第五話 四人の来訪者

 釈放まで残り二か月。今日は週末である。

 雨の降る午前、オレはホウキを使って日課の素振りをしていた。


 その後は腕立て伏せをして、学習書を読む。

 学習書を読み終えたら看守や隣の部屋の囚人と他愛のない会話をする。午後は丸々魔力を使った訓練を行う。

 


 これらは全て魔力量を増やす特訓だ。

 魔力量の強化方法は色によって変わる。

 

 赤は体を動かすこと。(通称:筋トレ)

 緑は考えること。頭を使えってことだ。(通称:脳トレ)

 青は魔力を使うこと。(通称:魔トレ)

 黄色は人とコミュニケーションを取ることで増えるらしい、実感は薄いけど。(通称:話トレ)


 魔力量は潜在的に決まっている部分もあるが、このように後天的にも伸ばせる。魔力を増やすすべは多く存在するけど、爺さんが言うにはいま挙げた方法が常識的なトレーニングだそうだ。


 だからまぁ、健全的に過ごしていればおのずずと魔力量は増えていく(青以外)。

 注意点として、青(操作の魔力)を放置して他の魔力量を伸ばすことはできない。

 例えば、青の魔力が10あったとして、赤や緑の魔力が20、30となると己の内の魔力を制御できなくなってしまう。こういった場合、人間の体は防衛措置として青以外の魔力の増量を制限してしまうのだ。


 魔力を使ったことの無い人間は青の魔力が増えない。

 ゆえに、非魔術師は他の魔力もある程度の所で制限されている。


「……。」


 トレーニングに励むオレ。を無視して爺さんは本を読みながら考え事をしていた。

 原因は恐らく、昨日一気になだれ込んできた客のせいだろう。


 爺さんを尋ねてきた四人の客。

 それぞれが好き放題言って去っていった。



---



一人目の客は早朝に現れた。


「久しぶりですね。バルおう……」

「ニーアム……!」


 目が眩むような明るい金髪を一つ結びにした女性、歳はオレよりちょっと上ぐらいか。

 美人、と言うのだろうか。オレが人生で会った女性の中では断トツ1位の美人だろう。くすんだ青色の瞳とキリッときつい目つきのみが減点対象だ。肌は白く、毛穴一つ見えない。


 へそ出しの鎧と竜の模様が描かれたマントを着ており、エロさの隙間に威圧感がある。背には背丈ほどの大剣……多分、魔力を使わなきゃオレじゃ持てないな、大剣あれ


 看守が深々と頭を下げていたのを見るに騎士団関係者だろう。


「聞いて驚きました。まさかこんな田舎に居るとは……」

「なんのようだ。生憎、私はそこまで暇ではない」


 爺さんは終始不機嫌だった。まぁ、この後の女の対応を見れば何となく気持ちはわかる。


「そうですか……暇を持て余しているように見えますが、まあいいでしょう。

 では、単刀直入に言います。私に封印術を教えてください」


 ニーアムと言う女性の発言を受けて、オレは少し焦った。

 一種の独占欲のようなものなのか、オレはこの爺さんの唯一の教え子という立場を大切に思っているらしい。


 驚いた。

 自分はもっと無頓着な人間だと思っていたから。


「断る」


 一刀両断。

 爺さんは迷いなく首を振った。

 だが女性の方はこの爺さんの返答は予測済みだったようで、すぐさま切り返しの言葉を言い放つ。


「私に封印術を教えてくれればアナタの罪はもみ消しましょう。

 すぐにここから解放し、然るべき受講料も払います。アナタの懲役は永遠死ぬまで、このままでは薄汚い牢屋で死ぬことになりますよ」


 無期懲役の罪帳消し&金。

 こんな好条件、二つ返事で受けるのが普通だが――


「断る。君には、資格が無い」


 そこでようやく女性の鉄仮面にヒビが入った。

 鉄格子を掴み、握りつぶす勢いで力を入れていく。

 いやホントに、ミシミシと鋼鉄が軋む音がしていたから焦った。


「なぜだ! なぜ秘匿する!?

 それほどの力を、なぜ独り占めにする!

 貴様は、人類を救う気がないのか!」

「封印術は扱いを間違えれば悪魔の術となる。

 私の師と弟弟子おとうとでしは封印術に呪われ、その身を闇に落とした。もうあんな悲劇は繰り返さない……私が封印術を引き継ぐのは、私が信頼に足りえると判断した者のみ! 

 君のように力に囚われた者には絶対に渡しはしない!」


「……。」


 信頼に足りえる者にしか継承しない。

 嘘つくなと言いたかった。爺さん、オレと会ってすぐに封印術を教えただろうが。


「バル翁、アナタには孫娘が居ますね。確か今年で16歳になる」

「――!」


 爺さんの表情が曇った。

 16歳。たぶん、同い年ぐらいだ。

 オレの歳は16か17か18。物心ついた時にオレの歳を教えてくれる人が居なかったから曖昧だけど、多分その辺りだ。

 いずれ会ってみたいものだ。爺さんの孫には純粋に興味がある。

 

 次に騎士様は騎士らしからぬ言葉をその口から並べていく。


「お孫さんは魔術学院での地位を失墜したらしいですよ。

 あともう少しで首席というところまで来ていたのに……なぜだかわかりますよね? アナタが罪を犯したからですよ」

「……それは」

「お孫さんだけじゃありません。

 アナタの妻も、子も、白い目で見られている。アナタのせいです、全て……家族を救うためにも、私に封印術を――」


 爺さんの顔が暗く落ちた時、オレは部外者を辞めた。


「いい加減、うるさいんですけど」


 オレは目線は本に向けたまま、文字通り横から口を挟んだ。

 冷ややかな視線が女性から向けられているのが見なくてもわかった。

 “誰だテメェは”って感じの顔をしていたのだろう。


「なにか言いましたかドブネズミ。

 今、私は高次元の話をしています。邪魔をしないでいただきますか?」


 もはや上から目線を隠そうともしない。


「おいおい今の程度の低い脅迫のどこが高次元なんだ? 

 オレには悪徳詐欺師がいたいけな爺さんを虐めているようにしか見えなかったし聞こえなかったけどなぁ」

「詐欺師……だと? 私が???」


 彼女は動揺していた。非常に軽い挑発を言ったつもりだったが、彼女の逆鱗にはクリーンヒットしたらしい。

 顔を赤くして怒る様は子供っぽかった。いや、子供なんだ。

 敬語を使って取り繕うとしているが感情を隠すことを知らない子供。爺さんがどうして封印術を教えないかわかった気がした。


「私と君では住む世界が違う。言葉を選べ」


 オレは本を閉じ、立ち上がって女の正面まで歩いた。

 気だるい足運びで、ポケットに手を突っ込みながら。

 オレは女と目を合わせ、少し上から見下ろす。


「その通り。アンタとオレはこの鉄格子によって隔離されている、別の世界の住民だ。

 だからアンタの剣はオレには届かない」


 オレは顎を上げ、挑発する。


「どうする? 背中の剣で鉄格子を破って、オレの首を撥ねるか?」

「貴様ッ!!」

「無抵抗な囚人を殺せば晴れてオレと同じならず者の世界に住むことになるがな。

 どうすんだよ、騎士様……」


 騎士様は背中に手を回そうとして、ギリギリで踏みとどまり回れ右した。

 最後に「後悔するぞ」とオレの背後の爺さんに吐き捨て、看守と共に去っていった。


 こうして一人目の客は帰った。


 二人目の客は“パール”と名乗る中年の騎士だった。ニーアムとか言う女性と同じような鎧を着ていた。こっちは厚めの重装備、オッサンのへそ出しなんかノーセンキューだから良かった。


 一人目に続いて騎士、マントのマークを見るに多分同じ騎士団の所属だ。

 また爺さんは嫌な顔するだろうな、と思っていたがこっちの男性とはむしろ親し気だった。


「助かったよパール。君のおかげで、のどかな牢屋に移れた。

 あの五月蠅い小娘も頻繁には来れまい」


 五月蠅い小娘と言うのは一人目の女性のことだろう。

 爺さんが頭を下げると、おっさんは唐突に涙ぐんだ。


「も、申し訳ありません……バル翁。

 私に、もう少し権力があれば――こんな面会室も無いようなおんぼろ監獄に貴方様を……」

「気にするな。おかげで良い拾い物もした」


 言葉の裏に色々な感情があった気がする。

 パールは爺さんのことを慕っているようだった。


「ところでパールよ、紹介しよう。私の弟子のシールだ」


 突然名前を呼ばれ、オレはあたふたとする。

 だがオレ以上に驚いていた男が居た。パールである。


「ば、ば、ばばばば――バル翁が、弟子!!?」


「……えっと、よろしく」


 オレはとりあえず挨拶を口にする。


「内密で頼むぞ」

「わ、わかりましたがしかし……貴方が弟子など。幾千の志願を弾いてきた貴方が……」

「死を前にして気が変わったのさ」


 パールはオレを、期待を込めた眼差しで見てきた。


「羨ましい限りだ。

 励めよ、少年」


 その言葉はどこか重かった。

 二人目の客は爺さんに散々謝ったあと、昼過ぎには帰った。


 三人目の客は特にオレと絡むことは無かった。

 黒いローブに身を包んだ赤眼の女性だ。ナイスバディ、肌は全く見せてないのにボディラインだけで男を欲情させる。妖艶香るお姉さんだ。


 お姉さんは爺さんと小さな声で会話し、涙を一粒こぼして立ち去った。

 爺さんも、どこか悲しそうな顔をしていた。


 そして四人目、最後の客。

 フード付きの砂色の上着、ボロボロの黒長ズボン。背には膨れ上がったリュックサック。

 THE・旅人という恰好をした男性だ。オレよりは年上だと思うが若い。20歳ぐらいだろうか。


 この男は爺さんを見つけると、地べたに座る爺さんと視線の高さを合わせ、開口一番とんでもないことを言い出した。


「さて、どうする。脱獄するか? ここに居る看守全員オレがのしてやるよ」


 その発言を聞いた看守は眉間にシワを寄せ、男の肩を掴もうとするが――男がカッと目を見開くとすぐさま後ずさった。


 気のせいだろうか。

 フードの隙間から竜のような鱗と黄色く鋭い瞳が見えた気がした。

 次に男を見た時には普通の青年の顔だった。


「アドルフォス。冗談はよせ」

「冗談じゃない。俺なら、アンタを追う人間全員返り討ちにできる。

 騎士団だって相手にしてやるさ」

「アドル……」

「もう一度言う。冗談じゃない。

 アンタにはまだ返しきれない恩があるんだ……恩を返すためならその程度の咎、引き受けるのに何の躊躇もない」


 オレは思わず本を読む手を止めた。

 発言の一つ一つが物騒だ。冗談……って感じじゃない。アドルフォスと言う男は本気で言ってるし、爺さんも本気で止めている。それはつまり、少なくともこの二人はアドルフォスという男が騎士団全てを倒せると思っていると言うことだ。


「私は役目を果たせない」


 爺さんが言う。


「ならその役目、誰が引き継ぐ?」


 呆れたような声で、彼はそう言った。

 爺さんは首を振った。


「誰も引き継ぐ必要はない」

「……そうかよ」


 アドルフォスと言う男は深く頭を下げて、牢から離れていった。


 四人の来客。

 女騎士ニーアム、おっさん騎士パール、謎の魔女、旅人アドルフォス。

 なんとなくだが、オレはこの四人とまたどこかで会う気がした。

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