第19話 17、7次元への挑戦
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ニューマンはテスラ工場長に頼んでサイクロトロン銃を作ってもらった。
ディスク型超遠心機とサイクロトロンと電位筒の構成は変わらなかったが、サイクロトロンは改良され、注ぎ込んだ水素分子が全て射出されるように改造されていた。
電位筒の電位は高速でスウィープされ潜在質量の具現化距離は5mから1000mまでのほぼ連続となった。
空気中での試射では空気が一瞬で切り裂かれ「パシュ」という聞き慣れない音がした。
空気が吹き飛ばされて真空の棒ができる時の音と真空の棒に空気が戻る音だった。
物体に当たると物体には大口径銃で撃たれたような穴があき、多くの場合、破砕して吹き飛ばされた。
7次元シールドを破るかどうかは分からなかったが十分な殺傷力を持った銃だった。
火星の状況も火星基地からの報告で分かった。
各ブロックの火星町は人間の流入を禁止した効果のためか感染はなく無事だった。
だが地球からの補給物資の補給がなくなったので備蓄量が減少してきているらしかった。
感染初期には全ての補給物資にガンマー線滅菌をして補給していたのだが、現在では補給宇宙船が来なくなったらしい。
あと2年もすれば全員が飢え死にするだろうと報告された。
病原菌という毒気を含んだ大気となった地球ではあったが、それでも地球は火星より良かった。
大地には太陽光が降り注ぎ植物は育った。
空気は水フィルターとアルコールフィルターと加熱フィルターを通せば呼吸することができた。
牛肉や豚肉は食べることができなくなったが海の魚や穀物はガンマー線滅菌すれば食べることができた。
もともと人間は魚と穀物と野菜だけで生きていくことができる。
アクアサンク海底国は地球の各地に臨時放送装置を置き各地の言葉で自動放送した。
「こちらはアクアサンク海底国。生き残っている地球人に告げる。この窮地を生き残れ。地球人に未来はある。対処方法を紹介する。まず密閉できる建物を見つけよ。洞窟でも地下室でもいい。建物内は外からの外気が入らないように陽圧にせよ。供給する空気は水フィルターとアルコールフィルターと加熱フィルターを通せ。そうすれば安全に呼吸することができる。外に出る時は簡易宇宙服を着用せよ。外から室内に入るときはエアシャワーを浴び、宇宙服はガンマー線滅菌せよ。室内に持ち込む物は全てガンマー線滅菌せよ。そうすれば安全だった。食料を作れ。米を作り、麦を作り、豆を作り、魚を取れ。それらの中には病原菌は取り込まれていないと推測している。確認はしていない。収穫物はガンマー線滅菌をすればいいだろう。水は地下水を使え。今のところ安全だったが長期に亘ってそうであるとは確信できない。当該伝染病の病原菌は強い。太陽光に当たっても感染力を保つ。この病原菌は異星人が地球人を殺すために撒いたものだと推察する。異星人は大型宇宙船128隻で地球に来た。長さが1000mの大型宇宙船だ。現在、120隻が月の裏側に待機しており、8隻が地球周辺を遊弋(ゆうよく)している。異星人宇宙船は隣接7次元におり、こちらの攻撃は通り過ぎてしまうと推測する。隣接7次元に居るかどうかは宇宙船を通して背景が見えるかどうかで判断できる。レーダーには映らない。残念ながら現在の我々には敵宇宙船を破壊できる手段を持っていない。だが地球人は生き残らなければならない。火星と比べたらずっといい。水があり、太陽光は強く植物は生育できる。地球人よ、生き残れ。核戦争が起こったわけではない。地球の資産はほとんど無傷で残っている。生き残れ。・・・繰り返す。こちらはアクアサンク海底国。生き残っている地球人に告げる。・・・」
この放送は民間の緊急周波数121.5メガサイクルと軍用の緊急周波数243メガサイクルで発信された。
多くの民間人は既に死んでおり、生き残っているのは軍や官公庁の関連者だろうと思ったからだ。
放送はアクアサンク海底国が敵の宇宙船の位置を探知できていることを知らせていた。
隣接7次元に居ることを確認する方法を知っていたことを知らせていた。
今のところは敵に対抗できる手段がないことも知らせていた。
ニューマンは7次元位相界に入ろうと実験を繰り返していた。
超遠心機から出た水素分子がイオン化されサイクロトロンで加速されている間は潜在質量が保存されている不安定な状態になっている。
不安定な電子と水素分子イオンを高エネルギー交番電場を晒(さら)せばマリア・ダルチンケービッヒが100年前にしたように「共鳴周波数」で高次7次元位相に遷移するだろう。
高エネルギー交番電場はガンマー線の電場が使えるはずだ。
ガンマー線の線源は分子分解砲のガンマー線を使えばよかった。
分子分解砲はロッドから出るコーヒーレントガンマー線に紫外光の変調をかけたものだ。
紫外光を重ねなければ位相の揃(そろ)った普通のガンマー線が得られる。
それはレーザー(Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation)と同じでガーザー(Gamma-ray Amplification by Stimulated Emission of Radiation)と呼ばれる。
ガーザーのロッドから出るガンマー線の周波数は一定で変えることができないので高次7次元位相にいく物の状態を変えればいいとニューマンは考えた。
サイクロトロン内の電子や水素分子イオンはいろいろな状態にあるのだから、そのうちのどれかはガンマー線の周波数が共鳴周波数になっているはずだと考えた。
実験は造船所で製造されている未完成の無人戦闘機で行われた。
戦闘機の外壁とサイクロトロンの中心との間に静電場をかけ、小型サイクロトロンに分子分解砲のガンマー線を位置を変えて照射していった。
そしてあるとき戦闘機が消え、生じた真空に小さな破裂音が生じた。
それはニューマンに7次元位相界の扉が開かれた瞬間だった。
「消えた。・・・玲子さん、消えたよ。」
ニューマンは戦闘機が消えた場所を見ながら言った。
「消えたわね。7mの鉄の塊が消えた。」と玲子。
「消えましたね。」と工場長のテスラ。
一同は暫(しばら)く戦闘機のいた場所を眺めていた。
「7次元のどこまで行ったんだろう。」
ニューマンが沈黙を破って言った。
「分からないわ。もう地球には居ないかもしれないわね。」
玲子はまだ戦闘機の居た場所を見ながら言った。
「高次の7次元に行ったらそうなるね。高次の7次元は地球の重力はおろか大宇宙の重力場だって届かないだろうからね。大宇宙は動いているし、太陽も地球も動いている。この位置にいることなんて考えられない。」
「怖くなってきたわ。」
「どうしてだい。」
「だって7次元から戻ってきたらどうするの。消える時にはボンって音がしたでしょ。だから戦闘機のあった空間が消えたってことでしょ。今回は幸運にも消えたままだったから大丈夫だったけど、もしも7次元に行ってから直ぐに戻ってきたら大変だったはずよ。消えたと同じ位置に戻るって保証はないわ。高次7次元では重力がないんでしょ。だから地球が動いていたら戻る場所は移動してるはずよ。深海の中で実体化したかもしれないし、工場の中で実体化したかもしれないし、この基地の外壁の中で実体化したかもしれない。私たちの体の中で実体化したかもしれない。・・・怖いでしょ。」
「もっともだ。確かにこの実験は宇宙空間でしなければならないし危険を伴う。・・・そうか、ダルチンケービッヒ先生はだからこの実験を進めなかったんだな。きっと戻ってきた物は少し移動していたんだと思う。」
「地球に来ている異星人の宇宙船のように7次元位相界を自由に行き来できるようになるまでにはたくさんの事故があったのでしょうね。」
「そう思う。この先は宇宙空間で実験すべきだね。」
「それにしても高次7次元位相界の時間速度が早くて良かったわね。」
「どうしてだい、玲子さん。」
「だって探すのが楽でしょ。この世界の一瞬が例えば向こうの世界の10分間だとするでしょ。これも例えばだけど、向こうの世界を撮影してから電源を切ったとしたら現世(げんせい)に帰れたとするでしょ。出現場所は消えた場所からそれほど動いていないはずよ。大宇宙は動いていたとしても一瞬なんだからそれほど遠くには行かないはずだから。」
「その通りだと思う。」
「もう一つあるんだけど。」
「なんだい。」
「地球と火星の通信してみない。もちろん自由に7次元を行けるようになってからなんだけど、地球の7次元の発信機から火星の7次元の受信機にX線通信機で通信するの。地球では発信し終わったら現世に戻るようにしておき、火星では受信したら戻るようにしたらいいでしょ。いちおう超空間通信機よ。面倒だけど特殊な金属を作るよりずっと早くできると思う。」
「でも現世に戻ったらその通信機は移動しているだろ。」
「そうね。・・・見つけるのに電波発信機をつけておかなければならないわね。でも通信機だから楽ね。」
「伝書鳩みたいだね。・・・先(ま)ずは消えた宇宙船を戻す方法を見つけるのが重要だよ。」
「そうね。実験には私も連れてってね。」
「もちろんさ。」
実験は太陽と地球と火星の引力が同じになるラグランジュ点で行うことにした。
7次元から戻った実験機が引力で移動しないようにするためだった。
実験用に改造した戦闘機10機にはロボット兵が乗り、自機と共に当該点に向かった。
通常アクアサンク海底国の戦闘機は二人一組で運用される。
一人は戦闘機の電脳でもう一人は人型ロボットだ。
電脳は操艦に優れ、人型ロボットは船外活動に長けている。
「実験1号機のサクラさん、これから実験を始めます。操縦席の前のパネルのランプは全て青になってるね。」
「なっております、ニューマン様。」
「OK。そうしたら脱出の準備ができたらパネルの赤ボタンを押してください。15分後からサイクロトロンにガンマー線照射が開始されます。サクラさんは15分間で実験機のハッチを閉めてから脱出できますか。」
「大丈夫です。私の戦闘機は接触しております。」
「了解。ここはラグランジュ点です。重力航法は使えないけど大丈夫ですか。素早く離れることができますか。」
「大丈夫です。私の戦闘機にはニューマン様が考えられた小型のサイクロトロンエンジンが着いております。信じがたい加速で移動できます。ありがとうございます。」
「どういたしまして。そしたら脱出の準備をしてから赤ボタンを押してください。」
「了解。」
最初の実験は7次元位相界に行った実験機をこの世の7次元ゼロ位相界に戻す実験だった。
7次元から戻ってこなければ先に進めない。
ニューマンは祈るような気持ちで7次元に行った実験機の全ての電源を切ることにした。
脱出の準備ができると実験機の兵士は赤ボタンを押し、ハッチを開けて船外に出、ハッチを閉めてから自機に移り、加速して離れて行った。
緊迫の15分間だった。
撮影が始まった。
果たして20分後に実験機は突然消えた。
映像であとで確認したところでは実験機は半透明になってから完全に消えた。
実験開始後40分後に実験機は消えた位置とほとんど変わらない位置に出現した。
半透明の船体が現れ、そして実体を持つ船体になった。
「戻ってきてくれた。」
ニューマンは呟(つぶや)いた。
ニューマン達はさっそく7次元位相世界の景色を撮影された映像で確認した。
前後左右上下の映像は真っ暗だった。
7次元位相世界は暗黒の世界だった。
重力検知器は加速度ゼロを記録していたが実験地点が引力が釣り合っているラグランジュ点であったから結論は出なかった。
実験機の全ての電源を切ったことで現世に戻ったことに関しては作業仮説を作った。
「7次元位相界は現世の7次元ゼロ位相と比べて高いポテンシャルエネルギーを持ち、エネルギーを供給しない限り7次元位相を逓減(ていげん)させて行く。」という未完成の作業仮説だった。
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