第12話 10、静かなる攻撃
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アクアサンク海底国の月基地は月の赤道近くの表面と裏面の境界にあった。
月は常に表面(おもてめん」)を地球に向けて地球を廻っている。
月の裏面(うらめん)は地球からは見えない。
月は27日間で地球を一周するので月基地はおよそ1週間毎に朝、昼、夕、夜と変わってゆく
アクアサンク海底国の月基地は自然のクレーターの穴を掘り下げて作られている。
入り口の形はあたかも自然にできた穴のように歪(いびつ)な形をしている。
穴は2000mの深さがあるのだが、1000m位置から横のトンネルが掘られておりトンネルの先は広い空洞になっている。
穴に落ちれば重力が小さいからと言っても死ぬ。
重力を遮断できる宇宙船でしか入ることができない。
アクアサンク海底国の軍事衛星は直径が1000mある。
流石(さすが)に横トンネルから入ってゆくことができない。
結局、衛星は第一ハッチを上にして縦穴の底に着地し、月基地への移動はメレック号か乙女号で行くことにした。
「アクアサンク海底国の月基地の司令官に告げる。こちら縦穴の底のアクアサンク海底国軍事衛星のシークレット。傍受されない最小の出力で応答せよ。」
「シークレット様、月基地のダイアナです。どうされました。」
「呼びかけをしなかったことは適切な行動だった、ダイアナ司令官。地球に強力な敵が現れたようだ。やられる前に逃げ出して来た。これからそこに行く。」
「お待ちしております、シークレット様。」
「詳細は会って話す。通信終わり。」
シークレットとニューマンとミミーはメレック号で軍事衛星の第一ハッチを出、ほとんど同じ高さの横穴に入り、広いドームを突っ切りドーム奥のエアロックの前で止まった。
ニューマンとミミーは宇宙服を着、宇宙スクーターで格納庫からエアロックに行き、シークレットは空中を飛んで宇宙スクーターの後を着いていった。
エアロックを出るとダイアナ司令官が待っていた。
「いらっしゃいませ、シークレット様。」
「横にいるのはイスマイル様の子供のニューマンだ。隣の娘は火星の北アメリカ町の娘でミミーという。事態が急展開になったので返しそびれている。」
「ニューマンさんとミミーさん、よろしく。・・・お部屋にご案内いたします。」
「頼む。ここには長いはしない。すぐに地球に戻るつもりだ。」
案内された部屋は司令室だった。
周囲にはディスプレイが並び、周辺の月の地表の様子が映っていた。
「で、何があったのでしょうか。」
「ニューマンが考案したサイクロトロンエンジンの試験をするために火星まで行った。帰りに0.3秒で追い抜いていった宇宙船があった。こちらは秒速1000㎞の速度だったが一瞬で追い抜いて消えた。その宇宙船は円筒形で宇宙船を通して背景の星が見えた。隣接7次元に居たということだ。お前も知ってるマリアはそんな宇宙船に出会ったことがあった。その宇宙船は惑星を消すことができる分子分解砲を持ち、分子分解砲を通さない7次元シールドを張っていた。過去にも未来にも行けるらしい。宇宙船の目的が分からなかったので静観していたのだが少し前に衛星軌道の宇宙ステーションが一瞬で半切された。宇宙船は敵だと言うことだ。到底敵(かな)わない相手だったので軍事衛星を月に隠すことにし、地球に展開している大隊を海の底に避難させた。イスマイル様も深海の秘密基地に居られる。そこまでは分かったか。」
「理解しました。」
「敵の宇宙船はレーダーでは反応しない。だが肉眼やカメラで見れば姿は見える。パラパラ漫画のように我々の7次元ゼロ位相の存在画面と隣接7次元位相の存在場面が交互に現(あらわ)れて見えるわけだ。だから画像に変化が起こった場所が宇宙船の場所になる。受動的観測装置だな。変化が起こらない場所を減算処理で消せば変化部分だけが浮かび上がる。もちろん敵が動かなければ分からない。そんな装置をイスマイル様は作ってくださると言われた。・・・敵の隠れ場所は月が適当かもしれない。この近くにいるかもしれない。月表面には変化するものはほとんどない。だから受動的観測装置を何箇所かに設置したら敵の移動が容易に観測できるはずだ。運が良ければ基地もわかるかもしれない。そんな装置ができたら月表面に多数設置する。大気がないから地球周辺の変化も望遠レンズを使えば見えるはずだ。この基地は観測の拠点になる。あとは地球と月、地球と太陽の引力が釣り合うラグランジュ点に置いておけば何とか自動探知網ができるかもしれない。」
「それも分かりました。敵はどれほど見えるのですか。装置の設置には見つかる可能性があります。」
「分からない。マリアの話ではそのロボット人は人間のオーラが見えたそうだ。オーラは人間の髪の毛の先端から出ている紫外光だ。それが見える人間もいる。修行を積んだ人間には見えるようだ。イスマイル様も見えるしニューマンにも見える。多倍体人間は最初から見えるようだな。ロボットも紫外線が見えるようにすれば見えるようになる。私の目もマリアの目も赤外線と紫外線が見えるのでオーラが見える。敵ロボット人もそれができると考えるべきだ。だから装置の設置に当たっては体表温度を周辺の温度と同じにすることが肝要だ。」
「我々よりも良い目を持っているのですね。」
「そう思った方がいい。・・・この基地にシースルーケープを2枚置いていく。シースルーケープはマリアが探偵業をする時に使っていたものだ。入った光が同じ角度で出ていく布で被れば透明になる。イスマイル様がお作りになった。この基地に置いていくのはその改良版で赤外線と紫外線まで通過させるそうだ。これを被れば敵の赤外線探知からは逃れることができるかもしれない。」
「ありがたく頂戴いたします。」
「それだけだ。探知装置が来たら設置せよ。軍事衛星を暫(しばら)く預かってくれ。私はすぐに地球に戻る。」
「了解しました。」
シークレットとニューマンとミミーはメレック号で地球に向かった。
月の地表に沿って低空で移動し夜の側から重力加速で宇宙に出た。
地球と月のラグランジュ点を避け、あたかも地球の引力に引かれた物体のように地球に向かった。
高衛星軌道に入り、スピードを落として太平洋に落下した。
海中を高速で進み川本研究所に到着した。
インターネットはニュースで溢れていた。
最初に半切されたアメリカ合衆国の宇宙ステーションの他にヨーロッパ連合と中華人民共和国とアフリカ連合の宇宙ステーションも破壊されたのだ。
各国各連合の防衛宇宙船が衛星軌道に急行したのだが敵の姿は発見できなかった。
それどころか宇宙船は次々と破壊されていった。
地球からの探知では敵宇宙船は発見できなかったし、衛星軌道でも探知はできなかったのだが、たまたま映った映像から敵宇宙船が明らかになった。
アメリカ合衆国のニュース会社の宇宙船が中華人民共和国の防衛宇宙船を撮影していた時に当該宇宙船に大穴が開いたのだ。
映像には宇宙の一角から伸びた紫色の光線の帯が宇宙船を貫き、その光線がニュース会社の宇宙船の近くを通って宇宙空間に消えて行った様子が映っていた。
もちろん光線がテレビカメラに映るわけはないから紫色の光線というのは光線で励起された宇宙空間の水素分子か水素原子の発光だ。
光線発生部分の映像を拡大するとそこにはカプセル形の宇宙船が映っていた。
長さが1000mで太さは500mで突起はほとんどなかった。
そして宇宙船を通して背後の星が輝いていた。
敵宇宙船の映像はニュースで繰り返し放映された。
「母さん、やっぱり円筒形の宇宙船だったね。」
ニューマンはニュースを見ながら言った。
「そうね、あの紫色の帯は分子分解砲の帯よ。宇宙ではあんな色が出るから。」
「無警戒で撃れたってことは探知できなかったってことだよね。」
「そうね。背景の星が映っていたから隣接7次元位相にいるってことね。・・・それで地球軍は手も足も出なくなるってことね。」
「希望が無くなるってことだね。」
「そうね。・・・」
暫くすると地球周辺の宇宙空間には地球製の宇宙船は居なくなった。
宇宙に出ると破壊されるからだった。
地球人は制空権ならぬ制宙権を失った。
大小の人工衛星が次々と消されていき1ヶ月もすると地球の人工衛星はなくなった。
GPS(全地球測位システム)が機能しなくなり、自動車、航空機、船舶、その他のナビゲーション機能が全滅した、
交通に関しては地球は一気に330年前の世界(西暦2000年)に戻ったようだった。
地球社会はそれほどGPSを信頼していたのだ。
人工衛星が破壊されるとは思ってはいなかった。
気象衛星もなくなり正確な天気予報はできなくなった。
人工衛星経由の通信もできなくなった。
海底ケーブルで繋がるインターネットは健全だった。
暫くすると疫病がニュースに乗るようになった。
発祥地はコロナウイルスを世界に広げたことで有名な中華人民共和国の武漢だった。
その疫病の潜伏期は1ヶ月で空気感染で皮膚経由でも呼吸経由でも感染した。
発病者は興奮や不安定状態になり、錯乱し幻覚を見るようになり、他人に噛み付いて攻撃するようになった。
それが終わると全身に発疹が生じ丘疹(きゅうしん)から血液が吹き出して死亡した。
狂犬病と天然痘とエボラ出血熱を合わせたような疫病だった。
発病者は攻撃的になって他人を積極的に感染させ、感染力は非常に高く衣服も吐瀉物も死体も長期に亘って感染力を持っていた。
吐瀉物は乾燥して空中に飛散し、死体は腐敗して異臭と共に菌を放散し、病原菌は長期に感染力を持って空中に漂(ただよ)った。
被感染者の死亡率は100%だった。
もちろん、発病者の死亡率は100%だった。
そんな疫病のニュースは次第に出なくなった。
撮影スタッフが感染して次々と死んで行ったからだった。
放映機材を消毒することは難しい。
潜伏期が1ヶ月というのも感染を広げた。
空気・皮膚感染も感染を広げた。
病原菌が太陽光線でも破壊されないことも感染を広げた。
感染しないためには簡易宇宙服が必要だったが家庭で宇宙服を着ている訳にはいかない。
武漢の街の定点カメラには凄まじい状況が映っていた。
街中の人間が錯乱状態になり、人間を見つけると互いに噛み合いをするのだった。
それは病院内でも同じだった。
看護婦が医者に飛びかかり、顔中に発疹ができている医者は抵抗する気力もなく床に倒された。
患者などはとっくに死んでいるようだった。
疫病は瞬く間に全国に広がった。
感染者が1ヶ月間は全く正常であったことが主な原因の一つだった。
たった一人の感染者がある都市で突然発病し、病原菌を辺りに撒き散らしてして人知れず死ぬ。
周囲の人間は自分が感染したことが分からないので日常の生活を営み、1ヶ月後に突然発病して狂犬のように凶暴になり周囲の人間に噛み付いてから死に、辺りに病原菌を撒き散らす。
感染者は指数関数的に増加し、死者は感染者と同じ数になった。
感染者は必ず死に、例外はおそらくなかった。
その都市の空気は病原菌が漂い、防護服なしで都市に入れば感染した。
感染から発病は人間だけに限らなかった。
犬や猫や鼠(ねずみ)、そして兎(うさぎ)、猪(いのしし)、熊(くま)などの動物も感染し発病し死に病原菌を空気中に撒き散らした。
発病した鼠は猫に挑み猫は犬に挑み犬はそれらを噛み殺して感染した。
森や草原での実態は分からなかったがその地は動物のいない静かな土地、目に見えない病原菌が漂う地となった。
もちろん牛や豚や馬も感染し肉の供給は止まった。
鶏(にわとり)は感染しなかった。
疫病に対しては軍隊も警察も無力だった。
指揮官は自分が安全だから組織を動かすことができる。
部下に防護服を着させ街の秩序を回復しようとする。
死体を調査し原因を解明しようとする。
だが指揮官が感染したら組織は機能しなくなる。
それは研究機関も同じだった。
研究者は自分が安全だから病因を追求できる。
多くの研究者は感染性を過小評価し当該疫病に罹患(りかん)し死亡した。
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