第10話 8、深海の秘密基地
<< 8、深海の秘密基地 >>
「おかしいわねえ。何を企(たくら)んでいるのかしら。」
シークレットが宇宙船の静止画像を見ながら呟(つぶや)いた。
「母さん、何がおかしいの。」
「ニューマンには地球にはホムスク人の末裔が住んでいて何百万年前の宇宙船を持っているって言ったことがあるわね。」
「日本に住んでいるんだろ。」
「ホムスク人がいるからホムスクの宇宙船は地球に来ないんだって。・・・マリアによればね、円筒形の宇宙船はホムンクって名前のロボットが操縦しているんだけどホムンクはホムスク人の命令には逆らえないの。自意識を持ったホムンクはそんな星には居たくないんだって。」
「そりゃあそうだよ。人間ならだれだって自由になりたい。」
「でも太陽系に、しかも地球に来た。何故(なぜ)か。別の異星人なのかしら。」
「きっと、ホムスク人を殺しに来たのよ。頭が上がらない人間は殺すしかないんだから。」
ミミーが自信たっぷりに言った。
「でも逆らえないんだよ、ミミーさん。」
「地球人を殺すついでに殺せばいいわ。居たのは知らなかったって言えばいいでしょ。」
「地球人を殺すついでか。地球人は何億人も居るから殺すのは大変だよ。」
「時間をかければ簡単よ。植物を全部枯らせて火星のような空気にすればいいわ。」
「それじゃあ時間が掛かりすぎるよ。一生かかったってできない。・・・楽をして人間を殺すのは伝染病の病原菌を撒けばいいのさ。レベル4の天然痘ウイルスとかエボラウイルスを街中に撒けばいい。そんなウイルスは人間が感染すれば必ず死ぬから厳重に管理されているんだ。でもロボットなら感染しても何ともないからいくらでもウイルスを増やすことができる。治療法はないんだから完璧だ。エボラウイルスがそこら中に漂っている大気なんてロボットの楽園さ。人間は洞窟にでも逃げ込んでじっと隠れていなければならない。今の火星と同じだ。外に出るには宇宙服が必要になる。」
「きっとそれよ。ウイルスってバイ菌。」
「ウイルスから逃げることができるのは・・・空気を作り出すことができる海底か宇宙か・・・とにかく空気感染だから始末に負えない。」
「ニューマン、もしそうだったらどうしたらいいと思う。」
シークレットが会話に加わった。
「僕ならまず隠れて観察し、情報を入手するね、母さん。」
「でも言葉が分からないんでしょ。」
「うーん、それじゃあ時間がかかるね、母さん。地球にはホムスク人が居るって知らないのかな。」
「居ても居なくても関係ないかもしれないわね。」
「そうだとしたらもっと始末が悪い。」
メレック号はそんな話をする3人を乗せて地球の衛星軌道に戻った。
地球はいつものように平和だった。
シークレットは静岡市清水区の川本研究所の上空に直行した。
「研究所警備隊に告げる。こちらメレック号のシークレット。通信を小出力X線通信に切り替えよ。」
「切り替えました、シークレット様。」
「緊急事態だ。イスマイル様はどちらにおいでだ。」
「イスマイル様は昨日から第一海底基地におられます。」
「そうか、避難されたか。よかった。私とニューマンはこれからメレック号で第一海底基地に向かう。異星人が地球に来ていると思われる。警備を厳重にせよ。どんな小さなことでもいつもと違うことがあったら報告せよ。」
「了解しました、シークレット様。警戒を厳重にし、世界のニュースにも注意します。」
「頼むぞ。通信終わり。」
シークレットはニューマンの方を見て言った。
「お父様は避難されたみたい。良かったわ。これから第一海底基地に行くわよ。場所はマリアナ海溝、深度は10000mよ。」
「初めての場所だね。」
「ふふふっ、周りに重金属のマンガン鉱床があるので鉄の塊の基地でも海上からの発見は難しいの。アクアサンク海底国の秘密基地よ。」
メレック号は地上100mで三保の松原を通り沖合から高度50㎞に急上昇した。
「ミミーさん、これが地球の海よ。大きいでしょう。」
「感動しました。これがみんな水なんですね。」
「そうよ。私には分からないけど塩(しょ)っぱいの。これから海の中に入るわ。今度は少し失望するかもしれないけどね。海の底は光が来ないから真っ暗なの。」
「そんな所でも人間が住んでいるのですか。」
「住んでる人間はいるわ。ごく少数の人よ。火星では宇宙服を着れば外に出れるでしょ。でも深海では宇宙服で出ても水圧で潰されてしまうの。空気だって潰れて水より重くなるのよ。だから浮き輪も使えない。」
「浮き輪って何ですか。」
「ニューマン、浮き輪を説明してあげて。」
シークレットはため息をついてミミーの相手をニューマンに委(ゆだ)ねた。
著者注8-1:
メレック号はフィリピン沖で急降下し海中に入った。
メレック号にとっては初めての海中航走だった。
シークレットは慎重にマリアナ海溝に沈んで行き海面下10000mのアクアサンク海底国第一海底基地に到着した。
海底基地は頑丈な岩盤に建てられた鉄ドームで川本研究所とほとんど同じ家がドーム内に建てられていた。
出入り口は2カ所で、一つは海底に沿って突き出したトンネルの先の小ドームで、もう一つは岩盤を繰り抜いた地下トンネルの先にある崖の途中にある穴だった。
通常の出入りは小ドームで行う。
基地の周囲は航宙母艦と戦闘機が警備していた。
メレック号が小ドームに入り扉が閉まると排水が始まり、桟橋が伸びてメレック号のデッキに繋がった。
シークレットとニューマンとミミーは桟橋を渡り、扉を通ってトンネルの自走路に乗った。
自走路終点の扉を開けるとそこは川本研究所とそっくりの建物の中庭だった。
3人がガラステラスに入るとイスマイルが安楽椅子に横たわり三人を待っていた。
傍には介護のロボットが立っていた。
「シークレット、連絡は受けた。何があったのだ。それとその子は誰なんだ。」
イスマイルは横たわったままシークレットに言った。
「はい、イスマイル様。最初にこの女の子についてお話しします。この子は火星の北アメリカ町に住む16歳の女性です。事情があり地球見物に来ました。宇宙船を発見したのはこの子です。地球と火星の中間点付近でディスプレイに一瞬映った影を発見しました。これがその写真です。各写真の間隔は0.1秒です。0.3秒で消えました。影の背景に星が見えますから隣接7次元位相に居ると思われます。そのためかメレック号のレーダーにも磁気感知器にも反応はありませんでした。大きさはおよそ1000mの円筒形だと思われます。」
「ふーむ。マリアが出会った異星人の宇宙船も1000mのカプセル型だったな。」
「左様にございます。」
「もう地球近辺に来ているはずだが姿を見せていないな。」
「左様にございます。」
「ふーむ。敵である蓋然性が高いな。というより敵として対処した方がいいな。」
「そう思われます。」
「必要な物は何かな。」
「相手の位置が分かる受動的な観測網があれば便利です。」
「ふむ、どんな物だ。」
「星空を常時観測する方法です。相手は隣接7次元に居るのでレーダーでは探知できませんが肉眼やテレビ画像では見ることができます。ですから我々の居る7次元ゼロ位相にも顔を出しているはずです。星空を観測し変化があった部分だけをマージ処理で浮き上がらせることができるのではないでしょうか。もちろん流星や変光星などは常に変化していますから探知に引っ掛かります。でもその星はあらかじめ除外しておけばいいと思います。」
「要するに星が白いキャンバスになるわけだな。変化が有った所だけが検出される。」
「左様にございます。」
「拡大するにはズームレンズを付ければいいし2カ所で観測すれば位置も分かるわけだな。」
「早い速度では難しいかもしれません。」
「分かった。原理は簡単だから作るのは簡単だ。数の問題だな。パッシブ・ディテクション・システム(PDS)、作っておこう。他にあるか。」
「サイクロトロン銃、あるいはサイクロトロン砲、あるいは重力爆弾が必要になると思います。」
「対7次元シールド対策だな。」
「左様でございます。以前、イスマイル様が質量を内在した物質は7次元シールドを破壊できるかもしれないと仰(おっしゃ)いました。相手はこちらの弾が通り過ぎる隣接7次元にいて、強力であろう分子分解砲を持っており、何物も通さない7次元シールドで囲まれていると思われます。我々が勝てる見込みはありません。」
「分かった。簡単にできるとは思えんが考えておこう。」
「もう一つお願いがございます。」
「まだあるのか。何だ。」
「ルテチウムとローレンシウムの1:1合金のライフル銃弾頭を作っていただけませんか。
「それか。だが無理だ。何度も作ろうと試みてはいるのだがどうしてもできないのだ。それができれば超空間通信機もできるだろうことはわかっているのだがどうしてもできない。僕の限界だな。」
「弾頭は一発だけで結構です。」
「一発でいいのか。それなら可能だ。マリアから貰(もら)ったサンプルがある。タングステンで包んでやろうか。」
「剥き出しの方がいいと思います。」
「そうだな。他にあるか。」
「シースルーケープを頂きたいと思います。」
「あれか、清水の研究所の倉庫に10着ほど置いてあるから使えばいい。マリアに着けてやったケープより改良してある。マリアに着けたのは可視光だけだったが赤外線も紫外線も通過できるようにしてある。サーモグラフィーを着けたロボットにも見えないはずだ。使い道がなかったので10枚くらいで作るのをやめた。作るのが難しかったことも理由の一つだがな。」
「父さん、シースルーケープって何ですか。」
「魔法使いの透明マントみたいものだよ、ニューマン。ケープに入った光は入射角度と同じ角度で出ていく。ケープを被れば外側からは見えなくなる。後ろの景色がみえるわけだ。だからケープを被ると外側が見えなくなる。そこが透明マントと違うんだ。普通は足元を開けて下を見るかケープに穴を開けて外をみる。外が見える透明マントより性能が悪いわけだ。」
「でも隠れるには便利ですね。」
「そうだな。今まで隠れる必要がなかったから使う機会もなかった。」
「ゲリラ戦には便利ですね。」
「それとマリアのような探偵にも便利だ。」
シークレット達は早々に海底基地を去った。
シークレットにとってイスマイルの安全が第一だった。
たとえ地上の人類が全滅しても海底基地にいれば生き残れる。
しかし海底基地では情報が入りにくい。
地上や衛星軌道で経過を見るのが取り敢えず安全に観測できる方法だった。
著者注8-1:
深海10000mでの単純計算密度。
海水密度:1030㎏/㎥、空気密度:1293㎏/㎥、水素密度:89㎏/㎥。
水素の風船は浮くが空気の風船は沈む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます