第4話 2、宇宙船メレック号
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半年後、ニューマンは父から宇宙船をプレゼントされた。
その日、ニューマンは母の宇宙船、乙女号で研究所上空に行きテンダーボートで研究所の庭に降りた。
宇宙船は庭の上50㎝に浮かんでいた。
庭に出てきた父が言った。
「ニューマン、お前の宇宙船だ。一応試乗してみたが何とか動くようだ。シークレットの乙女号とほとんど同じだが宇宙仕様にしてある。結構早かったな。シークレット、後は頼む。眠くなった。」
父はそう言って家に入って行った。
健康がすぐれないらしい。
シークレットは「お任せください。」と心配そうに言った。
父から渡された概略図によれば、宇宙船は長さが60mのずんぐりしたカプセルに艦橋が突き出ている形をしていた。
カプセル部の太さは6m、居住空間の天井の高さは3mで母の宇宙船と同じだった。
宇宙船は母の宇宙船と比べて長さが20m長くなっており、太さが1m太くなっていた。
宇宙船の外壁はニューマンが住んでいる軍事衛星と同じで50㎝厚の貯水部と60㎝厚の鋼鉄壁でできていた。
貯水部が宇宙仕様の一つらしい。
母の宇宙船、乙女号は深海で使うことを前提としている。
海中であれば海水から真水を作ることができるし、真水から酸素を作ることができ、原子炉の冷却も容易だ。
そのため真水の貯水量は少ない。
宇宙空間では原子炉の冷却は容易だが真水と酸素を作ることができない。
宇宙船外壁をニューマンの軍事衛星と同じ構造にしたのは水が中性子を防ぐためと、生活水と呼吸の酸素と推進剤の水素を得るためだった。
宇宙船のカプセル部は前から順にサイクロトロンエンジン室、操縦室、補助室、実験室、作業室、生活室、生存室、原子力発電室、サイクロトロンエンジン室になっていた。
前後のサイクロトロンエンジン室が加わったのが乙女号と違う。
前後のサイクロトロンエンジンは宇宙船に急制動、並進、回転などの動きを可能としている。
宇宙は海水や空気のような船に抵抗を与えてくれる物がない。
ニューマンは母に抱(いだ)かれて庭に浮かんだ宇宙船の艦橋に運ばれ乙女号と同じように気閘室(きこうしつ、エアロック室)から入った。
気閘室のエレベーターが船内に入ると船内照明が灯(とも)った。
二人は船の後部の実験室、作業室、生活室、生存室、原子力発電室、サイクロトロンエンジン室をざっと見てから操縦室に行った。
操縦室は全周が観測できるディスプレイが付いており、母の宇宙船のような手動操縦装置の他に対話できる人工頭脳の少女も居た。
広大な宇宙空間での航行には目的の位置、最適な航路、危険の考慮など複雑な計算が必要だ。
それを操縦者一人で行うのは困難であり、容易な宇宙飛行には人工知能が必要となる。
(もっとも、母はそれを一人で行っていたのだが。)
操縦室の左手に50㎝ほどの中空の箱があり、箱はホログラム像での小さな部屋になっており、小さな翼を背中に着けた短いスカートを履いた小さな少女が小さな椅子に座っていた。
ニューマンとシークレットが近づくと少女は椅子から立ち上がって言った。
「ニューマン様とシークレット様ですね。私は操縦士兼航宙士兼航海士のピースと申します。名前はイスマイル様に名付けていただきました。よろしくお願い申し上げます。御用の節は何なりとお申し付けください。できる限り対応いたします。」
それを聞いてシークレットはニューマンに言った。
「ニューマン、今日は私が運転するわ。シートに座(すわ)ってシートベルトをかけなさい。少し不安になったの。・・・ピース、現状を保ったまま本船を手動に切り替えなさい。」
「了解しました、シークレット様。手動に切り替えました。」
「OK。・・・無線は同じね。・・・研究所上空で警備している兵士に告げる。こちら研究所の庭に浮かんでいる宇宙船のシークレット。これから上昇する。上空を空(あ)けよ。それから上空の乙女号はそのままにしておけ。」
無線機から応答があった。
「こちら研究所警備隊隊長のトマトです、シークレット様。上空を空けます。乙女号はそのままにしておきます。あのー、宇宙船の名前は無いのでしょうか。」
「トマト隊長に伝える。宇宙船の名前はまだ命名されていない。この宇宙船の船長はニューマンだ。操船は電脳のピースが行う予定だ。」
「了解しました、シークレット様。通信終わり。」
シークレットは宇宙船を上昇させ地上50㎞から速度をあげて衛星軌道に入り、周囲の衛星を確認しながら地上3万㎞の軍事衛星に近づき通信した。
「アクアサンク衛星の防衛隊に告げる。こちらシークレット。新型の宇宙船で近づいている。大きさは60m。形は私の宇宙船と同じだ。第一ハッチを開(あ)けよ。」
「こちら衛星防御隊のハンナです、シークレット様。第一ハッチを開けます。」
「了解。何もなかったか。」
「通常と変わりませんでした、シークレット様。」
「了解、第一ハッチから入る。通信終わり。」
第一ハッチは直径100mの円形ハッチだ。
外側に出てから横に移動して開く。
周囲の装甲と同じ厚みだ。
シークレットは宇宙船の前部から衛星内に入り、高速で回転している住居円環のリニア軌道上に停まっているリニア車両の近くに宇宙船を止めて言った。
「少し失敗したわね。どうやって家に入ったらいいのかしら。テンダーボートは乙女号に残してきてしまったし。・・・ピース、この船のデッキ下の格納庫はどうなっているの。」
「はい、シークレット様。気密格納庫であり有翼の二座戦闘機1機が格納されております。サイクロトロンエンジン付きです。」
「移動用のテンダーボートはこの船のどこにも格納されていないのね。」
「左様にございます。」
「で、どうしたら家に入ることができるの。」
「私にはどのようにしたらいいのかまだ分かりません。経験を積めば分かるようになると思われます。」
「そうね。分かったわ。・・・ニューマン、無重力状態で宇宙服を着たことがある。」
「ないよ、母さん。これまで訓練以外では宇宙服を着たことがなかった。こんな無重力もテンダーボートの中だけだった。」
「そうだったわね。宇宙船を操縦するようになったら無重力にも慣れなければならないわね。補助室に宇宙服が壁に張り付いているわ。それを着なさい。母さんがリニア車両に連れて行ってあげる。リニア車両が加速するときは壁に貼り付いていれば何とかなるわ。」
「了解。」
補助室の壁に貼り付いていた宇宙服はセロファンのように薄く透明で伸縮性のある丈夫な材質でできていた。
頭部は透明なヘルメットで腰部には数個の小箱が着いたベルトが着いていた。
ニューマンは靴をはいたまま脚から宇宙服に入り、両腕を袖に通し、指を先端の手袋に入れ、股のジッパーを首まで上げ、バンドを絞めてからヘルメットを閉じた。
直ちにベルトの小箱から新鮮な空気が供給され、呼気の炭酸ガスはベルトの別の小箱に吸収された。
宇宙服は簡易型で3時間の使用しかできないし小便もすることができないが、外見は普通の洋服にヘルメットという姿だし手の指も素手のように自在に使うことができた。
とにかく薄く丈夫で破れない。
まあ、高速隕石に当たったら確実に死ぬだろうが。
結局二人は格納庫から出、リニア車両の天井から入り、与圧し、加速し駅に着いた。
「面白かったわね、ニューマン。」
何でもできる母、シークレットは居間でニューマンにコーヒーを出しながら言った。
「うん、面白かった。」
「最初に宇宙船の名前を着けなくてはならないわね。何(なん)にする、ニューマン。」
「母さんの宇宙船はなぜ『乙女号(おとめごう)』なの。」
「『乙女』ってのはイスマイル様の奥様の名前よ。大鈴井乙女様。ダンスがお上手で大学教授だったわ。乙女号はイスマイル様が乙女様と新婚旅行をするために作った宇宙深海調査船なの。1万mの深海から宇宙空間にまで行くことができるの。」
「そうだったのか、・・・それじゃあメレック号にしようか、母さん。電脳のピースさんは背中に小さな羽が着いているだろ。まるで天使みたいだ。どうして父さんがピースさんに羽を着けたのか分からないけど天使はトルコ語でメレックだ。だからメレック号。」
「いい名前だと思うわ。それとメレック号への乗り降りに宇宙スクーターが必要ね。宇宙スクーターなら小さいからリニア車両にもメレック号の格納庫にも置けるわ。下の宇宙ステーションでは高そうだから地球で買いましょう。研究所の上に浮かべてある乙女号をここに移動させておかなければならないから日本で買い物しましょう。」
「買い物は久しぶりです。」
翌日、ニューマンとシークレットはメレック号で静岡市清水区の研究所に再度行った。
シークレットは保管庫から大型風防が付いた年代物の大型オートバイを出してニューマンに言った。
「このオートバイはね、貴方の尊敬するマリア・ダルチンケービッヒ先生が乗っていたオートバイなの。最高出力200㎾、相対2モーター、シャフトドライブ、車重250㎏よ。オートバイに乗って空中を飛べるようにステップを足が引っ掛かるように細工してあるわ。だから垂直なビルの壁も登ることもできるの。もちろん練習すればだけどね。」
「へーっ、ダルチンケービッヒ先生はこんな凄いバイクに乗っていたのか。驚いた。でも先生は空を飛べるのに何でオートバイを持っていたんだろう。」
「タイヤが着いているからよ。これから買う宇宙スクーターも同じだけどアクアサンク国のロボットは重力遮断パネルで空を飛ぶの。だから急ブレーキや急旋回はできないの。重い車体と太いタイヤがあれば急加速や急制動や急旋回ができるでしょ。それに、これを買った当時のマリアの仕事は探偵だったの。空を飛べば目立つけどヘルメットにオートバイ姿なら目立たないでしょ。」
「納得。」
シークレットはニューマンを後ろに乗せて大曲(おおまがり)の「長谷川ホンダ商会」に行った。
シークレットは店の前にバイクを停めて言った。
「このお店は大昔からあったらしいの。1950年頃からあって、イスマイル様のお父様の川口五郎様を作った川本三郎様のお友達が住んでいたお店。このお店には遊びに来られたのかもね。今は2331年だから380年の歴史があるってこと。有名なサッカー選手も居たようよ。」
「歴史そのものだね。」
「清水は小さい市だったから。」
マリアとニューマンが店の中に入ると店員が言った。
「いらっしゃい。お客さん、すごいバイクに乗って来ましたね。あんなバイク、見たことがない。」
「2211年製よ。120年前のオートバイ。」
「よっぽど手入れが良かったのですね、それで、ご興味は新型バイクですか。」
「宇宙スクーターを買いに来たの。」
「宇宙スクーターですか。お使いになる場所は海上ですかそれとも山登りですか。」
「違いがあるの。」
「駐車の時に違いが出ます。海用は輪の周囲にフロートが出るようになっており、山用は4隅に伸縮スタンドがでるようになってます。どちらも乗ったままで操作できます。海用は少し値段が高くなります。」
「使う場所は宇宙よ。宇宙で走りたいの。」
「へーっ、お客さん達、宇宙に行くんですか。いいですね。宇宙用は山用と同じように4本のスタンドが出ますがスタンドの先端がマグネットロックになってます。ロックのオンオフも乗ったまま操作できます。・・・宇宙用は宇宙に行かない若者にもけっこう売れるんですよ。鉄の壁や鉄塔に蝉のように駐まれますからね。でも運転が上手でなければなりません。駐車に失敗すれば落下して大怪我します。死人も出てるんですよ。」
「無重力だから落ちることはないわ。」
「ごもっともで。でも無重力でも上下はあるんでしょ。そうでなければ宇宙スクーターは使えない。」
「その通りよ。よく勉強してるわね。」
「へへっ、ここにあるのはホンダ製だけです。それでいいですか。」
「いいわ。」
「乗っていかれますか。」
「宇宙スクーターの免許は持ってないの。山の麓(ふもと)にある川本研究所に持って来てくれない。」
「いいですけど、あそこは警備が厳しくて近づけないんですよ。」
「そしたら私たちの後について来て。支払いは研究所でするわ。」
「了解。中に入れるのですね。初めてだ。」
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