第3話 1、サイクロトロンエンジン

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 「今日も実験室に籠(こも)るの、ニューマン。」

たっぷりした袖の藤色のブラウスに紺色のスカート姿の「母」が朝食を食卓に並べながら言った。

「うん、母さん。面白い論文があったんで再現実験をしているんだ。」

「どんな実験なの。」

 「超遠心機から打ち出された結晶が引力を持っていたって実験だよ。ダルチンケービッヒ先生の論文に書いてあった。」

「ダルチンケービッヒってノーベル賞を貰ったマリア・ダルチンケービッヒなの。」

「そうだよ、母さん。僕は尊敬しているんだ。凄い発想力を持っていた先生だよ。」

 「知ってるわ。清水の研究所を警備していたロボット兵士から研究者になったの。マリア・ダルチンケービッヒって名前をつけたのはお父様(とうさま)よ。お父様が尊敬していたマリア・キュリー(Maria・Curie)とツビグニュー・ダルチンケービッヒ(Zbigniew・Darzynkiewicz)からその名前を付けたの。その実験のディテクター(検出器)を作ってあげたのもお父様(とうさま)よ。」

「ほんと。設計図はまだあるかな。」

「あると思うわ。でもマリアと同じことをするわけではないでしょ。ニューマンは何をしたいの。」

 「僕は外宇宙に行きたいんだ、母さん。今の宇宙船は非常の場合は大昔のロケットのように軽い物質を高速で吹き出して進むだろ。でもそれじゃあ外宇宙には安心して行けないよね。重力遮断パネルのおかげでこの辺りの宇宙船は太陽系を自由に航行できるようになった。太陽の強力な引力がある限り海王星にまで行くことができる。でも昔の帆船に例えれば風まかせだ。時間もかかる。まあ不均等な引力場は何処(どこ)にでもあるから宇宙ヨットで外宇宙に行くことはできる。でも均等な引力の場所だってあるはずだろ。海で言えば凪(なぎ)が多いサルガッソー海域ってことだ。そんな場所では重力遮断パネルでは進めないからロケット推進するしかない。でも多くの燃料を積むわけにはいかないから宇宙船は結局漂流して海の墓場ではなく宇宙の墓場で眠ることになる。」

 「ふふっ、ニューマンは冒険小説をよく読んでいるのね。それで漂流しないように強力なエンジンを作りたいのね。」

「そうなんだ。変な言い方だけど惑星規模の質量を秘めた小さく軽い物質を作りたいんだ。ダルチンケービッヒ先生の実験はそれができることを暗示している。惑星を高速で噴出できたら強力な推進力になるだろ。」

 「そうね。・・・確かマリアは重力遮断パネルで使っているリチウム包含カーボンナノチューブの結晶を使って実験していたわ。超遠心機で遠心したら時間が遅くなった結晶ができて当然その結晶の電子の時間は遅くなるでしょ。そんな結晶は静止状態よりも強い引力を持っていたって言っていたわね。ディテクターのカーボンナノチューブを曲げたんですって。」

 「そうなんだ。ルシャトリエの法則やレンツの法則と同じような加速度ー時間速度の法則だろ。測定できるほどの引力を持っているってことは大質量を秘めているってことだろ。位置エネルギーを持っている物と同じように潜在質量を持っていると言うことだろ。そんな物をロケットから打ち出せば強力な推進剤になると思うんだ。」

 「そうね。そうなりそうね。でもロケットに遠心機を使うわけにはいかないでしょ。どうするつもりなの。」

「大昔のサイクロトロンを改良してとりあえず使おうと思っている。噴進剤は電子を持っているイオンだよ。時間が遅くなった電子をいっぱい持つことができる。・・・かもしれないかな。」

「目処(めど)が立ったらお父様にお願いするといいわ。きっとサイクロトロンエンジンが付いた宇宙船を作ってくれるわよ。」

「そうするよ、母さん。」

 ニューマンが作ったサイクロトロンエンジンは特殊構造のゾーナルローターを付けた超遠心機とサイクロトロンを組み合わせた物だった。

ゾーナルローターの中心から連続的に注入された少量の物質はローター壁で遠心加速され、遠心力でローター中心から押し出され、イオン化された後にサイクロトロン中心部に入って加速されて打ち出された。

イオンを打ち出したサイクロトロンは強烈な力を受けた。

 マリア・ダルチンケービッヒの仮説で説明すれば、「時間速度が遅くなったイオンの電子は通常の時間速度に戻るために周囲の存在場面を引き寄せ、その結果、周囲の物質はイオンの電子に引き寄せられた」と言う説明になる。

それは小さなイオンが周囲の物質を引き寄せるほどの大きな潜在質量を持っていたと言うことであり、サイクロトロンはそれだけの質量を持つイオンを容易に打ち出したと言うことだった。

 マリア・ダルチンケービッヒの論文に記述されていた実験結果では「超遠心機から打ち出された結晶は周囲の物質に引き寄せられた」と記述されていたが、サイクロトロンから打ち出されたイオンは打ち出したサイクロトロン自体に力を及ぼしたのだった。

 そんな実験結果を得、ニューマンは母に連れられて意気揚々と地球に向かった。

母が操縦する宇宙船で宇宙空間に飛び出し、急制動をかけて研究所に急降下した。

ニューマンの母は100年以上もの長期間に亘(わた)ってイスマイル・イルマズの最終護衛と秘書をしていたロボットだ。

秘書をしていたのでアクアサンク海底国の詳細を知っている。

イスマイルよりも良く知っているのだろう。

ニューマンが生まれると秘書から母になったのだ。

 ニューマンの父は日本の静岡市清水区にある川本研究所に住んでいた。

そこはアクアサンク国の在日本アクアサンク国大使館でもありアクアサンク軍団の司令所でもあり川本五郎の生まれた育った場所であり、川本三郎が最初に作った場所でもあった。

研究所上空は多数の兵士たちによって警備されていた。

ニューマンの母は誰何を受ける前に「こちらシークレット。イスマイル様に会いに来ました。イスマイル様はご存知です。」と言って研究所の庭に着地した。

 イスマイル・イルマズは広いガラステラスに続く縁側に座って待っていた。

「ニューマン、大きくなったな。それに元気そうだ。ロケットエンジンを作ったんだって。」

「はい、父さん。強烈な推進力を持ったエンジンです。」

「どんな原理だ。」

「はい、父さん。超遠心機で遅い時間速度を持った電子で構成される分子を作り、イオン化させてサイクロトロンで打ち出すエンジンです。」

 「ふーむ。・・・超遠心機から打ち出された結晶の軌道が変わったってことはマリアが言っていたがそんなイオンをサイクロトロンで打ち出すとそんな力が出たのか。」

「はい、そうです。」

「ふーむ。サイクロトロンが潜在していた質量を具現化させたってことだな。」

「はい、そうだと思います。」

「構成図を持ってきたか。」

「はい、これです、父さん。」

ニューマンは黒色のアタッシュケースから構成図の詳細が描かれた書類のファイルを父に渡した。

 イスマイルはページを繰(く)って暫く見てから言った。

「分かった。お前のサイクロトロンは効率が悪そうだな。大部分のイオンは噴出口の周りの壁にぶち当たっているはずだ。それでは危険だ。今は少量のイオンだから何とかなっているのだろうが実際に稼働できるエンジンにしたら危険すぎる。全てのイオンが噴出口から出るようにしておいてやろう。それからゾーナルローターの出口だな。遠心加速を受けた物が遠心力で押し出されている。これでは時間がかかりすぎる。おそらくだが時間速度が変わった不安定な物の変化は早い。・・・まてよ、そうではないかもしれんな。実際に潜在質量が保存されてサイクロトロンで現れたのだからな。ふーむ。」

 「父さん、何を考えているの。」

「うむ。潜在質量を持つ物質を貯めることができたら面白い物ができると思ってな。マリアの超遠心機の実験と違ってこのエンジンでは時間速度が変わった物質がサイクロトロンに入るまで保たれている。潜在質量を持つ物質を貯めることができることになる。」

「貯められればどうなるの、父さん。」

 「ふうむ。7次元位相界の壁を破壊できるかもしれない。重力爆弾ってことかな。・・・お前は知らないし大部分の者も知らないが、この地球には異星人が住んでいる。理由は分からんが恐竜が住んでいた時代に3台の宇宙船で地球に来てそれ以来ずっと地球に住んでいるそうだ。その当時から分子分解砲を持っていた異星人だ。ホムスク星人とか言ったかな。・・・ところが100年ほど前にマリアの超空間通信機の実験に触発されてか最新式の宇宙船に乗ってロボット人が地球に来た。ホムスク星から来たロボット人だ。その宇宙船は7次元シールドと言う物で防御しているそうだ。どうやら7次元位相を高速で変えているシールドらしいがもちろん良く分からん。その宇宙船は恒星を消すことができる強力な分子分解砲を持っていたのだが、そんな分子分解砲でも7次元シールドは通過できないそうだ。当然ワシらの分子分解砲でも跳ね返されるだろうな。ここまでは分かったか。」

「前半だけ分かりました。」

 「ふうむ。重力は7次元世界にまで力を及ぼしているらしい。隣接7次元では姿が見えるし重力も普通にあるそうだ。幽霊の世界だな。そんな7次元シールドの一点で惑星規模の重力場が生じたら、・・・これは感なのだが、7次元シールドに一瞬穴が開くのではないかと思った。そうなったら後は簡単だ。二発続けて撃てばいい。重力爆弾と核ミサイルでもいいし重力弾丸を2連射すればいい。」

「考えてみます。」

 「うむ。だが、潜在質量を持つ物質は安易に貯めるなよ。危険すぎる。実験は何もない宇宙空間で行え。決して人工衛星内で行ってはならない。・・・宇宙空間での実験か、・・・お前もそろそろ宇宙船を持ってもいい歳だな。宇宙船を作ってやろう。お前のサイクロトロンエンジン付きだ。自動車で言えばスポーツカーだし、船で言えば高速クルーザーってとこだな。そんな宇宙船ができたら宇宙空間で実験すればいい。」

「ありがとう、父さん。」

 「シークレット、分子分解砲も付けておいてもいいかな。」

「はい、イスマイル様。ニューマンは既に大人(おとな)になっていると思います。」

「そうか。外宇宙に行くことになるからX線通信機も付けておいてやろう。指向性が高い。本当は外宇宙に出ることができる宇宙船だから超空間通信機がいいんだが未だ出来ていない。アンテナができないからだ。」

 「父さん、X線通信機って何ですか、それに超空間通信機が分かりません。」

「うむ。X線通信機ってのは分子分解砲と同じ理屈の通信機だ。最近作った。分子分解砲はガンマー線に紫外線を乗せるがX線通信機はX線に音波を乗せる。当然受信機は特殊なものになるしアンテナはなくロッドからの直接発信だ。普通の通信機とは交信できない。」

 「理解できました、父さん。」

「・・・それから超空間通信機だったな。超空間通信機はマリアが試作したことがある。密閉した金属缶の中に玩具(おもちゃ)のトランシーバーを入れても交信できたそうだ。アンテナとアース部分に特殊な金属を着けたそうで、ルテチウムとローレンシウムの1:1合金だ。この合金は比重500くらいでとても重い。この金属はどうも7次元位相界を越えて存在するらしい。だから電波は高次7次元位相界を飛ぶことになる。高次7次元位相界は我々が居る7次元ゼロ位相の重力も届かないし何もないから時間速度は早い。電波は何年もかけて高次7次元位相界を飛ぶのだが7次元ゼロ位相にある地球と宇宙空間ではその時間は瞬時ということになる。理屈は分かっているつもりだが肝心のルテチウム・ローレンシウム合金ができない。マリアは大昔の宇宙船の補修部品を貰(もら)ったらしいがこの研究所では出来ていない。マリアから貰った小さいサンプルはあるのだが同じ物が作れんのだ。地球の恐竜時代にそんな通信機を持って大宇宙を行き来していたホムスク星人はつくづく偉大だよ。尤(もっと)も地球にいるホムスク人の末裔(まつえい)は地球人とそれほど変わらないようだがな。」

 「ダルチンケービッヒ先生の論文は読みました、父さん。超空間通信機の試作の論文もありました。特殊な金属を使えば金属箱を電波が通り過ぎるっていう簡単な論文でした。当時はそれほど重要な実験とは思いませんでした。アンテナに使っていた金属は当然買えるものだと思っていました。」

「そうか。サイクロトロンエンジンを使うようになったらマリアの仮説が説明には役立つだろうな。今のところ瑕疵(かし)は見つからない。」

「そう思います、父さん。」

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