第6話 4、火星の状況
<< 4、火星の状況 >>
火星には地球人が住んでいた。
アクアサンク海底国が売っている重力遮断パネルのおかげで重量物を安価に宇宙空間に運び上げることができるようになり、巨大な宇宙船を宇宙空間で建造できるようになり、太陽の引力を利用して火星にまで移動することができるようになり、火星地上に安全に降りることができるようになっていた。
もちろん地球付近の太陽引力(0.06msec-2)は地球地表の重力加速度(9.8msec-2)よりも小さいし、火星付近の太陽引力(0.025msec-2)はさらに小さいので地球ー火星間の宇宙船の加速度は惑星近辺と比べると小さくなる。
従ってメレック号のように55時間で到達することはできないが、常時加速なので37日ほどで到着することができた。
十分に運用可能な時間だ。
宇宙は引力が均衡するラグランジュ点を除けばどこも重力不均衡の状態にある。(著者注4-1)
火星の地球人は岩を繰り抜いて住んでいた。
大気が薄いので隕石の危険があったからだし気密構造にすることが容易だからだった。
地球のおよそ半分の弱い太陽光を利用して大量にある大気の炭酸ガスと地中に眠っていた水を使って人工光合成を行い有機物と酸素を得ていた。
人工光合成法の発明は重力遮断パネルと同様に高く評価されていた。
また弱い太陽光を利用して地中の水から水素ガスと酸素を得、一滴の水も捨てない水素エンジンによって動力を得ていた。
火星の乗り物は電気自動車か水素自動車だった。
弱い太陽光を利用して土中の酸化物を還元することもあった。
完全閉鎖系を作って稲を作っているドームもあった。
とはいえ、エネルギー源の中心は原子力発電による電力だった。
地球から多量の物資を安価な運送費で運ぶことができたので地球人は火星に住むことができるようになり、町を作っていた。
火星の産業は鉱物資源、特に鉄鉱石の採取だった。
巨大なタンカーが鉄鉱石を満載して火星から地球に行き、地球には不要なゴミを満載して火星に戻っていく。
空中に浮かんだタンカーの船底が開いて地球のゴミは大きな穴に落下し、火星の砂嵐で隠される。
地球では鉄が不足しており、ゴミは過剰にあった。
そんなタンカー会社は十分に利益を得ていた。
タンカーが水を運ぶ場合もあった。
大きな宇宙船を地球の湖に沈め、船底を閉じて宇宙空間に上がれば表面の水は凍る。
蒸発も少ない。
火星の大きなプールに船底を開いて水を流し込めば直ちに表面が氷になるから保存ができる。
とにかく宇宙輸送は地球上での陸上海上輸送と比べると運用経費は格段に少なかった。
火星に海はなく、北半球と南半球では様相が異なる。
北半球は瓦礫の平原で南半球は峡谷が連なり高低差が大きい。
地球人の町は赤道付近に集中していた。
赤道付近は暖かいし、どちらの世界にも行くことができ、鉱物資源も豊富だった。
町の数は地球の地域ブロックの数ほどあり、アフリカ連合はアフリカ町を作っており、オスマン連合はオスマン町を作っており、北アメリカは北アメリカ町、南アメリカは南アメリカ町、ヨーロッパ連合はヨーロッパ町、そして日本は小さな日本町を作っていた。
アクアサンク海底国は町ではなく軍事基地を作っていた。
峡谷の大絶壁の途中に分子分解砲で穴を穿(うがち)、内部を鋼鉄で裏打ちし、エネルギー源を原子電池とした。
軍事基地は1中隊100人、戦闘機50機、乙女号型の航宙母艦1隻を擁していた。
原子炉を持つ航宙母艦は主に基地内の原子電池の充電に使われていた。
メレック号は最初に軍事基地に行くことにした。
ニューマンの顔見せだ。
火星のどの町も航空管制は町の上空だけで誰でも火星に近づくことができた。
火星を守る「火星防衛隊」はできていなかった。
地球でも同様にブロックどうしは互いに張り合っており、地球を守ろうとする考えは実行できていなかった。
シークレットは基地上空20㎞で地球での軍事緊急周波数(243M㎐)で呼びかけた。
「アクアサンクの火星基地に告げる。こちらアクアサンク国所属メレック号のシークレット。感あれば応答せよ。繰り返す。アクアサンクの火星基地に告げる。こちらアクアサンク国所属メレック号のシークレット。感あれば応答せよ。」
応答はすぐにあった。
「メレック号のシークレット様に告げます。こちらアクアサンク火星基地。連絡は受けております、シークレット様。」
「メレック号を基地内に入れることは現在可能か。長さは60m、縦幅は12mだ。」
「基地の入り口は直径50mの円形です。内部空間は大きく宇宙船を入れるに十分な空間があります。」
「この基地の概要は私が設計した。配置は知っている。基地内には航宙母艦と戦闘機が駐機して居るのか。」
「航宙母艦と20機の戦闘機は火星衛星軌道におります。基地内には30機の戦闘機が待機しております。」
「了解。基地内に入る。待機せよ。基地の屋内には空気を満たしておきなさい。」
「了解しました、シークレット様。屋内は常時空気で満たされております。」
「OK。」
メレック号は絶壁の中程にある穴から入り、長いトンネルを通り、広いドーム状の空間に出ると下降し、兵舎の横にある建物の前で止まった。
ニューマンは宇宙服を着、格納庫から宇宙スクーターに乗って火星の大気中に躍(おど)り出た。
ベージュ色のパンタロンに黒エナメルのハイヒール、薄い藤色のブラウスを着て、ヘアバンド代わりのマイク付きヘッドフォンを冠った母、シークレットは宇宙スクーターの後部席に乗り、後ろからニューマンをしっかりと抱いていた。
危険が生じたら素早く対応できる体勢なのだ。
シークレットの変わらない豊かに張った乳房がニューマンの背中を押しつける。
「ニューマン、右側の建物の入り口に行きなさい。エアロックになっています。横付けして緑ボタンを押しなさい。ドアが開きます。赤ボタンは入り口を閉じるボタンよ。」
「了解。ボタンなんて古めかしいシステムだね、母さん。」
「2番目に確実な方法よ。中央の制御からは独立しているの。一番確かなのは手動よ。非常の場合には手動が一番なの。」
「確かに。でも非常の場合なんてここにあるの。」
「起こりそうにないと思うことが起こるから非常なんでしょ。」
「ごもっともで。」
二人がエアロック内で宇宙スクーターを降り、換気後に屋内に入ると娘が待っていた。
「いらっしゃいませ、シークレット様。基地司令のハンナです。」
「暫(しばら)く厄介になるわ。隣にいるのはニューマンよ。イスマイル様の子供。私の子供でもあるの。」
「いらっしゃいませ、ニューマン様。基地司令のハンナです。」
「ニューマンです。よろしく、ハンナさん。」
「お部屋にご案内いたします。」
案内された部屋は体育館のような広い部屋に隣接した小部屋だった。
体育館を中心として多くの部屋が周囲を囲んでいる構造になっているらしい。
部屋に入るとニューマンは宇宙服のヘルメットを首の後ろに跳ね上げた。
「ニューマン、この部屋は人間用の部屋よ。ベッドとシャワーとトイレが付いているの。イスマイル様もお使いになったわ。この部屋の隣が司令室よ。」
シークレットがニューマンに言った。
「居心地が良さそうな部屋だね。」
「ふふっ、イスマイル様のお部屋だからね。・・・ハンナ、状況はどうなっているの。」
「はい、常時火星周辺を巡回しております。現在、特に問題はありません。」
「そう。今回は外に停めてあるメレック号の試運転で火星に来ました。メレック号にはニューマンが考えたサイクロトロンエンジンが前後に付いています。強力な推力を持つエンジンで10Gまで加速できます。」
「うちの戦闘機より早いですね。」
「・・・そうね。加速の大小は戦いには重要です。でも火星までの所要時間に関してはたとえ10Gでも3倍の違いしかありません。ここには1G加速で2日で来ました。」
「火星でのご予定は、シークレット様。」
「火星の町を見てから地球に戻るつもり。どこがいい。」
「町の位置が記載された火星地図をお渡しします。町は北アメリカ町がよろしいかと思います。」
「どんな町なの。」
「一番大きな町で人口も5万人以上です。」
「町というより小さな市くらいね。」
「歓楽街もございます。」
「行ってみましょう。」
火星には町と町を結ぶ道路はない。
町には空港から入る。
「北アメリカ町の管制塔、こちらアクアサンク海底国のメリック号。着陸したい。」
北アメリカ町上空からシークレットが呼びかけた。
「メリック号、こちらアメリカ町管制塔。歓迎する。G13スポットに着陸せよ。」
「了解。着陸地点からの移動手段は何か。」
「各スポットの端には地上エレベーターがある。それに乗って地下に移動せよ。地下にエアロックがあるからそこから入ればいい。シャトルバスが必要か。シャトルバスなら直接街に入ることができる。」
「宇宙スクーターは使用可能か。」
「可能だ。町の中で使ってもいい。」
「了解。宇宙スクーターで入る。」
メリック号はG13と地上に描かれた場所に着陸し、ニューマンとシークレットは共に宇宙服を着、格納庫の宇宙スクーターに二人乗りしてメリック号を離れ、G13区画の端にある地上エレベーターに行った。
地上エレベーターとは10m方形の鉄板でできた昇降用エレベーターで、端に柱が立っており上昇と下降と非常のボタンが着いた操作板が埋め込まれていた。
二人は操作柱の横にスクーターを止め、下降ボタンを押した。
地下に着くと扉が開いた大きなエアロックがあり、宇宙スクーターが入ると扉が閉まり火星大気は地球大気に換えられ、反対側の扉が開いた。
そこは空港と同じ広さの空間で諸所にエアロックの入り口が柱のように立っていた。
シークレット達が出たエアロックの扉にはG13と白文字で大書されていた。
シークレットはニューマンを後ろに乗せて「市街地、TOWN」と書かれた矢印に従って宇宙スクーターを移動させ、大きなゲートを通り過ぎるとそこは北アメリカ町だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます