第二十六話 形容できぬ怒り

 屍帝していが胸から手を外した時、胸元の穴は埋まっていた。

 これが噂に聞く再生――


「再生者か……」


 マジで不死身なんだな。

 封印って手段がなかったら、どう対処すればいいんだ? コイツ。



「まさか――まさかまさかまさかまさかぁ!!!

 貴様はあああぁぁぁぁーーーー!!!!!!!」



 怒号が鼓膜に響く。

 ビビるな、ここで引いちゃダメだ。


 オレは一歩も引かず、眉一つ動かさず、奴の怒号に耐える。

 余裕の態度を崩すな。“底知れない奴”、そう印象付けるんだ。


「自己紹介が遅れたな。

 のシールだ」


「……。」


 100から一気に0に。

 屍帝は頭に昇らせた血を、一気に足元ぐらいまで沈めた。


 屍帝は玉座に座ったまま、再び頬杖をついた。

 その瞳は静かにオレを見つめている。


「そうか、封印術師か……ふふっ、ふあははあははははははぁっ!!!!」


 歓喜の声だ。

 コイツ……感情が読めん。


「なぜだろうなぁ……! 恐怖や怒りが立ち上ると共に、強烈な歓喜が指を震わす。

 あぁ、懐かしい……封印術師、奴らは憎たらしいが、奴らとの戦いは実に愉快だった。

 余は、封印術師奴らを憎みながらも、どこかでほっしていたのかもしれない。

 余に、不安と緊張をもたらす封印術師奴らに……!」


 屍帝は天に手を掲げ、グッと拳を握った。


 這い出る骸骨たち。

 白骨の四肢を使ってオレを囲んでくる。オレは元の大きさに戻った獅鉄槍を円を描くように横薙ぎする。白骨たちはそこまで強くはなく、簡単に槍に砕かれ地に沈んだ。


「この感情は、恋に似ているのかもしれんな……」


「乙女になってるとこ悪いが、

 もう手持ちの骨共はやっちまったぜ!」


 槍を振り回しながらオレは屍帝に突撃する。

 屍帝は「愚かな」と小さく笑った。


「余は屍帝、屍を操る王だ!

 一度倒したとて、余の手駒が消えることはないっ!」


 倒したはずの骸骨たちが、再び蘇った。


「余の魔力が尽きぬ限り、無限に復活する!

 屍に寿命があるとは思わぬことだなぁ!!!」


「――その言葉、嘘はねぇな?」


 オレは“祓”と書かれた札を右手の人差し指と中指で挟む。


「“獅鉄槍”封印。

――解封、“ルッタ”!」


 獅鉄槍を札に戻し、代わりにルッタを右手に装備する。

 オレはルッタに青の魔力を灯す。するとルッタに埋め込まれた青色の錬魔石が光り、冷気のようなひんやりとした水色のオーラを醸しだした。



「その剣は――!」



 オレはルッタを使って骸骨の顔面を砕く。赤い魔力を足裏に集中、間合いの短さを足元でカバーし、骸骨たちを一体一体切り裂いていく。


 ルッタに斬られた骸骨は股関節から崩れ落ち、その骨を黒い塵にして天に舞った。


「どうした、復活しないみたいだが……調子でも悪いのか?」


「冥土送りの剣か……!

 調子に乗るなよ封印術師ぃ!!!」


 オレは地面にヒビができるほどの力で踏み出す。

 距離は二十歩三十歩、まだ遠い。

 狙うは烙印。拳による直接攻撃だ。


「近づかせはしないっ!」

「――うおっ!?」


 突如、足元の地面が盛り上がった。

 地の底より塔のように重なる無数の骨。骸骨の塔が下からオレを包み込もうとする。


「――解封ッ!」


 獅鉄槍をもう一度出し、左手に装備。斜め下に石突を向ける。

 骸骨がオレを包むより先に獅鉄槍を伸ばし、地面に槍を押し立て、槍の伸縮を利用して後ろへ飛び退いた。


 先ほどまでオレが居た場所に骸骨の塔が出来上がる。

 屍帝は骨を輪っかのように繋ぎ、自分を囲うように設置した。


「封印術師は寄らせん!

 この輪より先にはなぁ!」


 そこでようやく、屍帝は腰を上げた。


「よく聞け封印術師。

 今、貴様が戦った屍はlevel0だ。ただ骨のみを操ったにすぎん。

 だが次は違う!」


 屍帝が両手を挙げる。

 地面よりにょきにょきと伸びる骨、その骨を象るように肉、皮が産まれる。


 10、20。23体ってところか。


「封印」


 獅鉄槍を再び封印、この相手はルッタで攻めるのが得策。


 目の前に現れた屍は先ほどまでの屍と違う。全身にヒビが入っているが間違いなく裸の生身の人間だった。


「これがlevel1。

 生前の肉体を再現する力」


 そんなの有りか?

 コイツ、自己再生能力といい、この修繕能力といい、支配の魔力で出来る範囲を明らかに超えている。



「――――ッ!!!」



 オレは目を見開いた。屍帝の能力に驚いたからではない。

 現れた23体の人間、その中で一際小さな存在に目がいっていた。



――女の子だ。



 年端も行かぬ女の子。

 見たことのある顔だった。


――『すみません……この子を見つけたら連絡を』


 カラス港で娘を探していた母親の姿を思い出す。

 彼女がオレに渡して来たビラを思い出す。

 そのビラに描かれていた少女を思い出す……。


 屍帝が生み出した23人の屍、その内の一人が……その少女だった。


「【……おかあ、さん】」


 屍が声を出す。


「【たすけて、たすけてくれぇ……】」

「【いやだ、死にたくない……】」

「【子供が、子供が待っているんだ……】」


 感情の籠っていない声が聞こえる。


「すまぬな。つい脳も再現するから適当なことを言い出す時があるのだ。

 耳障りだろう? 人間の命乞いというのは、まっこと醜いよなぁ……」


 屍帝が右手の人差し指を前に出す。同時に動き出す生身の屍たち。

 オレは無言で、短剣を振るう。


「……っ!?」


 剣を振るう度、胸が痛んだ。

 痛みに歪む声、助けを求める声、殺してくれたことに感謝する声――色んな声が耳から心臓へ響いた。


――『大変だな。娘さん、見つかったら絶対ここまで届けるよ』


 いつか、自分が言った言葉を思い出す。

 思い出しながら、女の子の頭を串刺しにする。



「おかあさん……どこ、おかあ――」



 女の子は最後に、母親の手を掴むように、オレのズボンの裾を掴み、力無く倒れた。


「どうした封印術師、

 顔が暗いぞ? もしや!

 知り合いでも居たか!?

 それはそれは本当にすまぬことをした! 

 悪気があったわけではない。ほんの余興だ。楽しんで貰えると思ったのだがなぁ……」


 希望だったのだ。

 大切な人を失い、仕事もなにも手が付かず、

 可能性に身を捧げ、神に尽くすことがあのビラ配りの人達の生きがいだった。

 この屍たちの生存――それだけがあの人達の希望だった。

 大切な人を失った彼らの、唯一の、明日を生きるための希望だった。



「――屍帝、“レイズ=ロウ=アンプルール”……」



 

 彼らの希望を、土足で踏みにじり、死者の尊厳に唾を付ける。

 腹の底から湧き上がるこの感情を、なんと言い表せばいいのか。


 オレは短剣を逆手に持ち直す。そして、今の自分の心情をそのまま言葉に変える。


「ようやくだ。ようやくテメェを、ぶっ殺したくなってきた……!」


「いいぞ。それでこそだ封印術師ッ!!!

 殺し合おう。人間と魔物らしくな……!」



 ――――――――――

【あとがき】

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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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