ遠征隊第8町の反対側から接近し、宇宙船に着くと地面から上昇して宇宙船と重なった。

イグル人はメレック号の接近に気づいたがどうにもできなかった。

地面や味方の宇宙船と重なっている宇宙船を攻撃することはできない。

 ニューマンはメレック号をイグル人の宇宙船の内部の構造が分かるように暫く移動させた後、操縦室を重ねてホムスク通訳機で呼びかけた。

「私はアクアサンク海底国のニューマンです。現在、イグル人との連絡は電波を通してはできず対面でしかできない状態にあるのでこのような方法を取りました。ここは宇宙船の操縦室ですね。操縦室に来れば責任者に会えると思いました。私はこの艦の責任者と話をしようと思っております。私の前に出て来ていただけませんか。」

その声は宇宙船全体に聞こえた。

 操縦室の乗組員全員が持ち場から立ち上がってメレック号の操縦室のシートに腰掛けたニューマンと隣のシートのシークレットを見つめた。

一人のイグル人がニューマンに近づいて言った。

「私は副官のケマルです。私の声が聞こえますか。」

「聞こえますよ、副官のケマルさん。この艦の責任者ですか。」

「いいえ。この艦の責任者は艦長です。おっつけここに来ると思います。」

「了解。待ちましょう。」

 そう言ってニューマンは立ち上がりイグル宇宙船の操縦室を興味深げに見物した。

「なかなか洗練された操縦室のようですね。シートベルトがあるってことは加速度中和装置はないってことですね。うちもシートベルト付きですよ。」

ニューマンは乗員を無視して言った。

 操縦室は宇宙船にとっては中枢であり軍事機密の集積場所である。

そんな操縦室を敵性部外者が装置の内部にまで文字通り覗き込む。

もちろん相手も同じことができ、メレック号を調べることができる。

どちらも気分の良いことはない。

 イグル宇宙船の操縦室はメレック号の操縦室よりずっと大きかったので操縦室の見物はメレック号を動かさなければならなかった。

「おや、これは良く分からない制御部ですね。・・・ふーむ、ケマルさん、これは遷移装置の制御部ですか。」

ニューマンはあるコンソールの前で止まって言った。

「・・・そうです。」

「コンソール中央のディスプレイが遷移方向ですね。目標はどう決めるのですか。」

「・・・目視です。」

 「ふうむ。遷移で注意しなければならないのはどんなことですか。」

「恒星につっこまないことです。」

「そうでしょうね。ダルチンケービッヒ先生が書かれておられた。存在場面が少ない場所を目指してワープするのでしたね。」

 「ニューマンさんの宇宙船はワープ遷移できないのですか。」

「できません。地球の科学は遅れているのです。それにたとえワープ遷移できたとしても怖くてできません。数光年遷移したら周囲の星座も違ってくるでしょうし戻れなくなります。宇宙の迷子になったら助かりません。宇宙地図が必要です。」

「確かに。遷移装置ができるまでには多くの事故がありました。」

「そうでしょうね。ワープ遷移ができるようになったらいろいろ教えてください。」

「できる限りお手伝いします。」

 その時、艦長らしい男が操縦室に入って来て状況を見てからニューマンに言った。

「ニューマンさんですか。私は艦長のケチャップです。何か御用でしょうか。」

「ケチャップ艦長。私はアクアサンク海底国のニューマンです。今日は皆さんにプレゼントを持って来ました。」

「何でしょうか。」

 「ホムスク語ー日本語の通訳機と日本語の教育用の視聴装置です。視聴装置を見れば幼児から小学生までの日本語が理解できるようになるはずです。イリヤス遠征隊の目的と合うなら使ってみてください。日本語が分かるようになればホムスク語が分かるようになると思います。」

「それはありがとうございます。毎日のように上空と隣町の間の通信が聞こえて来ます。おそらくホムスク語の会話だと思いますが理解できないでおりました。でも何故(なにゆえ)プレゼントしてくれるのですか。」

 「隣町の名前は『アッチラ遠征隊第8町』と言います。・・・私は地球の共通語をホムスク語にしようと考えております。それで苦労してホムスク語ー日本語の通訳機を作りました。手作りですから洗練されておりません。でもこれがあればホムスク語で日常会話をすることができます。この通訳機は世界の主な国に配るつもりです。日本語と各国の言葉は完全に通訳できていますから各国はホムスク語を知ることができます。各国はホムスクロボット人ともイグル人とも話をすることができるようになります。」

 「でもニューマンさんは何故(なぜ)そんなことを考えたのですか。地球人にとって我々は侵略者であり通常は排除されるべき立場だと思いますが。」

「普通はそうかもしれませんね。そちらの方が良かったかもしれません。アッチラ遠征隊は強くて地球から追い出すことはできませんがイリヤス遠征隊なら全滅させることができると思います。」

 「でもそうなされなかった。」

「私にもまだ良く判断できていないのです。今はイグル人はホムスク語を知るべきだと思っております。」

「ありがとうございます。ホムスク語ー日本語の通訳機と日本語の教育用の視聴装置をいただきます。」

「通訳機はヘッドフォン型でスイッチを入れれば作動します。視聴装置はよく分かりませんが幼児用ですからどこかの分かり易いスイッチを入れれば動くと思います。」

「試してみます。」

 ニューマンはメレック号を地上に移動させ、7次元ゼロ位相に戻し、上空の戦闘機を呼び、戦闘機パイロットにメレック号の艦橋に置いてあったコンテナを地上に降ろしてもらった。

病原菌はまだ恐ろしいものだった。

 「母さん、これで良かったんだろうか。」

ニューマンは研究所への帰路で母、シークレットに言った。

「分からないわ。」

「とにかく地球の人間が激減したからね。各国は生き残りを集めて都市国家を作ろうとしている。問題は短期的な目標を重視するか長期的な目標を考えるかだ。」

「ニューマンは長期的な目標を重視したのね。」

 「うん。アッチラ遠征隊は追い出せない。地球人は少ない人数で国を復興しなければならない。人数が少ないから都市国家程度になってしまう。そんな都市国家が世界中に数十箇所できるだろうけど交流する必要もないから孤立していく。最初の現代世代は復興できるだろうけど子や孫の世代になればこれまでの文明は急速に失われていく。そんなことになるくらいならホムスク文明やイグル文明を取り入れて混ざった方がいいと思ったんだ。どちらの文明も地球文明より進んでいるからね。」

 「地球は色々な人間の坩堝(るつぼ)の星になるわね。ホムスクロボット人とイグル生物人と生物地球人とアクアサンク海底国のロボット地球人。」

「みんなホムスク語で結びついているわけだ。へへっ。」

「アクアサンク海底国が一番強くなければ争い事が生じるかもしれないわね。」

「みんな人間だからね。」

 ニューマンは地球の共通語を英語からホムスク語に変えようと考えていた。

高度の科学技術を持つ強力なホムスクロボット人が地球に来て高致死性高伝染性の病原菌が撒かれ地球人は激減した。

だが生き残った地球人は強力なホムスクロボット人を排斥できない。

さらに、全地球に分散された数十万人から数百万人の人口では数世代過ぎれば現在の文明を継承できなくなる。

人口は簡単には増えないし文明は多岐に亘っているからだ。

数百年待てば地球は自然と地球に居着いたロボット人の物になる。

 地球人が生き残るためには少人数でも文明を継承できるホムスク文明を吸収しなければならない。

ニューマンはそう考えホムスク語ー日本語の通訳機を新たに100台ほど作った。

この時代、地球で使われている言語に関してほとんど完全な通訳機が作られていた。

ホムスク語ー日本語の通訳機があれば他の言語ーホムスク語の通訳機は容易に作れるのだ。

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