第9話 かつての自分

 俺の持つ魔剣アルマデルには驚くような特殊能力が隠されている訳ではない。ただひたすらに、硬くて重くて鋭いことだけに特化した剣である。ただし、この魔剣アルマデルには素材になった魔獣のせいなのか知らないが……意志のようなものを感じる時がある。俺の気のせいかもしれないけどな。

 シトリーが振り下ろす剣も上等なものに見えるが、実際に受けてみると中身のない薄っぺらいものだと感じる。それがシトリー自身から伝わってくる感覚なのか、それとも持たれている剣そのものがそうなのかわからないが……とにかく色々な意味で軽い。


「私は、聖騎士に昔から憧れていた。女だから、貴族家の当主だからと騎士になることを許されなかった私にとって、帝国に絶対の忠誠を誓って国を守る騎士は、羨望の対象だった」

「絶対の忠誠、か」


 俺だって昔はザガン帝国に忠誠を誓い、騎士としてこの帝国を守り続けると考えていたさ。しかし……今ではそんな考えも消え去ってしまった。

 俺は帝国騎士としての誇りを失うと同時に、このザガン帝国そのものに疑問を持つようになってしまったのだ。なにせ、俺に罪を擦り付けたのは


「だから、貴方が騎士の立場を利用して不正を働いたことに、憤りを感じている!」

「……そりゃあ、そうだよな」


 俺だって最初は、帝国騎士なのに不正を蔓延している状況をなんとかしたいと思ったさ。でも、不正をしているのは末端の連中ではなく、中枢の連中なんだ。俺が1人で立ち向かったところで結果なんてたかが知れている。

 結局、俺は帝国騎士たちの不正を正すこともせず、使われるだけの武器でいることに甘んじるようになった。俺は、逃げたんだ……自分の理想とはかけ離れた存在であった騎士という憧れに背を向けて、現実から逃げ続けた。その結果が、このありさまだ。


「何故反撃しないっ! 騎士としての力は、騎士としての信念は……どこに捨ててきた!」

「……もう、俺に構わないでくれ」


 シトリー・ジオトラスは過去の俺だ。騎士に憧れ、騎士を清廉潔白な存在だと信じ、帝国騎士こそがもっとも素晴らしいものだと疑わない存在。俺の目の前にいるのは、力もなく現実も知らない過去の俺なんだ……過去の俺が、夢から逃げた今の俺を責めているんだ。

 振り下ろされた剣を手で掴み、シトリーの重心とは反対方向に引っ張ることで地面に引き倒して首の横に魔剣アルマデルを突き刺す。力もなく夢を語ることしかできない過去の自分……その末路は、夢から逃げた腐敗した騎士によって簡単に生殺与奪の権利を握られることか。


「このっ」

「動くな……暴れると首が飛ぶぞ」


 本当に飛ばしたらジオトラス子爵の次期当主を殺すなんて重大犯罪になってしまうからしないけど、こういう手合いの奴はこれくらい直接的な脅しをかけないと絶対に降参しないってわかり切ってるからな。

 感覚的には数分間ぐらい睨み合っていたら、後ろからヘリオスがどたどたと近づいてきた。


「おい! ジオトラス子爵が!」

「……お父様が?」


 アルマデルから手を離してゆっくりと振り向くと、そこには確かに立派な白い髭を生やした高年の男性が立っていた。しかし、こちらに対して敵意を向けるなどの感じはなさそうだ。


「シトリー、負けたのか?」

「っ! 私はまだ負けて──」

「馬鹿者っ! 明らかに生殺与奪の権利を握られた状態で生かされている者が、負けていないなどとくだらない言葉を口にするな!」


 これが、ジオトラス子爵。

 騎士としての任務でジオトラス子爵領に足を踏み入れた記憶はないので、恐らくは初対面だと思うが……どうもしっかりとこちらのことを元聖騎士として認識していそうだ。


「サー・アレイスター・レックス」

サー騎士は辞めてください……俺はもう騎士ではありませんから」

「そうか、すまない。アレイスター・レックス殿、馬鹿娘が迷惑をかけた」


 魔剣アルマデルを地面から抜きながら鞘に納めて、俺はジオトラス子爵と向かい合う。

 ジオトラス子爵は、元々騎士として高い能力を持っていた武人であるとは聞いたことがあったが……なるほど、既に老人と呼べる年齢でありながら背筋はまっすぐに伸び、その身体から放たれる覇気は並みの騎士を超えている。間違いなく、彼は今でも実力のある武人だ。


「どうかね? 娘を下したと言うのなら……君がジオトラス子爵を継ぐなんてことも?」

「勘弁してください。俺は横領して騎士団を追放された犯罪者ですよ? 子爵なんてやろうものなら、帝国臣民から一斉に石を投げられてしまいます」

「ははは……どうやら、帝国に対しての未練はないらしい」


 帝国に対しての未練、か。

 ザガン帝国は、俺が生まれ育った国だ。大切な人だって住んでいるし、別にザガン帝国が滅んでしまえばいいと思っている訳でもない。ただ……もう帝国の為になんて大義を振りかざして剣を振るうことができなくなっただけだ。


「帝国騎士団も馬鹿なことをしたものだ。これほど有能な男を手放すとはな……どうだ、私の私兵として雇われる気は……なさそうだな」

「ご冗談を」


 有能だと追われているのなら、そんな簡単に罪を着せられたりはしない。今のザガン帝国騎士団にとって、俺は邪魔な存在でしかなかったってことだ。悲しいことだが……それが現実だ。


「待ってください、お父様……この男は、騎士でありながら数々の不正を重ねた──」

「やれやれ……そんな曇った目で私が死んだ後にしっかりとこの領地を運営できるかどうか。やはり、アレイスター・レックス殿に協力してもらいたいな」

「人は、成長することができます。失敗から沢山のことを学び、それを次に繋げることができるのならば、きっと大丈夫です」

「そうしてくれればいいがな」


 ふむ……どうやら、ジオトラス子爵はこのままシトリーが次期当主となることに不安があるようだ。まぁ、剣を交えて言葉を交わした俺からしても、これが次期当主で大丈夫かとは思ったけどな。

 まず、現実が見えていない。昔の自分と重ねてしまえるほどに、シトリー・ジオトラスは現実が見えていないと言わざるを得ない。騎士団の不正なんて、こんな辺境にいたって聞こえてくるだろうに……それすらも知らないのだからな。


 夢を見ることは大切だ。しかし、夢だけ見ていても話は進まない……大人になると言うのは、辛い現実と向き合うことなのだから。

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