第7話
「こりゃ便利だな」
転移魔法の代替品で魔族領の森へと足を踏み入れる。ガーネット王国の国境から一キロも離れていない場所で、魔族が時折国境を越えて王国内に入ってしまうらしい。スライム三体、ビッグアント五体、ゴブリン一体。まずはこれら魔族を探すところからだ。
「索敵魔法でこの森を索敵したんだけど、西側二百メートル先にスライムの群れ、東側五百メートル先にビッグアントの集落、北側一キロ先にゴブリンが確認できた」
「索敵魔法使えるのは将吾しかいないからな。まずは近くにいるスライムからやるか」
男子二人は意気揚々と歩き始める。夏帆は、少し怖いのか私との距離が近い。
「いざ、実戦ってなると少し怖いかも」
「夏帆は光属性をメインにしているんでしょ?それなら無理に戦わなくていいんだよ」
私だって戦いたくない。討伐依頼は討伐の証としてその生き物の核を持ち帰るのだ。魔族の心臓とも言われる核は魔道具に必要らしい。魔王の心臓で私たちが元の世界に帰れるのも何か関係があるかもしれない。
「スライムの群れだな、とりあえずは中級魔法くらいでやってみるか……」
「いや、スライムの弱点は確か風属性魔法。風属性で叩くのがいいと思うよ」
晴人がそう指南する。スライム相手に中級魔法とはオーバーキルにも程がある。私の目の前で魔族を殺すなんてことはしてほしくないが。
「よっしゃ」
将吾は草陰から森を歩いているスライムの群れに向かって風属性の魔法を放つ。魔法の流れからしてエアーカッターだろう。空気を圧縮して切る魔法だ。中級魔法の中では最も威力のある魔法といえる。
「っ!」
無惨にもスライム達は一瞬にして死んでしまった。スライムには寿命がない。殺されなければスライムが死ぬことはない。ただ歩いていただけのスライムに対して人間族は恐ろしいことをするものだ。
「この赤いのを拾えばいいんだな」
死んだスライムの中から赤い鉱石のようなものが出てくる。これがスライムの核である。依頼よりも多くのスライムを殺したが、依頼は最低数での記載であってオーバーすることに関しては問題ない。
「案外簡単なものだな」
続くビッグアントもゴブリンも難なく殺された。勇者の力を舐めすぎていたかもしれない。普通の人間族ならゴブリンでも苦労する。ゴブリンは少し知能があるからだ。しかし、強力な魔法の前でゴブリンは何もできなかった。魔族を討伐した場所は見るも無惨な姿になっていた。ゴブリンの死体から核を晴人が取り、晴人は言った。
「優香も手伝ってよ。死体から核を取り出すの結構面倒だし」
死体から核を取り出す作業を淡々とこなす三人と違って、私は血を見るだけで吐き気と涙が堪えられない。前世の同郷を裏切り、勇者達を止められなかった自分にも心底ムカついている。
「依頼は一体だった。それ以上殺したあなた達が悪いんでしょ」
「魔族は討伐しないといけない。見つけたら討伐するだろ」
「そうだよ、優香。皇女様も言っていたじゃない。魔族は人間を襲うって」
「ごめん」
神話級魔法でもできない魔法がある。それは蘇生である。一度死んだ生き物は二度と生き返らない。死が訪れればそこで最後なのだ。
「あっけなかったな。これキングベアーも余裕じゃないか?」
「確かに。もっと高ランクの依頼書も受けておくべきだったな」
核をリュックに詰めながら、二人は笑った。それは魔族を殺した後とは思えない、罪悪感の欠片も感じない笑顔だった。
「優香、やったね!」
「ほとんどあの二人がやってたけどね。じゃあ帰ろう」
「転移魔法で帰るぞ。一度行った所には転移できる。優香の適正属性なんだから優香も覚えておいた方がいいぞ」
将吾はそう言って、転移魔法を使った。私たちはすぐに中央ギルドに戻ることが出来た。ギルドの職員たちは驚きながらも私達に報酬を渡した。報酬は公平に分けられる仕組みになっている。名前を依頼書に書くだけで戦いの功績などは反映されない。いい意味でも公平、悪い意味でとれば、何もしなくても報酬が貰える可能性があるのだ。
「ギルドで情報収集といっても、魔王の場所なんて知ってる人いないだろうしな」
「魔王は魔王城にいると伝説上には書かれていますよ」
ギルドの受付嬢が私達の話を聞いたのか、そう言った。その魔王城の場所が知りたいのだが。
「魔王城の場所を知りたいのですが」
「それは分かりません。ですが、大きな建物だと思いますし、飛行魔法で空から探すのはどうでしょう?」
受付嬢はにこりと笑った。飛行魔法と簡単に言うが、飛行魔法は持続時間が短いし風属性の帝王級魔法だ。将吾はともかく、風属性の適性がない二人を連れて飛行するのは不可能に近い。
「アリだな、空から。飛行魔法を会得しておくか」
「魔力量を温存したほうがいい状況だし、魔法はなるべく使わない方が良いと思うよ。将吾」
「それも一理あるな」
その日の晩、私たちは城にある食堂で食事をとっていた。至って普通の料理だが、食費がかからないのが大きい。将吾や晴人は武器や服を買って殆どお金がないようだし、夏帆はあまりお金を使いたくないという話だ。
「ねえ、優香。隣いい?」
「いいよ」
「優香は、日本に戻りたい?」
「戻りたい、かな。夏帆は戻りたくないの?日本に」
「私は、戻りたい。この金貨を換金して、家族を助けたいんだ」
どうやら夏帆は最低限の剣以外は購入していないという。服は城で余ったものを貰い、食事は全てここで賄っている。
「私ね、母子家庭の四人兄弟の長女なんだ。お母さん、夜までずっと働いてて、私がよく兄弟の世話をしていた。今、弟たちがどうしているか分からないから……。なるべく早く魔王を倒したい。この気持ちは、みんな同じだと思うけど」
「そっか、私も早く日本には戻りたい。家族が心配なのは私も同じ。きっと今頃警察とか動いているんだろうなって」
「そうだね、ニュースになってるだろうね、四人も消えちゃったんだから」
夏帆は少し笑った。心配なのは皆同じだろう。将吾も晴人も口に出していないだけで、皆こんな役目から逃れて早く日本に帰りたいと思っている。
「ダイヤモンド帝国に行けば本当に分かるのかな?」
「手がかりがない以上、昔の勇者たちの軌跡を辿るしかないよ」
「うん」
私は食事を取り終え、部屋に戻った。皆は風呂とも呼べぬ水浴び場に行ったのだろう。私は部屋で水属性の魔法を使って体を綺麗にした。魔法の中には生活に役立つ魔法も多くある。寧ろ、本来の使い道は生活の向上であると私は考えている。
私は机に広がった世界地図を見る。魔族領は人間族が住む領土よりも広い。ここのどこかにある魔王城を探すのは骨が折れる。先代の勇者たちは、どのようにして私のいた魔王城を見つけたのだろうか。あの場所だって人間族の領土からはかなり離れている。
トントン——。 その時軽くドアをノックする音がした。私は、警戒しながらもドアをそっと開く。
「やあ、寝てないか心配したよ」
「晴人か。何の用だ?」
「会議といったところかな、優香」
ドアに隠れていて初めは気づかなかったが、後ろには将吾もいた。私が今日の討伐で全く参加しなかったことに対して腹を立てているのだろうか。私の方を見ている。
「優香。入っていいか?」
「いいよ」
ここで止めてもきっと入るだろう。私は、部屋に招き入れた。男二人で女の部屋に入り込むなど、普通の女なら警戒心があるだろうが、私はあいにく魔王時代の記憶のせいでそういうのには興味もないし、いざとなれば拘束することくらいは容易い。
「アメシスト王国では二手に分かれようと思う。俺は夏帆と一緒にアメシスト王国から最短でダイヤモンド帝国に行く。お前と晴人でアメシスト王国での情報収集を頼む」
「なるほど、一度訪れれば将吾は転移魔法で転移できる。アメシスト王国で何かあったら帰ってこれるってわけね。でもそれには、通信が必要じゃない?ここではスマホも使えないし、どうするの?」
「この世界では、伝書という魔道具があるらしい。飛ばしたい相手をイメージすれば絶対に届くものだ。何かあったらそれを使ってほしい」
「精神感応魔法の代替品か。精神感応魔法は光属性魔法。魔道具に頼るより、班編成を変えて魔法で会話したほうがいいんじゃないか?」
私は、魔法についての知識だけはある。伝書がなんの魔法を模倣しているかくらいはすぐに分かる。
「初めて聞く魔法だが……。まあいい、明日王立図書館に行けばいいか。」
「じゃあ、やっぱり当初のように、僕と夏帆、優香と将吾で組もう。力のバランス的にもそっちの方がいいだろうし」
「夏帆の意見は聞いたのか?」
「夏帆は自由にしてって。今日は疲れたからもう寝るって言ってたし」
「明日、魔法を会得したらすぐにアメシスト王国に向かおう。行動は早い方がいい」
「そうだな。優香と晴人は馬車を探してほしい。俺と夏帆は精神感応魔法を会得する」
二人はそう言って帰っていた。晴人と夏帆はアメシスト王国での情報収集。私と将吾はアメシスト王国を通りダイヤモンド帝国に向かう。アメシスト王国でダイヤモンド帝国に行く馬車を探すのだ。
次の日
「優香、昨日の話聞いたよ。精神感応魔法って聞いたことが無いんだけど……。私光属性魔法なら全部覚えたと思っていたんだけどなぁ」
そういえば、夏帆は光属性を中心に覚えていた。王立図書館の蔵書を調べていなかったのがまずい。図書館にない魔法を私が知っていたらおかしいのだ。
「とりあえず、司書さんに聞いてみたら?私は町を歩いている時にそういう話聞いてさ。伝書の魔道具は精神感応魔法の代替品っていう話」
「そうだね」
何とかごまかせたようだが、これからはこのようなことが無いようにしなくてはならない。
「晴人。私はあっちの馬車の方に聞き込みするから、ここはよろしく」
私は、馬車を探すふりをして、自分に隠密魔法をかけ、夏帆と将吾の後をつけることにした。精神感応魔法がもし人間族側には知られていない魔法ならまずい。だが、伝書という魔道具がある以上、そのようなことはないだろうが。
「すみません。精神感応魔法の魔法書はどこにありますか?」
「どこでその魔法を?」
いつもは淡々とした対応をする司書の目が光っているように見える。
「伝書はその魔法の代替品と聞いて」
「精神感応魔法というのは、元は魔族側が使っていた魔法なのです。統率の取れた魔族が使っていた魔法を解明した人間がいたのです」
司書は奥の小さな部屋に二人を案内する。そこは鍵が付いている部屋であった。
「こちらが、四百年以上前に記された魔法書です。原本の写しなのですが、原本は既に魔族側に燃やされてしまっていて、この写しでさえも見つかってしまえば燃やされる可能性があると厳重に隠されているのです」
「燃やされた?」
「はい。ドラゴン族の襲撃です。ドラゴン族が使っていた魔法だったようです」
まさかそこまでの代物であったとは私も知らなかった。ドラゴン族の魔法だったのか。魔道具として形を変えることでバレることを防いだといったところだろう。
「とりあえず、読むか」
将吾と夏帆は本の後ろに書かれた呪文を読む。それだけで魔法が会得できるのだから。
「ありがとうございます」
「いえ、大丈夫ですよ、この魔法を記した者も勇者様とされていますから。四百年以上前に現れたとされていて、その勇者様はこの世界に存在する神話級魔法の六割を記したともされているんですよ」
「一つ本を書くのに何年もかかるんだろう?よく書けたな」
「念写魔法です。光属性の魔法に考えたことを全て記す魔法があるのですよ」
「へぇ」
司書と二人はその部屋を後にした。八十年前の勇者よりも前の勇者。その勇者たちが魔王を倒した時の記録も見てみたいものだ。もしかしたら聖剣以外の方法もあるかもしれない。
「晴人、優香!馬車は見つかったか?」
私は何食わぬ顔で待ち合わせ場所で待っていた。すると二人が図書館の方から歩いてくる。
「ああ、もちろん。一人金貨三枚でいいってよ」
「俺らは精神感応魔法ちゃんと会得したぞ。ここに来る道で少し試したんだが、しっかりと発動した。少し希少な魔法らしくて口外は無しな」
私たちは必要最低限の荷物を持って、ガーネット王国を後にする。夏帆が皇女様たちに置手紙をしていたし、挨拶などは不要だ。そもそも冒険者というのは自由であるはずだ。何かに阻まれることなく、自由に渡り歩く。そういうものだ。
「アメシスト王国までは馬車で八回陽が昇るくらいだって」
「つまり八日か。一日五十キロくらい移動する感じだな」
「旅でのご飯は僕らが支払う感じみたい。王都を抜けた後はほぼ農地らしいから、保存食を持つのが通例らしい」
晴人は大きなカバンを指した。謎の荷物の正体は保存食か。
「野営に必要なテントとかもあるし、八日なんて意外とすぐじゃない?丁度僕らがこの世界に来てそれくらいじゃん」
この世界に順応してきたのだろう。三人はすっかりこの世界に慣れて来ていた。
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