第20話 18、宇宙空間での実験

<< 18、宇宙空間での実験 >>

 実験は続いた。

最初は実験機が戻ってきた原因を探す実験だった。

実験機本体の電源を入れても実験機は戻った。

サイクロトロンの電源だけを入れても実験機は戻った。

ガーザーの発信を続けても実験機は戻った。

外周に貼られた電線へ高電圧をかけたら実験機は戻らなかった。

 実験機が戻らなくなったのは実験機外周に高電圧をかけた時だけだった。

一旦7次元に入ってしまえば外周に貼られた電線への高電圧をかけておきさえすればガンマー線を照射する必要はないことが分かった。

もちろん、実験機は貴重だったから実験後は実験機全体の電源を切って機体を回収した。

 次の実験は7次元位相を逓減(ていげん)させることだった。

ガーザーのガンマー線の交番電場が実験機を高次の7次元位相に引き上げ、その状態を実験機を覆う高電場が保っているなら、実験機外周の電位を下げることによって存在できる7次元位相が下がってくると思ったからだった。

何回かの実験によって実験機は半透明な機体になって宇宙空間に浮かんだ。

実験機は幽霊の世界、隣接7次元位相界に存在していた。

 隣接7次元位相にいる実験機からの映像にはメレック号も周囲の戦闘機もそして周囲の星々も映っていた。

隣接7次元位相界からはこの世が見えたのだ。

周囲の戦闘機に頼んで機関砲を実験機に撃ち込んでもらっても砲弾は通り過ぎた。

分子分解砲を照射しても紫の光輝は通り過ぎた。

だがサイクロトロン砲では実験機は大きく吹き飛ばされた。

 次に隣接7次元から出た物質の状態を調べた。

隣接7次元にいる実験機に載せた通信装置からの電波は受信できた。

実験機の機関砲を発射させるとその砲弾は現世にある的を破壊した。

実験機の分子分解砲も的を消した。

それらの実験は隣接7次元が現世世界よりほんの少しだけ高いエネルギー状態にあり、実験機から出た物質や電波は直ちに7次元ゼロ位相の戻るということを示していた。

隣接7次元は不思議な位相世界だった。

 「母さん、僕の認識は誤っていたよ。僕はてっきり7次元位相界って世界が在るのだと思っていた。でも実際には高次7次元位相に居るのは電場で囲まれた実験機だけだ。そこから撃ち出された銃弾はあっという間に現世世界に落ちてしまうんだ。」

ニューマンが母、シークレットに言った。

 「ニューマン、結論を急ぐことはないわ。まだ分からないわ。例えば撃ち出されたものが電波だったら電波は現世に落ちると思う。2機の宇宙船が同じ7次元位相界に居たとしてその二機は通信ができないの。ニューマンの考えでは宇宙船から出た電波はすぐさま現世に戻りその電波は隣に居る宇宙船に届かないことになるでしょ。2機の宇宙船が接触してロープを繋いで離れたらどうなる。ロープは現世に戻るの。おかしいでしょ。隣接7次元の方がおかしいのよ。まだあるわ。高次7次元位相は真っ暗だったでしょ。そんな中に2機の宇宙船が居るとするでしょ。光がないから投光器で相手を照らすでしょ。投光器から出た光が現世に戻ってしまったら相手を見ることができないわね。」

「そうか。重力だ。重力場が隣接7次元にまで届いているので変なことが起こるんだ。」

「そう考えた方が普通よ。隣接7次元は矛盾のかたまりよ。」

 シークレットの方が正しかったことがその後の実験で明らかになった。

二機の実験機が同時に高次7次元位相界に送り込まれ、互いに投光して相手を確認し、その後互いに通信を交わしてから現世に戻ってきたのだ。

この実験に幸いだったことは同じガンマー線で7次元位相界に送り込まれた事だった。

ガンマー線源は分子分解砲で使っているガーザーだ。

ガーザーロッドから発振されるガンマー線の周波数が同一だったので二機の実験機は同じ高次7次元位相界に上がったのだった。

アクアサンク海底国が今後高次7次元位相界を利用する場合には全て同じ7次元位相界が利用されることになる。

異なる7次元位相界に行くためには異なる発信周波数を持つガーザーを利用しなければならないからだ。

 時間の進行速度も測定された。

実験機が消えてから再び出現するまでの時間はメレック号の時計では10分間だったが、高次7次元位相界に行ってから現世に戻ってきた実験機の時計では13分が経過していた。

実験機が行った7次元位相界の時間速度は現世よりも1.3倍早かったことが分かった。

 たかが1.3倍では超空間通信機は利用できない。

超空間通信機には少なくとも現世の1秒が高次7次元位相界の1年になるほどの速度差にならなければ実用にならないだろう。

実験機が遷移された7次元位相界は重力場が少しだけ侵入している比較的低次であることが分かった。

 重力場がほとんどない7次元位相界、時間速度が桁違いに早い時間速度を持つ7次元位相界、超空間通信に利用できる7次元位相界に行くには使用したガンマー線の周波数よりも桁違いに大きな周波数の持つ交番電場を使用しなければならないだろう。

そしてそれは現時点では作成不可能な周波数だ。

 あるいは、実験機よりもずっと小さな質量を持つ物体、例えば通信機のような小質量物体ならそんな位相世界に遷移させることができるかもしれない。

はたまたあるいはホムスク人が使っているルテチウムとローレンシウムの1:1合金、高次の7次元位相界にも顔を出している合金をアンテナにすることができれば超空間通信機を作ることができるかもしれない。

 実験の最後は生物に対する影響だった。

2匹のマウスが実験機に乗せられ、高次7次元位相界に行き、生きたまま再び現世に戻って来た。

同じマウスの映像は隣接7次元位相からも送られて来た。

ニューマンは意を決して宇宙服を着て実験機に乗り込み高次7次元位相界に行き、隣接7次元まで降りて来て通信した。

 「えー、こちらニューマン・イルマズ。隣接7次元から通信しております。母さん、聞こえますか。」

「聞こえますよ、ニューマン。ご機嫌いかが。」

「至極ご機嫌です。メレック号がディスプレイに映っています。」

「会話に時差はないようね。後の実験は火星か地球でしましょう。心配だからゼロ位相に戻りなさい。」

「了解しました。これから船殻電場を切ります。カウントを始めます。・・・3、2、1、0、1、2、3、4。・・・現在7次元ゼロ位相界に入っているはずです。聞こえましたか。」

「聞こえましたよ。実験成功ね。」

 ニューマン達は地球に戻りマリアナ海溝の第一海底基地にいるイスマイルに会いに行った。

ニューマンの父、イスマイルは明るい光で満たされた研究所のガラステラスの縁側でニューマンに言った。

「ニューマン、隣接7次元に行けたそうだな、シークレットから聞いた。」

「はい、父さん。隣接7次元世界からこの世界を見ました。」

「そうか。マリアから7次元時空界の説明を聞いたことがあったが、実際に行くことができるようになるとは思っていなかった。よくぞここまで進めたな。褒めてやるぞ、ニューマン。」

「ありがとうございます。」

 「まだ完成品とは言い難いがアクアサンク海底国の戦闘機に早速着けることにしよう。サイクロトロンエンジンとサイクロトロン砲とサイクロトロン7次元遷移装置だな。ふふっ、サイクロトロンの3乗だ。まだ確認実験をしなければならないが、航宙母艦にも着けよう。ワシの推測だが、ガンマー線の周波数は遷移する7次元位相界の高さを決め、サイクロトロン内の物質の状態が遷移する物体の質量を決めているような気がする。だから2機の戦闘機は同じ7次元位相界に行けたのだな。ガンマー線でサイクロトロンを走査すれば航宙母艦も同じ7次元位相界に行ける場所が見つかるだろう。まあ、やってみなければ分からんがな。」

「その方が便利ですね、父さん。」

「そうだな。ようやく異星人と同じ土俵に乗ることができそうだ。まあ序の口と横綱だろうがな。」

 「横綱の武器はどんな物でしょうか、父さん。」

「もちろん分からん。マリアからは惑星を消すことができる強力な分子分解砲を持っていると聞いている。・・・そうだな7次元位相界を自由に制御できるとしたら物質遷移装置は持っているだろうな。物体を含む空間を高位7次元に遷移させてからゼロ位相や隣接位相の相手宇宙船の中に実体化させるわけだ。物体は爆弾だったり毒ガスだったりしてもいい。こちらはまだ高位7次元からどこに戻ってくるかが分からん段階だが相手は戻ってくる場所を制御できるわけだな。そんな制御ができるから7次元の遷移航法もできるんだろう。宇宙船を高位7次元位相界に上げてからずっと遠くの位置で実体化させればいいのだからな。マリアが論文で匂わしていた7次元ゼロ位相で遠くの存在場面に移動するワープ航法よりずっと進んだ航法だ。」

 「そんなことができたら恒星間飛行ができますね、父さん。」

「そうだな。だがそれだけではできないような気がする。宇宙船自体がエネルギーを持っている必要があるような気がする。例えば速度だな。光速に近い速度が必要な気がする。・・・だが、こちらは光速にまで加速するのにさえ時間がかかる状況だ。1G加速なら1年近く加速し続けなければならんし、10G加速でも1ヶ月以上かかる。サイクロトロンエンジンを10台も着ければ100Gは出るだろうから4日で光速になる。だが人間はもちろんだがロボットもそんな加速には耐えることができない。加速中和装置がなければだめだな。」

 「加速中和装置というのはどんな機構なのですか。」

「分からん。マリアは15万年前に溶岩に埋まったホムスク宇宙船を掘り出した。その宇宙船は1日で地球・火星を往復した。乗客は床方向への1Gの加速度しか感じなかったそうだ。そんな加速度中和装置が地球に恐竜が住んでいた頃には既に実用になっていたってわけだな。今地球に来ている宇宙船は溶岩から掘り出した宇宙船よりずっと新型だ。マリアは新型宇宙船に搭載されていた搭載艇を貰った。その搭載艇は10万光年を一飛びで遷移できるそうだ。」

「横綱ですね。」

「うむ、横綱だ。」

 アクアサンク海底国は3ヶ月をかけて全ての戦闘機と航宙母艦にサイクロトロンエンジンとサイクロトロン砲とサイクロトロン遷移装置を装着した。

サイクロトロンエンジンとサイクロトロン砲は共用だしサイクロトロン遷移装置は小さな装置だったので床下の雑空間に設置することができた。

戦闘機も航宙母艦も前後にサイクロトロンエンジン兼サイクロトロン砲を着けたので優れた飛行性能と広範囲な攻撃力を持つことになった。

 戦闘機の飛行訓練は1隻の航宙母艦と1000機の戦闘機からなる大隊ごとに行われた。

場所は月から地球への延長線上の宇宙空間で行われた。

その場所は地球が衝(しょう)の位置になっており異星人の宇宙船が停泊している月からは見えない位置だ。

地球の周囲を遊弋(ゆうよく)している異星人の宇宙船は人工衛星軌道付近にいるから十分に離れた位置だった。

 ブラック大隊が訓練をしている時にそれは起こった。

最初に地球基地からのX線通信での緊急通信が入った。

「ブラック大隊に緊急通報。こちら第2海底基地。受動的隣接7次元探知機で敵宇宙船の異常な動きを検出した。一隻がそちらに向かっている。注意せよ。対処が必要だ。対処は独自で判断せよ。緊急事態だ。繰り返す。ブラック大隊に緊急通報。こちら第2海底基地。受動的隣接7次元探知機で敵宇宙船の異常な動きを検出した。一隻がそちらに向かっている。注意せよ。対処が必要だ。対処は独自で判断せよ。緊急事態だ。以上。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る