第2話
「ここは……?」
はじめに声を出したのは、鈴木将吾だった。私達は今まで朝の教室に居たはずだ。いつものように各々時間潰しをしていた。確か謎の光に包まれた後、魔力を感じた気がした。
「ここ何処だろう」
田中晴人はそう言って周りを見渡した。私も周りを見渡しながら、魔法で索敵を行う。索敵魔法という魔法は、魔法範囲内の生物が全て分かるものだ。アリのような小さい生き物から人間まで本当に便利な魔法だ。勿論特定の生き物に絞ることも可能だ。一応デメリットもあり、魔法を使う以上、高等な魔法を使える者なら逆探知して居場所がバレてしまうリスクがある。
「他に人はいないみたいですね」
高橋が周りを見ながら言った。どうやらあの光に包まれたのは私たちがいた教室だけのようらしい。私たち以外の学生は見当たらない。制服のポケットに入っていたスマートフォンは全く反応しないただの板になっている。どうやらここに来るまでに何らかの衝撃で壊れてしまっているようだ。田中も持っていたスマートフォンの電源ボタンを何度も長押ししている。
煌びやかな装飾に、金や宝石で作られた豪勢な額縁に入った絵。床にはふかふかとした絨毯が敷かれている。窓はステンドグラスのようなもので花柄になっている。そして目の前には立派な玉座が置かれている。
「まるで城みたいだな」
鈴木は、天井にある大きなシャンデリアを目にして言った。玉座があることからもここはどこかの国の城のようだ。建築様式は中世のヨーロッパで見られるような大聖堂そっくりだ。
「勇者様達、お目覚めになられましたか」
奥にある豪勢な造りの扉が開き、美しいドレスを身に纏った人間が出てきた。一人の耳はとんがっている。まるで私が知っているエルフ族に似ている。エルフ族とは、人間族と交友関係を持つ、人間族側の種族だ。回復系魔法を得意とし、長寿であることが知られている。
「急にこの世界へ呼び出してしまい申し訳ございません。私はこのガーネット王国の皇女のメアと申します。この度、勇者様達をお呼びした理由は、魔王討伐の為です。八十年ほど前に魔王を討伐したのですが、また魔族が人間族の領地に侵入して横暴を働いているのです」
ガーネット王国、聞いたことのある名だ。確か東にある国の一つだったはずだ。
「ガーネット王国?魔王?もう少しわかるように説明してくれる?メア……さん?」
高橋がメアと名乗った女に聞いた。地球に住んでいれば魔王だなんて単語はアニメや漫画だけの存在だし、ガーネット王国という名の国も存在しない。
「魔族?ってゲームやアニメの中だけじゃ」
田中も同じような反応を見せた。しかし、皇女は和かに笑った。
「勇者様達は、別の世界から来たのですから無理もありません。異世界から召喚されることで、勇者として様々な才に恵まれるのです。その才を生かして、この世界を救っていただきたいのです。エルフ、勇者様にわかりやすく、今の現状を教えてあげなさい」
エルフと呼ばれた女は、言葉も出ない私たちの前に立ち、冷静に事のあらましを説明し始めた。それはまるで私がかつて魔王としていた世界と酷似していた……というより、私が居た世界だった。
「この世界には様々な国があります。その内、地図上で最も東にあるのがこのガーネット王国です」
エルフはどこからか地図を取り出すと、ガーネット王国がある場所を指差した。地図は十三個に区分けされている。一番北にある大きな場所が魔族領のものだ。魔族領の中でもいくつかコミュニティが分かれているが、人間族がそれを把握しているわけがない。
「人間族の領地から見て北側にあるのが魔族領です。人間族と魔族領はこうして棲み分けをしているのですが、魔族側が一方的に人間族の地に入り込み、人間族を襲います。その魔族を指揮しているのが、魔王と呼ばれる存在です。魔王は、聖剣で貫かれない限りは死ぬことがありません」
エルフは地図を仕舞い、お辞儀をした。これが今人間族と魔族側で起こっている事らしい。簡単にいえば、魔族と人間族の戦争で魔族側のトップを殺すために、私たちは呼ばれたというわけだ。
「えーっと、それなら、俺ら必要ですか?正直、俺らはそこら辺の人間ですし、この世界のことも全然分かりませんよ」
鈴木はそう聞いた。いきなり魔王を倒せなど無理難題な話だろう。
「いえ、あなた方ではなくては倒せないのです。魔王を倒すために必要な聖剣ですが、聖剣が使えるのは、全属性を持った人間族のみ。普通の人間族は多くても二つか三つの属性しか使えません。ですが、勇者として才に恵まれる勇者様達ならば、全属性の適性を持っている方がいるはずです」
私は元魔王であるから言える話だが、魔王は聖剣でしか殺せないというのは正しい。私が討伐された時も、しっかりと聖剣によって殺されている。あの時居たのも、勇者だ。つまり、何の因果か分からないが、私は魔王としてではなく魔王を討伐する勇者としてこの世界に戻ってきてしまったのだ。
「属性っていわゆる火とか水とかそういうやつ?」
田中は食いつくように聞いた。いつもゲームをしているだけはある。鈴木と高橋はあまり乗り気ではないようだ。
「そうです。この世界には六つの属性があります。生まれた時に属性の適性は決まります。適性がない魔法は幾らやっても習得できませんので、最初が肝心なのです」
魔法は、努力よりも才能の面の方が大きい。どんなに頑張っても、適性が無ければ使えない。努力は裏切らないという言葉があるが、魔法は適用外だ。
「勇者様達のいた世界では馴染みがないかもしれませんが、この世界には魔族と人間族が常に争いをしているのです」
皇女は、改めて魔族の恐ろしさを唱え始めた。魔族が人間を襲い、村を破壊すること。魔族は強力な魔法を使うため、人間に対して害でしかないということ。そしてその魔族のトップである魔王は、桁違いの魔法を使い、世界を魔族だけの世界にしようとしているということ。同情を誘い、魔王討伐に積極的になってもらうためだろう。
「なるほど、つまり私達でその魔王とやらを倒せばいいのですね?でも、魔法ってどうやって使えばいいんですか?」
同情を誘う作戦は真面目な高橋や、出来た人間である鈴木に響いたようだ。二人も前向きな意志を示している。
「本来ならば、魔法書というのを熟読してもらう必要があるのですが、勇者様の場合は、詠唱呪文を一度読むことで完全に習得ができますので、すぐに魔法が使えると思いますよ」
皇女の後ろにいる召使らしき人間達が持っている本が魔法書だろう。その魔法書を読めば簡単に魔法が使えるようになる。何とも魔法使い泣かせの代物だ。私が魔法を一つ習得するのにかなりの時間を費やしたというのに。
「ではまず、魔法適性と魔力量を測定しますね。誰からやりましょうか」
「ここは、出席番号順でいいんじゃね?えーっと、佐藤から」
鈴木は私の方を指さした。確かに佐藤はこの中では一番最初だ。皇女は立派な紅玉色をした座布団の上に置かれた水晶玉を持ち、私の前に差し出した。この水晶玉に触れるだけで適性と魔力量が分かるのだ。
これは私が赤ん坊の頃に探し求めていたものだ。正直、赤ん坊の頃、自分の実力がどれほど落ちているか気になっていたのだ。しかし、今となっては必要のないものだった。魔法の適性は生まれた時に決まるものだ。つまり、一度分かればそれ以上増えることも減ることもない。その属性の魔法が使えれば、その属性の適性があるという証明になる。簡単にいえば、魔王時代使えた六属性……つまり全属性私には適性があった。だが、ここで全属性使えると分かれば、聖剣を握らされる羽目になる。幾ら今は勇者とはいえ、前世の知り合いかもしれない魔王を討伐など少し心が痛いものだ。
私はそっと偽造魔法を掛ける。この水晶玉を誤魔化すために。本来の使い道は、このような数値を誤魔化すためではなく、似たような物を作り出す魔法だ。その効果を上手く利用すればこのような悪事にも使えるのだ。
「えっと、風属性ですね。23レベル。中級魔法なら使えると思います」
水晶玉が緑色に光り、中央には23という数値が現れる。この光った色が適性である。23は魔力量を示している。数値が大きいほど魔力量が多く、最高値は100だ。100以上は測れない為、同じ100でも魔力量が異なったりする。
この結果を皇女は驚きながらも言った。驚いて当たり前だ。勇者ならばこんな平凡な数値はまずあり得ないからだ。偽造魔法で皇女の後ろにいる召使の一人の適性と魔力量をコピーし、偽造したというのが真相だが、誰一人気付いている様子はない。
「次は俺だな」
鈴木は少し興味を示したのか、すぐに水晶玉に手を置いた。確かに普通の地球から来た人間なら水晶玉に映し出されるという現象だけで驚くだろう。
「素晴らしいです、全属性が75レベル……!これなら聖剣を使うことができますし、帝王級の魔法も問題なく使えるでしょう」
そういえば、私は全属性に適性があるだけではなく、魔族側が把握していた全ての魔法を使える。魔力量もそこらへんの魔法ならほぼ無限で打てるほどの多さを誇っていた。その為、魔法に段階があることを忘れていた。
魔法には五段階のレベルが存在し、下から初級、中級、上級、帝王級、神話級と呼ばれる。普通の人間族ならば上級が使えるだけでも凄い方だ。つまり、帝王級が使える鈴木は間違いなく最前線で戦える力を備えているというわけだ。
「次は私ね」
「光、風、水属性が100レベルです……神話級の魔法が使える勇者様が来てくださるなんて」
光属性は治癒魔法が殆どを占める。人間族ではかなりレアな属性になる。だから光属性持ちが多いエルフ族と人間族は仲良くしているらしい。
「最後は僕か」
田中は、水晶玉の上に手を置いた。
「火、土属性が100レベルですね。火属性は一番火力が出ますから魔族を討伐するときに役立つでしょう」
「皇女様、闇属性って魔族とかが使うイメージがあるんだけど、俺が持っていていいんですか」
一通り水晶玉で魔法適性を測った後、鈴木は皇女にそう投げかけた。
「いえ、闇属性は魔族固有のものではありません。隠密魔法や探知魔法などが闇属性魔法の主な魔法になります。サポート系が多いという点では光属性に近いものですね。そして魔法ですが、魔力が尽きると使えなくなりますからね」
魔力が尽きると疲れという形で現れる。魔力が尽きてもしっかりと休息を取れば復活する為、死に至ることはない。属性の適性同様、魔力量も生まれ持ったものであるため、人それぞれだ。
しかし、適性と異なる点が一つだけある。それは装備によって魔力量を増強することが出来る点だ。微々たる量ではあるが、魔力を増やすことができる。そのような装備を魔道具と呼んだりしている。魔力量を増やせるという強力な装備であるため、かなりの高級品だ。
「何か他に質問などはありますか?」
三人は聞きたいことが山ほどあるだろうが、私はこの世界にいた者だ、大抵のことは知っている。しかし、それが逆に怪しい感じになっているようで、先ほどから皇女は私の方をチラチラと見ている。普通は動揺したり、この世界について知ろうとするはずだ。地球で目を覚ました時の私のように。
「では、質問をして良いか?八十年ほど前に魔王が討伐されていると言っていたが、その時の勇者達はどのように魔王を討伐したのだ?」
「なるほど、魔王をどのように討伐すればいいのかという話ですね。言い伝えによりますと、勇者様達は今回のように四人召喚され、四人で挑んだそうです。まずは全員が一番得意とする魔法を撃ち、そして弱ったところを聖剣で刺したそうです。」
「参考になる。その魔王を討伐すれば元の世界に戻れるのか」
「はい。魔王の心臓がとても貴重な素材でして、どこにでも転移することができるのです。こちらに召喚するのは簡単なのですが、戻る時にはこの魔王の心臓が必要不可欠になります」
魔王の心臓があれば地球に戻れる。即ち、魔王を討伐しない限り私たちは、二度とあの世界に戻ることはできないという意味だ。折角地球の事を知って楽しくなり始めたというのに。
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