第3話

「魔王の心臓を取らないと元の世界には戻れない……か、まぁ、よく分からないけど、俺らは勇者らしいし、さっさと魔王を倒して帰ろうぜ」


 鈴木は意気揚々と宣言する。今の魔王はどれほど強いのだろうか。もし、私と同じくらいなら勇者が勝つはずだ。私とて別に弱かったわけではないが……魔王としての記憶の最後。勇者は私を簡単に殺した。その力が少なくとも私たちには備わっているはずだ。

 

「こちらが、魔法書になります。基本である初級魔法から上級魔法の呪文が書かれていますので、この呪文を読むだけで勇者様は取得できるはずです。これ以外の魔法を覚える際は、王立図書館をご利用ください」


 召使いのような女性達は、私たちの魔法適性に応じた本を手渡した。中身は呪文がびっしりと書いてある。これを読むだけで取得できるとは、とても簡単になったものだ。私は、この世界共通語を魔王時代に習得している。三人も同様にこの世界共通言語を取得しているようで、これも勇者の才というやつらしい。初めから無意識に円滑に話していたが、勇者の才とはとんでもないものだ。

 

「最後に、ギルドと宿の説明になります。この世界ではお金を得るための手段としてギルドに登録することで様々な依頼をこなしてお金を得るシステムが存在します。ギルドには魔族の討伐依頼も入ってますから、是非そちらを活用してください。宿に関してですが、嫌でなければこの城にある部屋をお使いください。部屋のドアにプレートが掛かっていないものが空き部屋になります。空き部屋でしたらお好きな場所をお使い下さい。部屋を利用される際は、プレートにお名前を書いてドアに掛けてください」


 空き部屋を貸してくれるというのは中々に気前が良い。一応魔王を討伐するという使命を持った勇者だ。召喚しておいて放置プレイといった酷い仕打ちは無いらしい。質問があれば答えられる範囲で答えてくれるようだし、必要なものは用意してくれるという。ただ魔族を討伐する依頼は基本的にギルドを介して行われているため、ギルド登録を促しているようだ。


「また、前金として一人当たり金貨千枚を支払わせていただきます。これで防具などを購入してください」


 基本的には魔族討伐はギルドを介しているが、このような大きな任務は国が個人に依頼する。その為、私たちに直接依頼している。この資金は魔王を討伐するという依頼の前金だそうだ、勿論魔王を討伐した後はさらに報酬を渡すという。持ち物は地球に持ち帰ることができる為、普通に金として売れば日本円に換金できるシステムだ。今の金のレートは一グラム一万円越え。この金貨は純金らしく、大体一円玉くらいの大きさだ。一枚三グラムくらいと仮定すると、前金の千枚というのは三千万円を超える。確か木貨、石貨、金貨、白金貨の四種類の貨幣を人間族は使う。白金貨は貨幣ではあるがほとんど使われず、地球でいうところの記念貨幣みたいな存在だ。魔王討伐などかなりの大手柄。この国だけではなく他の国もその助けを必要としている。大金をもらえることは間違いない。

 

「さてと、まずはどうするか……」

「部屋とっておいた方がいいんじゃない?鈴木君。それからでも遅くはないよ。皇女様は期限とか言っていなかったし」

「そうだな、田中……晴人と佐藤さんはどうする?」

「僕はここに泊まろうと思っているよ、お金は大事だし」

「私は今日はここで泊まるつもり、今後はわからない」


 魔王の居場所が分かれば、一日でも早く討伐して元の世界に戻りたい。それが今の私の気持ちだ。そして魔王を討伐するためには聖剣が必要だ。聖剣がどこにあるか聞いておくべきだったと後悔しつつも、私はスタスタと歩き始める。本来なら一致団結とか、いつもは関わっていないクラスメイトだけど仲を深めるとかあると思うが、ずっと一緒にいると私のボロが出そうだ。


「ここでいいか」


 皆はゆっくり空き部屋を見ているようだが、私は寝れればそれでいいため、入り口に一番近い空き部屋を選び、プレートに優香と書いた。この世界では苗字という概念がない。名前だけで十分だろう。


 部屋は六畳半くらいの広さで机や椅子、ベッドなど基本的なものが揃っていた。風呂やトイレは城のものを使っていいらしい。日本のように綺麗な水洗トイレとはかけ離れたトイレと井戸水が出るだけの風呂場……というより水浴び場だが。


「あの三人はまだ、部屋を選んでいるのか。どこも変わらんだろ」

 

 私は、城から出ると、街をぶらぶらと歩き始める。既に空はオレンジ色になっている。もう夕方というわけだ。今頃私たちの世界はどうなっているのだろうか。私はブラブラと歩く内に大きく整備された道から少し外れた道へと出てきてしまった。そこには露店が多く並んでいた。アクセサリーや野菜、服なんかも露店で買えるようだ。


「王立図書館はどこにあるかわかりますか?」

「王立図書館は、真っ直ぐ行った後、右に曲がって、まっすぐ行って突き当たりのところを左に行った場所だ」

「ありがとうございます」


 そこら辺を歩いていた軽装の男に私は王立図書館の場所を聞いて王立図書館へと向かった。王立図書館の建物は遠目から見てもすぐにわかるレベルで他の建物とは明らかに造りが違った。煉瓦造りの大きな建物で、豪華な門の前には門番らしき影もある。


 王立図書館……五万冊の魔法書に加えて、歴史などの本も数多く蔵書されている国の図書館だ。私は全ての魔法を使えると豪語しているが、それは魔族側が知っている魔法の全てであって、人間族の魔法には私の知らない魔法もあるかもしれない。

 

 勇者の才とやらを使えばすぐに魔法を習得できるらしいが、私はそのような才など使わず、魔王時代同様にしっかりと基礎から勉強して習得をしたいのだ。正直、呪文だけ見て覚えるというのはテスト前夜に追い込まれた学生が暗記だけでもと足掻いているようでとても見苦しい。

 

「はぁ……どれもありえないほど低俗な魔法だ」


 魔法の書のコーナーに立ち寄るが、私は本を読むなり、すぐに読むのをやめた。

 

 まず、魔法というのは一般的には詠唱が必要だ。その呪文によって魔法が変わる。一度完全に発動したものは、頭に焼きつく為、二回目以降は忘れることや失敗は絶対に無い。それならば、呪文だけを見ればいいと思われがちだが、それが通じるのは今回のように勇者だけだ。普通は、その魔法の全てを理解した上で発動する。よって、完全に発動させることのハードルがとても高い。故に殆どのものが初級魔法で止まってしまうのだ。


 魔王時代の頃、勇者以外の人間は正直見るに耐えないほど弱かった思い出がある。人間側から攻めてきたというのに、ゴブリンに呆気なくやられる姿を見て、心が痛くなったのだ。


 人間族が何故ここまで魔法が弱いのかとずっと考えていたが、この魔法書を見ればすぐに分かった。ありえないほど分かりづらいのだ。例えば風属性の初級魔法の一つ、追い風は風の流れを追い風にするだけの魔法だが、その魔法に対して一冊の魔法書がある。故にこの一冊を丸々理解しなければ使えないのだ。魔族が有していた魔法書の初級魔法は風属性初級魔法全集のような形で一冊に三十種類くらい書かれている。


 本の厚さにして三百八十ページ。詠唱の呪文は最後の数ページに書かれているが、詠唱に関してもかなり長い。初級魔法であるというのに、三十文字を超えている。私の知っている追い風は、たった四文字の魔法であり、小さい子供でも簡単に扱える風属性魔法のはずだ。


 私は、少し落胆しつつも、魔法基礎の本を手にした。魔法について詳しすぎるとまた変に疑われてしまう。まずは魔法とは何か初歩的な本を読み、魔法について全く知らない人間を装うのだ。


『本貸出/十四回陽が昇るまで/一人五冊まで』


 柱に紙が貼られている。どうやら本の貸し出しをやっているようで、一部の本を除き大体は借りれるらしい。この世界は一応日付の概念はあるが、一年は三百六十五日ではなく、四百日となっている。それをここの世界では四百回陽が登るという。公転周期が違うのだろう。今見えている太陽だって、地球から見える太陽とは別の星だし、この世界がある星も地球とは全く違う。海は存在するが大陸は一つしかない。水の星と謳う地球には悪いが、この星のほとんどは海だ。


『基礎魔法概論』

『基礎からはじめる魔法学』


 とりあえず、目についた本を手に取り、私は魔法書のコーナーを後にした。これで魔法についての知識を持っていても怪しまれないだろう。


 次に人間族の歴史についてだ。正直、私は魔王、魔族側の歴史はなんとなく分かるのだが、人間族側の視点は全く分からない。皇女が魔族の怖さについて説いていたが、私から見れば脚色だらけの酷い話だった。今の魔族がそうしているのかもしれないが、少なくとも私が魔王の頃は、二百年以上の平和が訪れていたはずだ。それが急に崩れ、勇者が私を殺した。私の目にはそう見えていた。


『ガーネット王国記』

『勇者伝』

『よくわかる世界史』


 特に自国の歴史書というのはとても面白い。都合の悪い部分は上手く書き換え、ミスリードさせたり、消去していたりする。別の視点から歴史を見るというのはとても大事なことだ。人間族側の視点に立って、私はどう見えていたのだろうか。そんな興味が湧いてきた。


「貸出、お願いします」

「貸出カードはお持ちですか?」

「いえ……」


 貸出カードを申請する机が無かったものだから、そのようなカードは必要ないと思っていたが、どうやら必要らしい。


「作れますか?貸出カード」

「勿論です。お名前を書いて、血判をお願いします」

「血判ですか」

「はい。貸出期間を過ぎても返却がない場合は、規律に則り、本の代金の二倍を支払っていただきます。貸出期間は十四回陽が昇るまでです」


 申請書に名前と血判を押すと、受付の司書は木でできたカードを渡した。これでいつでも本が借りれるようになったが、ここまで多くの本を揃えているのに、利用者はあまりいなかった。申請書の類が置かれていないのも、常連しか来ないからとかそういう理由なのだろうか。


『基礎からはじめる魔法学』


 部屋に戻り、一番簡単そうな本を開く。初歩的な属性の話から始まっているが、こういう基礎が最も大事なのだ。

 

 まず、魔法の属性に法則性のある相性はない。魔族にはそれぞれ決まった弱点の属性が存在するため、その弱点の魔法を使うのがセオリーだ。次のページには初心者でも倒せる魔族とその弱点属性が書かれている。スライムは風属性の風切りがおすすめ、ハネアントには土属性の砂嵐がおすすめなど。意外と知られていない情報まで書かれている。流石に私は魔族のことは熟知している。だが、これはあの三人には必要な知識だろう。

 

『勇者伝』


 読む気にはなれないが、歴史の書の中でも今一番必要な知識と言っても過言ではない。聖剣のある場所が書いてあれば良いのだが。


『むかし、むかしあるところに』


 日本昔ばなしと同じ語り口なのが気になる。勇者伝というのだからもっと勇者を全面に出すかと思ったが、どうやら勇者の起源から始まるようだ。神が混沌とする世界を十二の国に分けた。しかし国に分けたことで国同士の争いが絶えず行われた。そこに魔族が現れ、人間族を襲うようになった。人間族はまず魔族を倒すことにしたが、人間族同士の争いで疲弊した人間族は魔族に何もできなかった。そこで十二の国は互いに手を取り輪になって神に祈り、人間族間の争いを辞めることを引き換えに魔族を倒せる力を欲した。その時、光と共に強大な力を持つ勇者が現れた。


 私たちがここに召喚されたのも似たような儀式の末ということだろうか。


 本を読んでいると、ドアをノックする音が聞こえる。私は、ドアを半開きにしてノックした客人を見る。


「高橋さん。どうしたの?」

「夕飯、みんなで食べようって話になってね。城のシェフが作ってくれるんだって」


 もうそんな時間かと、窓の外を見る。月の光が微かに窓辺を照らしていた。先ほどまで光属性の魔法で周囲を照らしていたから全く気づかなかったのだが、敢えて時間に直すなら二十時頃だろう。


「じゃあ、食べようかな」


 ここに来てから何も食べていなかった為、空腹感はある。高橋に連れられて私は、城内部にある広い食堂にやってきた。そこには男子二人の姿もあった。防具や服などを購入したのか、制服姿ではなく、冒険者のような格好をしていた。


「みんな揃ったところで、改めて自己紹介しようぜ、俺らってさクラスではあまり関わりなかったじゃん?」

「そうだね、これから魔王を倒すまでは一緒に行動を共にするんだし、それぞれのこと知っておいた方がいいよね」


 彼を知り己を知れば百戦殆あやうからずとも云う。味方も敵も知らなければ勝つことはできない。


「この世界では苗字の文化はないらしい。だから、ここでは名前で呼ぼうな。ということでまずは俺から。俺は将吾。体力とかには自信があるから安心して」

「僕は晴人。ゲーム好きだったから、戦術考えるのとかは好きかな。敵は強ければ強いほどやる気が上がる」


 将吾を始めに、時計回りで自己紹介をしていく。将吾はサッカー部のエース、体力に自信があるということは前線を張るのに向いているだろう。晴人は戦術を考えて指揮する立場か。どちらも重要なポジションではある。


「私は夏帆。体力とかは自信ないけど、コミュニケーションが得意かな。大体の人とは仲良くなれるよ」


 人脈と来たか。教室では将吾が目立っていたため、あまり気にしていなかったが、学級委員として人から信頼されていたり、学年を超えた人脈を持っていた。


「私は、優香。役に立つことといえば、知識量。本を読むのと勉強は好き。とりあえず、勇者についてと魔法のことについてなら既に何冊か読んで理解を深めた」

「意外とバランス良さそうなパーティーになりそうだな、俺が前衛、晴人が中衛で指揮しつつ魔法でアシスト、夏帆は後衛で俺らの援護、優香も後衛で敵について解析するとか」

「うん、結構良さそうだね。優香、晴人、将吾。絶対に元の世界に戻ろうね」

「ああ」

「勿論」

「そうだね」


 皆いろいろな感情を抱いているだろうが、ゴールはどうやら同じようだ。元の世界に帰ること。最初から元の世界への帰り方を聞いておいてよかったと思っている。魔王討伐も元の世界に帰るためなら仕方がないことだと自分に言い聞かせることができる。結局最後は自己中心的な考えなのだ。自分さえ良ければいい。出来るだけ魔族は殺したくないが、魔王が皇女の言う通りの横暴を働いているなら、殺す必要があるのかも知れない。

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