第13話 11、死神病の蔓延

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 「母さん、とうとう地球人皆殺し作戦が始まったよ。」

ニューマンが川本研究所で母、シークレットに言った。

「そのようね。空気接触感染らしいからこの研究所も危険ね。ニューマンもメレック号で過ごした方がいいかもしれないわ。」

「ミミーさんも火星に戻した方がいいよね。」

「そうね、それが安全かもしれない。」

 「火星はなんと言っても空気が無いからね。空気は街の中だけだ。」

「それよりも火星まで40日かかることが決め手よ。疫病の潜伏期間が1ヶ月なんだから誰かが罹患していたら途中で発病するでしょ。発病したらその宇宙船の乗組員はおそらく全滅するわ。無事に火星に着けたらそれが安全の証(あかし)になるわ。」

「でも地球からの輸送船はゴミと水を運ぶんだろ。ゴミの中には病原菌が混ざっているんじゃあないのかな。」

「混ざっていると思うわ。でもゴミは穴の中に捨てて土で蓋をするから出てくることはないわ。」

 「とにかく行く前に確かめたほうがいいね。」

「それが賢明ね。火星に人間が居ることが敵に分かってしまうかもしれないけれど惑星間飛行ができそうな地球の宇宙船を見れば火星に人間がいることは当然だと思うかもしれないわ。」

 ニューマンとシークレットとミミーはメレック号で太平洋の真ん中まで行ってからX線通信機で火星基地とかったるい連絡を取った。

シークレットはX線通信機での通信は地球の各国では傍受できないことは分かっていたが異星人もそうであるかは不明だったのだ。

会話がミミーにも分かるように英語で通信した。

 「アクアサンク海底国の火星基地に伝える。こちら地球のシークレット。応答せよ。繰り返す。アクアサンク海底国の火星基地に伝える。こちら地球のシークレット。応答せよ。」

応答は15分後に来た。

「アクアサンク海底国のシークレット様に伝えます。こちらアクアサンク海底国の火星基地のハンナ。何でしょうか。」

「ハンナ、地球の状況を知らせることと火星の町の様子を知るために連絡した。最初は地球の現状だ。地球に来た異星人は最初に人工衛星を全て撃ち落とした。アクアサンク海底国の軍事衛星は月基地に隠してある。各地の大隊は海中に避難している。イスマイル様も安全だ。異星人はその後、宇宙に舞い上がってきた各国の戦艦を悉(ことごと)く破壊した。敵は制宙権を握っていてこちらは手も足もでないのが現状だ。さらに異星人は強力な病原菌を撒いた。天然痘以上の感染力を持ち、狂犬病以上の精神錯乱を起こし、致死率は今のところ100%で潜伏期は1ヶ月もある。空気感染で呼吸はもちろん皮膚からも直接感染するらしい。病原菌は丈夫で長く感染力を維持する。こちらの方も人間はお手上げだ。地球の現況はそんなところだ。火星の状況はどうか。」

 再び応答は15分後に来た。

「シークレット様、火星の町は地球での疫病の拡大を知っております。各町は避難民の流入を厳しく制限しております。たとえ潜伏期間の1ヶ月が経過していても入町は禁止されております。地球からの避難民が増えることを危惧しているのだと思います。地球から搬入される物資も厳しくチェックしております。各町では今のところ感染者はおりません。火星基地は現在異常はありません。」

「了解した。北アメリカ町の住民の受け入りは可能か。お前も知っているミミーだ。」

 15分後、応答が来た。

「不可能だと思います。北アメリカ町に住居があるタンカーの乗組員さえも入町できません。地球に出張に出かけた者も入町はできません。ミミーさんにそうお伝えください。帰れるようになったらお知らせします。」

「了解した。何か異常があったら直ちに知らせよ。敵宇宙船が火星に現れても攻撃するな。生き残れ。通信終わる。」

 一緒に聞いていたミミーが言った。

「火星には帰れなくなったみたいね。でも私、地球は好きよ。火星の街よりずっと素敵。重い体も最近は慣れたわ。」

「地球のアメリカ合衆国に行くことはできるよ。火星の北アメリカ町の住人だって日本のアメリカ大使館に言えば受け入れてくれると思う。きっと楽な仕事も見つけてくれるよ。」

 「ありがと。でももう少しここに居させて。ここが一番安全な場所みたいだから。」

「母さん、それでいいかい。」

「いいわ。イスマイル様がお帰りになるまで研究所のゲストルームに住めばいいわね。狭い部屋だけどユニットバスとトイレが付いている。研究所は毒ガス攻撃を考慮して常に陽圧になっているから病原菌が外から入ってくることはないの。外からの空気は水フィルターやアルコールフィルターや加熱フィルターを通って供給されているから安全だと思うわ。」

 「僕は武器を考えるよ。ダルチンケービッヒ先生の論文をもう一度読みなおしてみる。先生は隣接7次元位相にある物質を作ることができたんだからね。7次元シールドには手が出そうにないけど、シールドの中ではいつも個人のシールドを張っているはずはないと思うんだ。」

「期待するわ、ニューマン。この研究所は大量生産はできないけど大抵(たいてい)の物は作ることができるわ。宇宙船とは大違い。」

「へーっ、母さん。サイクロトロンエンジンも作れるの。」

「模型ならね。」

 疫病は急速に全世界に広がった。

疫病が拡大するのを防止するのは難しいが促進するのは容易だ。

死んだ人間や動物の遺体を街中に投げ落とせばいい。

異星人はそれをしているかもしれなかった。

 南北アメリカ大陸、アフリカ大陸、ヨーロッパ大陸、オセアニア大陸、中部ユーラシア大陸、インド大陸から東南アジア地域などにほとんど同時に疫病が発症した。

その頃には人々は疫病を「宇宙病」とか「死神病」と呼び始めた。

地球に飛来した異星人が地球人を殺すように病原菌を撒き散らしたと思われたからだった。

 日本は中国大陸からの病原菌で疫病が拡散した。

最初に東京で発病者が現れ、次に長崎の五島列島で発病者が現れた。

発病者が現れたら感染拡大を防ぐことはできない。

発病者を見た人間はほとんど確実に感染するからだ。

ニュースが出るということは既に数十人が感染しているということになる。

半年後には日本国は病原菌で覆われた。

 子供も大人も区別なく感染し発病し死んだ。

子供が発病すれば親も感染した。

親が発病すれば子供も感染した。

働く人間が死に、工場の稼働が止まり、鉄道網には列車が走らなくなり、道路網にはトラックが通らなくなり、そして日本中が諸所で停電となった。

鉄道網と道路網にはもともと無人列車と無人トラックが走っていたのだが、GPSが使えなくなって急遽(きゅうきょ)運転手が手動運転していたのだった。

 学校は開かれなくなり、官公庁の役人は有給休暇を取り、役所機能は麻痺した。

病院は休業となり、医師は死亡の確認を拒否した。

消防署の救急車は出動せず、警察は錯乱患者が人を襲っても出動しなかった。

「公僕」と遜(へりくだ)った言葉も個人のエゴには勝てなかった。

だれしも自分がかわいい。

それに数ヶ月休んだからとてそれは万全の公務員、給与が減額されることはない。

上司も休暇を取っているのだ

 そんな混乱も半年後には問題にならなくなった。

銀行が業務を停止したからだ、

正確に言えば行員が次々に死んで業務を維持できなくなったからだった。

町中の自動支払い機には現金が供給されなくなり、銀行の口座にも給与が振り込まれなくなり、カード支払いの機能も停止した。

 そもそも街の多くの商店の店員も店主も死んで店を畳んでいた。

現金も預金も生き残るための有力な手段とはならなくなった。

生き残るためにはまず感染しないこと、次に汚染されていない食料と水をどれだけ持っているかだった。

 目先のきく人たちは決して安い物ではない簡易宇宙服を何着も買っていた。

宇宙服を着て人の絶えた街に出かけ、銃砲店に入り、役に立たなくなった現金をテーブルに置いて銃を奪い、食料店に押し入り棚に現金を置いて水とレトルト食品を奪った。

どちらの店も品薄だった。

 アクアサンク海底国の大使館でもある川本研究所の入り口には常にごっつい警察車両が駐車していた。

それは200年以上に亘って続いていた風景だった。

そんな警備も「死神病」が日本国を覆うようになるとなくなった。

空中を病原菌が漂う状況下では研究所を襲う輩(やから)はいないだろうとの推測が警備をやめた公式の理由だった。

 実際には警備隊員の一人が発病し、同僚の一人に噛みつき、門を破って研究所に侵入し、警備の娘達に捕らえられたのが原因だった。

噛みつかれた警備員は1ヶ月後には自分たちも確実に死ぬだろうことを確信し、錯乱している同僚を拘束し、警備車両と共に引き上げていったのだった。

 噛みつかれた警備員やその場にいた警備員は「死神病」に感染したことが明らかだったので退職し、ほとんど使うことができなくなった退職金を得、身辺整理をしてから家族から離れ、病原菌に満ちた野山で死を待つキャンプ生活をするのかもしれなかった。

あるいは休職し家族のために労災保険や遺族年金を申請するかもしれなかった。

とにかく感染したと思われる人間は警察には居られない。

 もちろん世の中そんな立派な人間だけではない。

男も女も大人も子供も、1ヶ月後に確実に死ぬことが分かった人間の行動は様々だ。

冥土への道連れに他人を殺しまくってから安楽死する者もいるかもしれない。

日頃の恨みを晴らす者もいるかもしれない。

しばしの悦楽を求める者もいるだろう。

感染者は怖いものなしだ。

 そして感染者同士で集団を形成する場合もあるだろう。

そんな集団はたった1ヶ月間だけ付き合うだけの集団で、病原菌が漂う空気を恐れもしない。

仲間が急に発病しても気にならない。

死を恐れない者達の集団でリーダーも居ないか次々と変わっていく集団だった。

集団の方向が常に変わっている集団だった。

 普通、何年も生きることができる者達の集団ではリーダーとなる者の資質は限られる。

腕力が強いものがリーダーになる場合もあれば賢い者がリーダーになる場合もあれば集団を生き残させることに長けた者がリーダーになる場合もある。

どの集団もその集団に入っていれば生きていくことができる集団だ。

おのずと集団の性格は決まってくる。

 だが、余命が1ヶ月しかない被感染者集団の性格は常に変わってゆく。

ある時、被感染者集団が無人の食料品店を襲った。

リーダーが言った。

「こんな店、もう用はないわ。景気良く燃やしてしまおうぜ。」

「でも食い物はまだ残っているぜ。」

仲間が言った。

「どうせ俺たちには用のないもんだ。町中燃やしたってかまわねえ。」

 そう言ったリーダーは突然後ろから頭を吹き飛ばされた。

リーダーを殺したのは散弾銃を持った若い娘だった。

「あんたはそうかもしれないけど、あたしはそうは思わない。楽しんで死んでいきたいけど恨まれて死にたくわないわ。・・・どう、あんたたち、ここで殺し合いをする。」

「いや、おれはあと2週間生きることができる。まだ死にたくねえな。」

「おれはあと1週間だ。缶詰食って酒飲んで楽しむ方がいいな。」

新しいリーダーに娘がなった。

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