第9話 7、未確認宇宙船現る

<< 7、未確認宇宙船現る >>

 「今日は射撃のお勉強ね。」

シークレットはそう言ってニューマンにクレー射撃もどきのゲームをさせた。

ゲームのホログラム画像は野原や林だった。

銃は水平2連の散弾銃で散弾とスラグ弾が一発ずつ入っていることになっている。

銃を構えて歩行ベルトを歩くと風景は進み、歩くのを止めると風景も止まる。

 突然前方から鳥が飛び立ち、木の間沿いに逃げ出すのを即座に散弾で狙い撃つ。

当たらなければ負けになる。

再び歩みを止めると前方から猪が突進してくるのをスラグ弾で撃つ。

当たらなければホログラム猪はゲーマーを通過して負けになる。

猿が梢を渡っていたら散弾で撃つ。

もちろん当たらなければ負けになる。

ニューマンはこのゲームに完勝した。

ニューマンの動きは早く狙いも正確だった。

 「ニューマンさんって本当(ほんと)に上手ね。地球のゲームセンターで遊んだの。」

ミミーが言った。

「いや、ゲームをするのは初めてだよ。それに僕は地球には住んでいない。地球を廻っている人工衛星に住んでいるんだ。地球には何度も行っているけどゲームセンターに行ったことは一度もないよ。」

「ふーん、宇宙に住んでいるんだ。でも地球の海を見たことがあるんでしょ。」

「もちろんだよ。海で泳いだこともあるし、海で釣りをしたこともある。」

 「釣りって海の魚を糸の先の鉤(かぎ)で引っ掛けるんでしょ。」

「そうだよ。ミミーさんは海を見たことがなかったんだよね。」

「海も釣りも林や野原も見たことがないわ。」

「連れて行ってあげようか。」

「えっ。」

「1週間、休みを取れるかい。僕たちは今、新しく作った宇宙船の試運転をしているところなんだ。それで火星に来た。これから地球に帰って海の中での走行試験をしなければならない。だから一緒に来れば海を見ることができる。」

 「たった1週間で帰ってくることができるの。普通は行くだけで40日かかるんでしょ。」

「普通の宇宙船ではね。僕らの宇宙船は2日で行くことができるんだ。・・・あっそうか。1週間の休みではなく10日の休みが必要だ。ミミーさんは火星で暮らしているから地球の重力は少し辛い。地球の重力は火星の2.6倍だ。ミミーさんの体重が40㎏なら105㎏になる。いつも65㎏の人間を背負っていたら辛(つら)いだろ。加速度を火星に合わせると往復の時間が少し長くなる。」

「でも地球人は私たちと同じ体で普通に生活しているのでしょ。慣れると思うわ。海を見せてくれない。こんな機会は一生待ってても来ないわ。」

 「母さん、ミミーさんを地球に連れてっていいかい。」

「ふふっ、いいわよ。ミミーさんはご家族はいるの。居られるならご家族の許可を得なさい。」

「家族は居ないわ。私、孤児だったの。10日ほど居なくなっても何ともないわ。良くあることだから。」

「そう、それなら明日の朝9時に旅行の支度をして私たちのホテルのロビーで待っていてちょうだい。」

「分かりました。必ず行きます。」

 「夜にジョーの仲間が接触してくる可能性があるわね。・・・ハンナ、兵士の一人をミミーさんの護衛に付けなさい。重武装を解いて普通の娘姿で護衛しなさい。反撃は許可します。何人殺しても構いません。」

「了解しました、シークレット様。私がしても宜しいでしょうか。護衛隊長には代理を定めておきます。」

「代理が好きね、ハンナ。いいわよ。」

「了解しました、ありがとうございます。」

 「ミミーさん、このハンナがあなたの護衛をするわ。普通の娘姿になるから違和感はないわ。英語は話せるわ。ハンナは会話が好きだと思う。」

「私の護衛ですか。」

「ジョーの仲間の接触に対する護衛よ。」

「分かりました。お願いします。」

 その日、三人は遅い昼食を取りニューマンとシークレットはホテルに行き、ミミーはハンナと共に自分の家に帰った。

予想された仕返しはなされなかった。

重武装の兵士を見て思いとどまったのかもしれなかったし、警察が思いとどまらせたのかも知れなかった。

 翌朝、ミミーはハンナと共に赤い小さなスーツケースを持ってホテルのロビーで待っていた。

二人とも化粧し、かわいい服を着ていた。

ハンナは化粧を学びミミーの服を貰ったらしい。

ホテルの前には29人の兵士が整列していた。

シークレットはミミーのためにホテルで薄赤色の簡易宇宙服を買ってやった。

ニューマンは宇宙スクーターを駐車場から出し、座席の下から宇宙服を取り出し、ミミーに宇宙服の着方を教えながら自分も着た。

シークレットは一瞬躊躇したが、宇宙服を着た。

 ニューマンが宇宙スクーターを運転し、ミミーは後部座席に座ってニューマンをしっかりと抱き、シークレットは浮遊してスクーターの後をついて行った。

エアロックを通り、地上エレベーターで火星地表に出、メレック号の格納庫に入った。

護衛隊はメレック号が火星の上空に消えるまで周囲を警戒していた。

 3人の周囲は格納庫のエアロックで地球大気環境に戻ったが3人は宇宙服を着たまま補助室まで行き、そこで宇宙服を脱いで操縦室に行った。

3人が操縦室に入ると電脳ピースが言った。

「お帰りなさい、ニューマン様とシークレット様。お連れがいらっしゃるのですね。」

日本語だった。

「ただいま、ピースさん。お客を連れてきた。ミミーさんて言う北アメリカ町の住人だよ。地球まで一緒に行く。しばらくは英語が共通語だよ。」

ニューマンが英語で言った。

 電脳ピースはミミーの方を向いて英語で言った。

「初めまして、ミミーさん。私はこの宇宙船の操縦士兼航宙士兼航海士のピースと申します。よろしくお願い申し上げます。」

ミミーは一瞬驚いたが直ぐに言った。

「ゲームセンターのホログラムと同じね。ミミーと言います。よろしくね。」

 シークレットが言った。

「ニューマン、実験室から椅子を持ってきなさい。マグネットロックが付いている椅子。ミミーさんに座ってもらいます。」

「分かった。」

「ピース、準備ができたら地球に行きなさい。火星重力圏内ではサイクロトロンエンジンによる前方への0.5G加速。重力圏を脱したら順次天井方向への等加速度推進に変えて行きなさい、最初の1時間は0.7Gで進み、その後は1G加速。就寝時間は1.5Gに加速しなさい。」

「了解しました。お任せください、シークレット様。」

「ふふっ、よろしく頼むわね。」

 メレック号は無事に火星を離れ宇宙空間の2日の旅に入った。

ミミーは火星の町からは見えない大宇宙の星々を見て感動した。

ニューマンは次々に出てくるミミーの質問に根気よく答えてやった。

 「えー、それじゃあ今は1秒で400㎞のスピードで飛んでいるわけ。」

「どんどん早くなっているんだ。火星と地球の中間あたりで一番早くなる秒速1000㎞くらいかな。」

「秒速1000㎞がこの宇宙船の最高速度ってこと。」

「いや、地球に着く時には止まっていなければならないだろ。だから半分加速して半分ブレーキをかけるのさ。この宇宙船の最高速度は・・・まだ分からない。今の加速では、えーと、単純計算では348日くらいで光速になるはずだけど。・・・分からない。」

「それ以上にはならないの。」

「僕には分からない。」

「分からないことって多いのね。」

「行ったことがない場所ではね。」

 「今のは何。」

「今のって。」

「何かがこの宇宙船を追い越して行ったわ。あっという間に消えたけど。」

「本当かい。火星ー地球の航路で重力航行する船はこの船を追い越すことはできないはずだけど。」

「隕石かもしれないわね。」

 「ピースさん。何かがメレック号を追い抜いて行ったかい。」

「いえ、メレック号の近くには何も居ませんでした。」

「そうか。ミミーさんの見間違いかもしれないね。」

「確かに何かが追い抜いたように見えたけど間違いだったかもね。」

 シークレットがミミーを見つめながら言った。

「確認できる懸念は確かめておくべきだわ。ステルス宇宙船かもしれないでしょ。ミミーさん、どのディスプレイで見たの。」

「天井方向のディスプレイでした。地球が見えるかなって見てたの。」

「ピース、中央ディスプレイに進行方向の記録映像を映(うつ)して。」

「了解しました。10分前から映します。」

 記録映像では4分32秒で画面の右手から黒い物体が中心方向に進んであっという間に消えてしまった。

「すぐ近くね。後方の記録映像を映してちょうだい。」

「了解しました。シークレット様。同一時刻から映します。」

記録映像では4分32秒で画面中央から黒い物体が現れあっという間に左に消えて行った。

「恐ろしく早いわね。右側の画像も出して。」

「了解。全然気が付きませんでした。」

記録映像では4分32秒で画面のチラつきが見えたが黒い物体は見えなかった。

 「もう一度、進行方向の画像を出しなさい。できるかぎりスローで再生しなさい。」

「はい、シークレット様。」

スロー画像でも物体の詳細は分からなかった。

黒い長いものだとしか分からなかった。

「現れた時の静止画像にしなさい。」

「了解。」

 「ニューマン、これが何か分かる。」

シークレットは画面の3分の1を占める黒い影を見ながら言った。

「信じられないけど宇宙船だよ、母さん。しかもダルチンケービッヒ先生が言っていた隣接7次元位相にいる。黒い影を通して星が見える。幽霊の位相にいるから何かに衝突しても通り過ぎてしまう。だから高速でも安全なんだ。」

「そうね。画面の端から現れて塊になるまでの時間から大きさも分かるわね。宇宙船は円筒形で長さが1000mってとこね。マリアが言ってたホムスク宇宙船と同じ形ね。」

「ホムスク宇宙船だろか。」

「分からないわ、でも緊急警報を出してもいいわね。ピース、X線通信をします。」

「どうぞ、方向は地球です。」

 「緊急通報。緊急通報。地球のアクアサンク国防衛隊に告げる。こちら火星ー地球航路にいるメレック号のシークレット。高速で地球方向に向かっている正体不明の宇宙船がいる。速度は光速レベルだ。短時間で地球に着くと思われる。宇宙船は隣接7次元に居るので電波探知はできない。肉眼およびテレビ画像を見れば宇宙船を通して背景が見える。大至急、イスマイル様にお伝えせよ。深海基地への避難か宇宙空間への避難が望ましい。推測が正しければ当該宇宙船の武器は星を消すことができる分子分解砲で、防御は分子分解砲を阻止できる7次元シールドだ。こちらの武器は核兵器を含めて通用しないと思う。攻撃はするな。相手の目的が分かるまでひたすら逃げよ。繰り返す。攻撃はするな。相手の目的が分かるまでひたすら逃げよ。」

 返事は15分後に来た。

「メレック号のシークレット様に伝えます。こちらアクアサンク国防衛隊の通信士のアムンです。緊急通報は受信しました。イスマイル様にもお伝えしました。現在、地球周辺に異常はありません。繰り返します。現在は異常がありません。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る