第十三話 ソナタ=キャンベル

「お腹が――空いた……」


 男はうつ伏せの状態で数歩の距離這いずったあと、パタンと顔を地面に倒した。

 オレとシュラは顔を合わせる。


「行き倒れ?」

「みたいだな……」


 オレは木皿を持って男に近づく。

 もやし炒めの乗った木皿を目の前に置くと、男は手も使わず木皿に乗ったもやし炒めにがっついた。


 むしゃむしゃもしゃもしゃと凄い勢いで平らげていく。


「いいの? アンタのご飯、なくなっちゃったけど」

「大丈夫。

 空腹には慣れている。一日ぐらいなにも食わなくても平気だ」


 オレが言うと、シュラはイノシシ肉の一切れをフォークで刺してオレの眼前に差し出して来た。


「あと、一口しかないけど……」


 シュラが「口開けなさい」と顎をくいっと上げる。オレは口を開けてイノシシ肉を食べた。

 これって間接キスってやつだろう。あんまり気にしないタイプなのか――と思ったら、シュラの顔が赤くなっている。いや、照れるなら無理してやることもないだろうに。

 イノシシ肉がちょっぴり甘酸っぱい気がする。そんな味付けした記憶ないんだけどな……。

 シュラはどこか自分のことを“余裕のある大人の女性”だと思っている節がある。まったくもって、そういうところがガキっぽいんだが、本人に言うと激怒しそうなので言わないでおこう。

 

「いやー! 復活復活ッ!

 助かったよ、しょーねん!」


 男はもやし炒めを食いきると、勢いよく立ち上がった。

 雑に生えた顎髭、清潔感のないボサボサの灰色の髪。緑の中折れ帽を深く被っていて目元が見えない。服も緑の色気のないロングコート、どうも胡散臭い雰囲気の男だ。


「はじめまして、僕の名前はソナタ=キャンベル。

 いやー、食料が完全に尽きてしまってね! あともう少しで魔物に手を出す所だったよ!

 はっはっは!」


「んなことしたら魔人になっちまうぞ。

――オレはシールだ」


「私はシュラよ」


「シール君にシュラちゃんね。

 君たちは運がいい!

 こんなところでスーパースターに出会えたのだからね!」


 ソナタは中折れ帽を外し、胸に添えて頭を下げる。

 中折れ帽を外した顔をよく見ると、結構整った顔をしている。


「僕はね、歌手をしているんだよ!

 放浪の音楽家、吟遊詩人ぎんゆうしじんさ!」


「吟遊詩人……?」

「へー、居るとこには居るのね」


 オレは石を椅子にして座っているシュラの方を向く。


「知ってるのか?」

「吟遊詩人ってのは、まぁコイツが言った通り旅をしながら歌う連中よ。

 故郷で何度か見たことあるけど、旅してから見るのは初めてね」

「もやし炒めの礼さ。

 一曲、プレゼントしようじゃないか!」


 焚火燃え散る夜の時。

 歌を聞きながら仲間と黄昏る……。


――素晴らしいな。


 歌うのは嫌いだが歌を聞くのは嫌いじゃない。

 是非とも歌ってもらおう。


「オレは一曲お願いしたいね」

「私も聞きたい。

 歌結構好きだし!」

「そうか!

 ならばそこの湖をステージに歌おうかな」

「湖をステージに?」


 ソナタは落ち着いた足取りで、湖の方へ歩いて行く。


「お、おい! 落っこちるぞ!」

「大丈夫さ! 僕はこう見えて魔術師でね。

 !」


 そんな魔術があるのか……とオレが期待を込めると、ソナタは舌を出した。 

 ソナタの舌には魔法陣のような何かが描かれており、その陣を起点に舌が光る。


 ソナタの足の方に光が流れ、

 ソナタは言葉通り、本当に水の上を歩いた。


「すげぇな……!」


「まだまだ!

 僕はね、すごい魔法使いなんだ!

――この湖の上に、!」


 水の上を歩ける奴だ、できても不思議じゃない。

 案の定、ソナタは湖の内から炎の柱を出現させ、水面を照らした。

 

「嘘……なに今の。

 全然、魔力の流れが読めなかった……」


 炎魔術で辺りを照らし、喉を一回二回さすったあと、ソナタは大きく口を開いた。


「それでは紳士淑女の皆さん! 

 ソナタ=キャンベルによるナイトミュージックフェスティバルの始まりです!」


 パチパチ~と拍手するオレとシュラ。

 ソナタは両手を広げ、歌いだす。



――そこから先のことはよく覚えていない。



 覚えているのは思春期の男子が部屋に籠って作ったような幼稚な歌詞が並べられていたこと。

 鉱石同士を合わせたような不快な高音が響いていたこと。

 シュラが涙目でオレの服の袖を掴んでいたこと。

 全身から汗がにじみ出たこと。


 無限に思えた時間が終わり、ミュージックフェスティバルが終わった時、オレとシュラはその場に倒れこんでいた。



「ご清聴ありがとうございました!」



 短くまとめるならば、


――ソナタ=キャンベルは想像を絶する音痴だった。



 ----



「いやー、歌った歌った~!

 大満足ッ!!!」


 オレとシュラは耳を押さえながらソナタを睨む。

 ソナタの肌はツヤツヤしていた。


「て、テメェ……本当に吟遊詩人か?」

「あ、やっぱり気に入らなかった?

 僕の感性って個性的だからさー、凡人には理解されないんだよね~」


 あっはっは、と笑うソナタ。

 どうしよう、一発ぶん殴っていいかな。


「そうだ! 君たちにこれをあげよう!」


 ソナタは紙きれをオレとシュラに渡す。


「なによコレ?」

「会員証だよ! 僕のファンクラブのね!」


 会員証……オレは紙切れに書いてある文字を読む。


「“ソナタ=キャンベル ファンクラブ会員証――№0001会長:シール”」

「私のには副会長って書いてあるわね……」

「そ! 君たちを僕のファンクラブの会長、副会長に任命する!

 いやー、本当に君たちが運がいい――って、無言で破くのはやめてくれ!」


 その後、ソナタが何度も歌おうとしたのでそのつど、オレとシュラは全力で止めた。

 ソナタは「まったく、君たちすごく勿体ないことしてるよ?」と肩を竦めたあと、荷物を持ってオレ達に背を向けた。


「待てよ。

 どこに行く気だ?」

「〈ディストール〉。

 ちょっとあるお方に会いたくてね。

――まだ生きていればいいけど……」


 なんだ?

 危篤な知り合いでもいるのか。


「やめときなさい。

 この夜に森を歩くのは危険よ」

「大丈夫大丈夫! 僕、けっこう強いから!」


 うーむ、魔術師なら確かにここの魔物は難なく倒せると思うが、行き倒れが言っても説得力がない。さっきの演出を見るに強い魔術師なのは事実かも知れないけど、旅で怖いのは魔物だけじゃないからな。


 ソナタは「じゃあね~」と軽快に手を振った後、森の中に入ろうとし、立ち止まった。


「そうだ、忘れてた。

 君たち、もしかしてこの先の港町へ行くのかい?」

「ああ、そうだけど」

「行き先は〈マザーパンク〉かな?」

「そうよ」

「――なら、寄り道はしないようにね。

 まっすぐ〈マザーパンク〉に向かうといい」


 言われなくても、そのつもりだが……。

 なんだろう、なにか含みのある言い方だ。


「それじゃ、会長、副会長、またどこかで会おうね!

 次会ったら新曲を歌ってあげよう!」


『いらんっ!!!』


 オレとシュラは声を重ねる。

 ソナタ=キャンベルという男は森の闇へ消えていった。

 オレとシュラは夜も更けていたこともあり、見張りを交代しつつ睡眠をとる。


――“寄り道はしないようにね”。


 この忠告を、もっとちゃんと聞いておけば良かったと、のちにオレは思う。

 爺さんが居なくなったことで、世界は着々と悪い方向へ向かっていたことをオレはすぐに知ることになる。



 ――――――――――

【あとがき】

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『続きが気になる!』

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