第10話 騎士を辞めた男
「それで、ジオトラス子爵は私になんの用があるのですか?」
「……察しがいいな」
伊達で聖騎士やっていたわけじゃないからな。騎士は敵を倒すだけが仕事じゃなくて、皇族とか貴族とかの護衛もさせられるから、その程度の空気を読む能力はある。
「ふむ。ここ最近、領内に中型以上の魔獣が何体か出現していることを知っているかな?」
「……まぁ、俺が住んでいる村の近くにも出現しまして、1体ほど駆除しましたね」
「そうか。それは助かる……その魔獣なのだが、どうやら自然に発生したものではなく誰かがこの領内に持ち込んだらしいのだ」
それはまぁ……面倒くさいことだな。
中型以上の魔獣を持ち運ぶことができる組織なんてそう多くはないだろう。更に、それが複数匹も同時にとなると……恐らくは俺が騎士として働いていた時に名前を聞いたことがあるような組織になることは間違いない。
「宵闇……知っているかね?」
「宵闇の屍ですか」
やっぱり……宵闇の屍と言えば、騎士団が何年も行方を追っているが特殊な移動手段があるのか拠点すらも掴むことができずにいる大きめの盗賊団だ。盗賊団とは言っているが、奴らは殺しも略奪もするので強盗に近い気もする。
頭が優秀なようで、尻尾も掴ませず、なによりも絶対に帝都には近づかずにザガン帝国騎士団の影響が薄い場所を的確に狙う集団だ。大抵、そこまで組織が大きくなると欲をかいて内部情報を外に漏らす奴が出てくるのだが、そういう奴らが出てこないということはよほど統率されているか……疑わしい人間は全員殺されているかだ。
「宵闇の屍と思わしき団員の死体が複数見つかった。死体の傷口は人間によってつけられたものではなく、魔獣によってつけられたもの。恐らくは団内での粛清と魔獣の試運転だろう」
「……魔獣の数は?」
「発見されているのだけで中型が6体、大型が3体……そのうち討伐したのは中型の5体」
「なら俺が討伐したのを合わせて」
「うむ……残りは大型が3体と考えていいだろう」
なんとも、厄介な話だな。
ゲーテ村はそこそこの辺境に位置しているので、積極的に狙われることはないだろうが、もし見つかれば略奪目的で襲ってくることは間違いない。ゲーテ村を守ると決めたとはいえ、積極的に盗賊団を狩りに行くというのもなんだか違うし。
「協力、してくれないかね?」
「……残念ですが、俺は既に騎士ではありません。確かに宵闇の屍には先輩も同期も後輩も殺されていますが、だからと言って復讐に走るような情熱もありません。そして……俺は国の為に動けるほど、できた人間もなかったと自覚してしまったのです」
「仕方ない、か」
「ふざけるな!」
丁重に断ろうと思って言葉を重ねたら、横からシトリーが立ち上がって俺に詰め寄ってきた。その表情は怒りで染まり、水面を思わせる美しい水色の髪が彼女の機嫌を表すように激しく左右に揺れていた。
「騎士として不正をしただけでなく、無力な市民を守るためにも力を振るうことができないというのか!」
「……そうだ。なんと罵られようとも、騎士をやめた俺は知りもしない他人の為に剣を振るう覚悟はない」
噓偽りのない俺の本音。しかし、それが気に入らなかったのか思い切り頬を叩かれた。
「一度は騎士となった男だ。不正をして追放されようとも、心の底には誇り高き信念があると思っていたが……とんだ屑男だな!」
「……」
「お父様、こんな男には頼る必要ありません。宵闇の屍も私が必ずなんとかしてみせます!」
言いたいことだけ言って、シトリーはその場から立ち去って行った。
俺の背後にいたヘリオスがどうすればいいんだみたいな感じで戸惑っているが、別に何かする必要なんてない。彼女の言ったことは本当で、俺には誇り高い信念なんてない、ただ実力があるだけの屑男なんだからな。
「重ねて娘が失礼をした……君が何故騎士団を追放になったのか、大まかな話を理解している」
「それはまた、寿命を縮めますよ」
「今に始まったことではない。私の寿命も、騎士団の腐敗も、な」
んー……どうやら、嘘ではないらしい。多分、ジオトラス子爵は誰が俺を嵌めて騎士団を追放させたのかまで知っているみたいだからな。ただ、帝国の皇子が自らの不正を隠すために聖騎士に罪を擦り付けたなんて、たとえ真実であろうとも口にすれば即投獄されるかもしれないくらいの話だ。明言することは誰にもできないだろう。
「ではな……ただのアレイスター・レックス殿」
「……はい」
ジオトラス子爵はこちらに背中を向けてゆっくりと去っていく。まさか冒険者の免許を取りに町に来ただけでこんなことになるなんて思ってもなかった。アレイスター・レックスという聖騎士が不正をして騎士団から追放されたことを知っている人はいるだろうと思っていたが、まさかもっと詳しく知っている人間がいるとは。
「なぁ……本当に、不正したのか?」
「どういう意味だ?」
ジオトラス子爵がいなくなってから、おずおずとヘリオスが質問してきた。
「だってよ、子爵様と話している内容的に……お前は誰かに騙されたんじゃないのか? それどころか、もしかしたら何もしていないのに罪に問われたんじゃ……」
「だとしても、判決は覆らない。世間的には俺が不正をして、騎士団から追放された……それだけなんだ」
「で、でも…………わかった」
納得してくれとは思っていない。ただ、俺が不正をしていたことにして助かる人間があまりにも大きいから、誰もが口を噤んでいるだけだ。まぁ、俺に対する私怨もあったとは思うけどな。
「俺はアレイスター・レックス。ゲーテ村に住んでる、ちょっと剣の腕に自信があるだけの農民だ。それでいいじゃないか」
「……そう、だな。お前はちょっと変な人間なアレイスター・レックス。俺の友達だ」
「訂正を要求する。俺は変な人間じゃない」
「いや、絶対に変な奴ではあるから……これは間違いない」
は? 俺は別に変人じゃないけど?
まったく……まぁ、何はともあれ俺はこれで冒険者の免許を手に入れて魔獣の解体ができるようになり、明日にはまた村に戻って狩りか畑いじりでもする毎日を送ることができる。
俺はもう騎士じゃないんだ……だから、宵闇の屍によって被害が出ても、俺には関係がない……なんて、簡単に割り切れれば楽だったんだけどな。
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