第十八話 棺

「先ほどは取り乱してしまい申し訳ございません!

 荷物を取り戻していただきありがとうございました!」


 イグナシオは荷物を取り戻したことに対し、礼を言ってきた。

 どうやらオレがパンツを広げているのを見て、オレが小鬼たちのリーダーだと勘違いしたそうだ。


 アホみたいな勘違いだが、積み重なる謎の出来事が彼女をパニック状態にしていたようだから、この件については許すことにした。


「イグナシオ。

 お前は多分、浜辺を迂回してから森に入っただろ。

 つーか、小鬼がそういう動きをしたはずだ」


「は、はい……よくわかりましたね」


「遠回りしなきゃ寄り道していたオレと接触するはずがないからな」


 オレは腰を落とし、地面に円を描く。


「この円が島だとして、俺達の現在地は南東のここだ」


 船が着いた場所が島の南。

 そして、


「お前と小鬼は東側の浜辺から南東部を通って、西に向かっていた」

「小鬼が向かっていた場所は南西ですね」

「そう。多分奴らの巣もそこにある。

 さっき小鬼が分散したルートも西側に偏っていた。

 巣にオレ達をおびきだし、罠に嵌めるために」


 イグナシオの顔から血の気が失せていく。

 先ほど、イグナシオは馬の魔物に喰い散らかされた死体を見ている。アレが脳をよぎったのだろう。

 もし、オレが小鬼をたまたま倒していなければイグナシオは小鬼を深追いし――罠に嵌められ無残なことになっていた。あの死体のように……


「相手の戦力は想像の遥か上だな。

 他の奴らは無事じゃないだろう……」

「そ、そんな……まだわからないじゃないですか!

 は、早く巣に向かって魔物を殲滅しましょう!」

「オレも巣を叩くのは賛成だ。

 人魔になりかけの奴が居た……アレはこの島にオレ達が来る前にも人間を喰らっていただろう。

 恐らくは、港の人間を攫って。

 九割方、奴らが人攫いの正体だ」

「ならば――!」


「だけど無策で突っ込んでも返り討ちに遭うだけだ」


 せめて、相手の巣の情報と戦力を把握できないと。


「とりあえず一度浜辺に戻るか。誰か居るかもしれない」


「わかりました……従います。

 どうやらアナタの方が冷静みたいですね」


 正直、状況は最悪だ。

 完全に後手。敵陣のど真ん中で味方は一人。主力選手であるアシュラ姉妹が敵に奪われている。

 この状況を打破するためには、やっぱり札を取り返すしかない。


 アシュとシュラだ。アイツらが居れば状況は幾分かマシになる。さっきの馬の魔物だってシュラなら瞬殺できただろうし、オレより経験も多く積んでるから頼りになる。

 生存者の確保→生存者を安全な場所に隔離→情報収集→使える戦力で荷物を奪還。

 

 とりあえずこれだな。


「シール。

 君、実力の程はどれくらいですか?」

「ん?

 まぁ、実戦経験があまりないから何とも言えないな……」

「そうですか。

 ならぼくの後ろに隠れてください。

 ロッソの名に懸けて、君はぼくが守ります!」


 胸を張るイグナシオ。

 守ります、か。


「イグナシオ。お前、魔力は使えるか?」

「魔力? 存在は知っていますが、使えはしません」


 魔力なしでどこまで戦えるか……。


 オレとイグナシオは森を歩く。

 イグナシオが先頭で、物音一つ一つに神経を研ぎ澄まして南へ進んでいく。

 足運びとか、周囲の警戒の仕方が手慣れている感じだ。


「シール、さがってください」


 狼の魔物、狼魔ファング

 涎を垂らし、三匹で足を合わせながら近づいてきている。


 さて、お手並み拝見。


 念のため、ルッタを握って戦闘態勢に入っておく。

 ジリジリと相手の間合いを測りながら歩み寄る両者。


 先に仕掛けたのは狼魔ファングだった。

 大きく口を開け、イグナシオに飛び掛かる狼魔ファングと飛び掛かった狼魔ファングを囮にイグナシオの両側面に周る残り二匹。三方向からの攻撃。


 一方イグナシオは……静かに、レイピアの先端を正面に向けた。


「――“一歩突撃アン=トゥシュ”」


 レイピアから放たれる見惚れるほど綺麗な突きが正面の 狼魔ファングの喉を貫いた。

 突きを放ったイグナシオの両側面から狼魔ファングの爪が迫る。


「“防御態勢パラード”」


 イグナシオは側面から迫る二匹の狼魔ファングの爪を、レイピアの腹で音もなく逸らした。

 攻撃を軽く逸らされ、空中で唖然とする狼魔ファングに、不可避の追撃突きが放たれた。


「“迎撃リポスト”」


 鮮やか。

 オレは思わず「お見事……」と口にした。


 狼魔ファング三匹の荒々しい攻撃を、最小限の動きでいなした彼女は掛け値なしに美しかった。


「どうですか。

 これがロッソ家に伝わる“柔”の剣技――〈静かなるフラックス流技スタティックス〉」


 〈静かなるフラックス流技スタティックス〉か……。

 明日には忘れてそうな名前だ。


「防御、返し技、突き。

 この三つの要素で成り立つ最強の剣技です!」


 自慢げに語るイグナシオ。

 オレは一抹の不安を覚える。



――素晴らしい剣技だ。



 これに嘘はない。

 だが、いくら剣技が凄くても身体能力が低すぎて話にならない。

 魔力抜きの身体能力ならオレよりイグナシオの方が上だ。だが、魔力を含めたら話にならない程オレの方が上に来る。


 もっと言えば、さっき戦った馬の魔物の身体能力にイグナシオは遠く及ばない。

 もしもシュラがイグナシオの相手をすれば、欠伸をしながらレイピアの突きを白刃取りしただろう。


 雑魚の魔物相手なら問題ない。

 ギリギリ戦力外では――ないか。

 まだ全力を出しているとは限らないし、評価を固めるのは早いな。



---  



 オレたちが降ろされた南の浜辺についた。

 船の残骸が海面に浮かんでいる。オレとイグナシオは周囲を見渡すが、気配はなかった。


「誰も居ませんね……」

「いや、そんなことも無さそうだぞ。

 見てみろ」


 オレは砂の地面を指さす。

 浜辺の砂に人の足跡がある。その足跡はすぐ右の岩場の影に続いていた。


 足跡が大きい、恐らく男だろう。


 オレとイグナシオは岩場へ向かう。オレは前に立ち、岩に手を乗せ、ひんやりとした感触が返ってくると同時に身を乗り出して影を覗いた。


 そこに居たのは身を屈めて何かを観察するの男だった。


「げっ」


 イグナシオが嫌そうな声を出す。


「――ようカーズ、宝物でもあったか?」

「あぁ、あったぜ。見てみるか?」


 赤毛の男――カーズが手招きする。

 オレは首をひねりながら歩み寄る。

 カーズの影に隠れていたのは黒い物体。


――棺だ。


「棺……ですね」

「偶然、見つけてな。

 海に流されたんだろうな。それにしちゃ、錆の一つも見つからない。

 なんか気になるんだよなー、これ」


 棺、真っ黒な棺だ。傷一つない。

 オレは棺そのものより、その棺の蓋に張り付いた物に釘付けになっていた。


「コイツは……!」


 長方形の、見慣れた印が付けられた白い紙きれ。



 札だ。



 それも間違いなく、封印術に使われた札だ。二枚貼ってある。

 どちらの札も半分に割れていた。一枚の札はオレがよく知っている円形の印が付けてある。基本封印術の字印。


 だが、もう一つの札には五角形の見慣れない字印が書いてあった。


 これは、札に直接封印する術式じゃ無いな。

 興味深い、オレの知らない封印術だ。


「どうした大将、なにか気になるモンでもあったか?」

「まぁな」


 オレは棺に張り付いた丸い字印の付いた方の札を観察する。



「“レイズ=ロウ=アンプルール”……」



 札に書き込まれた名前を口にする。

 何者かが封印されていた跡。

 五角形の札はオレが知らない筆跡だ。だが、もう一枚の円形の字印、この字の感じは間違いなく――爺さんだ。


 オレは五角形の字印が描かれた札を試しに触ってみる。


「ぬおっ!?」

 

 ピり……と魔力が抜ける感覚があった。


 なるほど~、なるほどね~。そういう仕組みか。だとしたら、コレに封印されていた奴は魔力をほとんど絞り上げられているな。


 この封印はどちらも完全に解かれている。

 爺さんが封印した何かが、この島には居るのかもしれない。


 爺さんが死んだことで封印が解かれ、覚醒したと考えるのが妥当だろう。


――『実は……ひと月前から姿が見えなくて……』


 攫われた娘を探す母親は確かにそう言っていた。

 

 ひと月前……。

 一つの、仮説が頭に浮かぶ。

 ひと月前と言えば、爺さんがこの世を去った時期だ。


 爺さんが死に、“レイズ=ロウ=アンプルール”とかいう奴が表に出た。そんで、そいつが人攫いを――ってのは考えすぎか。


「どうやらこれは、封印術師(オレ)の案件みたいだな」


 

――『爺さんがやり残した20点分の未練――

   オレがなんとかするよ』


 爺さんの20点分の未練、その内訳をオレは知らない。

 だけどきっと、その20点全てではないとは思うが、これも未練の内の一つなのだろう。

 

 この島に来たのは偶然じゃないのかもしれない。

 封印しなくちゃいけない存在がここに居る。


「そんな棺どうでもいいじゃありませんか。

 はやく他の生存者を探しに行きましょう!」


「生存者がどこに居るかは知らんが、

 敵の本拠地はさっき見つけたぜ。

 小鬼の後をつけてな」


 カーズは立ち上がり、首を鳴らした。


「隠れられそうな場所もおさえてある。見学に行くか?」


「当然!

 行くに決まっている」



 ――――――――――

【あとがき】

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『続きが気になる!』

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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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