第15話 13、五十鈴川玲子
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五十鈴川玲子が研究所に入るときにはいつもと違う手順が採られた。
メレック号が川本研究所の庭で止まるとシークレットが玲子に言った。
「玲子さん、これから家に入るんだけど全ての物を滅菌処理しなければならないの。この家の入り口は2カ所で、玄関の風除室とガラステラスの入り口があるわ。どちらにもエアシャワー室とガンマー線滅菌機がついたトンネルがあってそこを通らなければならないの。疫病が流行り始めた時に設置したのよ。・・・エアシャワー室はフィルターを通った強い風で衣服に付いた病原菌を吹き飛ばす装置。ガンマー線滅菌機はガンマー線を当てて病原菌のDNA鎖を分断させるの。ここまでは分かった。」
「分かりました。」
「私の場合はエアシャワーを浴びてから衣服を脱衣箱の籠(かご)に入れ、クリーンルームに進んでから脱衣箱の服を着るの。その間に脱衣箱の衣服はガンマー線滅菌されるわけ。ニューマンの場合はエアシャワーを浴びてから宇宙服のまま家に入って家の中で宇宙服を脱ぐの。クリーンルームで宇宙服を脱ぐ場合もあるわね。・・・玲子さんの場合はちょっと辛いけど最初に服を脱いで裸でエアーシャワーを浴びて欲しいの。エアーシャワーを浴びてからクリーンルームに進んでもとの服を着てちょうだい。トランクも一緒に持って入って。トランクは最初から脱衣箱に入れておけばいいわ。まとめて滅菌されるから。」
「了解しました。」
3人がガラステラスに入ると五十鈴川玲子が言った。
「ここがガラステラスね。清水の街から見えたわ。広いのねえ。」
「玲子さん、最初に2階のお部屋に案内するわ。お風呂に入ってさっぱりして。お話はそれからにしましょう。」
「ありがとうございます。お願いします。」
シークレットが玲子を2階に案内するとミミーが扉を開けて出てきた。
「ミミーさん、後で紹介するけど玲子・五十鈴川さんよ。今日からミミーさんの隣に住むの。」
シークレットは英語で言った。
「ミミーです。よろしくお願いします。」
ミミーは拙(つたな)い日本語で言った。
「ミミーさんも日本語が話せるようになったのね。」
「暇だから勉強しました。」
「りっぱよ。」
「い・す・ず・が・わ・れ・い・こ・です。よろしくお願いします。」
玲子は英語で言った。
「ふふっ、玲子さんもりっぱ。」
玲子を部屋に案内するとシークレットが言った。
「ここがお部屋よ。300年前と同じお部屋。シングルのベッドと庭が見える窓と鏡台とクローゼットと小型冷蔵庫と電気ポットとバストイレ兼用のユニット洗面所。タオルとバスローブと石鹸は洗面所の棚にあるわ。女性用の化粧品はないの。おいおい街から集めればいいわね。室温と湿度は壁のコントローラーで調整して。窓は開くけど開けないでね。小さい部屋だけど我慢して。」
「私にとっては宮殿のようなお部屋です。」
「じゃあね。お風呂に入ってさっぱりしたら下に来て。」
「ありがとうございます。」
五十鈴川玲子は久々の風呂に入り久々の化粧をし久々のスカート姿で階下に下りて来た。
階下ではニューマンとシークレットとミミーが比較的小さな食卓に座って待っていた。
「玲子さん隣に座って。今お茶をいれるわ。」
シークレットが席を立ちながら言った。
「ありがとうございます。久々にお風呂に入りました。
「良かったわね。綺麗になったわ。・・・お茶をどうぞ。冷凍物だけど清水の追分羊羹(おいわけようかん)もね。」
「ありがとうございます。」
「先に紹介するわね。途中でも質問していいわ。・・・私はシークレット。この研究所の主人(あるじ)のイスマイル・イルマズ様が最初に作ったロボットでイスマイル様の秘書よ。ニューマンが生まれてからはニューマンの母親になったの。育ての母ね。・・・隣がそのニューマン。年齢は20歳かな。イスマイル様と乙女奥様の間にはお子様がおられなかったのでイスマイル様がご自分の細胞からお造りになった子供。でもイスマイル様とは同じではないの。イスマイル様は早老症の反対の遅老症だったのでご苦労なさったの。それで細胞を3倍体化してからニューマンを造ったの。イスマイル様は4倍体人間だったからニューマンは12倍体人間よ。ニューマンはイスマイル様と違って普通の速さで成長しているわ。・・・ニューマンの隣はミミーさん。16歳よ。」
「3日前に17歳になりました。」
ミミーが軽く訂正した。
「・・・17歳よ。火星の北アメリカ町に住んでいたの。地球の海を見たいって言うんで地球に連れて来たんだけどこの疫病が発生したでしょ。北アメリカ町は外から人間が入ることを禁止してしまったの。帰ることができなくなってここで暮らしているわけ。そんなところかな。・・・玲子さん、自己紹介して。」
「状況も話します。・・・名前は五十鈴川玲子。20歳の大学生です。夏休みで帰省(きせい)していたら清水でも疫病が発生してしまいました。疫病はあっという間に広がって最初は停電になりました。停電になったら原始生活ですね。もちろん想像ですが。・・・そのうち父も母も発病して近くにいた私は感染したと確信しました。・・・人間には色々な人がおります。1ヶ月で死ぬと分かった感染者は始末におえません。バイオハザードの感染者のアンデッドはバカでしたが今度の疫病の感染者は発病までは正常です。好き放題をするんです。男も女も同じです。停電もそんな人達がしたのかもしれません。」
「それでどうしましたか。」
ニューマンが身を乗り出して聞いた。
「私は『花も恥じらう乙女』の美人ではありませんが『花にも恥じらう乙女』です。私は身の危険を感じて武装することにしました。近くの追分にある銃砲店に忍び込んで鉄砲とあるだけの弾を盗んできたんです。鉄砲っていいですね。持ってるだけで安心できます。鉄砲を肩にかけていれば街に出ても襲われることはありませんでした。お店から食料を盗むのも安心してできました。」
「店には人が居なかったのかい。」とニューマン。
「居たかもしれませんが出て来ませんでした。戸口が破られたお店です。出てくれば感染してしまいます。感染したら確実に死ぬのですから店には出てこなかったのだと思いました。・・・それからは最初に入口を大きく開けてから泥棒しました。」
「たいしたもんだ。」とニューマン。
「そのうち感染者の中でグループができました。感染者は平気で町を歩きますから互いに感染者だと分かります。同類相い憐れむですね。今の場合は同病ですが。・・・そんな友達や知り合いがグループを作るわけです。仲間がいれば会話できるし安心です。みんな1ヶ月の付き合いです。1ヶ月だけ生き延びて死んでいくんです。好き放題をする人間にも対抗できます。相手を殺しても気になりません。自分もすぐに死ぬからです。私もグループに知人が居たのでそのグループに入りました。」
「世の中、いろいろな人間がいるってことだ。」とニューマンが相槌。
「私は1ヶ月経っても死にませんでした。でもそんなことは誰も知りません。みんな1ヶ月以内に死んでいくからです。私はいつの間にかグループのリーダーになって食料と水の確保に努めました。グループの秩序も保ちました。散弾銃が威力を発揮しましたね。普通、人殺しをしたら心は大きく動揺するはずですが私はそうはなりませんでした。相手が数週間の命だったからかもしれません。あるいは私は殺人鬼なのかもしれません。」
「気にすることはないわ、玲子さん。アクアサンク海底国は何百万人って人を殺しているの。」
シークレットは自信を持って言った。
「知ってます。最強の軍隊ですね。・・・やがてグループに入ってくる人が少なくなり、とうとうみんな死んでしまいました。その頃には食料を確保するのが難しくなりました。店屋はもちろん、一般の家庭に入っても食料は残っておりませんでした。この3日間は水だけでした。そんな時にシークレットさんの呼びかけを聞いたので通りに出て来た次第です。ほんとに命の恩人です。ありがとうございました。」
「疫病には勝っても飢えには勝てなかったわけだ。」
ニューマンは玲子の方を向いて言った。
「玲子さん、飢えに関してはもう大丈夫よ。ロボットは人間の食べ物を食べないし、ここには10年分の冷凍食品がイスマイル様のために保存されているの。3人で食べても3年は持つわ。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
「異星人も耐性がある人間が居たとは思わなかったでしょうね。ふふふっ。」
「異星人って何ですか。」
「宇宙から地球に来た正体不明の異星人よ。推測だけどこの疫病は異星人が撒(ま)いたと思うの。こんな都合のいい病原菌ってないわ。空気感染で致死率100%なんてあり得ない。そんな病原菌があったらとっくの昔に地球は無人になっていたわ。武器弾薬を使って地球人を殺さなくても勝手に死んでいってくれる。インフラはそのまま残っているし、野山もそのまま。こんな便利なことはないでしょ。」
「ほんとに異星人が来たのですか。」
「来たわ。長さが1000mで太さが500mの巨大艦128隻で来たの。今は地球の周りに8隻がいて残りは月の裏側にいるの。」
「各国は何とかしないのですか。」
「何もできないの。相手は圧倒的に強いから。ネットニュースを見たでしょ。紫の光線が一瞬で宇宙船に大穴をあけたわ。あれは分子分解砲って言って地球軍も持ってる武器。でも相手の位置が分からないのでやられるだけ。最初に宇宙ステーションがやられ次は色々な人工衛星が破壊されたの。それでGPSも使えなくなって天気予報もできなくなった。地球から宇宙戦艦を出したんだけど悉(ことごと)く破壊されたの。とにかく相手はレーダーにかからないから居どころもわからなかったの。」
「でもさっき120隻が月の裏にいて8隻が地球の周りにいるって言いました。」
「最近、イスマイル様が探知機をお造りになったんで相手の位置が分かるようになったの。これからはこちらからも攻撃できるようになるわ。でもだめなの。」
「どうしてだめなんですか。こちらの数は128隻より多いと思います。」
「ニュースで流された相手の宇宙船を憶(おぼ)えているかしら。宇宙船と一緒に宇宙の星が見えたの。それは相手の宇宙船がこの世に居ないことを意味してるの。幽霊の世界に居るのね。姿は見えるけど捕まえようとしても通り過ぎてしまうの。」
「そんな世界って本当にあるのですか。」
「あるんだよ、玲子さん。僕の尊敬するダルチンケービッヒ先生が実験で確かめた。特殊な状態にある物質なんだけど、この世界から消えてしまうんだ。えーと何て名前だったかな。・・・そう、『共鳴周波数』だった。遠心機の加速度に反発した物体は共鳴周波数の交流電場をかけると消えてしまうんだ。最初は半透明になってその後消えてしまう。その半透明になった状態が幽霊の世界だよ。先生は『隣接7次元』って名前をつけてた。」
「・・・消える物に糸を着けていたらどうなるの。」
「・・・分からない。・・・糸の代わりに宇宙船を着けても同じだね。・・・そんな7次元への移行は高電場でも阻止できなかった。・・・高電場は遠心加速度に耐えた物質が周りの存在場面を引き抜くのを阻止した。・・・か。・・・母さん、潜在質量を持った物質を貯めることはできるよ。高電場をかければいいんだ。」
「そしたら7次元シールドを張った敵にも対抗できるわね。」
「それにメレック号を隣接7次元位相に上げることもできるかもしれない。」
「そうできたら敵と対等になるかもしれないわね。・・・でもニューマン、それは後で考えましょう。今は玲子さんとのお話。」
「そうだった。ごめん。」
「あのー、今の話はついていけなかったのですが、どんなことですか。」
「今、地球に来ている宇宙船と同じ形の宇宙船が以前地球に来たことがあるの。ニューマンも貴女も生まれる前のことよ。その宇宙船は恒星を破壊できる分子分解砲を持っていて隣接7次元位相にいて分子分解砲を跳ね返す7次元シールドを張っていた無敵の宇宙船だったの。今度来た宇宙船も同じだとしたら無敵の宇宙船ということになるでしょ。ニューマンが興奮しているのはそんな無敵の宇宙船に対抗できる手段が見つかったってことなの。ニューマンは色々なことを思いつく子みたい。貴女がここに来る時に乗った宇宙船は火星まで2日で行けるわ。普通は40日以上かかるのにたったの2日。それはニューマンが思いついたサイクロトロンエンジンを着けているからなの。もちろん造ったのはイスマイル様だけど。」
「色々と聞きたことができました。」
「ゆっくり話したらいいわ。ニューマンも大学ってのは知らないの。ずっと一人で勉強していたから。」
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