第10話

「転移魔法!」


 将吾は驚いて声を挙げる。転移魔法が使える人間はそう多くない。ここまで軽々と転移魔法を使っていたのでその貴重性を忘れていたが、風属性の上級魔法だ。普通の人間では発動することすら難しいだろう。


「夏帆、この人の怪我治せるか?」

「うん。大丈夫だと思う」


 夏帆はそう言って、冒険者に手当を行う。失った足は元通りに生え、傷も見る見るうちに癒えていった。その光景を見て冒険者は目を丸くする。治癒魔法が使える人間は殆どいない。それもここまでの高等な魔法を見れば、驚くのも無理はない。


「どうして、治癒なんて」

「ダイヤモンド帝国に行ったことはあるか?」

「ああ、あるよ。俺はオパール国という国から来た。オパール国は十年前に王族やその血族が魔族に皆殺しにされたことで、国としては崩壊。オパール国に住んでいたやつらは皆、難民として様々な国を彷徨うことになったんだ」


 ギルドの壁に張られた世界地図の西側を指さした。オパール国の近くの魔族領に魔王城があるとアメリアが言っていたが、どうやら魔族がそこに溜まっているのは間違いないようだ。


「今オパール国には魔族が入り込んでいる。周辺国のトパーズ王国やサファイア国は国境に大きな壁を築いているが、ずっと魔族と戦争状態だ」

「なるほどな」

「それで、どうしてダイヤモンド帝国なんだ?あそこは大きな国ではあるが、他国との関係を拒絶している」


 ダイヤモンド帝国は周辺の国を植民地にしているほど強い国であるという。兵士の数、武器の強さ。どれをとってもこの世界ではトップに立つという。


「ダイヤモンド帝国に行きたいんだ。転移魔法で転移してくれるだけでいい」

「冒険者に理由を聞くのは野暮だったな。けがを治してくれたお礼に転移させてあげるよ」

「ああ、優香とアメリアと俺だ。この二人はここに残ってもらう」

「分かった」


 冒険者はそう言って、魔法を詠唱し始めた。これが本来の魔法だ。勇者を見てきたせいか、魔法の概念を忘れるところだった。


「ここがダイヤモンド帝国の帝都のはずれだよ。その恰好は少し目立つから、帽子を被った方がいい。じゃあ」

「ありがとう」


 そう言って冒険者は転移魔法を唱えようとしていたが、将吾が無詠でアメシスト王国へと送り返した。


「ここがダイヤモンド帝国か。町並みはガーネット王国に似ているな」

「帝都はこの先じゃ」


 確かに紫龍が指を差す方向に大きな門が見える。門の左右には白髪の見張りが立っている。装備に武器、素人目で見ても分かるほど立派なものを身に着けている。


「聖剣の場所が見つかるといいな。ちょっと二人は待ってて、夏帆と交信してみる」


 将吾はそう言って、目をつむる。ダイヤモンド帝国に無事着いたことを二人に報告するのだろう。


「夏帆に伝えておいた。夏帆たちはこれから図書館で色々調べものするらしい」

「精神感応魔法かのぉ?確か、ドラゴン族が得意としていた魔法じゃな。四百年くらい前に来た勇者がその魔法を解読して人間族と争ったという話を聞いたことがあるのじゃ」


 魔法を解読するなど聞いたことのない話だが、魔法というのは元来、仕組みや性質を完全に理解することで発動できる。魔法を見てその仕組みや性質を理解したのだろう。魔族には魔族特有の詠唱がある。勿論世界共通言語による言葉なのだが、音の周波数が異なるのだ。その為、人間には聞こえない。故に、魔法を詠唱していないように見えるのだ。


「なあ、アメリア。その四百年前の勇者も聖剣を使ってたのか?」

「その勇者は、多分我が知っている人間族の中で最も強いのじゃ。何せ、我の親を瞬殺したのじゃからな。出会ったときにはもう既に魔法が撃ち込まれて即死だったのじゃ。聖剣を使ったのかは知らぬが、その勇者は四天王を三回陽が昇る頃には全滅させたのじゃ」

「八十年前の勇者が普通に見えてきたな」

「ああ、じゃが実際はそんなことは無いのじゃ、八十年前の勇者と対峙した時、我は何もできなかったのじゃ。我がこうして生きているのは、魔王様の言葉があったからなのじゃ」


 私は四天王が死んでほしくなかった。だからこそ、無理なら逃げていいと普段から伝えていたのだ。


「もしかしたら、四百年前の勇者のことなら吸血鬼が知ってるかもしれぬ。奴は四百年前の勇者が来た時に四天王の見習いとして魔王城にいたはずじゃ」

「吸血鬼?」

「説明が遅れたのじゃ、前の四天王は、我のほかにホワイトドラゴン、悪魔、吸血鬼がいたのじゃ。ホワイトドラゴンは今も四天王を続けている可能性が高いのじゃ。じゃが、その他の二人はもう四天王ではないのじゃ」

「ふぅん、じゃあホワイトドラゴンを俺らは討伐する必要があると」

「ホワイトドラゴンは、我よりも強い。我は一つの属性しか適性が無いが、ホワイトドラゴンは土属性と光属性を持ち合わせているのじゃ。まぁ、我の方が魔力量は上じゃ。でも奴は、それをカバーするほど戦場を見る目があるのじゃ」


 魔法は才能が殆どを占めているが、ホワイトドラゴンは四天王の中で最も魔力量が低いにもかかわらず、それをカバーできるほどの戦場慣れをしている。そこまで辿り着くのにかなりの努力をしたというのは、私も知っているが。


 私たちはダイヤモンド帝国の帝都の門までそんな談話で盛り上がった。しかし、門前に着くとそのような雰囲気ではないのが分かる。


「お前たち、帝都には何をしに?」

「冒険の一端です。俺らは冒険者なので」


 将吾は冒険者証を見せる。冒険者は思想などに左右されないはずだ。簡単に中に入れるだろう。


「ガーネット王国の冒険者証だな」

「――の可能性も否定できない」


 何やら門番たちはコソコソと話し合っている。冒険者証はどの国でも使用できるという説明を受けているが、発行したギルドの印が付いている。その為、どこの国から来たのかは一目でわかるようになっている。


「後ろの二人も冒険者証を出すんだ」

「はい」


 私は冒険者証をポケットから出す。アメリアはギルドに登録しているわけではないから、冒険者証を持っていない。この冒険者証はよくできていて、偽造できないように通し番号が付いている。


「我はこれから冒険者になろうと思っていたのじゃ。それにはまずギルドに行く必要があるじゃろ」

「髪色が紫……アメシスト王国で何故登録しなかったんだ」

「この二人についていくと決めたのじゃが、既にアメシスト王国を出るという話になっていて、ダイヤモンド帝国で作ろうという話になっていたのじゃ」


 アメリアは言葉を選びながら慎重に説明する。まさか魔族だとは思わないだろう。


「まぁよい、帝都ギルドはこの先を真っすぐ行った所にある」


 門番はそう言って冒険者証を返した。どうやらアメリアの話を信じてくれたようだ。


「冒険者証を作った方が出入国がやりやすいのは事実だし、アメリアも身分証として作る?」

「そのつもりじゃ。百レベルなんて見てしまえばギルドの職員が驚くじゃろうが」


 アメリアは意気揚々と歩いて行った。この先も冒険者証があればスムーズに国や都市を移動できる。アメリアがこの先もついていくなら必須だろう。


「冒険者証を作りに来たのじゃ!」

「新規作成ですね。ではこちらの水晶玉に触れてください」

「おお、久しぶりじゃ」


 アメリアが水晶玉に触れると、水晶玉は青く光り出した。水属性の適正あり。そして数字が浮かび上がってくる。ここら辺も見慣れた光景だ。


「百レベル!?魔力量百レベルって、勇者様ですか?」

「ま、まぁそんなところじゃ!」


 アメリアはギルド職員に褒められて気分がいいのか、笑顔で冒険者証を手にして戻ってきた。


「作ってきたのじゃ。我らは、ここで情報収集じゃったな」

「私は手始めに帝国図書館に行こうと思っている」

「そっちは優香とアメリアに任せるよ。俺はギルドで情報を収集するから」

「わかった」


 将吾はそういうと、ギルドの依頼が貼られた壁の方へと行った。情報収集というよりはギルドの依頼を受けに行ったようにも見える。


「聖剣についての記述があればいいんだけどね」


 私たちはギルドを出て帝都の中心地まで足を運ぶ。帝都図書館はどうやらギルドから少し離れているらしい。


「そうじゃな、優香が見た文献通りなら四つに分裂しているか、勇者が使った後保管されているか、じゃが」

「そもそも、聖剣の仕組みが分かれば作ることは出来ると思うんだけどな」

「確かにそうじゃな、魔王は聖剣で死ぬと言われておるが、別に魔王というのは魔族の中で特に魔力量が多く全属性の適性を持っているだけ。普通の魔族とそれ以外は同じなのじゃから、聖剣以外でも死ぬと思うのじゃ」

「だけど、歴史上に残っている文献には聖剣の記述がある」


 聖剣とは何なのか。このダイヤモンド帝国は、八十年前の勇者を召喚した国。何か詳しい文献が残っているかもしれない。


「あれが、帝国図書館……?」


 地図通りに進んだ先にあったのは、かなりの大きさの建物であった。ざっと見て地上七階建てほど。学校よりもはるかに大きい、その建物の入り口には張り紙で図書館のことが詳しく書かれている。


「凄いのじゃ、この図書館、蔵書数二百八十万冊なのじゃ!流石に大きな国だけあるのじゃ」

「二百八十万冊!?国立国会図書館みたいな感じで、この世界のすべての本が集まってるとか……?」


 中に入ると、カテゴリー別に階層が分かれているようだ。地上七階、地下二階という、この世界では珍しい建築物だ。地下は禁書庫の扱いらしく、普通の人間では立ち入ることが禁じられている。


「禁書庫……気になるのじゃ」

「禁書の殆どは魔族側の魔法らしい」

「なるほどなのじゃ」

「将吾が使っていた精神感応魔法も禁書庫に入っていたし、魔族側の魔法を盗むにしても性質などを全て見ただけで理解できただなんて、大分レベルが違う勇者なんだろうな」


 私たちはとりあえず、歴史が書かれた書物の棚へと移動した。ガーネット王国とは比にならないほどの書物の量だが、そのどれもが八十年前の勇者の美談であった。


「我らが悪者として書かれているのは心地が良くないのじゃ」


 どうやらアメリアもこの歴史について思うことがあるらしい。魔族が人を襲ったという記述。これは魔族側が見ればありえない話だとすぐに分かるのだ。


「八十年前の勇者が優香を倒した時は四つの魔法と共に、勇者が聖剣を突き立てたらしいのじゃが、こんな簡単にやられるわけないのじゃ。美談にしたいからと脚色だらけ。読む価値は無いのじゃ」

「美談にすることで子供に大きな影響を与えられるからだろう、勇者と呼ばれる人間が泥臭い戦いをするより、こうしてカッコよく決めた方がわかりやすいだろう?」

「なるほどなのじゃ、確かに瞬殺の方が響きはいいのじゃ。実際の戦いは長丁場になりやすい。それを言語化するより一部を切り取った方が綺麗に見えるということじゃな」

「そう」


 アメリアは、手に取った本を棚に戻すと、他の本を手に取った。八十年前の勇者が召喚された国であるからか、目につく本はどれも八十年前の勇者の美談だ。


「もう少し古い歴史の本があればいいのじゃが」

「検索機とか無いからなぁ」

「検索機?何なのじゃ?それ」

「簡単に言えば、その本がどこにあるか分かる機械?」

「それは凄いのじゃ、魔道具でも聞いたことのないものじゃ」

「魔道具じゃないんだ。私のいた世界は魔法という物自体使われていなかったから」

「なるほど、そうじゃった。我らの世界とは理が違ったのじゃ」


 アメリアは納得すると、本をパラパラとめくる。本のタイトルが分かりやすければ見つけるのにも一苦労しないのだが、生憎、勇者伝や英雄伝といったタイトルが多く、序文を読まなくてはいつの勇者の話か分からないのだ。


「確か、歴史上確認されている勇者は八十年前、四百年前、千年前みたいな感じだった気がするんだけど、文献が残っていないのかな」

「ん?それはおかしいのじゃ。勇者はもう少し現れているのじゃ。もしかしたら、勇者が魔王を討伐したものだけかもしれぬ」

「流石は八百年生きているだけあるね、私は一回しか会ったことないから」


 魔王という立場上、会うことは少ないというのは分かっているが、他の者が勇者と出会ったという話すらこちらにはきていない。


「我も四天王だったころは一回じゃ、ただ、親から聞いた話じゃと六百年前とかにも現れているのじゃ。その時は、我の親が勇者を阻み、殺したと言っていたのじゃ」


 魔族側に送り込んで死亡した者は調査することが出来ないから、話にもならなかったのだろう。


「最初にここに転移された時、皇女が召喚するのは簡単だと言っていた」

「異空間からの召喚魔法なんて聞いたことが無いのじゃ。その皇女、どれくらいの魔力量だったのじゃ?」

「闇属性、レベルは確か三十八。闇属性は珍しいなと思っていたけど、魔力量は普通より少し多いくらいで大したことはない。だから皇女の魔法ではないと思う」

「もしくは、魔道具じゃな。そのような魔道具が存在するのであれば、魔法が使えなくとも、簡単に召喚できるのじゃ」


 やはり魔道具の類を疑うべきか。魔道具というのは何かの魔法を模倣しているもの。その魔法が何かを特定できれば、魔道具に頼らずとも同じ効果を得られる。


「召喚の魔法が分かれば、魔王の心臓が無くとも帰り方が分かるかもしれないな」

「流石なのじゃ。魔法の逆算じゃったっけ?あの防御結界もそういう仕組みなのじゃろう?」

「まあ、魔法って言うのは性質を理解して初めて発動できるもの。性質が分かれば自ずと弱点も分かる」


 私は、棚に並ぶ本の背表紙に書かれたタイトルを見ながら、本を探す。すると棚の一番下の古びた本に惹かれた。


「この本、原本だ」

「原本?ああ、念写魔法で書かれたものということかのぉ?」

「そう、他の本はどれも偽造魔法で複製されたものだ。だが、この本は念写魔法で書かれている」

「違いが全く分からないのじゃ」

「見た目は同じかもしれないけど、性質が違うからね」


 私はその本を手に取ると、ページをめくる。初めの一ページにはひとことだけが書かれていた。


「この本は歴史の書である」


 そして次のページからはすべて白紙になっていた。


「白紙なのじゃ、よく本として扱われているのじゃ」

「アメリア、これは文字に隠密魔法を掛けているんだ。魔法で書かれた書物だから文字にも魔法を掛けることが出来る」

「じゃが、それならば術者が死んでいないということじゃろ?」

「この本の紙自体が魔道具の役割をしている」


 一見、ただの紙に見えるが一枚一枚に魔力を感じるところを見るとこれ自体が魔道具である。伝書のように紙型の魔道具は存在しないわけではない。ただ隠密魔法の効果を発揮する紙は見たことが無い。


「ということは、心眼を使えば読むことが出来るのじゃ」

「そういうこと」


 私は心眼を使ってページを読み進める。そこには見慣れた文字が刻まれていた。


「これは、勇者が書いたものだ」


『私は、オパール国に彼女と一緒に召喚された。勇者の才というもので、普通の人間よりも魔法の適性が高いらしい。私の適性は全属性であった』


「日記帳のようなものらしい。彼女とこの世界に飛ばされたと書かれているところを見ると、書いたのは男みたいだな」


 初めは、二人とも戸惑っていたのか、戸惑いの日々が記されている。お互い助け合って生きていたようだ。しかし、そんな日々はすぐに終わってしまったという。ギルドの依頼でBランクの魔族を討伐しようとした時だった。彼女が運悪く鉢合わせした四天王の一人の攻撃に遭い、死んでしまったらしい。


「ここで日記は終わってる」


 その後のページは魔族への恨みが記されていた。『死ね』という言葉が書きなぐられている。そして最後のページにはこう書かれていた。


「四天王、魔王を殺した。殺したからといって平和が訪れるわけではない」

「四天王を殺したということは、少なくとも八十年前の勇者の日記ではないのぉ、もしかしたらこれは四百年前の勇者かもしれぬ。その勇者は一人で魔王を討伐したのじゃから」

「そうかもしれない。ただ、悲しい話だよ。ここに召喚さえされなければきっと平和に暮らせていたのだから」

「そうじゃな」


 四百年前であると考えられる勇者はオパール国に召喚されたと書いてあったが、何故このダイヤモンド帝国図書館にあったのかは不明だ。しかし、この勇者が魔王を討伐できたのは、少なからず彼女の死がきっかけで魔族への怒りがエネルギーに変わったのだろう。


「聖剣を途中までで入手していたような記述は無かったから、旅の途中で手に入るようなものではないのかもしれないな」

「ふむ、聖剣というのはやはり特別なものかもしれぬ」










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