第三十話 金色の光

 その髪色も、顔立ちも、背の高さも、変わらない。

 だが目の色だけが違う。爺さんは青と銀のオッドアイだったはずだ。しかし、目の前の男は両目とも紫。


 あと、ほんの少し……若い気がする?

 コイツ、やっぱり爺さんじゃ無い?


「爺さん……?」


「爺さんってのは誰のことだよ。

――あぁ、もしかして、兄貴と間違えてんのか?」


 兄貴?

 まさか、


「お前、爺さん――バルハ=ゼッタの……!」


「アイン――じゃなかった。

 バルハ=ゼッタは俺の兄貴さ」


 爺さんの弟。

 よく似ている。似ているが、纏っている空気はまるで違う。


 荒々しく、歪んだ空気。

 路地裏に潜む鼠のように、下品な空気だ。


「ちなみに俺と兄貴は最悪の関係だ。

 お前さんが兄貴と知り合いだからと言って、味方なわけじゃないぜ。

 むしろ敵だ。つーか魔人だしなぁ、俺」


 爺さんの弟が魔人だと!?


 魔人――魔物を喰らい、瘴気を取り込んだ人間……!

 魔人のことを語っていた時、爺さんは苦い顔をしていた。


 もしかして、弟が魔人になっていたからなのか?


「さて質問だ坊主。

 お前は兄貴のなんだ?」


 爺さんの弟、魔人は銀色の筒状の物体を手に取り、カチッと音を鳴らした。


「コイツは銃って言ってな。

 引き金、オレが力を込めると、この穴ぼこから魔力の塊が出る。

 状況的には今お前は喉元にナイフを突きつけられているって感じかな」


 銃。

 そう呼ばれる武器の穴の空いた部分を、魔人はオレに向けた。


「オレは……」


 正直に言うべきか?

 いや、屍帝のように封印術師を嫌っている可能性は高い。

 オレが封印術師だとわかったら、すぐさま殺される可能性がある。


 迷う。

 良い嘘も思い浮かばない。

 知り合い、友人、家族? 適当に装ったところで結果は変わらない気がする。



「オレはバルハ=ゼッタの弟子だ」



 オレが言うと、魔人は銃と呼ばれる武器を下ろし、「マジか……」と笑みを浮かべた。

 爺さんに似て温かく、穏やかな笑顔だった。


「アイツが弟子か!

 ヒヒッ! こいつは面白れぇ!!!

 あの男が弟子とはねぇ! 世の中なにがあるかわかんねぇもんだなぁ!!!」


 腹を抱え、人間のように笑う魔人。

 人魔――屍帝と違って、言われないと目の前の奴が魔人だとはわからない。


「じゃあなんだ!

 お前、封印術師か!?

 まさかまさかぁ! 屍帝の野郎を封印したのか!」


 魔人はオレの側に寄って来る。

 オレはビクッと警戒するが、拳を構えられるほども力が入らない。

 迫る魔人の右手、オレはなにをされるかと恐怖するが、魔人はオレの頭を――撫でた。


「すげぇじゃねぇか! その歳でアイツを封印するとはなぁ!

 かなり弱ってたとはいえ、魔族の頂点の一つだ。

――しかし、なんだ……」


 魔人はオレの胸板をペタペタと触ってくる。


「細いなぁ……ちゃんと飯食ってるか?

 最近の若者は野菜ばっか食べるからな。肉と野菜、ちゃんとバランスよく摂取しろよ」


「テメェ……触るな!」


 オレは右腕を振るう。

 魔人は軽いステップで躱し、腰に手を付いた。


「なにかご褒美をやろう!」


 魔人は長ズボンのポケットに右手を突っ込み、袋に包まれた丸い物体を取り出す。そしてそのまま右手をオレの目の前に差し出した。


「飴だ。氷雪地帯で取れた“水糖飴ウォーターキャラメル”って言ってな、めちゃくちゃ甘いがめちゃくちゃ苦い。おススメだ」


 オレは無言で飴を右手で受け取る。捨てるのは確定だがな。


 しかし、コイツは一体なにを企んでいる。

 馴れ馴れしくしやがって……爺さんに顔が似てるから何となくやりづらい。


「さて、じゃあ本題と行こうか。

 俺は今、お前を殺せる。そこらに散らばっているテメェの仲間もまとめて殺せる。

 お前はそれを防ぐためになにを差し出せば良いと考える?」


 野郎、試すような言い方しやがって。

 選択肢は一つしかないのはわかっている。


「――屍帝の身柄を引き換えに、オレ達の安全を保証してもらう」


「だよな」


 オレはポケットから、骨の欠片――屍帝の封印物を手に取り、手を広げて銃帝に見せる。


「ここに屍帝は封じられている。

 これで、オレ達を見逃してくれ」


「――減点1だ」


 魔人はオレから破片を受け取り、笑ってそう言った。


「交渉で先に手札を見せるのは悪手だな。

 まずは自分の条件を呑ませる。これは絶対だぜ。

 もし俺がコイツを受け取った後で、お前らを殺そうとしたらどうするつもりなんだ?」


「テメェ……!」


「安心しろよ。俺は優しいから皆殺しにはしねぇさ。

 次があったら気をつけな」


 魔人はオレに背中を向け、黒竜の方へ歩いて行く。

 ホッと胸を撫でおろす。なんとか見逃してもらえたようだ。


 あそこまで苦労して封印した屍帝を手放すのは苦い感情があるが、今は奴をこの島から追い出すのが最優先。



「減点1……なぁ新米封印術師よ。

 痛みが無いと教訓は身に染みないってよく言うよな?」


 魔人が、足を止めた。


「なにが……言いたい?」


「オレはこの減点1点分、お前に痛みを与えようと思う」


 魔人は顔だけこちらに向け、下卑な笑顔――魔物の笑顔を浮かべた。




「お前の仲間を一人殺す。

 そうだな、あそこで倒れている金髪の女にするか」




「――――ッ!!?

 お、おい……!」


 ここで、ようやくオレは実感した。

 目の前の男が紛れもなく魔物であることを。


「はっはっは! 俺って優しいな。

 これでお前は今日、この日の失敗を忘れないだろう……」


「やめろ、やめろ……!」


 魔人は黒竜を避け、地面に倒れているアシュの方へ向かっていく。

 オレは体中の力をかき集める。なんとか、立ち上がる。

 フラフラだ。一歩も動けない。


 それでも、それでも――


「止まれ、止まれよテメェ……!」


「オイオイお前のためにやってんだぜ。

 そう睨むなよ、傷つくだろう」


 伸ばす手は届かない。

 それどころか、どんどん魔人は遠ざかっていく。


 右ひざから力が抜け、崩れる。

 片膝を付きながら、手を伸ばす。


――『そうか……じゃあ、味覚封じの呪いも〈陰陽一体の呪い〉もまとめて解いて、もう一回この店に来ようぜ。三人でさ』


 約束した。

 呪いを解いて、三人でミートパイを食べると。

 ふざけるな、お前のそんなつまらん教訓で、散らしていい命じゃねんだよ……!


「動くな――」


 足が滑り、地面にうつ伏せに倒れる。

 地を舐めながら、オレは顔を起こし、魔人を睨む。


「動くなって……」


 魔人が武器を構え、眠るアシュに向けた。


――その時、頭の中で何かが壊れた。



「そこから一歩たりとも――

 動くんじゃねええええええええええええええぇぇぇぇぇ!!!!!!」



 金色こんじきの光が、視界で弾けた。



 ――――――――――

【あとがき】

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『続きが気になる!』

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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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