第5話

「あー、ガキを気遣うのに使える品ってなんだ……てか、そんなのサントにあんのか?」


 突発的なトラウマを刺激され、ベッドで横になっているアリオーシュを励ますための品を探して、クロムは宿を後にする。

 護身用に黒刃の両手剣を背負ってこそいるが、両の手足を覆う甲冑は外している。幾ら部分的なものに過ぎないとはいえ、流石に四六時中鎧を着けていては私生活に困るというもの。

 加えて、サントの昼は陽光が頭上から降り注ぐため、異様に気温が高くなる。


「魔石の内側でまで装備なんて着けてられるかっての」


ついでに言えば、クロムの甲冑はストン民国のような寒暖差の著しい気候での使用を想定していない。


「山一つ跨ぐだけで随分と気候が変わってやがる……」

「クローズおじちゃーん!」


 背を丸めて嘆息を零すと、快活な声がクロムへと投げかけられる。

 男が顔を上げると、声の方角から走り寄って来る子供達。

 大人達の着々と迫る終焉に対するどこか空虚な元気とは異なる、純真故の心の底から浮かべる笑顔は矢鱈と高い気温に辟易していた男にも元気を分け与えた。


「ん? おう。どうしたよ、子供達」

「クローズおじちゃん! 今日も魔法見せてよ!」

「んー、魔法ー? おじさん知らないなー?」


 子供の瞑らな瞳に対して惚けた様子で肩を竦めるクロム。わざとらしい表情は大人であれば、敢えて知らない振りをしていると即座に見抜ける杜撰な代物。

 そして如何に子供といえども、舌を見せる露骨な顔では騙し切れようはずもない。


「トボケないでよおじさん! 僕らだっておじさんが魔法使いだって知ってるんだからね!」

「ハハハ、そりゃそうだ。それじゃ、ちょっとしたもんを見せてやるよっと」


 子供に促されると、クロムは頭上へと翳す。

 そして体内の魔力へ意識を注ぐと、一つのイメージを脳裏に浮かべた。

 乾燥した大地を潤す恵みの雨。灼熱の地面を湿らせ、生物が生存するのに不適格な温度を引き下げる慈雨のイメージ。

 すると掌という一点へ集中する魔力が、クロムの脳内を外部へ出力せんと形を変えた。

 即ち水柱

 重力に逆らって勢いよく湧き立ち、やがて落下する際に辺り一面に霧散しては陽光を乱反射させる。乾いた空気に些かの潤いを与えると、待ってましたとばかりに子供達からの歓声を勝ち取った。


「すっげー! クローズおじちゃんすげー!!!」

「きゃー、水だー!」

「ハハハ、もっと喜べ子供達よー」


 上機嫌かつ豪快に笑うクロムの横で笑い合う子供達は平穏そのものであり、物資に乏しいサントの現状を知らなければ微笑ましくも映るだろう。

 そしてクロムもまた、子供達には笑みを返す一方で周囲の様子をつぶさに観察していた。

 ストン民国には多く見られる岩石を加工して建設した家屋。物資の枯渇を前に不安を拭えない住民。本来並べるべき日用品を失って久しい商品棚。

 行商団が本来の日程通りに訪れてさえいれば、何も問題はなかった。

 如何に貧しい村といっても金銭が皆無という訳もなく、何より川に面している立地が行商団の帰路で水を蓄えるのに好都合であった。


「それに加えて魔物や盗賊が顔を覗かせてると合っちゃなぁ……」


 加えて山を隔てた隣国の政情不安の悪影響が、ストン民国の僻地にまで影響を及ぼす。

 本来ならば両国で共同管理していたグラヴォル山から下山した魔物や不安に便乗して騒ぎを起こす盗賊。半年前まで属国であったことも重なって軍の再編成が間に合っておらず、討伐のために派兵を行う余裕もないのだ。

 それこそ、別に行商団を待たず徒歩で次の村を目指していい立場のクロム達が滞在期間を大幅に伸ばす程に。

 そういえば、と口を開くとクロムは上機嫌に笑い合う子供の中から一人へ声をかける。


「なぁ、お嬢ちゃん。なんか子供が喜ぶようなプレゼントを知らないかな?」

「プレゼントぉ?」


 髪を背中の半ばまで伸ばした女の子は気怠げな男の瞳を眺めると、首を傾げて記憶を引っ張り出す。


「どうしてクローズおじさんは欲しいの?」

「それはねー。あの態度悪い女の子知ってるでしょ、あの娘が落ち込んでるから励まそうと思ってね」


 クロムは目元を引っ張り、わざとらしい睨みつける表情でアリオーシュの再現を図る。

 師匠目線では子供相手でも態度を変える様子を見せない彼女を知っているかは賭けであった。が、女の子は合点がいったように両手を合わせる。


「トルエライトお姉ちゃんね! お姉ちゃんを励ますんだったら、アレ上げる!」

「アレって? というかあの娘のことを知ってるんだね、お嬢ちゃんは」

「だってねー、お姉ちゃんねー……」

「……へー」


 顔に花を咲かせる子供の声に、クロムは関心の感嘆を漏らす。

 それは彼にとって考慮の外にある返答であることを意味していた。



「帰ったぜー、アリオーシュ」

「……」


 アリオーシュの部屋の扉を開くと、手土産を片手にクロムは踏み込む。

 元々二人には個別の部屋がそれぞれに提供されていた。なのだが、有事に備えて互いに行き交えるように鍵を余分に交換していたのだ。

 だからこそ、男が数歩踏み込むとベッドで半身を起こした少女と遭遇する。アリオーシュは窓の先を視界に収めるも、見るというよりもあくまで写り込むだけ。彼女の心に何ら揺らぎを与えるには至らない。

 故に男は千鳥足の真似事でベッドへ近づくと、左手を肩に置く。


「何、ごめんだけど今は気分が……」

「アリオーシュ、お前が洗濯を手伝ってやってた女の子からのプレゼントだ」

「プレゼント……?」


 言い、クロムは贈り物を少女へ強引に手渡す。

 突然の供給に俄かな困惑を浮かべるアリオーシュだが、緋の瞳で覗かれたクロムは首肯する形で促す。すると覚悟を決めたのか、小さな包みを丁寧に紐解く。

 子供の手作りなのだろう。端々に皺が刻まれた包みに隠れていたのは、小さく赤い石であった。


「何これ……?」

「なんでも、村の外で拾った綺麗な石なんだってよ。魔物が出るようになるまでは、これがよく落ちてる場所で遊んでたんだと」

「へー……」


 慈しむように、どこか遠くを見つめるような目で石を眺める少女。右手に掴んで太陽に晒す姿など、普段の露悪的な態度とは百八十度印象が異なっている。


「……あの娘も私のこと、トルエライトって呼ぶんだよね」

「あぁ、そう名乗ったからな」

「悪いこと、したかな」

「流石に偽名に関しちゃ文句をつけられねぇよ」


 そこを気にするなら普段の態度を何とかしろ、という師匠からの有難いお言葉は少女の右耳から左耳へ素通りしていく。

 子供をも、自分を少なからず慕っている子供をすら騙しているという罪悪感が、アリオーシュの胸中に冷たいものを差し込んでいた。

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