第三話 封印術
無事、
ちなみに
どっちかって言うと強化の魔力より形成の魔力に興味があったから、すごく残念だった。だって、魔術と言えば誰でもファイアーボールを思い浮かべるはずだ。誰だって炎の球に憧れるはずだ。
男の子ってそういう生き物だもの。
釈放されたら絶対に習うぞ、ファイアーボール! だからそれまで待っていてくれ……。
ってなわけで、休日に丸々オレは爺さんに封印術を叩きこまれた。
まずは知識として、封印術とは、封印術師とはなにかを教えられた。
――封印術師
それは封印術を操る者。対象を札や箱と言った
爺さんが言うには封印できるのは
例えばその辺にある石ころや魔力を孕んでいない豚や牛は対象外。
封印に必要な条件は大きく三つ、
・相手の名前を知っていること
・相手の魔力量が自分の魔力量を下回っていること
・相手に“
対象が生物でなければ一つ目の条件は省略できるそうだ。つまり、剣や槍を封印するのに名前はいらない。
一つ目と三つ目の条件には抜け道が多く存在するが、基本的に二つ目の条件――対象の魔力量が自分以下、というのは外せないと言う。
「ちなみにこの牢内で封印できる対象は私か君しか居ない」
まぁ魔力を孕んだモノなんて置いてないからな。
「あれ? じゃあ学んでも今すぐ実践はできないのか」
「自分自身を封印する、という手はあるがね。
ただ色々と無駄が多くなる、それに高等技術だから会得まで時間がかかる」
いやいや、自分を封印するとか怖くてできねぇよ。
「心配するな。私が監獄に預けた
堂々とした賄賂宣言。
ここの看守の特徴、それは金に弱いことだ。恐らく爺さんの作戦は上手くいくだろう。
「爺さん、さっき生物の封印には名前が必要と言ってたが、魔物とか言葉の通じない相手はどうする?
名前の知りようがないだろう」
「魔物は基本的に封印できぬモノと考えてよい。
前提として、言葉を話せぬ魔物は取るに足りんから封印するまでもない」
「その言い方だと言葉を話せる魔物が居るように聞こえるが?」
「魔物は人を喰う度に知能を得ていく。
人を百人と飲めば魔物は人の言葉を覚え、人並みの思考を持つことができる。そういった魔物を私は〈
どちらも邪悪且つ凶悪な存在だが、魔物と違って己の名を自覚しているから封印することは可能だ」
人魔に魔人か。
爺さんの渋い顔を見るに相当面倒な相手みたいだ。
「もう一つ質問、“字印”ってのはなにか決まった形があるのか?」
「封印方法によって決まった形がある。それは後でまとめて教えよう」
爺さんはひとしきり説明を終えたところで息を切らし、牢屋にある椅子に腰を掛けた。
「封印術って、結構面倒な手間が多いんだな」
「だが条件さえ揃えば誰にでも勝てる魔術だ。
トリッキーな立ち回りが要求されるが、策を弄するのは嫌いではないだろう?」
「お、この短期間でオレの性格を把握したみたいだな」
「覚えることは多いぞ」
「――良い暇つぶしになりそうだ」
(1)
(2)予め用意しておいた魔法陣の描かれた物体を取り出します。この物体は魔力を孕んでいなければなんでもOKです。相手が生物なら、魔法陣の外枠に対象の名前を書き込んでおきます。
(3)封印の呪文を唱えます。対象が魔法陣の描かれた物体に吸い込まれます。魔法陣が紅く染まったら成功です。
(4)封印を解除する時は専用の呪文を唱えてください。声の届かない封印物は解封することはできません。
以上、基本封印術の手順でした。
---
オレは8時間ぶっ通しの授業を終え、石床に顔を埋めていた。
魔法陣の書き方、呪文の種類、黄魔の扱い方。それを口下手な爺さんから正確に引き出すまでかなりの時間を要した。
頭が痛い。
けど、オレ以上に爺さんが衰弱していた。
「大丈夫かよ、爺さん」
「あぁ、大丈夫だ」
いいや、嘘です。
大丈夫な人間が前かがみで椅子に座らねぇだろうよ。
ぐったりとする爺さん。
オレは冗談半分に「肩でも叩いてやろうか」と提案する。すると爺さんはニッコリと笑って、
「頼めるか」
しまった。冗談のつもりだったが、こう屈託のない笑顔を向けられると“冗談です”とは言いづらい。
オレは頭をポリポリと掻き、立ち上がって爺さんの背後に周る。そして拳を作り、トントンとリズミカルに爺さんの肩を叩いた。
「……シール、もう少し力を弱めてくれないか」
「ん? こうか?」
「それでは弱すぎる」
「じゃ、こんぐらいか?」
「いたいっ! 痛いぞシール!! 力加減が1か100しか無いのか!」
「ちっ、仕方ねぇだろ! 肩なんて叩いたことないんだから!」
オレは絶妙な力加減を探りながら爺さんの肩を叩く。
オレは爺さんの肩を叩きながら、その肩の脆さを直に感じた。
今にでも凹んでしまいそうな弱い肩、歳のことを考えても尚脆く感じる。
オレはなんとなく、これまで聞けなかった疑問を爺さんに投げかける。
「爺さん、爺さんはどうしてオレに封印術を教えるんだ?」
「む?」
「だって世界で唯一の封印術師なんだろ? それってつまり、今まで弟子を取らなかったってことじゃないか」
「そうさな……人間が死に際に子孫を残したくなる習性に似ているのかもしれない。
私の命はそう永くない、ゆえに最後に己の技術を残したかった」
永くない、か。
その言葉に嘘はない。オレの拳に残る感触がそう言っている。
オレは手を止めて、爺さんの椅子に持たれかけながら床に座る。
「シール、君はなぜ封印術を学ぼうと思ったのだ?」
「暇つぶしだよ」
「なにか目的があるわけではないのか?」
「全然、目的も夢もオレにはない。だからオレにはこの先なんにも予定がないのさ。
一生暇。
だからオレはな、これから先、一生暇つぶししていくんだ。この封印術とやらは釈放された後で良い暇つぶしになりそうだ、だから学んでいる」
「暇つぶしか。私が君に封印術を教えるのも同じかもしれないな……ただの暇つぶし、いや、悪あがきとでも言うのか」
どこか強張った笑顔で爺さんは笑った。
オレはこの爺さんが背負っているモノも、なにを背負おうとしているのかも知らない。
封印術を学んだからってなにか大義を果たそうとも思わない。この封印術という力をなにかに役立てる気はない。爺さんが背負っているモノを肩代わりしようとも思わない。
それでもまぁ、この暇つぶしの礼に爺さんに何かは返したい。そう思った。
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