1ー3

 会議室を出た一行は事務所の脇を通り、オープンの方に出て行った。行きしなにドリさんはデスクワークに勤しむスタッフたちに向かって、


「おい、こいつは掘り出し物かも知れねえぞ。今からケショウ部屋に連れてくから。事と次第によってはウチの救世主になるかもなぁ!」


 などと大袈裟に福松の事を宣伝した。するとスタッフや事務員達は手を止めて福松をまじまじと見て言った。


「本当ですか、ドリさん」

「いよいよ後継者候補っすか?」

「正式に決まったら教えてくださいよ」


 などと興味津々な声が次から次へと飛んでくる。しかも全員の福松を見る眼差しにはある種の期待感が込められており、それは福松自身も感じ取っていた。事務所のある建物を出る頃には福松は一つの仮説を立てていた。


 ひょっとしたら、さっきの芝居を見て自分の演技に光るものを感じたのでは…という願望に似た仮説だった。


 このドリさんと言う人はベテランの大部屋役者であり、陰ながら撮影所の実権を握っている。そしてその人に才能を見出された自分は色々な監督やプロデューサーに一目置かれるようになって一躍スターダムにのし上がる…などという滑稽な妄想が歯止めなく福松の中に広がっていく。


 福松はドリさん率いる老若幼の女子軍団に連れられて撮影所の奥へと連れていかれる。敷地内は全てが時代劇の撮影用の江戸の町を模したセットになっているのだと思っていたが、意外に近代的な造りの建物も多い。というよりもスタジオや倉庫、プレハブ小屋などでそういったセットを取り囲んでいるようだった。


 しかし、全てが目新しい福松にとっては驚きと感動と興奮の連続だ。まかりなりにも時代劇の役者を志しているのだから、名作駄作に垣根を作らず色々な時代劇の映像作品を見てきたのだ。今歩いているコンクリートの道だって、かつてスターが歩いたのと同じ道かも知れないと思うと楽しくて仕方がなかった。


 やがて一行は敷地内にあった堀に辿り着くと、コンクリートの道から土の道へと曲がった。つまりは普段の撮影で使っているセットの領域に足を踏み入れたという事だ。地面ばかりでなく、目に入る景色も一気にその様相を変える。


 タイムスリップしたかのようだ、という感想はいくらなんでも陳腐だとは思ったが、それ以外にさして気の利いた感想も思い浮かばなかった。


 居酒屋や武家屋敷、商店や神社などなど飽きることなく風景が変わっていく。


 ところが福松はどんどんと撮影所の敷地の隅の方に進んでいっている事にも気が付いた。最後に如何にも時代劇で出てくるような橋を渡ったのを境に、一気に古ぼけているというか時代が掛かっているというか、早い話がボロ屋ばかりが立ち並ぶ区域になっていた。


 貧乏長屋のシーンに使うだろうか。そう思っていると前を歩くドリさんの足取りが止まった。


「ついた。ここがケショウ部屋だ。俺達は撮影以外の時間は大体ここで屯してるんだ」


 化粧部屋とは恐らくは楽屋の事だろうと思っていた福松は少々面食らった。付いたその場所は映画のセットかと思えるほどにボロボロの家だったからだ。まるで周りに点在するボロ小屋の親玉かのような佇まいである。二階建てのその建物は堀池に面して作られており、趣や風情は確かにあるのだが埃とかび臭さがそれを帳消しにしていた。


 大部屋役者の扱いは良いとは思っていなかったが、ここまで凄いのは想像していなかった。


「さ、お兄ちゃん。入ろう」


 そう言って民ちゃんと呼ばれていた女の子は福松の手を引いて家の中に連れ込んだ。


 家は二階構造になっており、一階部分は框の奥に18畳くらいの広い部屋があった。向かって左手には勾配の急な階段がある。見てはいないが二階も広さ以外は似たようなものだろうと予想する。その上、家の内部は外見とはそぐわないくらいに綺麗でさっぱりとした造りとなっていた。。江戸時代の商店か住宅の趣を残しつつ、空調やテレビなどの電化製品が揃っている。しかしその家電も昭和の時代を思わせるレトロな品が多い。


 畳のイグサの匂いが鼻をかすめる。福松はつい山形の実家を思い出した。


 てっきり中には他の大部屋役者たちが待ち構えているのかと思っていたのだが、実際はもぬけの殻だ。二階にも人の気配はない。しかし福松は誰かに見られているような気がして仕方がなかった。そしてドリさんが最後に敷居を跨ぎ、引き戸を閉めると部屋の中に妙な雰囲気が充満する。福松は何故かは分からないが全身に鳥肌が立った。


 ドリさんは言う。


「出てきていいぞ」


 すると確かにもぬけの殻だった部屋の中に突如として沢山の人が現れた。


 ある者は煙のように。ある者は箪笥の隙間から。ある者は花瓶の中から。絵の中から、天井から、床から、本棚から、柱から、テレビの中から。


 そして現れたその全員が、好奇心に満ち溢れた目を福松に向けてきている。


「かへぅっ!?」


 福松は自分でもどうやって出したのか分からない声を喉から出した。


「ようこそ。梅藤映画撮影所の化生部屋へ。歓迎するよ」


 驚き、驚愕し、驚嘆して放心状態となった福松を無理から座敷に上げて座らせる。するとドリさんは福松をここに招いた理由と、自分の背後に鎮座している化生の者達の説明をし始めたのだった。


「何から話せばいいか…まあまずはやっぱりお前らの事だろうな」

「でしょうねぇ」


 ドリさんはうーんと唸りながら頭の中で話の構成を練っている。するとさっきまで一緒にいた黒髪の美女がお茶を出してくれた。


「どうぞ」

「す、すみません」


 とりあえず落ち着かなければダメだ、と福松の頭の中にはそればかりであった。けれども黒髪の美女のお茶の差し出し方を見て、更に頭は混乱する。彼女は自分の髪の毛をまるで手のように使ってお茶と菓子を出してきたからだ。


 さらに固まる福松を他所にドリさんはようやく話し始める。


「まあ、まずは御覧の通りだ。ここにいるのは俺とお前以外は全員が人間じゃない。手っ取り早く言えば妖怪変化の類だな」

「な、なるほど」


 逆にそう言った類の者でない方が怖い。てかドリさんは人間なのか。ぶっちゃけこの人が一番妖怪っぽい見た目なのに。


 福松は異様に喉が渇いていたのだが手が震えて湯呑をうまく持てない上、妖怪の出した茶を飲むのも憚られていた。反対にドリさんは遠慮なくお茶に口を付けて説明を続けた。


「ここは今でこそ撮影所だけどな、明治の終わり頃までは違ったそうだ。なんとかって陰陽師が暮らしていた屋敷があったらしい。その頃になると文明開化のせいで妖怪たちの住む場所がなくなっていって、それを哀れに思ったその陰陽師が自分の家に妖怪たちを受け入れていった。噂が噂を呼び津々浦々から妖怪たちが集まってくる…んでもって最終的にこの土地と妖怪たちに呪いをかけて妖怪たちがいつまでも存在を許されるような土台を作って死んだんだと」

「はあ」

「で、時代が流れてここら一体をウチの撮影所の創始者が買い取った。陰陽師がそんな呪いを掛けている土地だとは露知らず、今いる梅富士撮影所が出来上がった」

「なんというか…話だけだと祟られそうな場所ですね」


 つい思ったことを口にしてしまった。てっきり怒られるかもと身構えたがそんなことはなく、むしろ福松の方が聞き返してしまった。


「実際、祟ってやったしねぇ」

「え?」

「そうそう。当初は事故は起こるわ、役者は怪我をするわで黎明期は呪われた撮影所ともまで言われていたらしい」

「だって何の挨拶もなしにいきなり家を壊されて、その後によく分からんものを作られたら怒るだろう」

「そうよね~」


 妖怪たちは悪びれもせず、全員がうんうんと首を縦に振って共感していた。


「とまあ、こいつらのせいで散々な状況で倒産の寸前まで追い込まれたというのがウチの歴史だな」

「けど、倒産してないって事はその後に和解をされたということですか?」

「その通り。高名な霊能力者の先生がやってきてこいつらに直談判をしたそうだ。でも作った撮影所を移動させる訳にもいかないから、急に撮影所を作った事を詫びて住まいも提供する形で落ち着いた。それがこの化生部屋って事だ」


 福松はここまで聞いて彼らの正体については理解した。妖怪云々は実際に目の当たりにしてしまった今、長年培ってきた常識を以てしても否定することはできない。だからそれも飲み込んでしまって構わない。


 問題なのはここまで聞いておいて、尚分からないことがある。


 なぜ、自分はここに呼ばれたのかということだ。


 そんな疑問が口にせずともドリさんに伝わったのか、今までとは声の強さを変えて改めて話を始めた。


「さあ、そしてこっからが本題だ。こいつらも住まいさえ保証されたら危害は加えなくなった。が、それでも怪奇現象は収まらなかった」

「え?」

「何をしていたと思う?」

「えと…道具とか機材の調子が悪くなるとか、うっかりカメラに映っちゃうとかですか?」

「うっかりだったら可愛かったんだけどな」


 ドリさんは鼻で笑った。しかしそれは福松に対してのものではなく、周囲を取り囲んでいる妖怪たちに対してだ。


「和解の話し合いをしてる時に映画とは、そして撮影所とは何たるかって話には当然なるだろう?」

「そうですね。これこれこういうモノが建ってますっていう説明はするのが筋でしょうし」

「そうしたらこいつら…今度は映画に出たいと言い出すようになったんだと」

「…はいぃ?」


 映画に出たがる? 妖怪が?


 福松は怪訝な表情で自分の周りにいる妖怪たちを見た。誰も彼もが照れくさそうに笑っている。

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