第11話 9、羽衣の松で海水浴
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メレック号は日本の川本研究所に戻った。
正体不明の宇宙船の動向を知りたかったが準備不足だったのだ。
相手は安全のために隣接7次元に居るだろうし、レーダーでは探知できないし、海の中に潜んで一部を出して観測しているかもしれない。
月の裏の土中に溶け込んでいるのかもしれない。
よしや幸運で見つけることができたとしても攻撃武器はなく相手の攻撃を防ぐこともできない。
待つしかなかった。
シークレットはメレック号を研究所上空に停め、最初に倉庫からシースルーケープ9枚をメレック号に運んだ。
いつ変時が起こるか分からない時は貴重な物は手元に置いておくのがいい。
その後シークレットはニューマンとミミーをつれて清水の街に水着を買いに行った。
水着は水が貴重な火星では売っていない。
火星には海も川もないしプールがある家は皆無だ。
ミミーはまだ地球重力がきついようなのでマリアの大型オートバイと宇宙スクーターで出かけた。
オートバイにはシークレットが乗り、宇宙スクーターにはニューマンとミミーが乗った。
ミミーはニューマンの背中にピッタリ付いて辺りを眺めた。
ミミーは少し安心した。
清水は火星の北アメリカ町とそれほど違わなかったからだ。
人口もそれほど違わない。
200年以上経っても清水はあまり変わらなかった。
山の際まで家が建っており発展のしようがなかった。
アクアサンク海底国の大使館である川本研究所からも税金を取ることができなかった。
そして日本国も清水区に新たな住人が居着くことを嫌っていた。
清水区は外国のスパイが簡単に居着くのが難しい街になっていた。
シークレットはミミーとニューマンに水着を買ってやった。
ロボットのシークレットは水中が苦手だったが自分の水着も買った。
ミミーは花柄のセパレート水着、ニューマンは黒のトランクス型、シークレットは紺のワンピース水着だった。
ミミーのために浮き輪とエアーマットとビーチパラソルも買ってやった。
この時代、水着や浮き輪は完全に娯楽を目的としていた。
簡易宇宙服を着れば水に濡れないで海に入ることができる。
日常の服の上から宇宙服を着ることができるし、ヘルメットも透明で視界が広いし、3時間の活動ができる。
水着は海水に触れて楽しむためだった。
シークレットは水着に簡易宇宙服を着て海を楽しむつもりだった。
シークレットは空を飛び、力が強く、素早く動き、真空中でも活動できるロボットではあったが海中での長時間活動は苦手だった。
目と耳と膣と肛門から水が少しずつ染み込んでくるからだ。
目と耳は外部と接触している感覚装置だし、膣の奥の子宮頸部は充電口になっており、肛門は起動スイッチに達する導管の入り口になっている。
著者注9-1:
清水区の海水浴場は三保にあった。
清水港は江戸時代からの良港で外海とは砂州で仕切られている。
近くを流れる安倍川からの土砂が駿河湾を廻(めぐ)る海流に乗って砂州を形成したらしい。
最初は一つの砂州だったろうが小島と長年の堆積で砂州の数は三つになって「三保」と呼ばれたらしい。(違うかもしれない。稲の穂という言い伝えもあるらしい。)
今では4つ目の砂州ができつつあって三保外海は遠浅の海岸になっていた。
3人はメレック号で伝説の「羽衣の松」近くの海水浴場に行った。
メレック号を海岸に浮かべ宇宙スクーターで海岸に降りた。
時は夏に近い7月の昼時。
陽光はほとんど真上から降り注いでいた。
海水浴客はいなかった。
「素敵ね。日の光がこんなに強い。」
花柄のセパレート水着のミミーが言った。
「そうだね。海水浴なんて子供の時以来だよ。」
「これからどうするの。」
「海に入るのさ。」
「入って何するの。」
「何って、そうだな、海岸で波に当たるか海で泳ぐか砂の上に寝てもいい。子供の時は波打ち際に砂の山を作ったよ。」
「話を聞くだけでは馬鹿みたいね。」
「確かに。でもそんなことは日常生活ではしないだろ。いつもと違うことをするのは楽しいことが多いよ。」
ミミーは水の中が気に入った。
海水の中では体が浮いたからだ。
地球に来て初めて重力から解放されたからだった。
水が貴重な火星には風呂もプールもない。
あるのは温水シャワーだけでそれはメリック号でも同じだった。
40㎏代の体重のミミーにとって火星の3倍の重力はきつかったのだ。
いつも80㎏の人間を背負っていなければならない。
「体が浮くわ。分かっていたけど夢見たい。」
ミミーは遠浅の海に仰向けに寝そべってニューマンに言った。
「それは良かったね。火星育ちのミミーさんにとって地球の重力はきついからね。」
「私、海水浴が大好きになったわ。」
「浮くのが好きなら母さんみたいに簡易宇宙服を着たらいいよ。ヘルメットは透明で海の底がよく見えるし、石でも持っていたら海の底を歩くこともできる。浮き上がりたければ石を捨てたらいいのさ。」
「それも楽しそうね。海の底は暗闇の深海より明るい海の底がいい。」
ニューマンはミミーに水泳を教えてやった。
ミミーの両手を持ってバタ脚やカエル足を練習させたり立ち泳ぎを教えたりした。
ミミーの細い胴体を下から支えて平泳ぎの練習をさせた。
ニューマンにとって人間の女性の手を握ったり胴体に触れたりするのは初めての経験だった。
16歳のミミーは若さではちきれるほどの弾力ある皮膚を持っていたが母、シークレットの透明感のあるきめの細かい吸い付くような弾力のある皮膚とは少し違っているとニューマンは思った。
その日3人は3時過ぎに三保海岸から研究所に戻った。
シークレットは護衛兵2人にクーラーボックスを持たせ、街のスーパーマーケットに行き、寿司の持ち帰りセットを3人前買った。
夕食として軍事衛星の自宅で食べるためだった。
自宅に戻れば自宅の軌道速度を落とせば火星の重力にすることができる。
ミミーも地球の海の幸の寿司を火星重力下で食べることができる。
メレック号が人工衛星の高軌道に入るとミミーはしばしの無重力を楽しんだ。
メレック号が軍事衛星の大きな入り口を通って明るい衛星内部に入るとミミーは言った。
「凄いわね。これがニューマンの家なの。女の子達が空に浮かんでいる。」
「そうだよ。あの娘達はロボットで真空中で働いているんだ。今は宇宙船を作っている。無重力だと作るのが楽なんだ。・・・人工衛星の内側を走っている家が見えるだろ。いつもはあの家に住んでるのさ。あの家は走っている速度を変えれば火星の引力にも地球の引力にもすることができるんだ。家に入ったら火星の引力にするよ。」
「私、この無重力ってのも好きだわ。」
「楽だからね。でも無重力では生活できないよ。水は水玉になって空中に漂(ただよ)うんだ。トイレも下に流れなかったら困るだろ。」
「そりゃあそうよね。」
3人が家の居間に着く頃には遠心重力は火星の重力になっていた。
シークレットはお寿司を食卓に並べ、テレビを点けた。
食事の時はいつもニュースを聞くのだ。
ニュースのアナウンサーは絶叫していた。
「臨時ニュースをお伝えします。アメリカ合衆国の宇宙ステーションがつい先ほど攻撃されたもようです。宇宙ステーションのドーナツ部が突然2つに切断されました。多数のお客や乗務員が宇宙に放り出されたもようです。切断されたステーションは現在2方に飛んでいるそうです。まだ詳しいことは分かっておりません。お見せしている画像はたまたま宇宙ステーションの全景を撮影している時の画像です。一瞬で回転しているドーナツ部が二つに切断されました。繰り返します。臨時ニュースをお伝えします。・・・。」
「母さん、これって異星人の攻撃だよね。」
ニューマンがシークレットに言った。
「間違いないわ。早急に対処しなくちゃね。この衛星も危ないわ。お寿司はやめて着いて来なさい。」
シークレットは居間を出て寝室隣の司令所に入り無線にスイッチを入れた。
「こちらシークレット。全員に告げる。敵が現れた。戦闘態勢を取れ。全てのハッチを閉じよ。光を外部に漏らしてはならない。組み立て中の宇宙船は隔壁底部に固定せよ。乙女号とメレック号は中央基盤に固定せよ。固定が終わったら報告せよ。固定が終わりしだい本艦は衛星軌道を離れ月の秘密基地に隠れる。通信室、応答せよ。」
「こちら通信室、何でしょうか、シークレット様。」
「X線通信機を使って第一海底秘密基地のイスマイル様に連絡。異星人の攻撃が始まった模様とお伝えせよ。次に川本研究所に連絡せよ。警備兵は最小の警備とし人間のように振る舞えと伝えよ。次に各地の大隊司令官に連絡せよ。哨戒任務を止め海底に潜めと伝えよ。それから火星基地には地球に敵が現れたが静観せよと伝えよ。各所には次の推測を伝えてもいい。推測だが敵は強力でこちらは歯が立たない。一瞬で宇宙ステーションを切断できる分子分解砲を持ち、背景が透けて見える隣接7次元にいる。こちらの攻撃は通り過ぎるだけだ。これも推測だが相手は分子分解砲を跳ね返す7次元シールドを張っていると思われる。相手の目的が分かるまで静観せよ。攻撃してはならない。以上だ。直ちに通信せよ。」
「了解しました、シークレット様。直ちに発信いたします。」
ニューマンは母の通信姿を見て言った。
「母さん、あの宇宙船は敵だったんだね。」
「そうね。ニューマンは地球に着くまで簡易宇宙服を着るかすぐ近くに置いておきなさい。ミミーさんもよ。この衛星もいつ半切されるか分からないわ。宇宙服を着ていれば助けることができるから。」
「了解。でもなぜ宇宙ステーションを半切したんだろう。」
「それは相手に聞かなければ分からないわ。でも知らない星に来て知りたいのは相手の攻撃力でしょ。そのためには派手な攻撃をすればいいわね。人工衛星を壊し都市の一つや二つを攻撃するかもしれない。そんなことでは地球は征服できないけど敵の攻撃力を知るにはそれが楽でしょ。相手が弱いと分かったら本格的な作戦を実行すると思うわ。」
「ホムスク人のおまじないも効かなかったんだ。」
「そのようね。」
「それにしても悔しいわね。月に着いたらお家がめちゃくちゃになってしまう。この辺は床の方に重力が掛かるからいいけど他の場所は逆さか横倒しよ。」
「しょうがないよ、母さん。非常事態だろ。」
「そうね。」
宇宙船の固定が報告されるとシークレットは直ちに巨大な軍事衛星を加速し月への軌道に乗せた。
月には敵が潜んでいるのかもしれなかったが軍事衛星を地球に隠しておくことはできなかった。
外壁が60㎝の鋼鉄で覆われていたが中空部が大きかったので海に沈めることができなかったのだ。
シークレットは軍事衛星を加速させずに月に近づけた。
敵が軍事衛星を半切された宇宙ステーションの残骸だと思ってくれることを祈っていた。
著者注9-1:「イスマイルの青春」第71話、「ロボット秘書シークレット」参照。
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