前世は魔王でした、今世は地球で女子高生やってました。
亜麻色ひかげ
第1章
第1話
どんよりとした意識に身を包まれながらも、重たい
あれからどれほどが経っただろうか。ようやくハッキリと目を開けること出来るようになった頃には自分の置かれている状況に驚愕するのであった。見知らぬ白い天井に知らない物体、知らない言語が交わされる。人間族の街であるということは周囲にいる人間を見れば分かることだが、私はこのような場所を知らない。
そもそも、何故私が永く眠りについていたのか、自分の中にある記憶を辿りながら、意識のあった時を思い出す。正直曖昧な部分もあるが、周りが知らない言語を使っている以上、私の知る場所ではない。自分の記憶しか頼れるものがないのだ。
「魔王を討伐したぞ!」
眠る前に最後に観た景色。どう記憶を掘り返してもそれ以上先の未来は見えない。人間族が私を見下ろすように立ち、手には光り輝く剣が握られていた。その剣には、ベッタリと赤い血液が付着している。
魔王。そうか……思い出した。
私は、魔王だ。最後に見た景色にいた人間族に私は呆気なく敗れたのだった。剣を振り下ろされる前の記憶はほとんど残っていないが、剣を握っていた人間族の身体に大きな傷は見られなかった。つまり、私は人間族に瞬殺されたのだ。しかし、こうして私の意識はなぜかハッキリとしている。この場所もよくわからないというのに。
「あぁ〜今日も優香ちゃんは可愛いでちゅねぇ〜」
「もう、優太はずっと優香を抱いてるんだから」
「香織だって優香の写真撮りすぎだぞ〜」
私の耳がおかしいのだろうか、先程から、優香だの、優太だの聞き覚えのない単語が飛び交っている。知らない言語ではあるが、不思議と吸収されていくように頭に焼き付いていく。人間族が私のような魔族と友好的に接するはずがない。だが、目の前にいる二人の男女は私に対して笑顔で接している。それも異様なほどの距離の近さでスキンシップを取ってきているのだ。
二人の人間族は、私の前によくわからない板を渡した。その板は、謎の赤ん坊を映し出した。
「だ……誰?」
上手く声が出たと思えば、私も二人の人間族と同じ言語を返した。知らない言語であるはずなのに、すっと馴染んでいくように私は話し始める。
「ああわああああああああああ」
私が興味津々に覗くと、板に写る赤ん坊も大きくなった。私が動けばその赤ん坊も同じように動いた。奇妙な道具である。
「今、喋ったわよね?」
「ああ、この子はもしかしたら天才なのかもしれない。まだ生後一ヶ月だというのに」
生後一ヶ月というのは、つまり生まれてから一ヶ月ということだ。一ヶ月というのは確かに短いな。この子というのは、この板に写る赤ん坊のことだろう。人間族は確か寿命が短いはずだ。殆どが六十近くで生涯を終える。
逆に魔族というのは人間族と比べて長寿である。私は生まれてから数百年は経っているが、これでも若いのだ。例えば龍族は千年は余裕で生きているし、スライムに至っては殺されない限りは絶対に死なない。
「優香〜」
先ほどから『優香』というよくわからない単語を私に向けて言っている。この人間族は頭がおかしいのだろうか。どこからどう見ても、私は魔族だ。確かに見た目は若い男に見えなくもないが、頭に生えているツノで判別くらいは着くだろう。私はあまり動かしていなかった身体を精一杯動かして頭の方に手を伸ばすが、上手く手が伸びない。それどころか、私の視界には、小さな手が映っている。
「優香?」
何故今まで気づかなかったのか。私はあの時、勇者によって討伐された。つまりは死んだのだ。何故か記憶を保持しているだけで、それ以外は新しい人生の始まりだ。人間族が周りに居ても攻撃されないという点から、私は人間族に転生したのだろう。
魔王としての記憶はあるが、魔法はどうなっているのだろうか。魔法というのは、生まれた時に適性が決まる。魔王の頃は全属性持っていたが、今の身体がそうであるかは分からない。属性の適正が無ければ、その属性の魔法は使えない。人間族は殆どが一属性しか使えない。稀に二つ以上の属性を持つ者も生まれるが、何十万人に一人というレベルだと本で読んだ。
「
私は、思いっきり言葉を話すが、二人はきょとんとしている。どうやら、私の言語は通じないようだ。世界共通語のはずだが、どうやらそうでもないらしい。私は水晶玉を探そうと、布団から出て歩き始める。
「歩いた!?」
どうやら赤ん坊になった影響か、あらゆる物が大きく感じる。見たこともない物が沢山あるが、水晶玉らしきものはない。一般的な家庭には早々置いているものではないから、ここは平民の家だろう。家のサイズもそこまで大きくはない。地下室や上の階は無く、部屋が二つあるだけだ。
どうしたものか、と一息吐こうとふわふわした椅子に座る。椅子に見えるが、私が知っている椅子よりは長くて柔らかい。私はふと窓の方を見る。環境を知るためには窓から外を見れば良い。簡単なことだ。
「なんだこれは……」
私が想像していたのは広がる畑に森だ。しかし実際は灰色のブロックが無数に立つ場所だった。人間族にこのような国があったとは聞いたことがない。私が魔王として居た頃は十二個の国があった。十二個の国は互いに仲がいい国ではないが、魔族という共通の敵を作り、一致団結していた。
「ここはどこなんだ」
私は、見知らぬ世界に転生したというのか。
十六年後。
私が目覚めて十六年。魔王時代の記憶がいつかなくなるかと思っていたが、そのようなことは無かった。そして十六年も生きれば、この世界についてある程度は分かるようになった。まず私がいる場所はかつて居た世界ではない。地球という名の惑星にある日本という国らしい。さらに細かく言えば東京都……これ以上は個人情報だ。そんな東京にある駅の近くにあるマンションに、私は住んでいる。佐藤優香として。
私が魔王として居た世界には、魔法が当たり前のように使われていたが、地球にはそんなものは存在しない。勿論、魔法が無いのだから、魔王率いる魔族と戦っているというのもない。
「優香、そろそろ学校の時間よ」
学校というのも私は初めて知った。私の知る人間族は十二歳で成人し、家の仕事を継ぐか冒険者として世界を渡り歩くか、そのような選択肢だった気がする。
しかし日本は義務教育と言って中学校までは絶対に教育を受けなければならない。私が今から行く高校も義務ではないが、ほぼ100%が高校に進学する故、高校も必須と言っても過言ではない。
このように、私が元居た世界とはかなりかけ離れているが、この生活にもかなり慣れてきた。寧ろ元魔王なのだから環境に溶け込む事くらい造作も無い。
「優香〜」
「お母さん、分かってるって。もう着替えたし〜」
私のお母さん、名を佐藤香織と言う。そしてお父さんは、佐藤優太だ。察しの良い人は分かると思うが、両親は重度の親バカで、私はかなり甘やかされて育てられた。名前も二人の漢字を一字ずつ取られて優香と名付けられている。
私は生後一ヶ月で歩き始め、三ヶ月には話し始めた。明らかに普通の赤ん坊ではないが、両親は変な勘繰りもしてこなかった。私は何度か自分のことを話そうかと思いたったが、大切に育てられてきた故、両親が悲しむようなことはしたくない。機会を得るたびに私はそうやって自分の過去を封じ込めてきた。
東京都立陽万理高等学校。これが私の通っている学校だ。公立高校で最も頭の良い学校とかそういう話だが、正直そこら辺はあまり考えていない。建物の綺麗さと制服に憧れて入ったのだ。
私が勉強できるのかという話だが、こう見えて魔王時代から勉強は欠かさずやっていた。人間族の歴史や社会などを熟知しているように、学べるものは何でも学んだのだ。地球を知るために私はすぐにこの世界のことを勉強し始めた。従って、一般教養と呼ばれる知識はかなり付いたと自負出来る。
「家早く出過ぎたかな」
私はマンションから少し歩いたところで溜息をつく。今の時刻は七時四十分。家から学校までは電車と歩きで三十分だ。始業時間が八時半であるから普通に家を出ているようにも思える。
「転移魔法」
私は、赤ん坊の頃に地球に魔法が存在しないことを知った。それとなく両親に魔法を聴くと、御伽話のことだと笑われたのを覚えている。しかし、存在しないからと言って使えないというわけではない。私は両親が寝静まった頃、簡単な初級魔法を使ってみた。結果だけ言えば魔法はしっかりと発動した。どうやら地球に住む人間族が魔法を習得していないだけで、魔法は存在するようだ。それならば魔族などが居てもおかしくはないが、この世界には魔族に匹敵する獣は確認されていない。悩んだ末、私が出した結論は、文献が残っていないような太古に魔族は何らかの影響で滅んでしまい人間族も魔法を使う必要がなくなったという結論だった。例えると恐竜という大きな肉食獣が絶滅している。それと同じように魔族も絶滅したと考えるのが筋だろう。
転移魔法を使えば、瞬きする時間くらいで一度来た場所にすぐに来ることができる。かなり便利な魔法だ。
七時四十分。朝早く教室に入ると誰一人いないのが普通だ。朝のホームルームが始まる前の空いた時間は勉強に充てている。一般教養をマスターしたからと言って、知らないことがないわけではない。例えば言語だ。魔王時代の世界は人間族には一つの言語しかなかった。しかし、地球は多くの言語が存在している。言語を習得するのはさまざまな世界を行くことに役立つ。また歴史を勉強することも重要だ。歴史から学べることは多い。
「佐藤さん、おはよう。」
「おはよう、鈴木。」
「田中、おはよう」
「あー、おはよう」
次に登校してきたのは、寝癖が少しついた手入れの行き届いて居ない髪と眠そうにあくびを欠いている
「高橋さん、おはよう」
「鈴木君、おはよう」
その二人の次に登校するのが
別に私はコミュニケーションを取りたくないわけではない。必要最低限のコミュニケーションでよいと思っているからだ。私は元とはいえ魔王。人間族を好きにはなれない。別に嫌っているわけではない。無関心というやつだ。この十六年、そうやって過ごしてきた。今更それが変わるとも思っていない。
今日もいつものように普通の1日が始まると私は思っていた。
「うわっ、なんだこれは」
謎の光に教室が包まれて私達四人は何処かへと飛ばされたのであった。その時に僅かに魔力を感じたのだが、地球に魔法を使える者など私を除けば居ないはず……だ。
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