第十四話 呪いと祝福

 朝起きると、誰かの影がオレに覆いかぶさっていた。

 視線を横に倒すと、短パンのシワが見えた。視線を上にあげる、じとーッとオレの顔を覗き込む顔……アシュの顔があった。


「もやし……」


 眉を曲げて、懇願するようにアシュが言う。


「悪いな。もうもやしは在庫切れだ」


「もやし……!」


「わかったよ! 港町に着いたらどっかの店で食べよう。

 だからそんな泣きそうな目で見るなって……」


 問題は金だな。

 倒した魔物の皮は回収しているし、町に着いたらこれらを売っぱらって換金するか。2000ouroぐらいにはなるだろう。


 オレとアシュは港町に向けて湖から出発する。

 道中、やはりと言うか魔物とエンカウントする。今度は体の大きい、角の生えたクマのような魔物だった。


 オレとアシュは前衛、後衛と別れて華麗に魔物を撃破。

 連携は昨日より洗練されている。


 道塞ぐ樹木の数が減り出した。

 オレとアシュは丘へ出る、昨日より明るい太陽が見えた。


 潮風の音と波の音が聞こえる。この二つの音がこの町のメロディーなのだろう。

 白い鳥が風に乗って空を走る。白と青の建物を中心とした港町がそこにあった。


「着いたな」

「うん。

 〈カラス港〉だね」


 崖の上から見た時は随分遠くに感じたが、実際に来てみるとあっという間だな。

 あの長い道中を越えて来たのか。形容できない感動がある、これが冒険というやつか。やみつきになるぜ……


「船を見に行きたいけど、まずは……」


 ぐぅ……とオレとアシュの腹の音が交錯する。


「ごはん!」

「――だな」



---



 〈ディストール〉という街は本当につまらない街だったと思う。

 いつも誰もが淡々と、日常を過ごしていた。


 〈カラス港〉の町並みを見ていると痛感する。〈カラス港〉は〈ディストール〉より遥かに小さい町なのに、活気に溢れていた。


『おーい!

 とれたての魚持ってきたぞ~!』


『お、今日は“ウシマグロ”が安いな!』


『うわー! おさかなおっきぃ~!』


 魚を網に入れて商店を周る漁師の姿、店頭に並べられた魚を物色するコックの姿。

 呼び込みの声、町を駆け回る子供。この町の人間は明日に向かって生きている。


 ただ、一部分だけ暗い顔をしている連中が居た。


「すみません……この子を見つけたら連絡を」


 暗い連中の一人、歳を重ねた女性がオレにザラザラとした紙質のチラシを渡してきた。オレはチラシを受け取り、後ろに捲れないよう両手で持つ。

 そのチラシはボヤけているが、まだ小さい女の子の顔が描かれていた。やけにリアルだ。


「念写術だね。

 記憶を使って絵を描く術」

「便利だな」


 オレはチラシから目を離し、顔を上げる。


「おばさん、この子がどうかしたのか?」


 おばさんは目を伏せ、涙を溜めた。


「この子は私の娘です。

 実は……ひと月前から姿が見えなくて……」


 耳を澄ませると、同じように子や妻や友人を探している者達の声が聞こえる。

 どうやら今、この街では人攫いが問題になっているらしい。


「大変だな。

 娘さん、見つかったら絶対ここまで届けるよ」


「あ、ありがとうございます!

 よろしくお願いします」


 深々と頭を下げる母親の姿は、寂しげで見ていられなかった。


「人攫い。

 一応、気をつけないとね。海が近い町は多いから」


「了解だ。なんにせよ、まずは飯だ飯」


 高級店はもやしを扱わないだろう。

 狙うは一般食堂。オレとアシュは一つの良い感じのボロ具合の飯屋を発見する。


「リミットはあとどれくらいだ?」

「五分、ぐらいだと思う」

「わかった。じゃあ先に入って注文するから、飯が来たら入って来てくれ」


 オレは飯屋の中に入る。ロウソクの火が店内を照らしているが、陽が射しているわけではないので、アシュがここに来るとシュラに変わるまでのカウントダウンが始まってしまうのだ。彼女たちの呪いは連続して30分で起動するのではなく、累積で30分特定条件下に居ると起動する。アシュはすでにそれなりの時間影の中に居る。シュラと変わる時は近い。


 オレは飯屋の店主にもやし系の料理があるかと聞く。

 すると店主は“もやしのごま油炒め”という料理を提示してきた。オレは“もやしのごま油炒め”と店主おススメの“ミートパイ”を頼んでテーブル席につく。


 先ほど立ち寄った道具屋で魔物の皮を売って1560ouroを手に入れたから金に問題はない。

 あとは船代が相場通りであることを祈ろう。


『はい、お待たせさん!』


 コトン、と続けて四皿。もやし炒めが二品、ミートパイが二品置かれた。


「お、来たか。アシュを呼びに――」


 席を立とうとすると、しゅばッと影が一つオレの正面の席に座った。

 アシュは獲物を見る目でもやしを睨み、フォークを掴んで逃がすまいと襲い掛かる。


「もぐもぐもぐ……! むしゃむしゃっ!!!」


 リスのように頬を膨らませて、アシュはもやしをかきこんだ。

 オレの分のもやし炒めにも手を出しているが、まぁいいか。


「ゆっくり食えよ」


 オレは残ったミートパイに手を伸ばす。

 まず円形のミートパイをサクッと半分に折った。すると断面からトロリとチーズが伸びる。オレはチーズをこぼすまいとミートパイの欠片を持ち上げて、口でチーズを辿りながらパイに食いついた。


 しゅく――

 “サク”じゃない、“しゅく”だ。中の挽肉とミートソース、チーズが濃厚な味を作り出す。このコク……ワインを使っているのか。本来、ぶつかり合いそうな味の主張を食感の良さで緩和している。パイが上手いぐらいに味を中身から吸い取っているのだ。


 うまい。

 文句なしだ。


「ごちそうさま」


 アシュが手を合わせる。


「いいのか? まだミートパイが残ってるぜ。

 結構うまいぞ」


「うん、でももう時間が――」


 ボォン! と音を立て、アシュが縮んだ。

 茶髪女子、シュラがダボダボ服を引き継いで現れた。


「ふぁーあ。

――おはよう」


「遅い寝起きだな。寝ぐせひどいぞ……」


 後ろ髪が跳ねに跳ね散らかってる。

 それはそれでお転婆らしさが出て可愛げがあるけど。


「後で直すわ。

 えっと、ミートパイ。もらっていい?」


 オレはそっと皿を前に出す。

 シュラはミートパイを手に取ると、割らずにかぶりついた。

 シュラはつまらなそうに咀嚼し、ミートパイを皿に戻す。


「ありゃ? まずかったか?」

「あぁ、ごめん。そう見えた?

 うまいまずいじゃないの。隠すこともないし、言っとくけど……私、味覚ないんだ」


「味覚が?」


 そういや、前の宿で食べた干し肉もまずそうに食ってたし、もやし炒めの時もノーリアクションだったな……。


「そういう呪いなのよ。味がわからなくなる呪い」

「お前……〈陰陽一体の呪い〉以外にもう一つ呪いを持ってるのか?」

「それだけじゃないわ。他に三つ、合計五つの呪いが私の中にある。

 私の故郷は“呪いの里”って呼ばれていて、子供の内に限度いっぱいまで呪いを埋め込むの」

「なんだその嫌がらせ。

 呪いをかけることになんのメリットがあるんだ?」

「……アンタ、もしかして呪いと祝福の関係を知らないの?」


 呪いと祝福?

 呪いは解けることのない病……祝福は、あれだよな。誰かを祝う、てきな?


「その様子だと知らないみたいね。

 呪い――呪縛を受ける代償で人は祝福を受け取れるのよ。

 目が見えなくなる呪いを受け、耳が良くなる祝福を受けたり、

 冷たい物体に滅法弱くなる呪いを受け、逆に熱い物体に耐性を得る。

――私の故郷は屈強な戦士の排出を目的として、戦闘に支障が出ない呪いを子供に受けさせ、戦闘に役立つ祝福を受けさせる。そんな、心底クソッタレな風習を何百年も続けてる」


 呪いを受けることで逆に強くなることもあるのか。

 確かに、どうでもいい呪いを受けて欲しい祝福を得られるなら魅力的だ。


――この姉妹に会う前に聞いていたら飛びつきたくもなったかもな。


「ちなみに私は味覚が無くなる呪いを受けて、嗅覚が鋭くなる祝福を受けてるわ。

 あとは、緑魔が使えなくなる呪いを受けて、赤魔を強化する祝福なんかも受けてる」


「〈陰陽一体の呪い〉にはどんな祝福が付いて来たんだ?」


「――詳しくはわからない。この呪いはちょっと特殊なのよ。

 でも、見当はつくわ。陽と影に居る時間をコントロールすれば、私とアシュで変わりながら全く別のスタイルで敵を追い詰めることができる。一個体としての能力は強化できてるわけだから、これが祝福ってことなんじゃないの?」


 シュラは顔色を変えずにミートパイを完食した。

 味が無い物を食べるのにもう慣れているのだろう。


「勿体ないな……このミートパイ、めちゃくちゃ美味しいのに」

「でしょうね。

 良い匂いはするもの……」

 

 そうか。嗅覚は逆にめちゃくちゃ良いんだもんな。

 美味しそうな匂いだけ浴びて、お預けってのはキツイな。


「アシュの方もいっぱい呪いを受けてるのか?」

「あの子は〈陰陽一体の呪い〉だけ。呪いの耐性が強かったからね」


 逆にシュラは呪いの耐性が弱かったから、大量に呪いを付けられたわけか。


「そうか……。

 じゃあ、味覚封じの呪いも〈陰陽一体の呪い〉もまとめて解いて、

 もう一回この店に来ようぜ。三人でさ」

「はぁ!?」


 シュラが頬杖を解いて驚いた。


「だって、このミートパイを味わえないなんて勿体ないだろう」

「いや、アンタ……まだ私は、呪いを一つも解けてないのよ? 

 っていうか、長い歴史の中で呪いを解けた人間は居ない。解ける見込みなんて全然ないし。もし解けたとしても一個解くのにどれくらいの代償が必要かもわからない。

 〈陰陽一体の呪い〉を解くのだってどれだけ苦労するかわからないから、味覚の方は正直もう諦めて……」


「一つ解くのも二つ解くのも変わらないだろう」


 オレが言うと、呆れた顔でシュラは椅子に腰を落ち着けた。


「呪いを解くって言う奴が居たら普通は笑うのよ? それも二個とか変人よ?

 それが常識なの。わかってる?」

「オレは呪いを解く難しさなんてわからないからな。

常識なんて退屈なモンぶら下げられてもわからん。

――つーかお前は、そんな退屈な常識を破るために旅してるんだろ。いいじゃねぇか、歴史上初の呪い破り。それもダブル……良い暇つぶしになりそうだ」

「……!?」


 シュラが目を背ける。

 オレはシュラと目を合わせようとするが、シュラがすれ違いに目を逸らして来る。


「――あんた……やっぱり変人ね。

おかしい、あたま悪いわ……でも」


 嫌いじゃない。とシュラはクスッと笑い、少女らしい表情をする。


「わかった。絶対来ようね……三人で、ミートパイを食べに」

「ああ。まぁアシュの方はもやしの方に夢中だろうがな」


 オレとシュラは食事を終え、飯屋を出る。

 なんとなく、シュラとの間にあった壁が一つ壊れた気がする。



 ――――――――――

【あとがき】

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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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