第18話 16、小惑星帯での実験

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 サイクロトロン砲の実験機は1週間で出来上がった。

既存の戦闘機を改造するだけだったから短時間でできた。

ニューマンはできる限り製造現場で見学した。

工場長のテスラはニューマンが工場に来ると常に傍(かたわら)に居てニューマンに製造過程の諸処で説明した。

 シースルーケープが機体に張られると機体は透明になって機体の向こうが見えるようになった。

テスラは透明になった機体に上からシャワーをかけて言った。

「ニューマン様、ST117と言えども雨には弱いのでございます。ケープ表面は撥水性ですが雨に濡れると輪郭がはっきりと分かってしまいます。」

「了解。それにしてもきれいだね。空中に浮き上がった水滴の戦闘機だ。水洗いしてピカピカにしておくよ。ケープをしまう場所は前と後ろの窪みだね。」

「左様です。ケープは材質的には弱いものです。流星にぶつかれば破れてしまいます。ミサイルに当てられても破れてしまいます。高速で飛ぶ時は格納しておいた方が無難です。それから出入り口のエアロックが突き出る時は自動的に一部開きます。」

「了解。」

 ニューマンは早速実験機をメレック号に乗せて宇宙に飛び出した。

母、シークレットと五十鈴川玲子とミミーが同乗した。

メレック号の定員は二人だ。

生活室にはベッドが二つしかない

ニューマンは操縦室の隣の補助室に簡易ベッド2個を入れた。

ニューマンとシークレット用だ。

 メレック号は「受動的隣接7次元探知機」で特定された8隻の敵宇宙船に見つからないように地球を飛び出し小惑星帯に向かった。

小惑星帯は火星と木星の間にあり多数の小惑星が公転している。

大昔、この軌道には惑星があり、不明な理由で崩壊したという説がある。

木星の衛星に多数の逆行衛星があるのが根拠の一つだ。

 小惑星帯では地球から観測できる小惑星の最短距離は地球と月の距離ほど離れているのだが観測できない大きさの岩石は其処此処(そこここ)に見つかる。

実験はそんな岩石に対して船首のサイクロトロン砲で行われた。

 実験機を走行モードから射撃モードに切り替えると正面の主画面上に十字線が現れた。

この段階でサイクロトロンエンジンは電界筒が伸びてサイクロトロン砲に変わっている。

操縦ボールを動かすと十字線はボールの動きに合わせて動いた。

前部のサイクロトロン砲が高速サーボ機構で動いているのだ。

ニューマンは前方の岩に十字線を合わせ、加速ノッチをゼロにしてノッチの横の発射ボタンを押した。

何も変化は見えなかった。

ニューマンはニヤッと笑って長い試射実験に入った。

 サイクロトロン砲の試射ではやってみなければ分からないことがあった。

ニューマンのサイクロトロン銃の実験ではサイクロトロンから打ち出された電子と水素分子イオンは銃に反動を与えないで飛び出した。

問題はどこで電子と水素分子イオンが潜在質量を具現化するのかだった。

マイクログラム程度の質量では具現化する位置を知ることができなかった。

そこでサイクロトロン砲を作って潜在質量が具現化される位置と効果を知ろうとしたのだった。

 サイクロトロンエンジンの操縦球はサイクロトロン砲の照準球になっており、サイクロトロンエンジンの加速ノブはサイクロトロン砲のエネルギーノブとなっている。

操縦室のパネルには新たなノブが着いていた。

電界筒にかける静電場強度のノブだった。

電場強度を変えれば潜在質量が具現化される距離が違ってくるだろうと希望的推測をしたのだった。

 ニューマンはエネルギーノブを1ノッチにして静電場強度ノブを順次上げていった。

エネルギーノブの1ノッチとは8000トンのメレック号を1Gで加速する推力を出すエネルギーに対応する。

問題はその力を発揮する前後はただの電子と水素分子イオンと言うことだ。

力を出す前は蚊を殺す力もないし、力を出した後も普通の電子と水素分子イオンになってしまう(はずだ)。

 幸運にもニューマンはある静電場強度ノブ位置で前方の岩が動いたのを見つけた。

「母さん、岩が動いたよ。」

ニューマンはメレック号にいる母に叫んだ。

「見えたわ。静電場強度ノブのノッチを前後に1ノッチだけ動かして試しなさい。それを終えたら次に実験機を前後に少しずつ動かしなさい。」

「了解、了解、了解。へっ、へっ、へっ。」

 静電場強度ノブを前後に1ノッチ動かして発射しても、どちらでも岩は動かなかった。

ノブを元に戻し、実験機を1mだけ前進させると眼前の岩は破砕した。

「母さん、命中だ。ノッチは15。岩の表面までの距離は125m20㎝だ。」

「とっかかりが出来たわね、ニューマン。上の方に手頃な岩があるわ。ノッチ16で距離を125mから離して行きなさい。」

「アイアイサー(aye-aye-sir)。」

 ノッチ16では岩は300mの距離で爆砕された。

「静電場強度ノブは作り直す必要があるわね。粗(あら)すぎる。」

「そうだね、母さん。でも感動してるよ。水素ガスが岩を破壊したんだよ。」

「そうね。8000トンのメレック号を動かしもしたわ。・・・各ノッチの距離を決めていくわよ。その後(あと)はエネルギーノブの実験。」

「了解。」

 サイクロトロン砲の実験は成功裡に終わった。

サイクロトロン砲は潜在質量具現化位置で大きな鉄球が当たったような効果を示したがその前後では目立った作用は起こさなかった。

射程距離は最長でも1㎞で、それを過ぎると急速に効果がなくなった。

真空の宇宙空間であっても光速近くで射出された時間速度が早まった電子と水素分子イオンは周囲から存在場面を吸収して普通の電子とイオンになるようだった。

その時間は3マイクロ秒ということになる。

エネルギーノブの効果は目盛通りでノッチを上げると破壊力は上がった。

 「静電場強度ノブは改良した方がいいわね。少なくとも電位を高速スイープさせた方がいいわね。どの距離でも破壊力を持つことになるから。今のままだと機体を止めて撃つしかないでしょ。それでは戦えないわ。ボタンを一つ着けるだけだし。」

「そうだね母さん。弾は水素ガスだ。ほとんど無限にある。でもそのモードで空気中で撃ったらどうなるんだろう。」

「ふふっ、想像できないわね。」

「それと不要なノッチ領域は無くして距離と連動させる機構を加えた方がいい。自動モードだ。距離を測定して自動的に電位がかかるようにしたらいい。」

「そうね。それも付けておきましょう。」

 ニューマンが作ったサイクロトロン銃は試さなかった。

筒の電位と潜在質量の具現化距離の関係が分かったので試射する意味はなかった。

それとニューマンが作った銃のサイクロトロン部の構造が実動しているサイクロトロンエンジンの構造ほど洗練された物ではなかったので出力を高めると危険だった。

洗練されたサイクロトロン銃を作ることは造船所の設計技師に任せた方が安全だ。

 シースルーケープの効果も確認された。

シースルーケープを展開した実験機は肉眼ではもちろん見えなかったし、赤外線カメラでも紫外線カメラでもX線カメラでも写らなかった。

ガンマー線シンチレーションカメラでも写らなかった。

短波、マイクロ波レーダーではどの距離でも探知できなかった。

ミリ波レーダーではシグナルが小さくて探知できなかった。

要するに完璧だったが外部を見るための極小カメラと分子分解砲の銃口、サイクロトロンエンジンの噴出口は稼働中は隠すことができなかった。

移動は重力遮断パネルで動けばいいし、分子分解砲は撃たなければいいし、カメラは小さいから分からないだろう。

通信はX線通信機を使えばアンテナを出さずに通信できた。

 メレック号は地球の第2基地に戻った。

「サイクロトロン砲はどうでしたか、ニューマン様。」

工場長のテスラがニューマンに聞いた。

「分子分解砲には負けるけど凄い威力を持っていたよ。想像だけど大質量の砲弾が光速近くでぶち当たったって感じだった。その射程はたったの1㎞だけどね。」

「どうして射程が短いのですか。」

「どうも打ち出された電子と水素分子イオンは急速に元の姿に戻ってしまうようだ。1㎞ってのは光が3マイクロ秒で進む距離だ。サイクロトロンから打ち出された電子は光速近いから打ち出された電子はせいぜい1マイクロ秒で元に戻ってしまうことになる。蛍光寿命と同程度ってことかな。」

 「何となく納得できます。実用できそうですね。・・・たとえ敵の7次元シールドが打ち破れなくても大質量が高速でぶち当たるのです。敵の質量が小さければ吹き飛ばされるはずです。中の人間は死ぬはずです。」

「そうだろうけど中には人間は居ないようだよ。相手はロボット人だと推測してるんだ。」

「それはちょっと難儀ですね。」

「相手はこちらよりも進んでいるからね。蜂の一刺(ひとさ)しって感じだね。」

「刺したら死ぬミツバチ(bee)より刺しても死なないスズメバチ(hornet)だといいですね。」

「同感。」

 海底造船所ではシースルーケープの増産が進んでいた。

強力な敵に対して効果があるかもしれない物だからだ。

メレック号に積んだ実験機に着けたことで作製のノウハウも分かっていた。

あって困るものではなかったのでアクアサンク海底国の戦闘機や航宙母艦に順次装着されていった。

 メレック号も改造された。

サイクロトロンエンジンがサイクロトロン砲と兼用にされ、シースルーケープを展開できるようになった。

実験機も含めサイクロトロン砲の操作パネルも改良され、静電場強度ノブは距離の目盛が付けられ「距離ノブ」と呼ばれるようになった。

 「母さん、これからどうすればいいんだろう。」

アクアサンク海底国第2基地の宿舎での夕食時にニューマンが母に言った。

「・・・このまま待つか何かして待つかね。・・・このまま待てば敵は動き出すと思う。地球の人間の動きがなくなれば地球人は死んだと考えるでしょ。そうしたら本来の目的の行動を取ると思うの。」

「どんな行動だと思う。」

 「・・・新しい町を作ると思うわ。地球人の町は使わないでしょうね。・・・地球人の町を使ったら地球人から奪ったってことになるでしょ。使わなかったら動物が死滅した惑星があったから住むことにしたってことになる。別に地球人の資産を欲しいわけではないって言うでしょうね。」

「プライドの問題っていうことだね。・・・それが何もしないで待つことだね。何かして待つってのはどうなるの。」

 「仮に幸運にもサイクロトロン砲が敵の7次元シールドを破って宇宙船を破壊できた時がそれよ。敵は地球人侮(あなど)り難しって思うでしょ。そして警戒を高めるし攻撃した地球人を探すでしょうね。町を作るかもしれないけど作らないかもしれない。戦いが始まることになる。敵は圧倒的に強くてこちらは弱い。分子分解砲の戦いでは負けるし隣接7次元に居たら手も足も出ない。ゲリラ戦になるわね。だからこちらは何とか頑張って隣接7次元にいる敵を打ち破れる物を作ることになる。それには長い時間がかかるから待つことになる。」

 「ふーむ。・・・隣接7次元に居たら地上での生活はできないよね、母さん。」

「そう思うわ。宇宙船のような封鎖空間でしか生活はできないと思う。」

「そしたら地表に作られるかもしれない敵の町は7次元シールドで囲まれているだけになるね。」

「そうね。町の中は7次元ゼロ位相になっていると思うわ。」

「7次元シールドを破壊できるゲリラも攻撃しやすいわけだ。」

「ふふっ、希望的推測ではね。」

「いずれにしても待たなければならないね。」

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