第四話 温かい掌
爺さんが来てから三か月が経過した。
オレはまだ寝息が木霊する監獄内で一人、目を覚ましていた。
手元にある紅い宝石が埋め込まれた指輪を机に乗せ、魔力を乗せた拳で殴る。
「――“
黄色の魔力が指輪に注入され、指輪に“字印”が浮き上がる。
「“
オレが唱えると、指輪はすぐ側にある長方形の札に吸い込まれていった。
オレは指輪が消失し、札が赤く染まったのを確認し、小さなガッツポーズを作る。
「封印、完了!」
“烙印”→“開名”→“封印”。
これが封印術の基本。
魔力を込めた拳で殴ることで“烙印”し、対象の名前と適切な魔法陣の描かれた器(札、壺、魔力を孕まない物体)を目に届く範囲に置いて、“封印”の呪文を唱える。すると器に封印対象が流れ込む。
器を壊すか、オレが念じれば封印は解かれる。これを“解封”と呼ぶ。
生物以外なら“開名”の手間は無い。今回は“烙印”から“封印”をしただけだ。
いやしかし、
まさかできるとは……!
知識として蓄えていたが、実際にできるかどうかはわからなかった。
案外簡単に上手くいった。素直に嬉しい。あれ? もしかしてオレって天才?
「“
封印術が解かれ、札の中から赤い宝石が埋め込まれた指輪が飛び出る。
解封も無事成功。
ちなみにこの指輪の名は《
「ふむ」
背後から突然声がした。
振り返ると見慣れた白老が立っていた。
「見てたのかよ……」
「まぁ、な」
さすがおじいちゃん、朝が早い。
「どうだよ、できたぜ封印術。
ま、アンタはどうせまた“遅い”って喚くんだろうが……」
「私が封印術の会得にかけた時間は約十年だ」
オレが「え?」と口にするのと同時に、頭の上に骨と皮しかない手が乗せられた。
骨と皮しかないが、温かい手の平。オレは生まれてはじめて、撫でられた。
「よくやったな、シール……君は天才だ」
目尻にシワを作ってくしゃっと爺さんは笑った。
なんだろう、この感覚は。気を抜くと泣いてしまいそうになる。
純粋に、めちゃくちゃ嬉しい。
「ちっ、ガキ扱いすんな」
オレは胸の内とは裏腹に爺さんの手を払って睨みつける。
「ふふっ、すまない。ちょうど君と同じ年ぐらいの孫娘を思い出してね……」
「孫娘? 可愛いのか?」
「ああ」
「紹介してくれ」
「……ぶち殺すぞ」
本気の殺気だ。孫娘への愛情ゆえにだろう。
まぁ別に紹介してくれなくてもいいけども。おじいちゃんの孫可愛いというのは信用ならん。
「これで教えることは無くなったな。
明日からは己一人で修行してくれ」
え?
あの、バル翁さん。まだ封印方法一つしか教えられて無いんすけど。
「多くを教えると発想が腐る。後は己で、活用方法を見つけてゆけ」
爺さんは部屋の隅にある木椅子を持ってきて、オレが座っている椅子の正面に置いた。
「もうなにも教えないんじゃないのか?」
「いや、教えないのは封印術のみ。
今日は少し、趣向を変えよう。なーに、なんてことない話だ」
爺さんは笑みを浮かべ、瞼を閉じた。
爺さんの口からこぼれた話は、封印術の話でも魔術の話でも無かった。ただの冒険譚だ。
白い海、虹色の霧、空に浮かぶ要塞。
英雄譚に出てくる竜や聖剣の話。大海、砂漠、火山、樹海。大自然の美しさ。
爺さんは語る。オレはその冒険譚が爺さん自身の冒険譚だとすぐにわかった。
爺さんが語る話には浪漫が溢れていた。
この世の美しさを爺さんは楽しそうに語っていた。
時に笑って、時に泣きそうな顔で。
爺さんは冒険の闇の部分は一切語らなかった。
美しい世界の話を終始してくれた。
オレの鼓動は鳴りっぱなしだったと思う。
オレはこの街から外に出たことがない。
ゆえに外の世界に恐怖していた。なにがあるかわからない、わからないってのは怖い。
爺さんはそんなオレの弱い心を見抜いていたのかもしれない。
だからこそ爺さんは語った。外の世界を冒険する楽しさを……。
「爺さん。オレ、ここを出たら外の世界を旅するよ」
オレの中ではじめて夢が生まれた。
「ああ、それがいい」
爺さんも一緒に――と言いかけたが、口を閉じた。
爺さんは成し遂げた顔をしていた。満足した顔をしていた。
少年のように冒険譚を語り、終わったら老人のように悟った。
少年に戻っていた爺さんの顔が心底嬉しそうだった。だからオレも、笑って語れる思い出が欲しくなってしまった。
爺さんの物語はあと少しで終わるだろう。
そして、きっと……そこからシールという男の物語が始まるのだ。
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