第六話 もうじき

「あとひと月か……」


 釈放まで、残り一か月になった。

 魔術も、封印術も順調。


 赤と青の魔力の扱いは中々のレベルまで来たと思う。比べる相手が居ないからどうも評価しづらいけど。

 新しい封印術は編み出せなかったが、最初に習った封印術を応用した色んな発想使い方は思いついた。封印術の成功率もほぼ100%に近づけることができている。


 オレが成長すればするほど、爺さんは衰弱していった。

 最近はもう軽い運動もできない。魔力も練れなくなった。


 爺さんは敷布団の上で横になっている。

 

 そしてたまに起きては牢屋内の唯一の机に近づき、椅子に腰かけ筆を握る。そしておもむろに紙に字を書いた後、眉をひそめて紙を破り捨てていた。


 恐らく書いているのは手紙だろう。看守から封筒を貰っていたし間違いない。

 この監獄では外に手紙を出すことは許可されている。爺さんは誰に手紙を送るつもりなのだろうか。


「なにしてるんだ、爺さん。

 紙がもったいないだろう」


 爺さんは頭を抱え、弱々しい瞳でオレを見る。


「若い娘が喜ぶ文章とは、どんなものだろうか」

「――恋文でも書いてるのか?」

「もしも恋文なら、君に相談はしない」


 おい爺さん、そりゃどういう意味だ?

 オレにだって口説き文句の一つや二つぐらいあるんだぞ。その口説き文句が女心を掴んだことはないけどな。むしろ引かれることが多々あったけどな。

 

「様子から察するに、相手は孫娘か?」

「うぅむ……」

「相部屋になった素晴らしい弟子の話とかどうだ?

 物覚えが良くて、顔も角度によってはイケメンの弟子が居ます。

――って、冗談だよ! そんな困った顔で見るな!」


 胡坐をかき、地べたに座る。

 手紙、手紙かぁ……出したことないから本当にわからない。


「書きたいこと書けば――いいんじゃないっすかね?

 そんな難しく考えることじゃないだろ。文字制限があるわけじゃないんだ。

 言いたいこと全部書けばいんだよ、書けば」

「言いたいこと、か――」

「オレがトイレ行ってる間に書いとけ。

 戻ってきたら査定してやる」


 オレは立ち上がり、机の反対側にある牢屋に用意された便所へ向かう。


「まったく、つまらんことで悩みやがって」


 ズズ、と椅子が擦れる音が響いた。

 ガタン。

 小さな地響きと共に何かが落ちた音が聞こえた。


「爺さん?」


 視線を机のほうにやると、爺さんの細い体が地面に落ちていた。

 胸を右手で抑え、爺さんがもがいている。黒い紋章が爺さんの心臓部で光り輝いていた。


 爺さんが腕を伸ばす。救いを求めるように――


「じ、爺さんッ!!!!」


 オレはすぐさま駆け寄り爺さんの体を寝かしたまま抱えた。


「誰か! 誰か居ねぇか!!?

 爺さんが、爺さんがやばい!」


 小さな呼吸音が聞こえる。呼吸は次第に小さくなっている。

 オレの声に反応した囚人が伝言式で看守の居る場所まで声を届かせた。

 

 数名の看守が牢の鍵を開け、爺さんを背負ってどこかへ行った。



---



「バルハ=ゼッタはもうじき、その心臓を止めるだろう」


 看守長からオレは直々にそう言われた。

 オレは現在、看守長室に居る。簡素な部屋だ。飾ってあるのはなにかの賞状や勲章ばかりで、後は紙束が積んであるだけ。客用の椅子と机があるが、オレがそこに腰掛ける権利はなく、立ったまま看守長の執務机の前に居た。


 看守長はその長く煌びやかな緑髪を揺らし、紅茶のカップを鳴らした。

 


「医者は?」

「あれは医者が診る類のものじゃない」

「じゃあなんだアレは?」

「あれは呪いだ」


 呪い。

 本でしか見たことないけど本当に存在するのか。


「誰か、治せる人は居ないのか」

「呪いは解けることの無い病だ。

 治す、治さないを論ずるものではない」


 そうですか。無理ですか。

 じゃあ爺さんは、このまま死を待つしかないってのか。


「一つ、君に頼みたいことがある」


 看守長は机の引き出しから短刀を取り出した。

 なにやら呪文のような文章が白い刀身に書かれている、柄は包帯でグルグル巻きにされていた。刀身と柄の境目に青い石が埋め込まれている。


 明らかに、異質な力を秘めていた。


「これで、あの男を殺してくれ」

「意味がわからん」

「呪殺された人間は霊這系モンスターになることが多い。

 この刀には特別な呪符が施されていてね、殺した相手を確実に冥土送りにできるんだ」


 つまり、爺さんが魔物になるのをこの刀で防げってことか。


「なぜオレに頼む?

 自分か、もしくは部下に頼めばいいだろう」


 看守長は目を背けた。

 何かから逃げる瞳。目の前の女性は泣きそうな顔をしていた。


――そういうことか。


 その表情でオレは察した。


「アンタ、爺さんの知り合いか」

「あの人には……世話になった」

「それで、自分の手で爺さんを殺すのはキツくて、

 かと言って赤の他人に恩人が殺されるのは面白くない。

 ってわけだろ?」


 看守長は答えない。それが答えだった。


「弟子のオレならとどめを刺す権利があるってか」


 オレは短刀を手に取り、その矛先を机に向け、柄まで沈むように刺しこんだ。


「ふざけんな」


 一喝する。

 

「誰かがやらねばならない!

 あのレベルの術師が魔物になれば取り返しのつかないことに――」

「爺さんが魔物になったその時は、オレが封印してやるよ」


 オレは一瞥もしないまま、自分の牢屋居場所へ戻っていった。

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