第5話

「皇女様、エルフ族は確か長寿ですよね?それなら、先代の魔王が倒された時のことを覚えている者もいるのではないですか?」

「いえ、エルフ族は、長寿ではありません。私たち人間族と同じように四、五十歳程度で寿命が来ます」

 

 私の知っている情報では、エルフ族は長寿であることが特徴であったはずだ。私が魔王時代に得た知識が間違っているということだろう。エルフ族は人間族側、情報が少ないことは仕方がない。

 

「皇女様にお仕えしているエルフも、今年で三十七です。長寿であるのは魔族のみですので」

 

 長寿であるという点は魔族にしかない特徴だと言い張っているが、エルフだって元を辿れば人間族と交友関係があるだけの種族だ。人間族と仲良くなければ、魔族側になっていたかもしれない。だが、現実としてエルフは四、五十歳ほどで死ぬようだ。魔族の認識が間違っているということだろう。

 

「優香様は結構お話しされる方なのですね。ここだけの話ですが、今日の朝聞いた話ではいつも一人で静かに勉強している方だと聞いておりまして。それに少し圧を感じて話しづらいとか」

「なるほど、あまり交友関係を持っていなかったので、そう見られていたのでしょう」

 

 他人からの評価というのは自分が見えていないところが見えるキッカケにもなる。しかし、圧をかけている覚えはないが、そう感じられていたのか。

 

「私はここで失礼します。外に出たのには理由がありますから」

「どちらに行くのですか?」

「王立図書館です。魔法の習得ですかね」

「そういえば、魔法書は誰が書いたのですか?古い本ばかりだったので」

「もし新しい魔法を見つけたら、自身で書物にまとめてもらい、王国を通して審査されます。新規性が認められた場合は王国が報酬を出す感じです。近頃は新規性のある魔法が生み出されていないので昔から伝わるものばかりなのです」

 

 この世界には学校がない、それゆえ研究機関も存在しないようだ。もし新しい魔法を見つけた場合、現代で言う論文にまとめて王国に提出する。そして査読にあたる人物が賢者とも呼ばれている、この世界の魔法を知るものらしい。魔法は適性がなくても知ることはできる。

 簡単に言えば魔法は使えないが、種類だけなら分かるという者が、その論文を読み新規性があった場合のみ新しい魔法として承諾される。しかし、魔法を作るというのは概念から具体的に起こしていく必要がある。はっきり言って数年でできるような物ではない。

 

「最後に新しい魔法が出たのは数百年前だったはずです。魔法を作るなんて非合理的ですからね」

 

 今王立図書館にあるものがこの世界の魔法の全てと考えてもいいだろう。暇ができたら神話級魔法のコーナーなどに立ち寄ってもいいかもしれない。

 

「では、これで」

 

 皇女と召使は店を後にした。私は店の中でまたぼーっとする時間が始まる。外に出ても良いみたいだが、出来上がる頃に戻って来れる自信がない。私は周りに悪影響のない魔法を頭の中に浮かべる。頭の中に浮かべて発動したいと思ったら発動してしまう勇者の才もどうにかしなければならない。

 

 光属性の魔法だと治癒が有名だ。治癒魔法は単純な魔法ではなく、習得の難しい魔法として有名である。その中でも最も簡単な魔法が鎮痛作用のある魔法だ。治すものを目的としているわけではなく、痛みを和らげるのを目的としているためだ。簡単にいえば痛みを発生させている物質の産生を減少させる。痛みを感じなくさせているだけで、根本的に解決させているわけじゃない。

 

 そうこうしている内に店長が店の奥から洋服を抱えてやってきた。とても満足そうな顔をしている。

 

「出来上がりましたよ」

 

 一時間後という話だったが、思った以上にすぐに服は完成した。皇女が言っていたようにサービス料を払うことでサービスが向上するというのはどうやら本当らしい。

 

「代金はいくらですか?」

「上下合わせて金貨十八枚です」

「分かりました」

 

 私は金貨十八枚を机の上に並べる。この世界の物価事情はよくわからないが、チキンステーキ九枚分と考えるとそこまで高くないようにも感じる。

 

「ちなみに、ドレスとかだといくらぐらいするのですか?」

「サイズや装飾にもよりますが、ドレスですと金貨三百枚近くですね」

「そうなんですか、こういうカジュアルな服が安く感じます」

「いえいえ、勇者様ということでしたので、少しおまけしてありますよ。この国に来て間も無いのでしょう?」

 

 店長は笑って言った。皇女が私のことを勇者といっていたし、気づかれても仕方がない。

 

「ありがとうございます」

 

 そういえば全く気にしていなかったが、私はかなりこの街とは合っていない格好をしている。この国は赤毛が普通の髪の色で皇女も街の皆も赤毛である。違う髪の色をしているのはエルフくらいだ。そんな中に黒髪の人間が居れば浮くのは当たり前だ。

 

 私は洋服を受け取り、店の外を出た。手に持っているのも大変なので、マジックバッグと呼ばれる魔法を使う。マジックバッグは魔道具としても売られているが、実は魔道具のマジックバッグは魔法の代替品である。魔法が使えない人の為に作られたものだ。マジックバッグの効果は異空間に荷物を置くことができる。冒険者や商人なら持っていると便利なものだ。魔道具の場合は重量の規制があるが、魔法のマジックバッグには規制はなく、好きにいれることができる。取り出す時は、その荷物を思い描きながら詠唱することで荷物を取り出すことができる。


 時間的には十六時ごろだろうか。陽も傾き始めた頃、私は人気の少ない裏路地にいた。露店も出ていないような狭い路地だ。私のやりたいことをやるためにここに来たのだった。

 

「転移魔法」

 

 風属性の上級魔法である、転移魔法だ。日本でもよく使っていた使い勝手の良い魔法だ。一度行ったことがある場所は自由自在に行き来できる。日本にいた時、一度前世の記憶で色濃く残っていた魔王城に転移魔法をしたが、結果は失敗だった。どうやら時空そのものが違うようで、異空間の場所には転移が出来ない。だが、今私がいるのは、前世に居た世界だ。つまり同空間である。前世に行ったことがある場所は考慮されるのか気になったのだ。転移魔法は記憶の中にあるものが対象である、前世の記憶がある以上成功する可能性は十分にあると考えられる。

 

 私が転移したのは魔王城であった。私はどうやら魔族領に飛べたようだ。しかし、そこは私の知っている場所ではなかった。私が知っているのは店が並ぶ城下町と悠然と聳え立つ城だ。しかし、城はおろか、城下町すら存在していなかった。更地になったその地には草木すら生えていない。おまけに魔族の気配も感じない。

 

「ここが魔王城……」

 

 私の側近でもある四天王が生きているのか、今の魔王がどこにいるのか。一から探さなくてはいけないようだ。魔族領は人間族が住んでいる場所よりも広い。私の記憶にある場所は魔王城付近ばかりで、この広大な魔族領で探すとなると骨が折れる。

 

「転移魔法」

 

 数百年住んでいた場所が更地になっているという事実を受け止められず、私はすぐにガーネット王国に戻った。魔王城があった場所は魔王が更地にしたのだろうか。いずれにせよ、私の時の四天王が生きていれば何か聞けるかもしれない。私が魔王だった頃の四天王、龍族、ドラゴン族、悪魔と吸血鬼だ。

 

 龍族とドラゴン族は魔族の中で寿命がある種の中では極めて寿命が長い種である。私に仕えていた龍族とドラゴン族はどちらも八百歳を超えていた。それでも高齢というわけではなく、龍族の中には一千年以上生きている個体もいるという。悪魔は、人間族に近い見た目をしているが、こちらも寿命は数百年程度とまだ生きている可能性が高い。吸血鬼に関しては血を吸えば吸う程寿命が伸びるらしく、血液を摂取できる環境にいれば永遠に生きることが出来るらしい。

 

「あ、優香〜」

 

 私が城の庭でぶらぶらと歩いていると、周りに光の玉を纏わせた夏帆が私の近くに来た。あれからかなり魔法が上達したようで、魔法を見せたくて私を呼び止めたようだ。

 

「心眼っていう魔法を手に入れてね。これ帝王級なんだけど、結構便利なんだよ」

「ああ、隠密魔法とか偽造魔法を破れる魔法ね」

「よく知ってるね、もしかして図書館の本結構読んでたりする?」

 

 私は懐にしまってあった図書館を利用できるカードを見せた。心眼は有名な魔法だ。別に知っていても怪しまれないだろう。

 

「本当は鑑定魔法とか覚えたいけど、適性無いからさ」

「闇属性は光属性と同じくらい希少な属性だからね。私たちの中だったら将吾しか使えないし」

「うん。私役に立てるかな?光属性の魔法はとりあえず帝王級まで習得したけど」

「次は神話級だね」

「優香は風属性どれくらい使えるようになった?」

 

 昨日は魔法を全く覚えていないと言ったが、この一週間は魔法習得や身体強化などの期間だ。勇者の才で魔法は簡単に習得できる。呪文集みたいなやつを読めば上級までは一瞬で全て覚えられるようだし、そろそろ初級程度は出来なくてはおかしい。

 

「ちょっとは使えるよ」

 

 私は追い風魔法を見せる。

 

「よかった。優香は魔力量が私たちと違って低かったから心配しててさ」

「ありがとう、でも大丈夫だよ。私は引き続き歴史の書とか読んで聖剣の場所とか探そうかなって思ってる」

「ありがとう」

 

 この三人は私が魔法を使う必要もないレベルで成長している。私がするべきことは、なるべく最短時間で聖剣の場所を探し魔王を討伐。元の世界に帰る。これをサポートすることだ。魔族はなるべく殺さずに行きたい。

 

「引き留めてごめんね」

「大丈夫」

 

 私は部屋に戻ると、硬いベッドに横になる。まだ一睡もしていない。少しは寝ないと次の日に響いてしまう。私はそう思いつつも、勇者の才について考えていた。あらゆる才能に恵まれた体であり、魔法に関してはまさに天才である。魔法を作るのは非合理的だと言っていたが、勇者なら簡単に作れてしまうのかもしれない。例えば、聖剣に匹敵する剣を作り出す……とか。

 

 私を倒した勇者たちの話が載っていた勇者伝には勇者が召喚されたのはダイヤモンド帝国であると書かれていた。ダイヤモンド帝国はこの世界で一番大きな国であった。神は国を十二個に分けたという話があったが、今は十二個の国ではなく、ダイヤモンド帝国がいくつかの国を統治し植民地としているらしい。勇者が私の心臓を持ってダイヤモンド帝国に戻ったとするなら、聖剣はダイヤモンド帝国にあると考えられる。四つに分かれているというのも伝説上の話で勇者たちが一度使っているならそのまま残っている可能性もある。

 

 ダイヤモンド帝国。当面の目標はここに行ってみることだろう。ガーネット王国からは距離にして二千キロ。北海道の端から九州に行くくらいの距離はある。正直この世界の主な交通手段は馬車。一日二日で行けるような距離ではない。

 

 いろいろ考え事をするだけで、すぐに時間は過ぎていくものだ。気付けばこの世界に召喚されてから一週間経っていた。いまだに両親のことが心配になりつつも、私は私なりに帰る方法を模索していた。私以外の三人は各々魔法や身体を鍛えていたようだ。幾ら魔法があるとはいえ、接近戦なら剣の方が優位になれる場合もある。

 

「さて、定期ミーティングだ」

 

 夕飯で久しぶりに全員と顔を合わせると、将吾は意気揚々と言った。まるで部活動のようだ。このミーティングでは今後の方針や、現状を話したり悩みなどを共有する場らしい。

 

「魔法はそれなりに上達したよ」

 

 夏帆はポッと光の玉と水の玉を同時に出した。どうやら簡単な魔法なら同時に発動できるらしい。同時に発動すること自体は、魔法にもよるが不可能ではない。普通に二つ詠唱すれば二つの魔法が発動できるというわけだ。ただし、魔力量を多く使う為、実践することは少ない。

 

「風属性はまだ……だけど」

「安心して夏帆。私は風属性少し使えるようになったから」

「僕は火土両方とも神話級まで習得したよ。王立図書館にある魔法書コーナーで片っ端から習得したからね」

「俺は、とりあえず全属性の上級魔法までは覚えたぞ。俺は一応聖剣使う身だし……」

 

 皆、相当気合が入っているようで、一週間という短い期間ながらも魔法をかなり習得したようだ。

 

「あの分厚い本をよく習得できたね。読むだけで習得できるとはいえ……」

 

 皇女が用意した魔法書は呪文だけをまとめたものだが、王立図書館にあるのは魔法の性質から書かれたものだ。

 

「呪文はどの本も一番後ろに載っているの。だからそこを読むだけで得られるんだよ」

 

 夏帆はそう付け加えた。確かに一番後ろの方に書かれているのは知っているが、内容を把握せずにとりあえず習得している感じだろうか。数学で例えるなら公式を導出する手順や公式の証明、使い方はわからないがとりあえず公式は覚えているみたいな形だ。

 

「なるほどね」

「優香は聖剣の場所とか探しているって聞いたけどなんか掴めたか?」

「一応私たちの前の勇者の記録を読んだ。どうやら私たちの前は八十年くらい前で、勇者はダイヤモンド帝国に召喚されたらしい。だからダイヤモンド帝国に聖剣があるんじゃないかなって。勝手な推測だけど。それと伝説上では聖剣は四つに分裂していて、四つ集めて聖剣を使える人間が使うと機能するようになるらしい」

「まずはダイヤモンド帝国の方に行って、無かったら四つに分裂している説の方を追う感じね」

「それなんだけどさ、ダイヤモンド帝国までここから二千キロはあるみたいなんだよね。馬車で二千キロは多分どこも引き受けてくれないから、とりあえず隣国のアメシスト王国に行くのがいいと思うんだよね」

 

 馬車はタクシーみたいなもので、目的地の距離に応じた料金になる。目的地が遠すぎる場合は断られる可能性もあるようで、隣国までなら何とか行けそうな距離である。

 

「アメシスト王国はここからどれくらいなの?」

「ガーネット王国の王都からだとだいたい四百キロもないくらい」

 

 私は地図を広げて皆にわかるように見せた。アメシスト王国はガーネット王国の西側に位置している。アメシスト王国を抜けた先にダイヤモンド帝国があるため、どの道通る場所だ。

 

「ギルドは、どこかの国で登録すれば、他の国でも使えるらしいから、依頼を受けつつって感じだな。魔族とも戦ってみたいし」

 

 魔族と戦う。やはりギルドに登録したら魔族討伐は当たり前のようにやらなくてはならない。私は、出来るだけ魔族を殺したくない。暴徒化してしまった魔族だって話合えば分かると思っている。前世の魔王の時は、二百年以上の平和を実現した。今は人間族の勇者だが、そんな肩書などどうでもいい。私は魔族も人間族も殺したくない。

 

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