第一章 封印術師と屍の王
第九話 忘れられた街〈ディストール〉
忘れられた街〈ディストール〉はいつだって活気が
生まれた時からここに住んでいるが、ここに居る住人はやる気が無い。
良い意味でも悪い意味でも安定しているのだ。帝国からはその手のかからなさから完全に
この街のどうしようもない部分はその安定を愛してしまっているところだ。
誰かが街を宣伝しようとしても反対、誰かが街を改革しようとしても反対。100%街が良くなる改革案があっても彼らは首を横に振るだろう。
良くなる、ってことは波が立つってことだ。
波紋一つすら拒む彼らにとって、プラスでもマイナスでも安定が消えるなら嫌なのだ。
だからこの街にあるのはありきたりな店ばかり。
武器屋、防具屋、道具屋、食品販売店、飯屋や酒屋。そんなどこの街にでも置いてある店しか開いていない。
オレはそんなありきたりな武器屋の、ありきたりなオッサン店主に話しかける。
「久しぶりだな、ダース」
「お、まだ生きていたのか。
悪童のシール君」
「悪童? 悪事なんて生まれてこのかた数えるほどしかやってないぞ」
「俺が知っている限りでも、100回以上は盗みをしていたはずだが?
その内89回はオレの店で」
1回たりともこの店で盗みは成功してないけどな。
「領主のお坊ちゃんを殴ったらしいな」
「あー……そんなこともあったな」
「一年間もそれで捕まるとか、ほんっと馬鹿だなぁ、お前」
うっせぇ、こっちだって後悔してるわ!
つっても、捕まったおかげで爺さんに出合えたから差し引きゼロ……いや、プラスだな。
オレは店内をぐるりと見て周る。
「なにが欲しいんだ?」
「
魔成物とは魔力で構築された物体だ。
オレの封印術は魔力を孕んだ物にしか使えない。手数を増やすためにも、紙札に魔成物の武具を封印しておいて、必要に応じて解封して装備する……って戦法を取りたいのだ。
冒険に出るにあたって魔物と戦うこともあるし、もしかしたら人との戦闘もあるかもしれない。
名前を教えてくれない相手、オレより魔力の高い相手なんて珍しくも無いだろう。そういった相手には封印という手段ではなく、直接叩く選択肢を取るしかないのだ。
「魔成物ってのは錬金術師が
こんなつまらない街にはそうそう置いてないさ」
「そりゃそうか」
「ま! ウチには一個あるけど」
店主は自慢げに親指でカウンターの背の壁を指した。
正確には壁に飾ってある長槍にオレの視線を誘導させた。
赤色の錬魔石と緑色の錬魔石が柄の中心に埋め込まれた槍。そういや看守長から貰った短剣にも同じような錬魔石が付いていた。色は青だったけど。
「売りもんじゃないけどな。
「らしい?」
「この街に魔術師は領主の家にしか居ないからな。試したことはない」
伸びる槍か……。
「ちょい貸してくれ」
「あぁ? 盗むつもりじゃねぇだろうな?」
「違う。オレも一応魔術師もどきになったからな。
その槍、伸ばせるかもしれない」
「お前が魔術師?
はっはっは! コイツは面白れぇ!
いいぜ、やってみな」
オッサンは槍を壁かけから外し、カウンターを出てオレに槍を差し出してきた。
オレは槍を受け取り、矛先を上に向ける。
「いけるか……」
オレはまず、青の魔力――操作の魔力を槍に込めてみる。オレの予想が正しければ、これじゃ槍は伸びない。
――変化なし。
次に緑、形成の魔力を込める。すると槍に埋め込まれた緑の錬魔石が光り……
「お!」
槍が勢いよく伸びて店の天井に触れるギリギリのとこまでいった。
「お、前……マジで魔術師になったのか!」
「やっぱりな。この錬魔石の色で対応する魔力の色を指定しているのか」
ってことは、看守長から貰った短剣には青の魔力を込めるとなにか起きるのかもな。
しかし、槍は伸びた後で強度を失い、萎えてしまった。矛先がだらしなく垂れさがる。
伸びれば伸びるほど脆く柔くなる。そういう性質のようだ。
「なるほど」
オレは緑魔を込めながら、同時に赤魔を込めた。
赤の錬魔石が光ると槍がピンと張り、元の強度を持ったまま伸びた状態をキープした。
しかし、キツイな……!
そもそも緑魔の扱いは苦手なんだ。核が喉ということは聞いていたし、爺さんが見てない時にこっそり練習もしたが、無害な魔力の塊を作るのが限界だった。本来形成の魔力でオレはなにかを作り出すことはできないが、そこは錬魔石がなんとかしてくれているのだろう。
苦手な緑魔を赤魔と同時に流れこませる。魔力を扱うのだから青魔も使う。同時に主源三色を扱うのだからキツくないはずがない。
性能は魅力的、だが多用はできない。総評は――面白い、にしておくか。
オレが魔力を込めるのをやめると、槍は元の長さに縮んでいった。
「よし。こりゃ使えるな。
――売ってくれ」
「売りもんじゃねぇって言ってんだろ」
「そうかよ」
オレは槍を店主に手渡しする。
「じゃあいいや。またな」
あの槍はオレがこの店にはじめて来た時から飾ってあった。
家宝ってやつなんだろう。懇願しても譲ってはくれまい。
そう思い、オレが店を出ようとすると、
「――売りもんじゃねぇが、特別にくれてやる」
頬を掻きながら、オッサン店主が照れくさそうに言ってきた。
「え、なんかの罠か?」
「ちげぇよ! ……こいつは礼だ。娘を助けてもらったからな」
「娘? お前、子供が居たのか」
いやそれも驚きだが、いまなんて言った?
娘を助けてもらった礼? こんなゴリラみたいなオッサンの遺伝子を受け継いだ娘……助けた記憶がない。
「娘とはずっと前から別居中だ。妻と一緒に逃げられたからな」
「そりゃご愁傷様」
「それで、お前が来る少し前に数年ぶりに会ったんだ。
娘はとある馬鹿を探していた。今日釈放された、領主の息子を近衛兵の前でぶん殴る馬鹿をな」
ほうほう成程。
つまり一年前、オレが領主の息子を殴って助けた女の子がダースの娘だったのか。
――なん、だと?
待て、オレの記憶が正しければ一年前にオレが助けた女の子は結構美形だった。
コイツの娘であるはずがねぇ!
「だから、それは礼だ。娘は謝っていたよ、擁護できなくてごめんなさいってな」
「謝意があるなら一度ぐらい面会に来てくれてもいいだろうに」
「馬鹿野郎。お前に会いに行ったらあの領主の馬鹿ガキの反感を買うじゃねぇか」
「わかってるよ。でもいいのか? この槍、大切な物なんだろう」
オッサンは頷き、顔を
「いいんだよ。それより大切なモンを、お前は守ってくれたからな」
「ありがちなセリフだな。
――そんじゃ、ありがたく頂戴するよ」
「おう! 持っていけ!
待ってろ。今、槍頭を保護する鞘を……」
「あぁ、それならいらない」
オレはオッサンの表情を確認して、槍を受け取る。
そして槍を殴り、「“
「はぁ!!? や、槍が消えやがった……お、お前! いまなにをした!?」
無論、封印術を知らないオッサンは目の前の不思議現象に目を丸くしていた。
「言っただろ、魔術師もどきになったってな。単なる手品さ。
じゃあな、ダース」
正義の味方なんて何の得もないと思っていたが、そんなこともないらしい。
思いのほか、世界は正義の味方に優しいようだ。
オッサンの驚き具合を笑いながら、オレは外に出た。
---
さて、道具は揃った。冒険に出よう。
「目的はとりあえず、爺さんの孫娘に手紙を届けることだな」
となると目的地は名も知らぬ魔術学院か。どこにあるか知らないが、
帝下二十二都市は帝国が手厚く保護している二十二の大都市を指す。〈ディストール〉から近い帝下二十二都市は風俗街〈チェリーダンス〉か常春街の〈マザーパンク〉だな。風俗街に子供が通う魔術学院があるとは思えないし、〈マザーパンク〉に行くとしよう。
「……風俗街、金が溜まったら絶対行くぞ。それまで待っていてくれ」
そうなると、北にある谷を抜けないといけないか。
街の結界を抜けて、魔物はびこる谷に繰り出すわけだが、一人じゃ怖い。
旅初心者のオレがいきなり一人で冒険に出て上手くいくはずがない。
仲間が欲しいな。
オレと同じで〈マザーパンク〉に行きたい仲間だ。
「よし、路地裏に行くか……」
路地裏には展開が眠っている。
大体路地の裏に行けば、暴漢に襲われそうな女子が居る。それを助ければ女子が仲間になる。
お約束だ。ってのは半分冗談で、路地裏にははぐれ者たちが大勢いるから、その内誰かを金で雇って連れて行こう。〈マザーパンク〉からこの街に来た奴もそこそこ居たはずだ。
釈放された時に一か月分の生活費を持たされたからな。その金で雇う。多少、値は張るが、背に腹は代えられん。オレにはこの街より外の土地勘がまったくないからな、案内人が居ないと詰む可能性がある。
オレは早速街の中で最もクズが揃うクズスポットに向かった。
酒場が多く揃う道、その裏には多くのクズが眠っている。
オレはアルコール臭に耐えながら酒場の裏路地へ入った。すると、
「おいおいマジか……」
そこに居たのはガラの悪い男三人衆に絡まれる、巨乳金髪ポニテ女子だった。
「おい嬢ちゃん、そんなピッチピチな恰好をして俺達のこと誘ってんのか?」
「うおっ! めっちゃスタイル良いな! 歳は15、16ぐらいか? 顔もめちゃくちゃ良いし、売り飛ばせば結構な値になるぞ」
「馬鹿言え、こんな上玉、貴族共には勿体ねぇよ」
「まさに絶好の展開……かな」
金髪女子は怯えず、ただジッと地面を見ていた。
興味なし、って感じだ。
「あと、十秒……」
少女はなにかをカウントしている。こんな状況でなにをしてるんだ? 不思議ちゃんか?
それにしても、男達を擁護する気はないが金髪女子の恰好は男を誘っているとしか思えない。ピッチピチのシャツに、へそ出し。丈の短いズボンは尻肉を絞めつけていた。背には杖を背負っている
特に胸部がえげつない。今にもシャツが破れそうだ。全体的にサイズを間違えている気がする。あんな恰好でここを歩くとは馬鹿としか思えない。
「しゃーねぇなぁ……」
オレは右手に赤い魔力を籠らせる。
ちょうどいい。あのガチムチ連中で冒険前の準備運動をさせてもらおう。
「おい。そこまでにしとけ、お前たち――」
オレが残り数歩の距離まで男達に近づいた瞬間、異変は起きた。
「あぁ!?」
「なんだこりゃ!!?」
金髪女子の全身から白煙が巻き起こった。
オレがチンピラと同じポーズでゴホゴホとせき込んでいると、白煙が晴れ、中から一人の少女が現れた。
さっきの金髪女子と同じ服装。しかし髪は茶色のロングで、ちびっこい。
「変身、した?」
ピッチピチだった金髪女子と違い、茶髪女子は服とピッタリの体型だ。ちびっ子長髪茶髪女子。茶髪女子は青筋を額に浮かばせながら、男達を睨んだ。
「アンタら、私の
目に見えるほどの赤い魔力が少女から放たれた。
殺気はオレにも向けられていた。どうやらチンピラの一味と勘違いされているようだ。
あれ? 想定していた展開と全然違うぞ……。
つーか、魔力を使えるってことは――
「コイツは……!」
魔術師か!?
他の連中にはこのバカげた赤魔が見えていない様子だ。まったく物怖じしていない。
「なんだこのド貧乳は!?」
ぷち。
「こんなドチビに用はねぇ! さっきの女はどこに行った? 探せ!」
ぷちぷち。
気のせいか、血管が切れる音がした。
「……殺す」
物騒なセリフと共に、悪党どもは宙を舞った。
オレはかろうじて彼女の動きを追うことができた。茶髪女子は三秒にも満たない間に男三人の顔面にそれぞれ三発ずつ飛び蹴りを繰り出したのだ。
赤の魔力は強化の魔力。
赤魔で身体能力にブーストをかけ、人並み外れた速度とパワーを得たのだろうが、それにしても速すぎ&強すぎだ。
「なにがなんだか……」
「あら、まだ一人残ってたみたいね」
茶髪女子と目が合った。
あ、こりゃまずい。
血走った眼は完全にオレを敵として捉えていた。オレは反射的にバックステップを3回入れて表路地へ戻った。
「ちょ、ちょい待ち! オレはこいつらの仲間じゃなくて……」
「自分の身が危険だとわかったら仲間を斬り捨てるの?
どこまでもクズね! 制裁してやるわ!!!」
バッ! と女は背の杖を抜いてオレとの距離を詰めて来た。
茶髪女子は飛び上がり、空中で杖を振りかぶる。
「まったく、予定と違うぞ!」
オレは懐から“祓”と書き込まれた一枚の札を取り出し、右手の人差し指と中指の間に挟む。
「
――解封」
――――――――――
【あとがき】
『面白い!』
『続きが気になる!』
と少しでも思われましたら、ページ下部にある『★で称える』より★を頂けると嬉しいです!
皆様からの応援がモチベーションになります。
何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!
小説家になろうでも連載中です!
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