第二十八話 狡猾な罠
札から飛び出たのは指輪、爺さんから貰った赤い錬魔石が埋め込まれた指輪だ。
オレは指輪を右手人差し指に嵌め、赤い魔力を込める。指輪が赤く光輝いた。
“
一度嵌めたら待ったなし。
赤い魔力が目に見えるほど立ち昇る。指輪から湧き出た髑髏の形をした蒸気がオレを包んだ。
指輪から四本の赤黒の線が伸び、右肩のところまで線が引かれた。刺青のように伸びたそれは、徐々に肩の方から縮んでいく。この線が、オレの赤魔の残量を示している。つまり、この線が全て消えたらオレの赤魔の残量はゼロになったと言うこと。“
線の長さから察するに制限時間は……2分といったところかな。
「なんだ……なんなのだ! その魔力は!?」
驚く屍帝の声。
オレは地面を蹴り、姿を消す。
一撃。
正面の棒立ちしていた屍の一人、ガタイの良い男の胸に右拳で風穴を開けた。
血しぶきが屍帝の足元まで飛び跳ねた。
「行くぜ、屍の王。
ケリをつけてやる」
「ふざけるな……ふざけるなぁ!!!」
屍帝は玉座を解体し、玉座を構築していた骨をオレに向ける。
オレは飛んできた骨を拳の裏でいなし、破壊する。
そのまま屍帝に向けて一直線、加速する。
「ぬっ!?」
だがオレの突進は強化の魔力で体を強化した屍たちに止められた。
しかし一歩、
一歩だけ、奴が作った骨の輪より先に踏み込んだ。
「届く……!」
「なんとかせぬか!
魔術師ぃぃぃ!!!!」
屍帝が腕を振るうと、オレを押さえている連中の内、2人だけ残し他は一斉に引いた。
オレは残った2人の顔面を速やかに砕く。だが、
「【“水の剣よ、乙姫に勇気を。氷の槍よ、戦士に希望を”――】」
「詠唱術か……!」
確か、アシュの話だと詠唱術は高等技術だったはずだ。防がないとまずいが距離が遠い!
屍帝の後ろまで下がった女が詠唱を並べる。止めるには間に合わない!
「【――“
残った屍は5人。
男3人と女2人。
詠唱をしていた女と、もう1人の女に水の剣が装備される。
そして男3人には氷の槍が装備された。全員が息を合わせ、オレに武器を向けて加速する。
――時間が無い……!
のんびりしてたら赤魔が死神に喰いつくされちまう!
「どきやがれっ!」
3方向から飛んでくる氷の槍を、手刀で全て破壊。水の剣の突きは躱し、隙の出来た1人の女魔術師の腹を蹴り砕く。
残り4。
そこまで来て、奴はオレに背を向け走り出した。
「逃げんのか!?
――王のプライドはどうしたぁ!!」
「逃走は恥ではない! 膝を付くことも恥ではない!
王のプライドはただ一つ、君臨することよ!!!」
逃げる……にしてもどこに。
奴のつま先はさっきオレが吹っ飛ばされたあの場所に向いていた。
「アレを喰らえば、魔力は回復する!」
奴の向かった場所、そこは、食糧庫――
「テメェ……!」
魔力を捕食で蓄える気だ。
「させるかよ!!!」
オレは強化された体で地面を踏み砕き、接近する。だがオレの前に覆いかぶさるように、4体の肉壁が現れた。
「――獅鉄槍ッ!!!」
オレは獅鉄槍を解封。右手に掴む。
槍を構え、連続で突きを繰り出す。頭、首、心臓を正確に貫き肉壁を突破。屍帝の背後を追う。
獅鉄槍を伸ばそうと魔力を込めるが、槍は伸びなかった。
緑魔――形成の魔力はもう一滴もないらしい。
「ここでか……!」
「よくぞここまで余を追い詰めた!
褒めて遣わそう! 封印術師ぃ!!!」
屍帝は地面に手を付き、全身全霊の魔力を込める。
「“
骨の竜巻が、オレと屍帝の間に発生した。
「ちっ!」
――飛び込むか?
――いや、これ以上ダメージを受けたら――
「ここで迷ってどうすんだ馬鹿野郎ッ!!!」
オレは竜巻の中に飛び込む。
骨の刃が全身を刻む。しかし赤き魔力はオレの体を完全に保護していた。かすり傷程度しかつかない。
オレは竜巻を抜けて、家の前に立つ。
――遅かった。
溢れんばかりの魔力が、一軒家から発せられていた。
「ふふっ。
フハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!」
口元に鮮血を付けた屍帝が、オレがさっきまで居た家から出てくる。
腹が膨れている。膨れた腹が横に伸び、だらしなく地面に付いている。
骨の半身も膨らんでいた。骨の隙間から真っ黒の袋が見える、あれが奴の胃袋か……!
奴の腹は元の大きさの二十倍ほどまで膨らんでいた。恐らく、あの食糧庫にあった死体を全て丸飲みしたのだろう。
「醜いが、すぐに消化は終わる。
さぁ来たぞ来たぞ! 魔力の奔流がっ!!!」
魔力の波が集落を揺らす。
駄目だ、今近づいたら間違いなく死ぬ――
時間が、時間さえあれば……!
「絶望しているか? 封印術師」
奴は余裕の表情で、垂れた腹を引きずりながらオレの方へ歩み寄ってくる。
「わかるだろう?
この魔力の量……あの場所にあった死体は、より多く魔力を吸収できるよう手を施し続けたものだ。本当はもっと熟してから食べるつもりだったのだがな」
地面から、馬の形をした骨と、巨人の形をした骨が構築される。
「屍に屍を運ばせた。
余が直接足を運ばずとも、こうすれば奴らの死体を回収できるというわけだ!」
骨は血を得て、魔力を得て、肉を得て、皮を得る。
体中にヒビが入っているだけで、オレが前見た通りの二体が現れた。
並び立つ、三つの脅威。
「ふりだしに戻る、ってか……」
突風、巨大拳、骨の渦。
三種の合わさった攻撃――
指輪は光を失った。
さすがに、無理か。時間が足らん。
オレが片膝を付き、諦めかけた時、
「ぬ?」
氷の槍と水の剣の突きが屍帝の背後を狙って木影から飛び出した。
「待たせたな大将ッ!」
「これで終わりです!」
カーズと、イグナシオだ。
「お前ら……」
どうやら屍が運んだのは
「雑魚が」
二人の奇襲はあっさりと骨の屍に掴み止められる。
だが一瞬、屍帝の意識が逸らされた瞬間に、水の魔術が高台から屍帝目掛けて撃たれた。
「“
水魔術の一撃は屍帝の脳天に直撃する。だが――
「これは魔術のつもりか?
話にならんな」
屍帝は一切傷つかなかった。
「有象無象が……!
余に挑むレベルではないわっ!!!」
高台より這い出た骨の棘が、フレデリカの全身を裂く。
「カーズ! イグナシオ! フレデリカ!!!」
一瞬、ほんの数秒でカーズは三列の建物、その中央の一軒家の屋根の上まで飛ばされ、イグナシオは森林に飛ばされ、フレデリカは高台の上で膝を崩した。全員、気を失っている。
屍帝が頬を綻ばせ、油断した時だった。
黒い閃光が屍帝の背後の森で光った。
「――色装、“漆”。
“
黒き稲妻が屍帝の顔面、その半分を消失させた。
抉れた屍帝の顔面から煙が上空に向かって上がる。
「ほう……?」
だが奴は再生者、すぐに再生する。
「アシュか……!」
「そうだな、このレベルなら魔術と呼んでもいい」
屍帝が指をパチンと鳴らすと、骨の竜が屍帝の背後から上がった。
骨の竜は屍帝の背後の森に襲い掛かり、一人の少女を口に咥えて帰ってくる。
骨の竜に咥えられアシュが屍帝の眼前の地面に空中から落下する。
「ぐっ……!?」
後頭部を打ち付け、アシュの瞼は上がらなくなった。
「――――ッ!!?」
踏み出そうとした自分の足を腕で止める。
待て、落ち着け。
屍帝の目を見ろ。アレは殺す目じゃない。
「貴様――内にもう一人、飼っているな」
屍帝は倒れたアシュの服を破り、へそを露出させる。
露出させたアシュの腹を観察し、奴は笑った。
「ほう! “
神を冠する呪いは世に三つとあるが、
《灰色の領域》、そこにたどり着くまでは貴様の命は奪わないでおこう」
屍帝はアシュの首を掴み上げ、己の背後へ投げ捨てた。
「さて、これで片付いたな。
しぶといことに、一人残らず息はあるようだな。
――あの小娘以外皆殺すが、まずは貴様だ。封印術師……」
屍帝が
右手を挙げ、骨の鎌を作成した。長い鎌だ。大きく距離を取りながらも、オレの首を落とせる鎌。
奴の膨らんだ腹が萎んでいき、前の細身の状態に戻った。
「良い運動になった。
おかげで消化も終わった」
ようやくか。
長かった……。
「どうした?
戯言の一つでも言ってみたらどうだ?」
「そうか、なら一つだけ……」
オレは口角を上げる。
「よく覚えとけ、クソ人魔。
――人間喰ったら腹壊すってなぁ……!」
「……む?」
屍帝は、自分の右手に視線を落とす。
「なんだ……?
魔力が、乱れていく!?」
骨の鎌が塵に変わる。
オレは顔を上げて笑う。
屍帝はオレを見て、「まさか……」と呟いた。
あの食糧庫で、オレの頭に浮かんだ最悪のシチュエーション。それはあの死体を食べて、奴が魔力を取り戻すこと。
だから死体に仕込んだ。飲み込ませた。魔力を散らす毒を――五角形の字印が刻まれた小石を。
あの小石が、十五個の小石が、奴の魔力を蝕むまで時間は要したが、無事発動したようだ。
「あ、ありえん……!
こんなことが――」
「それで終わりじゃないぜ、屍帝。
魔力が封印され、その器がお前の胃液に溶け、壊れた時、その中身はどうなると思う?」
ボンッ!!! と屍帝の腹に穴が空く。
魔力を封印された小石、それが奴の胃液で崩れ、中身を弾きだす。弾きだされた魔力は奴の支配下にあるモノじゃない。オレの支配下にあるモノだ。ここからじゃ干渉できないが、行き場を無くした魔力は暴走し、破裂する。
「が、――はぁ!
き、さま――! 死体に、封印術を仕込んだのか……!?
同族の、人間を! 死体とはいえ、罠に使ったのかぁ!!! この人でなしがぁ!!!!!」
「うっせぇ!
テメェにだけは言われたくねぇよ!」
オレは武器を捨て、拳を握る。
あとは一発、拳をぶち込むだけ――
「確かに余の魔力は間もなく消失する!
だがなぁ!!!!」
巨大な竜巻が奴を包み込んだ。
「“
王の
――獄の門、七番! “パニッシュゲート”ォ!!!!!!」
詠唱術。
屍帝は残った魔力を総動員し、巨大な骨の束、その中心に炎・水・氷を混ぜ込んで顕現させる。
巨大な破壊の渦が奴の頭上に浮かんだ。
「まったく、往生際がわりぃなぁテメェは!!!」
「相討ちならば余の勝ちだ!
例え魔力が無く、肉体滅びようとも! 余は再生者! いずれ復活するッ!!!」
骨の束が地を這い、オレを飲み込もうと迫る。
もう避ける足は残っていない。
防ぐのは絶対に無理だ。
「……!!?」
破壊の渦が視界を埋め尽くした。
――――――――――
【あとがき】
『面白い!』
『続きが気になる!』
と少しでも思われましたら、ページ下部にある『★で称える』より★を頂けると嬉しいです!
皆様からの応援がモチベーションになります。
何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!
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