第2話 プロローグ

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 「本日の学習は終わりました、ニューマン様。」

大きな壁ディスプレイの前に立っていたホログラム教師はそう言って消え、小さな教室にはニューマン一人になった。

たった一人の教室だ。

 ニューマンはノートと教科書を開き、その日に学んだことを記憶した。

明日の学習時間の最初には必ず今日の学習事項の試験が行われる。

試験問題は学習の要所を指摘し、理解を深める。

そのため教科書には単元毎にいくつかの問題が記されている。

ニューマンはそれらの問題を全問解き、満足して部屋を出た。

 扉の向こうは長い廊下で、ニューマンは向かい側の扉を開けて入った。

そこは広い居間で食卓もあった。

「お勉強は終わったのね、ニューマン。コーヒーでも飲む。」

たっぷりした袖の藤色のブラウスに紺色のスカート姿の女性が言った。

「母さん、コーヒーはまだいいよ。このままジョギングしてくる。2倍重力にしたいけどいいかい。」

「いいわよ。1分後に2倍重力にしておくわ。」

 ニューマンは居間を出て廊下の端の玄関から外に出た。

玄関の前は幅4mの道路で、向かい側には木造風の小さな駅舎があった。

駅の向こう側にはリニア鉄道の単線軌道があり箱型の鉄道車両が駅舎をはみ出して停車していた。

単線軌道と駅の間は空まで続く透明な板で仕切られていた。

駅舎は外の世界に行くための出入り口だった。

 ニューマンの家には時々父が訪れ、ニューマンを地球に連れて行ってくれる。

駅に止まっていた車両が動き始めた時がその時だった。

車両が動き出し、軌道に沿って空に登ってから再び駅に戻ってくると父が駅から出てくる。

父は暫く家で休んでからニューマンを連れて駅に行くのだ。

 駅舎内を真っ直ぐ進み、扉を開けて停車している車両に乗り、車両の扉を閉め、後方に進み、気密扉を通ってから上部が透明な小さなカプセル型のテンダーボートに乗り込んでシートベルトを締める。

車両が発車すると重力が急速になくなっていき、完全な無重力になると車両の天井が開く。

テンダーボートはゆっくりと浮き上がり、天井を通り、近くに浮かんでいる父の宇宙船の中に入って床に貼り付く。

暫くすると宇宙船が動き始め、重力がどんどん増えていき、これまで通りの重力になるとテンダーボートの透明なカバー部分が開き、父とニューマンは宇宙船の床に降り立つ。

後は父の後について操縦室に行き、宇宙船が地上に着陸するのを眺めるのだった。

 ニューマンは物心がつく前から住んでいる住居や家の前の道路や線路や鉄道車両が常に高速で走っていることを知っていた。

駅に止まっている鉄道車両が走り出すのは鉄道車両が止まろうとしているのであり、父は止まった車両に乗り込んでから加速して駅と同じ速度になってから降りてくるのだ。

宇宙船に乗ってから重力が元に戻るのは宇宙船が人工衛星の外に出て急速にブレーキをかけて人工衛星の軌道から外れたからだ。

 ニューマンの家は直径が1000mの球形だった。

外壁の外側は60㎝厚の鋼鉄で覆われており、地上3万㎞辺りの高さで地球を回っている。

外壁は空洞になっており水で満たされている。

水は生活用水であり、危険な中性子を捕獲するためでもあった。

外壁の内側では断面直径50mのトーラス型(ドーナツ型)の居住区が壁に沿って高速で走って人工重力を作っている。

 地球と同じ重力を得るためトーラス居住区全体は時速252㎞で見えない軌道を走っている。

2倍の重力を得るには二乗根倍の時速356㎞で走ればいいし、半分の重力で過ごしたければ二乗根で割った時速178㎞で走ればいいし、四半分の重力なら半分の時速126㎞、10分の1の重力なら時速80㎞で走ればいい。


著者注:プロローグ1


 周囲の家や道路は明るい光に満たされていた。

太陽はなかったが空は明るく輝いていた。

そして空の真上には建物が一列に並んでおり、その横をリニア鉄道の単線軌道が通っていた。

体重が2倍になるとニューマンは一直線の道路を走り始めた。

3㎞ほど真っ直ぐ走っていけば元の位置に戻ってくるのだ。

 空を見上げれば透明なトーラスの外では簡易防御服を着た娘達が働いていた。

巨大な宇宙船を作っているのだ。

トーラスの外側は光で満たされてはいるが宇宙空間と同じ程度の真空で自由落下による無重力状態にある。

娘達はロボットで、真空中で活動でき、地球の引力を使って無重力下でも自由に移動することができた。

地球引力は地上3万㎞でも十分に強いのだ。

 地球が太陽を廻(まわ)っていることから分かるように引力は遠くにまでその力を伸ばしている。

そのため地球近辺の宇宙空間は恐ろしい場所になっている。

鉄隕石が大気中で燃え尽きて流星になるほどのスピードで地球に降り注いでいるのだ。

どんな強力なライフル銃でも発射された弾丸が空気中で流星になって燃え尽きることはない。

スピードが遅いからだ。

 流星の大きさは銃弾くらい(数ミリから数センチ)の大きさで速度は毎秒40㎞程度、銃弾の毎秒1㎞の40倍の速さだ。

当たる確率は小さいだろうが人工衛星は常にそんな危険に晒(さら)されている。

しかも大きな隕石は発見できるが銃弾程度の大きさの隕石を発見するのは難しい。

 ニューマンの家の下には多くの人工衛星が低軌道を周回している。

ドーナツ型の巨大な宇宙ステーションも複数個が廻(まわ)っている。

それらの宇宙ステーションはニューマンの住んでいる人工衛星と違って剥(む)き出しのドーナツ部分を回転させて人工重力を作っている。

それら人工衛星の外壁は薄い。

数千気圧に耐えなければならない深海都市や深海艇と違ってわずか1気圧の負圧に耐えればいいからだ。

それらの人工衛星は常に隕石との衝突に怯(おび)えることになる。

 宇宙空間には人工衛星のほか局地宇宙船も遊弋(ゆうよく)している。

遊弋とは言っても多くの宇宙船はなんらかの人工衛星軌道に乗っている。

衛星軌道に乗らずして一点に留まることは多量の燃料を消費したり、重力遮断セルの疲弊を招いたりするし、弾丸よりも早い超高速で飛行している人工衛星と衝突する可能性もあるからだ。

それらの宇宙船の外壁は宇宙ステーションと同程度の強度で、隕石の脅威に晒されているのは宇宙ステーションと同じだった。

 ニューマンが住む人工衛星は軍事衛星で60㎝厚の鋼鉄で全面が覆われている。

戦艦大和の主砲防盾(65㎝厚の鋼鉄)と同程度だから46センチ主砲の直撃に耐えることができる(はず)。

分厚い鋼鉄の外壁は通常ミサイルや核ミサイルの攻撃を防ぐためだが、隕石から身を守るためでもあった。

そんな人工衛星だからニューマンの家からは大宇宙の星々を肉眼で眺めることはできない。

 人工衛星の内部は真空で無重力だが明るい閉鎖空間を形成している。

衛星内部で働く娘達は涯てしのない暗黒の宇宙空間で働くわけではない。

たとえ何らかのトラブルがあって無重力空間を漂流したとしても最終的には外壁に当たることになる。

安全なのだ。

 ニューマンの軍事衛星はニューマンの父であるイスマイル・イルマズが作った。

イスマイル・イルマズはトルコ人のエミン・イルマズと日本人の川本五郎の子供で西暦2031年に生まれた。

イスマイル・イルマズは早老症と逆の遅老症の4倍体人間で、肉体年齢は6年間で1歳加齢した。

西暦2331年の現在まで既に300年間生きている。

肉体年齢は46歳程度だが近年体調がすぐれない。

 莫大な富と強力な軍事力を持つイスマイルには子供がいなかった。

イスマイルは自分の後を継がせるため自分の細胞からニューマンを作った。

自分のような発育遅延にならないようにとDNA量を3倍にさせてからニューマンを作った。

だから通常の2倍体人間から見ればニューマンは12倍体人間になる。

ニューマンがどんな能力を持っているのかは子供だからまだ分からない。

 地球世界はブロック化が進んでいた。

ブロックは地政学的な連合でニューマンの祖父に当たる川本五郎がブロック化を促進した。

連合とは簡単に言えばブロック内の各国は共産主義に基づく独善的な連合憲章で縛られ、自由主義で治世を行うという便利な(ずるい)体制だった。

西暦2000年初頭の中華人民共和国に当て嵌(は)めれば連合は共産党で各国は人民個人だ。

連合は反撃のために核兵器を公然と保有していた。

 そんな中、イスマイル・イルマズは強力な軍事力を背景に軍事国家アクアサンク海底国を作って海底国上の海洋の支配を確立した。

軍事国家とは軍事力を提供しその報酬によって生活を維持するという、簡単に言えば傭兵国家のことだ。

 最強のブロックはアフリカ大陸のアフリカ連合で完全に自給自足でき全域で英語が話されていた。

トルコとイランを含むオスマン連合はオスマン帝国と同様に多数の言語が話される緩い連合で長らくアクアサンク海底国と安全保障条約を結んでいた。

中央アジア連合は中華人民共和国の脅威を軽減するために作られ、安全のためにアクアサンク海底国と安全保障条約を結んでいた。

 北アメリカ大陸ではアメリカ合衆国とカナダ国がブロックを作っていたが連合を作っているわけではなかった。

南アメリカ連合は中部アメリカ諸国も含んでいた。

ヨーロッパ連合は歴史が最も長い。

東アジア連合は多くの人口を持つが力は弱い。

 広い国土を持つ中華人民共和国とインド共和国とロシア連邦とオーストラリア連邦はどこの連合にも入っていない。

紅海とペルシャ湾で挟まれた地域は各地に連合が作られた当時は豊富な地下資源で潤っていたが近年では地下資源の枯渇が起こり始めていた。

国際連合は無くなってから久しい。

 これらのブロック化は核の脅威から逃れるために作られたと言えないこともない。

大国に多数の核ミサイルで攻撃されたら狭い国土の国は壊滅する。

広い領域で連合組織を作れば核攻撃に対して核で反撃することができる。

群体構造になるからだ。

広い領域であればブロック内で自給自足できる。

広い領域であれば経済封鎖などはできなくなる。

 そんな中、日本国はどこのブロックにも入れてもらえず特殊な立場を保って来た。

日本の国土面積は狭いので核攻撃されれば壊滅する。

そんな日本国は4000㎞以上の遠距離から攻撃できる「きれいな」兵器を開発していた。

「遺憾砲」と言うふざけた名前の兵器で、緯度と経度を指定するだけでその場所にいる人間の心臓を止める兵器で、各国の元首をピンポイントで殺すことができる兵器だった。

たとえ地下の核シェルターに隠れていても殺される。

日本が数百年存在できたのはそんな兵器のおかげだと言えないこともない。

 日本はアクアサンク海底国とアフリカ連合と安全保障条約を結んでいた。

アクアサンク海底国の生身の人間はニューマンの父、イスマイル・イルマズだけで、他の住民はロボット人間だった。

そんな状況下でニューマンは子供時代を過ごした。


著者注:プロローグ1

遠心加速度(G)=1.118・R・N^2・10^-6 (トミー精工より)

R:回転半径(mm)、N:回転数(rpm)

直径1000mのトーラスが1Gを得るための回転数は

1=1.118・500000・N^2・10^-6

1=0.1118・5・N^2

1=0.559・N^2

N^2=1/0.559

N=(1) ^0.5/(0.559)^0.5 =1/0.7477=1x1.3375(rpm)=80.25(rph)、毎時80回転。

 2Gを得るためには

N^2=2/0.559

N=(2)^ 0.5 /(0.559)^0.5 =(2)^ 0.5/0.7477=(2) ^0.5x1.3375(rpm)=(2) ^0.5x 80.25(rph)

回転数をルート2倍にすればいい。

 直径1000mのトーラス円周は3141m。

80.25回転なら252065m進む。(時速252㎞)

2Gを得るためには2乗根倍の時速356㎞で走ればいい。

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