第11話

 アメリアと本を読み終えた頃には、既に陽が傾いていた。


「もうこんなに陽が落ちてるのじゃ、今日の宿、どうするのじゃ」

「ギルドで将吾と落ち合う約束しているから、とりあえずギルドかも……!?」


 陽が落ちる頃にギルドで落ち合うという約束をすっかり忘れていた私達は、一緒にもう一度窓の外を見る。数秒前に見た光景と同じだ。陽はかなり傾いている。本を所定の棚に戻すと、大慌てで図書館を出ようとする。すると背後から女の声が聞こえた。その声は何故か引き込まれるような声をしていた。


「そこの二人、少しいいかしら。ほんの少しでいいから」

「はい、なんでしょう」

「あなた方、もしかして勇者様ですか?」


 女の声がする方を振り向くと、明らかに高そうな服を身にまとった女と、その召使のようなエルフが立っていた。指にはキラキラと光る指輪がはめられている。どうやら魔石が嵌め込まれているようだ。微かだが魔力を感じる。


「私は、ダイヤモンド帝国の皇女。もしも人違いでしたら申し訳ないわ」

「何故、勇者であると?」

「ふふっ。オーラかしら。どこへ行くつもりだったの?」

「ギルドですけど」

「エルフ、転移魔法を使ってあげなさい」

「承知いたしました」


 エルフはそういうと、懐から、ストラップのようなものを出した。そのストラップを私達の方へ向けると、ダイヤモンド帝国中央ギルドと詠唱した。


「魔道具じゃな」


 あっという間にギルドに着くと、皇女とエルフはにこやかな顔をして私達の方を見つめた。


「うふふ、誰かと待ち合わせをしているのでしょう?」

「ええ、ここまで送ってくれたことには感謝しますが……」

「どこから来たのかしら?」

「一冒険者である私達に何故そこまで興味があるのですか?」


 私は、直感的に相手にしてはならないと悟った。ダイヤモンド帝国。この世界で最も権力のある国だ。勇者と仲良くしたいのが見え見えである。


「優香!どうしたんだ?その人」

「あら、あなたも勇者様ですね?」

「あ、ああ。何かあったのか?」

「私は、この国の皇女です。単刀直入に申し上げます。この国を拠点にしませんか?衣食住はもちろんの事、必要とあらばお金だって渡しますわ」

「俺たちはガーネット王国で召喚されているので」


 将吾は丁重に断ろうとしているが、ギルドにいる冒険者たちがこちらを睨んでいる。ここはダイヤモンド帝国。冒険者であろうと、この国の皇女には逆らえないなのか。


「魔王討伐の依頼ですね?いくらで引き受けているのです?」

「前金として金貨千枚」

「あら、そんなに低いのですか?私ならば前金で一万枚は差し上げますのに」

「交渉決裂じゃ、お主、金を多く支払うからと言って、横取りはいただけないのじゃ。こういう小さな火種が戦争を起こすきっかけになるかもしれないのじゃ」


 アメリアもこの皇女とあまり話したくないのか、強く言い返した。確かにこう言ったすれ違いで戦争が起こってしまっているのは事実だ。私達が原因でガーネット王国とダイヤモンド帝国の戦争が起きてしまえば、魔王討伐所ではない。


「うふふ、そうですか。残念です。以前の勇者様が使っていた聖剣が城の地下にあるというのに」

「優香。それならこの皇女に依頼も受けた方が」

「少しお時間をいただけますか?それに大事な話ならこのようなギルドではなく、城内で行うべきです」

「それはそうですね。暇な時でよいので城までいらっしゃってください、勇者であると門番に言えば通してくれると思いますから」


 皇女は一礼すると、召使のエルフと共にどこかへと消えてしまった。そもそも夏帆と晴人がいない中、パーティーとしての依頼を受けるのは間違っている。


「今日の宿なんだけど」

「優香ごめん。俺、早計だった。よく考えれば、夏帆や晴人がいない中決めるのは間違っているよな」

「ううん、大丈夫」


 将吾はこのパーティーの中でも、魔王討伐に躍起になっている。魔王の心臓があれば帰れるという言葉を信じているようだ。勿論私だって信じたいが、元魔王の立場から考えれば違和感の塊だ。安易に信じて良いのかと心の底では思っている。


「宿だよな、ここまで転移することができるから、宿はアメシスト王国の宿でいいと思っている。金もそっちならあるしな。本当はガーネット王国の城がいいんだが、そこまでの距離になると流石に魔力を結構使う」

「なるほどね、じゃあアメシスト王国で」


 転移魔法は確かに距離に応じて必要な魔力量が変わる。短距離であれば対して魔力を使わなくても良いが、国を跨ぐほどの距離ともなればかなりの魔力を使うだろう。


 アメシスト王国に着くと、夏帆や晴人が宿の前で待っていた。どうやら聖剣の記述のある本などは見つからなかったらしい。


「そっちはなんか収穫あった?」

「四百年前の勇者は召喚された時は二人だったのじゃが、四天王に一人を殺されて単独で乗り込み魔王を殺したのじゃ。その勇者が書いた日記帳を図書館で見つけたのじゃ」

「え?」

「ソロで魔王を倒したってことか。つまり、魔王はソロ攻略可能ってことだよな」

「あとは、ダイヤモンド帝国の城地下に聖剣があるらしい」


 将吾は皇女との一件を包み隠さず全て二人に話した。地下に聖剣があるということ、ダイヤモンド帝国からの依頼を受けるかどうか迷っていること。


「私は、反対かな。最初にガーネット王国から引き受けているし」


 私はそう意見した。本当はダイヤモンド帝国の動きがきな臭いからだ。四百年前の勇者が書いたと思われる日記には初めはオパール国に召喚されたと書かれていたが、日記が残っていたのはダイヤモンド帝国だ。普通、召喚された場所に魔王の心臓を持ち帰るだろう。ならばこの日記は本来オパール国にあるべきだ。


「僕は賛成だよ。聖剣が手に入ったら、魔王を殺せるじゃん」

「俺も賛成だ。聖剣の入手方法が分からない以上、そこで手に入れた方がいい」

「私も賛成かな。元の世界に帰りたいし」


 三人は賛成といった。目先の物に食いついたということだ。これでは皇女の手のひらで転がされているようだ。


「皆、聖剣が欲しいのじゃろ?それなら、城から我が盗む。そうすれば四人の意見が採用された形になると思うのじゃが」

「城から盗むって言ったって、セキュリティーとかあるだろ」

「何を言っておるのじゃ、我は紫龍じゃ。そこら辺の人間が作ったセキュリティーなど造作もないのじゃ。どうじゃ?聖剣を盗む。いい案じゃろ」


 窃盗ではあるが、そもそもこの国には法律など存在していない。皇女が盗んでくださいと言わんばかりに聖剣の場所を話しているのだし、文句は言われないだろう。ただ、良心が荒むような気はするが。


「まぁ、アメリアが盗めるというならそっちの方がいいな。面倒くさい手続きとかはしたくねえし」

「盗むの?それって悪いんじゃ」

「お主ら、今更どの口が言ってるのじゃ、我の家に無断で侵入したり、我に躊躇せずに魔法を打ったり。魔族だって殺しているのじゃろ?」

「それは相手が魔族だったから……」

「相手が魔族だったら何でもしていいのか?人間族は本当に自己中心的じゃ。じゃが、我はその考えを否定するつもりはない。寧ろ、色々な考えがあるからこそ、世界は成り立っているのじゃ」


 アメリアはそういうと、宿の中へと入っていった。アメリアはマジックバッグなる魔道具をポケットから取り出すと、お金を出した。


「部屋を一つ借りるのじゃ。我と同室では不満じゃろ?」


 その夜。私はアメリアの部屋を訪ねた。城から盗むと言ってもアメリアは転移魔法を使えない。どのようにダイヤモンド帝国まで行くのか気になったからだ。


「アメリア、どうやって盗むの?」

「優香、手を貸すのじゃ」

「え?」

「お主が、ダイヤモンド帝国と手を組みたくないと言っているからこの提案をしてやったのじゃ。普通に考えれば多数決でダイヤモンド帝国の手下になっていたのじゃ」


 確かにそれはそうだ。アメリアが反対したところで過半数が賛成している以上、ダイヤモンド帝国の依頼を受けるというのは決定事項だったように見える。


「我が第三の提案をしたことによって聖剣も手に入るし、変なしがらみも無い。やり方はちょっと無粋じゃが」

「はあ」


 アメリアが配慮してくれたことはありがたいが、やり方は少し問題ありだ。ダイヤモンド帝国にバレてしまえば、全てが崩れてしまう。


 私はアメリアと共にダイヤモンド帝国に向かう。勿論、隠密魔法を掛けて周りからは見えないようにしてある。心眼を使えばすぐに分かることだが、守衛に光属性がいない事を願うだけだ。


「さてと、入るのじゃ」


 ダイヤモンド帝国の城は、ガーネット王国で見た城よりも大きく豪勢な作りをしていた。城の大きさが権力を表しているのだろう。魔王城と比べても遜色ない大きさだ。深夜にも関わらず、門番や警備に当たる人間が至る所に配置されている。

 

「ようやく人がいないところに来たのじゃ」

「なんだか悪いことしている気分だよ」

「何を言ってるのじゃ?我らは皇女に招かれておる。中に入ることを歓迎していたのじゃ」

 

 アメリアのこういう時のポジティブシンキングは緊張感を緩ます。確かに、皇女は暇な時に来いとは言っていたが、城にひっそりと侵入する事を指していたわけではない。

 

「ところで、聖剣とどう確かめればいいのじゃ?」

「鑑定魔法かな。強さが桁違いだろうから鑑定すればすぐに分かるはず」

「なるほどなのじゃ」

 

 城の地下へと続く階段をゆっくりと降る。人の気配はあまり感じられないが、聖剣が閉まってある場所なんて普通の場所ではない。幾らか扉に魔法がかかっているのは想像に難くない。

 

「ここじゃな。意外と呆気なく辿り着いたのじゃ」

「いや、この扉……魔道具だ。変に手を掛けると転移魔法が作動する」

「やっぱり何か掛けられておったか」

 

 アメリアは扉をよく見る。暗くてはっきりとは見えないが何かの紋章が書かれているように見えるみたいだ。この転移魔法を解除するには、この魔道具に合った鍵を差し込む必要があるようだ。

 

「やはり、鍵が無くては……」

「ここで、魔法。心眼の魔法には部屋の中を覗く効果を持つ魔法がある。その魔法を使えば、部屋の中が分かる。その部屋を思い浮かべれば転移魔法で転移することができる」

 

 魔法の組み合わせで効果は無限大だ。心眼系の魔法を使うことで、私にはこの扉の向こうに広がる部屋が見える。転移魔法というのは見た景色を元に転移する為、その光景さえ目に焼き付ければいい。この世界には存在しないが、極論、写真や動画でも行ける。

 

「すごいのじゃ、本当に中に入れたのじゃ」

「さて、聖剣を探そう」

 

 私が目を光らせる。範囲鑑定魔法という鑑定魔法でも高等な魔法だ。範囲内の全てのものを鑑定することができる。剣だけを絞って鑑定していくが、どうもガラクタだらけだ。ここまで厳重な扉があってゴミ捨て場というわけがないが。

 

「パッと見たけど、全部ガラクタ」

「この剣は造りが豪華に見えたのじゃが、ガラクタなのかの?」

「造りが豪華に見えるだけで、何の付与もない。それに聖剣がこんな剥き出しになっているわけないし、何か箱とかに入っていると思う」

 

 私は、箱に入った剣をどんどん鑑定していく。しかし、どの箱にもそれらしき剣は見つからなかった。全属性の勇者しか扱えない貴重な剣。全属性を持っていないと使えないということは、剣に魔法を流す事で強化されるということだろう。

 

「やっぱり、私たちに声を掛けたのは、勇者と契約して国力増強をするのが目的みたいだね」

「何故、こうも人間族は争いたがるのじゃ?別に平和であれば良いのに」

「平和ってなんだと思う?アメリア」

「そりゃぁ争わない事じゃ。優香が魔王の頃の魔族領はとってもいい場所だったのじゃ」

「その間、人間族が平和だったとは限らない」

 

 私は最初に読んだ勇者伝を思い出す。

 


 ◇

 

 

 神が混沌とする世界を十二の国に分けた。しかし国に分けたことで国同士の争いが絶えず行われた。そこに魔族が現れ、人間族を襲うようになった。人間族はまず魔族を倒すことにしたが、人間族同士の争いで疲弊した人間族は魔族に何もできなかった。そこで十二の国は互いに手を取り輪になって神に祈り、人間族間の争いを辞めることを引き換えに魔族を倒せる力を欲した。その時、光と共に強大な力を持つ勇者が現れた。



 ◇


 

 多少脚色はあるだろうが、この世界は元々人間同士の争いが頻繁に起こっていたらしい。そこに魔族という共通の敵が現れた事で国同士が一旦休戦、手を取り合った。しかし、あくまでもそれは休戦であって、戦いが終わったわけではない。魔族がいなくなればまた人間同士で争うだろう。

 

「この世界での本当の平和って、争わない事だと思う。でも、魔族と人間族だけじゃきっと解決しない」

「何が言いたいのじゃ、優香」

「私はね、魔族が必要悪なんじゃないかって思ったんだ。私たちが魔王の心臓を得たところで、私たちは帰れるかもしれない。でもアメリアはどうするの?また、ダンジョンに籠るの?」

「ダンジョン生活は楽しかったわけではないのじゃ。でも……我はもう魔族に戻れないのじゃ。居場所が無いから」

 

 そう言ってアメリアは笑って見せた。アメリアが勇者パーティーにつくことは、魔族を裏切る行為だ。私はそれがずっと引っかかっていた。元魔王という地位を使ってアメリアに無理をさせているのでは無いかとか、紫龍としての立場を全く考えずに情報を入手するためだけに近付いた。私も結局は自己中心的な人間族なのだ。

 

「もしかして、優香は我の心配をしているのじゃ?それは杞憂じゃ。我は今こうして優香達と旅ができるだけでとっても楽しいのじゃ。それに、我は、優香……魔王様に幸せになってほしいのじゃ」


 私は、アメリアのことを誤解していた。アメリアが着いて来たのは、私に仕えていたからじゃない。私という人間を受け入れてくれたからだ。


「聖剣が無い以上、あの話は嘘ってことじゃ。賛成しなくてよかったのじゃ」

「そうかな?皇女が嘘をつくメリットがない。ここにあるのはかつて聖剣だったものとか、そんな感じだと思う」


 ダイヤモンド帝国の皇女は、何がなんでも私たち勇者パーティーを国のメンツに引き入れたかったようだ。引き入れた後、聖剣を渡して魔王を討伐させる。そしてダイヤモンド帝国が魔王を討伐したという事実を作り、他の国へ権力を示す。こんなところだろう。私たちは聖剣を得られるし、ダイヤモンド帝国は名声を得られる。双方悪くない話ではある。故に、聖剣があるという言葉が嘘である確率は低い。


「じゃあもう使えないものと言っても過言ではないのじゃ、優香の鑑定魔法で全部ガラクタであることは分かったのじゃし」

「この剣……」


 私は、先ほど鑑定したガラクタの剣を手に取る。流れ作業であったから、しっかりと細部までは見ていなかった。


「それはガラクタって言ってたのじゃ。刃こぼれしているし、使い物にならないのじゃ」

「確かに鑑定した時は、大した付与は掛かっていないガラクタだと思ったけど、だけど、何故かとても硬い素材で作られている」


 私は、剣を叩く。そこら辺に置かれた剣と違って、この刃こぼれしている剣はだいぶ頑丈に作られていた。素材はおそらく魔石を加工したものだろうが、すでに役目を終えているのか魔力はほとんど感じない。


「魔石で作られた剣ってことじゃな。でもこれはもう使えないのじゃ」

「そう。つまり、これが聖剣だったものと考えて間違いない。魔石を加工して作れば聖剣が作れる。本当は鍛冶屋に頼むんだろうけど、魔法で合成すれば1日もかからない」

「魔石はどうするのじゃ?魔石は魔族の核じゃ。手に入れるためには魔族を殺す必要がある」

「このサイズの剣を作るには確かに、魔力量五十レベルは超えている。それは、一から作る場合。この刃こぼれを起こしている剣は、元は魔石。魔石っていうのは外部から魔力を供給することもできるんだよ」


 私は、刃こぼれした剣にそっと魔力を流す。魔力供給と呼ばれる立派な光属性の魔法だ。元来、この魔法は魔力切れを起こした者に使う。簡単に言えば魔力を回復させる効果を持つ魔法だ。魔道具というのは、半永久的に使えるものではない。魔石の大きさや魔力量によって変化するものだ。この剣のクラスになると、魔力量は五十レベルを超えている。そこら辺に群がる魔族ではなく、そのリーダー的な存在だろう。


「魔力供給って魔石にも効果があるんじゃな。初めて知ったのじゃ」

「昔、この原理を用いれば魔族は永久的に生きることが出来るんじゃないかって考えてたんだ。魔族は魔石を核としているからね」

「実に興味深い話なのじゃ。我はもう八百年以上生きておるから今更長生きしたいとかそういう気持ちは無いのじゃが」


 魔力を供給した剣は、鈍い光を放ちはじめる。完全に元には戻らないが、魔力を供給し続ければかつての剣のような光が戻るだろうと信じて。


「待つのじゃ、優香。この剣……。どこかおかしいのじゃ」

「ん?刃こぼれしている以外に特に変なところは」

「優香、魔石が形を変えてしまったらもう、元の魔石には戻せないって聞いたことがあるのじゃ」

「うん。魔石は確かに自由自在に形を変えられるけど、一度形を決めてしまえば、その形として定着してしまうから」


 アメリアは、剣にそっと触れた。剣は禍々しい青紫色の光を放つ。殆ど効果が付与がされていなかったはずの剣だったが、鑑定魔法でも分からないことがあるというのか。


「この魔石は、間違いなく。我の親の魔石なのじゃ。微かに感じるのじゃ、我の親の魔力を」

「四百年前の勇者に殺されたっていう?」

「そうじゃ。死体は確かに、魔石が抜かれていた」


 私は箱にそっと剣を置いた。この倉庫に置かれている箱の数は全部で四つ。四天王の数と一致している。もし、アメリアが正しいことを言っているとするなら、この剣は四百年前の勇者が作ったものと察せる。


「つまり、四百年前の勇者も聖剣を用いていたってことに……」


 その時だった、倉庫の扉が開いたのは。全く気配に気づかなかった。眩しい光が差し込むとともに、私たちは扉の方を見る。私たちは一応、隠密魔法を掛けているが、箱のふたを閉める余裕は無かった。


「はぁ。勇者が釣れると思っていたのですが」

「男の方は話を聞いてくれそうでしたが、問題は女の方ですね」

「ええ。あの女。何者?」

「どうやら門番の話ですと、あの黒髪の女は、風属性二十三レベルだそうです。また、ギルドに登録したという紫髪の女は、水属性百レベルだとか」

「それは確かな情報なの?どう見ても、黒髪の女の方が強そうに見えたけれど」

「はい。冒険者証ですから、偽造しようがないでしょう」


 エルフと皇女がこそこそと倉庫で話している。私の目論見通り、皇女は勇者を上手く言いくるめて、この国の眷属にするつもりだったのだろう。


「とりあえず、引き続き調べて。ガーネット王国がどのように勇者召喚をしたのかもね」

「承知いたしました」


 皇女は、私達がいる前を通る。剣の箱が空いていることに気づいたのか、剣を手に取った。


「この剣、前はガラクタであると思っていたのに、本当に勇者が作った剣だったの?言い伝えは間違っていなかったようね」


 青紫色の光を放つ剣は、明らかに普通の剣とは違う雰囲気を醸し出している。


「どうされたのですか?」

「いえ、ここに人が入ったみたい。ただ、気にするほどじゃない。八十年前の勇者が使ったとされる聖剣は、厳重に保管しているし」


 どうやら、この沢山の剣の中には八十年前の勇者が使った剣は無いようだ。しかし、厳重に保管とはいったいどこに保管しているのだろうか。


「では、それは聖剣ではないと?」

「言い伝えによるとね、四百年前の勇者は剣を使っていないらしいの。ただ、魔法がそこまで使えない人間族のためにこの剣を作ったんだって」

「なるほど、あの魔法を創造したという勇者ですね?」

「そう」



 ◇



 私たちは結局、アメリアの親かもしれない魔石で作られた剣を取らずにそのままアメシスト王国に戻っていた。てっきりあれが聖剣であると思っていたが、どうやらただの勇者が作った剣に過ぎないようだ。それにしても、かなり刃こぼれしていたが、何に使ったのだろうか。


「はぁ、収穫ナシなのじゃ。結局聖剣は見つからなかったし」

「ううん。収穫アリだよ。四百年前の勇者は聖剣を使っていない。最初の読み通り、魔王を倒すのに聖剣は必須じゃない」

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