第16話 14、ニューマンの7次元説明
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シークレットの呼びかけはその後10日間続けられたが誰も呼びかけに応える者はなく、
清水東高等学校に設置した救護部にもだれも来なかった。
人口20万人の清水区でたった一人だけが生き残ったことになる。
殺された者も、自殺した者も、そして飢え死にした子供もあっただろうが大部分は疫病で死んだ。
他の町も同様なことが起こっているのだろう。
敵宇宙船の位置が分かるようになるとアクアサンク海底国の戦闘機は敵宇宙船に見つからないように空中を飛ぶことができるようになり、世界の状況を断片的に知ることができるようになった。
地球の各地は停電が続き、最後まで残っていたインターネットも海底ケーブルの光ファイバーの増幅器に電気を送ることができなくなって使えなくなっていた。
そもそもインターネットを使う人間が居なくなっていた。
地球の夜は灯火(ともしび)のない暗闇になり、川本研究所は灯火管制になった。
街に灯りが溢れていれば目立たなかったことも暗闇となれば灯火は目立つ。
灯りが漏れれば研究所は異星人に目を付けられる。
異星人の強力な分子分解砲で狙われたら対抗しようがない。
灯火だけはない。
熱源もまた人間が生きている証だ。
昼間は目立たないだろうが夜は目立つ。
ニューマン達は安全のため第2海底基地に移ることにした。
アクアサンク海底国の第2海底基地はトルコの地中海側のシリフケ近くの海底5000mにあった。
この近くにはもともとイスマイルのイルマズ造船所があった場所だったし、造船所近くの島は正式にトルコ政府からアクアサンク海底国に基地として贈与されたものだった。
イルマズ造船所ではアクアサンク海底国の航宙母艦と戦闘機を造っていた。
イルマズ造船所の作業員は2200年頃から50年をかけて次第にロボットに置き換えられ50年ほど前には全ての作業はロボットが行うようになっていた。
そうなると造船所を地表に置く必要がなくなり、イスマイルは海底に巨大な基地を建設し造船所を海底基地に移した。
アクアサンク海底国の第2海底基地は巨大な海底造船所だった。
イスマイルがニューマンにプレゼントしたメレック号も第2海底基地の造船所で建造された。
「外は真っ暗だけど暫く我慢してね。」
シークレットはメレック号を第2海底基地の駐機場に入れてから玲子とミミーに言った。
「海底国って言っている意味が分かりました。巨大な海底基地ですね。周囲に壁が見えません。」
「ふふっ、アクアサンク海底国の宇宙船は私とニューマンが住んでいた軍事衛星とこの海底基地で造っているの。ここでは大型艦も造るのよ。何でも揃っているわ。」
「外に出るには宇宙船で出るしかないのですか。」
玲子が不安そうに言った。
「今はそう。非常口が一つあるのだけれど今はそこは海水で満たされているわ。外の空気が入ることを防ぐためにね。」
「あのー、この基地は海面下5000mでしたよね。地上に出るには5000mの登山をしなければならないんですか。」
「そうなの。空を飛べるロボットには容易だけど人間には辛いわね。非常口ってのは梯子(はしご)も何もない地下トンネル。ひたすら登って行くとアクアサンク海底国所有の島に出るの。今は行き止まりが海水の洞窟になってる。人間でも宇宙スクーターを使えば5000m登山は簡単でしょ。兵士に背負ってもらっても容易よ。でも今は海水で満たされているからトンネルに出たら500気圧の水圧で潰されてしまうわ。ロボットも耐えられない。」
「・・・海水を抜くにはどうするのですか。」
「基地の下水を外に出すのと同じよ。急速大量に排水はできないけど基地の下水と一緒に排水すればいいわ。時間はかかるけどね。」
「了解。」
「・・・もう少し海岸線を西に行くとリゾート地があるわ。綺麗な海岸線とたくさんのゴルフ場があるの。イスマイル様のお父様とお母様が楽しんだ場所。イスマイル様に見せてもらった写真には半月型のホテルが写っていたわ。もっとも2050年のことだからもうないわね。でもそのゴルフ場はまだあると思うわ。きっと海も綺麗よ。みんなで行ってきたら。」
「母さん、誰もいないゴルフ場で宇宙服を着てゴルフするってのは不気味だよ。僕はまだ行ったことがないけど誰もいない遊園地で遊ぶのと同じだと思う。楽しいってよりは悲しくなるよ。それに誰もいない海岸で宇宙服を着て過ごすってのも寂(さみ)しいよ。」
「それもそうね。」
ニューマンは思い付きを育(はぐく)んだ。
サイクロトロンエンジンから放出される物質に高電場をかければ潜在質量を持ったまま保存されるだろうという思い付き。
そして、そんな物質は『共鳴周波数』の交流電場をかければどこかの7次元位相世界に遷移するだろうという思い付きだった。
どちらもニューマンが尊敬するマリア・ダルチンケービッヒの100年以上前の論文に基づいていた。
ニューマンが最初に作ろうとしたのはサイクロトロン銃だった。
超小型のサイクロトロンエンジンの出口に高電場がかかる筒を着けた物だった。
サイクロトロンエンジンでは噴射された電子と水素分子イオンは直ちに潜在質量を具現化しエンジンに反作用力を与えた。
出口に高電場をかけておけばサイクロトロンを出た電子と水素分子イオンの潜在質量を具現化させることなく飛んでいくだろうと考えたのだった。
銃は長い棒に乗った3匹のカタツムリのような形をしていた。
10万rpmで回転するディスクローターで遠心された水素分子はイオン化されて2重のサイクロトロンに入り電子が最初に光速近くで射出され、遅れて水素分子イオンが亜光速でサイクロトロンを出る。
それらは高電圧がかけられた長い筒を潜在質量を発現させないまま通って射出される。
問題は射出された電子と分子イオンをどの段階で潜在質量を具現化させるかだった。
まだ見たことがない敵の7次元シールドに当たってから潜在質量が現れなければ効果を発揮しない(だろう)。
当たる前に潜在質量が現れてしまったらおもちゃの鉄砲よりも威力の弱い銃になる。
電子1個が当たっても何も感じないだろう。
幸いなことにサイクロトロン銃の反動は検出されなかった。
「こんな物で武器になるの。私が板で遮(さえぎ)っても何も感じないわ。」
手伝っていた五十鈴川玲子が言った。
「今は打ち出してる量が少ないからね。空気中の分子に当たっているのかもしれない。問題は鉄砲に反動が有るか無いかなんだ。メレック号のサイクロトロンエンジンはこの鉄筒部分がないだけの物なんだけど強力な推進力を出すんだ。8000トンの宇宙船を10Gの加速度で推進させる。1秒間で98mの加速度だよ。いまでも0ー400mの時間で加速を競っているだろ。今は6秒くらいかな。でもメレック号は3秒だよ。8000トンの宇宙船を3秒以内で400m引っ張る。まあ僕は乗りたく無いけどね。3Gでも顔の皮が引っ張られるんだ。」
「知ってるわ。子供の頃、遊園地で回転して壁に引っ付く乗り物に乗ったことがあるの。一緒に行ったお姉さんの顔が後ろに垂れてた。おっぱいもぺしゃんこになってたわ。」
「見たかったね。・・・そんなサイクロトロンエンジンにこの筒を付けたら強力な大砲になるはずだよ。うまくいけばね。いまのところは成功だよ。サイクロトロン銃に反動がなかったからね。打ち出された電子と水素分子イオンは飛んでいったってことだよ。」
「何を撃とうとしているの。」
「分からない。」
「『敵を知り己(おのれ)を知れば100戦殆(あや)うからず』からしたら危ういわね。」
「そうなんだ。危うい。せめて『彼を知らずして己を知れば一勝一負す』にしたいと思っているんだ。」
「孫子の己さんはどう思っているの。」
「母さんからの又聞きだけどね、ダルチンケービッヒ先生が出会ったロボット人の宇宙船は凄かったそうだ。ホムスク星のホムスク人が造った宇宙船だ。ホムスク星は大宇宙の端にあって重力場が小さいから時間速度は地球の100倍も早かったそうだよ。賢い指導者がいてまず言語を一つにしたんだって。それから繁栄を続けて1億年以上続いたそうだよ。今の地球の文明はエジプト文明を入れてもたったの7000年だ。恒星間宇宙船ができるようになると宇宙地図を作るためにホムスク人は大宇宙に散って行ったんだって。それが数千万年続いてとうとう宇宙地図が完成したらしい。その時代を『大航宙時代』って言うそうだ。恒星の動きはシミュレートできるから今でもその地図は使えるらしい。だから地球もその地図に載っている。ホムスク人もロボット人も誰でも来ることができる。そこからが少し複雑なんだ。」
「すっごく興味深いわ。続けて。」
「ホムスク人の宇宙船が地図を作るために地球に初めて来たのは恐竜と人類が共存していた時代だよ。火星と木星の間にまだ惑星があってその惑星に今地球にある月が廻っていた時代だ。ちょうどその頃にその第5惑星が衛星の月と衝突して粉々になり小惑星帯ができ月は地球の衛星になったらしいんだ。そんな事件でホムスクの宇宙船が遭難して救助のために3隻の宇宙船が地図作成を中止して地球に来た。火星にも行ったのかもしれないけどね。」(著者注14-1)
「それからどうなったの。」
「結局、遭難船は見つからず3隻の宇宙船の乗組員は地球に居着いてしまった。神様になったんだろうね。ホムスク人と地球人の間には子供はできなかったのでホムスク人は近親交配を繰り返してほそぼそと地球で暮らしたんだ。大部分はミュータントになって死んだらしいけど生き残った少数の人間は超能力を持っていたらしい。読心者とかジャンパーとかね。でも、とにかく人数が少ないんでホムスクの優れた文明を継承できなかったんだ。僕たちだってたとえどんな凄いコンピューターがあっても個人では地球文明を継承できないだろ。3台の宇宙船は猪苗代湖とチチカカ湖と南極に埋まっていた。飛べたのは15万年前から溶岩に埋まっていた南極の宇宙船なのだけどダルチンケービッヒ先生が乗って宇宙に行ってしまった。」(著者注14-2)
「すごいストーリーね。」
「ダルチンケービッヒ先生が出会ったロボット人の宇宙船は今地球に来ている宇宙船と同じ形なんだ。だからおそらく今地球に来ている宇宙船の性能は同じでロボット人が乗っている。生身のホムスク人なら致死性の伝染病は広げないからね。・・・長い話になったけどその宇宙船の性能が問題だ。その宇宙船は天の川銀河系の10万光年を一瞬で遷移できるんだ。過去にも未来にも行けるらしい。原理は簡単で高い7次元位相に上がってから摂動を加えて長距離の遷移も過去にも未来にもいけるらしい。」
「そこが私には理解できないことなの。シークレットさんが言ってた『7次元シールド』ってのにも7次元が入っているでしょ。7次元って何。私、4次元までしか知らないわ。この世界は形の3次元と時間の4次元でしょ。」
「そうだね。尊敬するマリア・ダルチンケービッヒ先生はこの世界の時空界を7次元だと想像したんだ。凄い発想だよ。・・・図示すると分かりやすい。ちょっと待ってて。」
ニューマンは紙に7次元時空界の模式図を描いた。
みてみん、https://27752.mitemin.net/i500293/
「これがダルチンケービッヒ先生が考えて7次元時空界だよ。我々がいる場所はここで3次元は描きやすいようにxとyだけで描いてある。我々が使っている時間はt5軸で過去から未来に進んでいる。そんな世界は何個も存在することができる。t6軸がそうだ。平行世界だね。並行世界は過去や未来に行くと自動的に作られる。並行世界の端はどうやら繋がっているみたいだ。ちょっと動いただけで大宇宙がもう一つできるわけはないよね。そんな世界に直角に交わっているのがt7軸の7次元軸だ。だから高い7次元に上がってから摂動を加えてから物体がある7次元ゼロ位相に戻ってくると過去や未来や遠くの場所に行くことができるんだ。」
「ふーん。t4軸は何。これも時間軸よね。」
「過去や未来の時間と違って物体が存在するための時間だよ。存在するためには時間が必要だろ。少なくとも最短時間のプランク時間が必要だ。プランク時間は『連続』だけどガストン・パシュラールは『時間は瞬間の連続』だと言った。マリア・ダルチンケービッヒ先生は両方を合わせて『時間はプランク時間の瞬間の重ね合わせ』だとしたんだ。人工衛星の時間の進み方は遅いだろ。時間進行速度が遅いってことはその瞬間がたくさんあるってことだ。t5軸の一瞬の時間はt4軸の全部ってことになる。」
「お部屋に帰ってじっくりと考えることにするわ。」
「それがいいね。」
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