第十七話 ド変態

「おいおい、マジかよ……」


 燃え盛る船は海水に浸かり、ガラクタへと姿を変えていく。


 魔物の仕業か?


 炎を操る魔物か、それとも別の何かか。

 間違いなく言えるのはあの大船を一瞬で沈められる外敵が居ること。


『お、俺達の船が……』


『どーやって帰るんだよ!』


『くそっ! ふざけやがって――』


 動揺する面々。

 誰もが船に目を奪われていた、その時だった。


『ケケッ!』



 オレの側を数匹の影が通った。


 スッとポケットから重みが無くなる。


「なんだ!?」


 オレは影を追い、その姿を見る。


『ケケッ!』


 紫色の小さな鬼。トゲトゲの尻尾が嬉しそうに舞ってやがる。

 小鬼の手にはオレが懐にしまっていた財布と――札。


「――あ」


 盗まれた札の大半は魔法陣を書かれただけの空っぽの紙きれだったが、その中に “命”と書かれた札がある。


 “命”の札はアシュを封印した札だ。文字は後でなにを封印したかわかるようにオレが付けた目印である。


 小鬼たちはアシュの封印された札をヒラヒラと振り、ゲラゲラと笑いながら森の方へ散っていった。


「ばっっっか野郎!!!

 その札にはアシュが――」


 ざざっと無数の小鬼たちがオレの視界に入っていく。

 小鬼はそれぞれ荷物を持っていた。


『テメェ、返しやがれ!』

『そんなかには財布も入ってんだぞ!

 クソ鬼どもが!!!』


 オレだけじゃない。他の連中も荷物を盗まれたようだ。

 小鬼を追う捜索者たち。

 オレはふと、足を止めた。


 小鬼たちはそれぞれ、別のルートで森に入っていく。分散していく。

 もうオレの札を盗んだ小鬼の姿は見えない。


 小鬼たちを追うように捜索者たちも分散していく。


 船への爆撃、船に目を奪われている間におこなわれた盗み。

 そして盗んだ荷物を持って分散していく小鬼――


「――まずい」


 奴らの狙いは荷物だけじゃない。

 オレ達の――捜索隊の戦力の分散!


――頭の働く奴が居る。


「ダメだ! 追うなっ!!!

 これは罠だ!」


 叫んだ声は届かなかった。

 嫌な感じだ。


「ったく!

 マジで面倒なことになったぜ」


 アシュは心配だがひとまず荷物は後回しだ。

 あの姉妹は一人でいくらでも魔物を蹴散らせる。

 心配なのは非魔術師の奴らだ。

 なんの準備もなしにこれだけの動きをできる魔物に対抗できるとは思えない。


「一人ずつ、回収するしかねぇか」


 オレは目についた大きな足跡を追う。



---



 足跡は血だまりで途絶えていた。血を辿ると、赤黒い塊が見えた。

 見るもおぞましい、噛み跡だらけの死体。筋肉質の男の死体だ。



「テメェがやったのか?」



 死体の側に立つ、真っ赤な瞳の馬。

 馬の体からは人間の手が伸びており、頬には人間の口が馬の口を挟んで左右に付いている。


 醜悪。


 シンプルに気色が悪い。

 真っ赤な瞳の馬は三つの口をパクパクと動かした。


「【あ、あい、あいう――あいうえ、お】」


 唾液の絡んだ、粘っこい男の声。


「冗談だろ……」


 今のは――言葉か?


――『人を百人と飲めば魔物は人の言葉を覚え、人並みの思考を持つことができる。そういった魔物を私は〈人魔ジンマ〉と呼んでいる』


 爺さんの言葉を思い出す。

 コイツは人を喰っている。恐らく初めての捕食じゃない。


 これ以上人間を喰っていったらいずれ――


「こりゃ、ここで確実に殺しておかないとな」


 オレはズボンの右ポケットから“祓”と書かれた札を取り出し、指に挟む。


「解封。

――“ルッタ”」


 冥土送りの短剣を手に取り、剣先を馬の魔物に向けた。


「【だ、だぁ、れ? だ、ぁ、れ!】」


 土を蹴り上げ、魔物が接近してくる。

 さすがは馬、中々に素早い。けど、シュラには遠く及ばない。

 赤い魔力を足にタメて飛び、右方向の木を足場に馬の側面に回り込む。


 そのまま蹴りを馬の腹に当てようとするが、体から生え出た人間の腕に防御された。


「【ざ、ざ、ざんねん……】」

「しる、かよ――!」


 ボキボキ、と馬の体から生えた腕が折れる。

 オレは腕の防御もお構いなしに馬を蹴り飛ばした。短剣を逆手に持ち替え、倒れた馬に追い打ちをかける。

 丁寧に、一本一本生え出た腕を処理し、馬の首へ焦点を合わせた。


「――ッ!?」


 地面――いや、馬の体から緑色の球が浮かび上がった。

 雪のようなそれは突風へと姿を変える。


「こいつは、形成の魔力――!」


 反応が遅れた。

 はじめて身に受ける魔術、突風。

 オレは受け身を捨て、吹き飛ばされながらも馬の首に短剣の一撃をくらわせるが、浅い。命には届かなかった。


 背後の木に背中を打ち付ける。ダメージは少ない、すぐに起き上がる――


「ちっ」


 馬の魔物の姿はなくなっていた。


――追うか。


 足跡は残っている。

 あれは野放しにするとヤバい気がする。


『ケケッ!』

「あん?」


 背後から小さな足音。

 小鬼だ。飾り気のないリュックを持っている。誰かの荷物か。

 オレは無視するわけにもいかず、三匹の小鬼を短剣で切り裂いた。弱い、軽く振っただけで死んだ。素早さだけが取り柄か。


「――今からあの魔物を追うのは難しいな」


 たった数秒のロスだが、あの脚を追いかけるには大きな時間のロスだった。

 仕方ない。だが悪くない展開だ。誰のかは知らんが荷物を手に入れた。

 食料があれば及第点、飲み物も揃ってれば最高。

 オレは小鬼が持ってきた荷物を開け、ゴソゴソと探る。


「ん?」


 手に付いた柔らかい布の感触。

 オレは布を取り出し、丁寧に両手で開く。


「こここ、これは――!?」


 黒いパンツだった。

 布地がほとんどない、紐のような女のパンツだ。かなり際どい。


「うわぁ……ド変態じゃねぇか、こんなの履く奴」


「あ、あぁ……!」


 またもや背後に足音。

 女性のわなわなとした声が聞こえる。


 ん? この声、まさか――


「小鬼を追って来たら、どうして貴方がぼくの下着を持っているのですか……?

 しかも、そんな広げて……」


 イグナシオ=ロッソ。

 船で会った真面目女だ。


「え? このド変態パンツお前の……」


「――っ!!!?」


「あぁ、いや違う! 

 言葉の綾だ! えっと、素敵なパンツだな。

 オレは悪くないと思うぜ、こういうの……な?」


 イグナシオの肩が震える。

 しかしこんな真面目そうな顔してこんなド変態パンツを……やっぱアレか、一見おとなしそうな奴に限って性欲そういうの強いって言うもんな。


 オレがパンツを観察していると、イグナシオは顔を真紅に染めてオレを睨んだ。


――シュン。と鉄が擦れる音。


 イグナシオはレイピアを抜刀してオレに向けた。


「け、ケダモノめ……!」

「ちょ、ちょっと待てよ。

 なんでレイピアをオレに向けてるんだ?」


 レイピアの突きが、頬を掠める。


「話を聞け――って!?

 突きを繰り出すのをやめろ!!」


「問答無用です!」


 その後、攻撃を躱しながら説得すること10分。ようやくイグナシオは刃を収めた。



 ――――――――――

【あとがき】

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