第三十二話 夢

「……。」


 目が覚めると、太陽は沈み、夜になっていた。

 ちょっぴり肌寒い風が頬を撫でる。


 背中には柔らかいわらの感触、外套が布団代わりに掛けられていた。

 服はオレがバッグに入れていた予備の物が着せられている。


 焚火の散る音、仲間たちの声。

 シュラ、カーズ、イグナシオ、フレデリカ、ソナタ。


 木々の匂いからしてまだシーダスト島の中だ。なんだ、地面がザラザラしている。

 あぁ、ここは砂浜か。船が着岸したところだな。


 オレは上半身を起こし、ボサボサの頭を掻いた。



「お目覚めかい?」



 ソナタ=キャンベルが木皿にドロドロのスープを入れて持ってきた。

 オレは木皿を受け取る。白いスープにはこの島で採れる木の実やら果実やらがぷかぷか浮かんでいた。


「ヤシの実を甲羅から生やす亀が居てね。

 このスープはそのヤシの実から採れた汁を煮て作ったんだ」


 オレはスプーンで白い液体を掬い、口にする。

 少し甘め、飲んだそばから力が漲る感覚がある。中に入っている果実も美味しい。


 ソナタはオレの側にある岩を椅子にして座った。


「アンタ、この島がヤバいって知ってたのか?」


「屍帝――アレを封じた棺は騎士団が管理していた。でもその棺が盗まれてね、僕はなんとか盗人を追い詰めたんだけど、土壇場で海に捨てられちゃったんだ。

 盗人を捕縛した後、海を捜索したけど棺は見つからなくてね。棺の漂流地候補の一つがこの島だったってわけ」


 あの棺は屍帝が封印されていたとはいえ、実質総重量は棺一個分だ(封印物に封印された者の体重は加算されない)。簡単に海流に流されてしまうだろう。


「騎士団が管理していた棺が盗まれて、なんでお前が出張ったんだ?」


「僕が騎士団の大隊長だからさ。

――あ! 大隊長って言うのは騎士団長より一つ下の役職でね、ぼくの他には二人しかいない」


「騎士って柄じゃねぇだろ。吟遊詩人はどうした?」


「本職は吟遊詩人! 副職が騎士団さ!」


「絶対逆だろ……」


 オレはスープを平らげる。


「そんで大隊長様はなんで〈ディストール〉に行った?」


 ま、なんとなく想像はつくが。


「僕は棺の場所を知るために〈ディストール〉に行ったんだよ。


 棺の漂流地候補は軽く10を超えていたから手に負えなくて」


「爺さんを頼ったわけか」


「封印した本人なら封印物の場所もわかるかもしれない、と思ってね。

 あの時、君に出合った時に君からあの人が亡くなったことを聞いていれば、もっと上手く立ち回れたんだけどねぇ。失敗失敗」


「どうやってここまで来た?」


「船さ。無謀にも捜索隊が出たって聞いてね。慌てて追いかけた。

 来たら来たらで黒い竜が降りて行ったから、『これは間違いない』って思って駆け付けたわけさ」


 ソナタが海岸沿いを指さす。

 そこには小型だが船が浮かんでいた。


「操舵手はあの船の中で待機しているよ。

 明日、君たちも一緒に乗せて行ってあげるね。行き先はマザーパンクだ」


 一日、予定より遅れたな。

 別に時間に制限がある旅じゃないからいいけど。


 月の影が水平線上に浮かんでいる。

 焚火を囲み、がみがみと何かを言い合っているカーズとイグナシオ。それを呆れながら見守るシュラとフレデリカ。和気あいあいとした空気……。


「アレは君が守った景色さ」


「だが、あの災厄を――屍帝を逃した」


「撃退しただけ十分。

 君は知らないかもしれないけど、あの屍帝人魔は本当に凶悪な存在なんだよ。

 それこそ、国で総力挙げて討伐するレベルでね。

 弱っているとはいえ、アレを撃退するなんて凄いよ」


 なんとなく、わかっていたさ。

 あの屍帝骨カスはきっと、オレが想像するよりも遥かに凶悪な存在。だからこそ逃したのが悔しい。


「君は、本当に『良い』予想外の存在だ」

「買いかぶりすぎだろ。

 大したことない、今回は運が良かっただけだ」


 まったく、オレは下に見られるより買いかぶられる方が嫌いなんだから勘弁してほしいものだ。


「体は、治ってるみたいだな」


 オレは自分の体を触る。

 魔力は回復しきれていないが傷は大分治っているようだ。


「行ってくるといい。

 こういう時間は貴重だよ」


 オレは立ち上がり、砂浜の上でキャンプする仲間の方へ歩いて行く。


「お! 目覚めたか大将!」


「無事で何よりです! シール!」


「心配かけたな……お前らも無事で何よりだ」


 胸倉をつかみ合いながら嬉しそうな視線を向けてくるカーズとイグナシオ。


 シュラは「ふん」と唇を尖らせてそっぽ向いた。フレデリカは「お疲れ様です」と頭を下げた。

 オレはフレデリカが椅子代わりに使っている流木に腰を据える。焚火を挟んで反対側にカーズとイグナシオ、オレから一歩距離を離して左側にフレデリカ。右側には砂浜に直に座るシュラの姿がある。


「よーし! 全員揃ったところで、じゃあここでいっちょ夢比べと行こうぜ!」


 カーズが立ち上がり、提案する。


「なんだぁそりゃ?」

「順々に夢を発表して、誰の夢が一番大きいか勝負するのさ」

「そんな勝負を切り出すからには、アンタは大層デカい夢を持ってるんでしょうね?」

「もちろんだ。

 俺様の夢はギルドの総大将! いずれギルドを束ね、騎士団をも超える組織にする!」


 ギルドの総大将、

 簡単に言うと、ギルドの頂点ってことか?


「俺様のギルドを立ち上げたらお前らにも参加してほしいと思っている。

 ま、フレデリカはもう他のギルドに入ってるから別としてな。イグなっちゃんも歓迎するぜ」


「お断りです!」


「私も嫌よ」


「オレは一応、保留って形で」


「おいおい、つめてぇなぁお前ら」


 ギルドってのをオレは良く知らない。そのトップがどれほど凄い事かも知らない。

 だがこれほどまでに自信満々に“オレの夢が一番だ”と宣言しているのだから、ギルドの総大将ってのは凄いのだろう。


 一ギルド員であるフレデリカが“マジか”って顔してるしな。


「残念ながら、僕の夢の方が大きいですよ。ガキ大将さん」


「お、やっぱり張り合ってくるか。イグなっちゃん」


「当然です!

 僕の夢は騎士団長ッ! 帝国騎士団のトップです!」


 騎士団長――ってのは凄いな。さすがのオレもそれはわかる。

 騎士団の総人数は数えきれないほど居るはずだ。ディストールにさえ何十人と居たんだからな。そのトップが軽いはずがない。


 この世の常識を知っているであろうフレデリカが“マジか”って顔してる。


「なるほどねぇ、イグなっちゃんと俺が相容れないのは当然のことだったな」


 確か騎士団とギルドは水と油だって話だったな。

 その両陣営のトップを目指す二人、根っこから相性が悪かったのだろう。


「二人共馬鹿げた夢ね」


 シュラのため息まじりの発言にイグナシオがムッと眉を細めた。


「シュラちゃんはなにか夢はおありですか?」


「夢って言うのかわからないけど、いて挙げるなら“呪解じゅかい”よ」


 呪解、これはもう文句なしのデカい夢なんだろうな。

 カーズ、イグナシオ、フレデリカ。全員が“マジか”って顔してる。


 決着だな。

 ギルド総大将も、騎士団長も既に成った奴は居る。だが呪解は前例なしだ。


「そ、そっちの二人はどうだ?

 フレデリカ、お前さんはなにかあるか?」


 カーズが話の対象をフレデリカに移す。

 自分の夢がシュラに負けてると思ったゆえにだろう。


「私はとりあえず、ギルドの再建でしょうか。

 この件で大分だいぶ痛手を負いましたし……」


 オレが知る限りでも八人は死んでいたからな。

 それに、この件の黒幕も探さないといけないだろうし、フレデリカが一番面倒な状況にあるのか。


「シール、アンタはどうなの?」


 シュラが聞いてくる。

 シュラは軽い好奇心を瞳に灯している。他の連中も興味津々の様子だ。

 そんなに興味あるか? オレの夢なんて。


「夢、か……」


 オレは一考する。

 世界一周……一流の魔術師……手紙を届けること?


 いや――


――『君は半人前だ。

 ゆえに、半分だけ名を渡す』


「……。」


 そうだな、とりあえずは……



「“バルハ=ゼッタ”になることかな」



 オレが言うと、全員がポカーンとした。


「どういう意味だ?」

「一人前になるってことさ」


 どうすれば一人前だと認められるかは知らない。

 だが一人前になるための条件の一つはわかる。

 人生ノート。

 あれを一冊分埋めるぐらいの経験はしないと駄目だろう。

 遠いかな……いや、きっとすぐだろうな。まだ牢屋から出て数日しか経ってないのに、こんな景色に巡り合えるのだから。


 夜の海は神秘的で、砂浜を照らす炎は心底温かい。

 生まれて初めて同世代の仲間、それが四人もできた。いや、アシュを入れたら五人になるのかな。

 馬鹿なことで言い合いになるカーズとイグナシオ、眠たげなシュラ、穏やかに笑うフレデリカ。



――この景色は飽きないな。



「不思議な方達ですね」


 フレデリカが言う。


「騎士団長にギルド総大将、それに呪解……どれもこれも、普通の夢じゃないです」

「そうだな、馬鹿げた連中さ。でも、アイツらと居ると退屈はしないだろ」

「ふふっ、そうですね……」


 ありゃ、はからずして良い感じの雰囲気だ。


「シールさん、私、本当に貴方には感謝しています。

 貴方が助けてくれなければ、今頃どうなっていたことか……」


 フレデリカはどこぞのお嬢様みたいな空気があって、飛びつきがたいオーラがある。

 しかし、体は見るからにフワフワしていて、妙な抱擁感がある。母性、とでも言うのだろうか。


 夜の海は魔性だな、なんとなくその気にさせる空気を作りやがる。



「僕の夢は世界一の歌手になることさ!」



――大切にはぐくんだ空気を、オッサンは一瞬で破壊した。


「オッサンが若者の夢談議青春に介入するなよ」


「いやいや、僕まだ28だし!

 全然、ギリギリ、若者の範囲だから!」


「つーかアンタの夢こそ騎士団長じゃねぇのか?

 騎士団の大隊長なんだろ」


「大隊長!?」


 イグナシオが声を荒げた。

 イグナシオは駆け足でソナタの前まで来て、踵を合わせ、胸に手を当てる。


「あ、貴方様は……騎士団の大隊長なのですか!?」


「うんー、そだよー。

 本職は吟遊詩人だけどね」


「ぼ、ぼくはイグナシオ=ロッソと申します!

 まだ騎士団には入っておりませんが、騎士団に入った暁には市民のためこの身を捧げることを――」


「あ、いいよ。そういうかたっくるしいことはさ。

 イグナちゃんね。覚えておくよ、帝都に着いたら僕の名前を出すといい。僕は人気者だから優遇されるはずだよ」


「は、はい!

 ありがとうございます!」


 うわー、緊張がここまで伝わってくる。

 これからイグナシオはソナタの部下になるのか。絶対相容れないタイプな気がしたが、なんだか悪くない雰囲気だな。


 さすがのイグナシオも未来の上官相手には“略さないでくださいっ!”とは言わないんだな。



「よし!

 場も温まって来たところで!

 僕が一曲歌おうじゃないか!!!」



『げっ!』


 オレとシュラは声を重ねる。


「お、いいねぇ!

 宴だ宴ッ!」


「ぜ、是非ともお聞きしたいです!」


「いいですね。

 私も歌好きなので――どうしました? シールさん、シュラさん」


 オレとシュラはソロリソロリと立ち去ろうとしたところをフレデリカに呼び止められた。


「いやぁ……オレ達はちょっと、なぁ?」

「そ、そうね。今後のことで話すことがあるから……歌は遠慮しておくわ」


 オレとシュラはソナタの歌が始まる前に海岸沿いに退散する。

 そのすぐ後に、悲鳴が遠くから聞こえた。



 ――――――――――

【あとがき】

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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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