1ー4

「だって話聞いてたら面白そうだったし」

「スクリーンにバーンって自分が映ってたらカッコいいじゃん」

「綺麗な女優さんだって傍で見たいしなぁ」


 などとミーハー丸出しな事を言ってくる。


「とまあ、こんな調子で勝手にカメラの前に立ったりするから毎回心霊映像まがいのものばっかりが撮れるんだ。だから仕方なくエキストラとして起用するようになったんだ。お前も時代劇塾に通うつもりなら、ここの作品はいくつか見たことあるだろう? 役付きはともかくここで撮った作品の後ろを歩いているような奴らの半分近くは人間じゃないぞ」

「ええ!?」


 なんだ、その驚愕の事実は。今まで見ていた映画やドラマの背景に普通に妖怪が映りこんでいたって事か? 何それ、怖い。


「だが幸いにもここは時代劇の撮影が主だ。このままで出たって妖怪の貫禄が時代劇と合ってるだろ? しかも全員が本物の江戸時代を過ごしてきた連中だ。エキストラとは言え作品のクオリティが上がってな。その上、人間じゃないから金を払う必要もないってんで社長もプロデューサーも大喜び。で、ウチの作品にはこいつらが出演するのが定例になった」


 …言われてみれば確かに。


 妖怪と言うのは人の形さえ取っていればこれ以上ない時代劇にうってつけの役者だ。妖怪と時代劇はベストマッチしている、里芋と牛肉の芋煮くらいの素晴らしいマリアージュに思えてきた。


 しかし、だ。


「けど、それと僕がここに呼ばれた理由との関係は…?」

「ああ、そうだったな。お前さんは普通に見えているから分からないかもしれないが、こいつらは基本的に人間の目には見えないんだよ。カメラを噛ませたりしない限りはな」

「え?」


 福松は眉間に皺を寄せながら辺りを見回した。これだけはっきりと見えているのに、他の人に見えていないなんてことがあるのだろうか。


「こればっかりは素質ってやつさ。俺やお前は要するに霊感が強いって事だ。けど他の連中はそうもいかない。見えないどころか声も聞こえないのがほとんどだ。しかも人間側の力が弱く、更に妖怪の方の力も弱いと双方の意思の疎通がとても難しくなる。お互いに何言ってるか分からなくなるんだよ。例えば街で外国人に道を聞かれても何を言っているのか、どう言えばいいのか分からない。そんな時にいてほしい人ってのは誰だ?」

「通訳、とかですかね…」

「そう。要するに俺らみたいな霊力の強い奴は通訳になれる訳だ。まあ、厳密に言えばちょっと違うというか他にも重要な事はあるんだが……とどのつまりは監督の指示を的確にこいつら妖怪に伝えるってことには変わりない。これは誰にでもできるわけじゃない。現に俺がここに入ってから三十年、多少勘のいい奴はいたがお前くらい凄いのは初めてだ。俺も歳で出来ることは限られてきている。もしこの撮影所に関わるつもりがあるんだったら、力を貸してもらいたい。それがここに来てもらった理由だ」


 …なるほど。


 どうやら自分には妖怪とコミュニケーションを取る才能があったらしい。ツッコミどころ満載の結論だったが、置かれている状況が否応なしに納得を迫ってくる。


 そして、それがここに呼ばれた理由だという事はさっきまで福松が妄想していた内容は正しく夢物語だった。だが認めたくないのか、はたまた自分の常識の枠を超えた事情を説明されて混乱しているのか、福松は自分の空想が実現していた可能性はないのかを確かめた。


「と言うことは、さっきの演技が評価されて呼ばれた…とかじゃないんですね」

「そりゃそうだ。あんなにくさい芝居で」

「Oh…」


 福松はわざわざ恥を掻きに行った自分がおかしくなってしまい、照れ隠しと自己尊厳維持のためにへへへと引きつった笑いを出した。だがショックを受けたからこそ返って頭が冷静に働くようにもなっていた。


 もう一度目的をはっきりと見据える。自分は時代劇の勉強をする為にこの撮影所に来たのだと。


 学生演劇しか知らない自分が役者として演技力がまだまだなのは分かり切っていたじゃないか。今貶されたのは天狗にならずに済んで良かったのだと好意的に捉えるべき…目の前に天狗がいるから福松はついそんな洒落のようなことを思ってしまった。


 ともかく一から勉強する身の上と考えれば千載一遇のチャンスだ。ドリさんの言っていることがすべて真実だとすればこと時代劇のノウハウや時代考証を学ぶには理想的な環境と言えるだろう。何せ日本の歴史の生き証人がいるのだから。人間じゃないけど。


 福松は一度深呼吸をして答えを出した。


「分かりました。どのみち時代劇の勉強はしたいんです。皆さんに色々と教えてもらえるのなら多少なりとも恩返しはしたいですし」


 福松がそういうと張りつめていた空気が和らぎ、皆の顔に笑顔が灯った。民ちゃんに至っては体全体を使って喜びを表現している。


「けど…俺がスクールの面接に合格できていなかったらどうしましょう?」

「ああ、心配すんな。撮影所だって不況の煽りを受けて苦しいんだ。授業料を払ってくれる奴をみすみす見逃したりしないさ。余程変な奴じゃなけりゃ基本は来る者拒まずだ」

「あ、そうですか」


 画して福松の初の京都来訪と夢に向かって踏み出した第一歩目が終わる。そして物語はここから三カ月先に飛ぶことになる。

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