第8話 シトリー・ジオトラス

 試験がさっさと終わり、合否判定は翌日に出るのでそのまま逃げようと思ったのだが……背後からがっつり肩を掴まれた。


「私は、後で、付き合ってもらうと言ったはずだけど?」

「……はい」


 怖いよこの人。

 なんとなく断ることもできず、別にやることもなかったので俺は普通に後ろについて行った。


「まず、貴方の名前はアレイスター・レックスでいい?」

「まぁ」

「……まさか、こんな所で聖騎士アレイスター・レックスに出会えるとは思っていなかった。いや、元聖騎士かしら」


 ん……この人はどうやら、俺のことをちゃんと知っている人らしい。聖騎士アレイスター・レックスとしての俺と、同時に裁判にかけられて騎士団を追放された俺……しっかりとどちらも知っている。


「私の名前はシトリー……貴方に決闘を挑ませてもらう!」

「え、嫌だ」

「は?」


 なんで俺が決闘受けなきゃいけないんだよ。名乗っただけでいきなり決闘とか意味わからないこと言ってんじゃねーよ。


「俺、普通に明日免許貰ったら村に帰るから、普通に放っておいてくれないかな」

「そんな訳にはいかない! 私は貴方の信念を確認して──」

「別に、信念とかないから」


 そんなもの、騎士団を追放される時に全部捨ててしまった。今の俺はただ村の為に剣を振るう男だ……帝国を守るとか、誇りを守るとか、そんな大層な考え方はもうしなくなったんだ。全てはもう、終わったことなんだ。


「待て!」


 引き留めるような声を無視して、俺は冒険者協会に入る。中にはさっきまで一緒に試験を受けていたヘリオスがにやけ顔で待っていた。


「なぁ? 告白でもされたのか?」

「は?」

「なんだよつまらない反応しやがって……そうだ! お前、こういうの興味ないか?」


 ヘリオスに無理やり連れていかれた先には、沢山の人がざわめきながら掲示板に貼られている紙を見て喋っていた。


「あれは?」

「このジオニクスを統治するジオトラス子爵には1人娘がいてな? その娘が次期ジオトラス子爵になる訳なんだが……もう20歳だってのに、お相手がいないんだよ」

「それは、どうして?」

「元々いた婚約者を実力で叩き伏せちゃったらしくて、それで男の方は逃げ出したって話だ。それから何人か候補に上がったらしいんだが……どいつもこいつも全員叩きのめされて逃げ出したんだと。中には騎士もいたらしいんだけど、勝てなかったらしいぜ」


 そりゃあ、随分な暴れ娘だな……ジオトラス子爵も頭が痛いだろう。


「それで、その娘の名前は?」

「お、やる気になったか?」

「早く教えろ」

「そこの紙に書いてあるぞ。名前は。シトリー・ジオトラスだってよ」


 なんて?


「どうやら不甲斐ない男ばかりでムカついたから、彼女が自分に対して勝てる自信がある奴がかかってこい。私に勝ったらジオトラス子爵の地位が手に入るぞって言ってるみたいだな。でもザガン帝国騎士団の人が勝てない奴に挑む人なんて早々いないと思うけどな……どうした?」

「え!? いや、なんでもない、ぞ?」


 えー……同名の別人さんであってくれ。


「確認したようだな。なら話が早い……アレイスター・レックス、私と戦ってもらおう」

「ひぇ」


 なんでいるんですかっ!?





 幸いなことに、シトリー・ジオトラスはあまり表に出てこない人間で顔は知られていなかったらしく、冒険者協会の建物内で大きな騒ぎになることはなかった。しかし、近くにいたヘリオスには話が筒抜けだったので、そのまま3人でジオニクスから少し離れた平原に行くことになってしまった。


「なぁ……まさか一緒に試験受けてた相手がシトリー様だったなんてわからなかったんだけど、なんでお前はそんなに絡まれてんの?」

「いやぁ……」

「サー・アレイスター・レックス。元ザガン帝国騎士団の聖騎士にして、その圧倒的な戦闘能力から「流星勲章」を与えられた男」


 いやぁ……随分と詳しいようで。

 シトリーの言った流星勲章とは、聖騎士になった時に与えられたものだ。4人の聖騎士にはそれぞれの特徴から特別な勲章が与えられる。俺が貰った流星勲章、シルビアが貰った新星勲章、そして巨星勲章と矮星勲章……この4つの勲章が、聖騎士に与えられる特別な勲章だ。


「サー・アレイスター・レックスって……最近、騎士団を追放になった?」

「……そうだよ」


 そこまで言えば、流石に誰でも知っているか。しかし……俺が流星勲章を与えられたことまで知っているなんて、シトリー・ジオトラスはかなり騎士団の内情に詳しいようだ。騎士団の内部にも勲章の名前をしっかりと憶えている人間は多くないのだから。


「私は、騎士団の持つ圧倒的な武力と正義を信じている。そんな騎士団内で聖騎士と称えられるだけの実力を持ちながら、あらゆる不正に手を染めた貴方の実力を知りたい……いや、剣を交えることで貴方が何を考えて生きてきたのかを知りたい」

「他人の人生なんて、考えるだけ無駄だと思うけどな」

「そうでもない。なにせ私は、帝国騎士団のことを心の底から尊敬しているからな」


 なるほど……彼女は、帝国騎士団の内情を知らずに育った俺、なのかもしれないな。


「なら、余計にここでやめておこう。世の中には、知らない方がいいってこともあるからな」

「関係ない。私は自分で見たものしか信じないからな」


 なんて頑固で面倒くさい女。しかし、ここまできて剣を交えずに終わることは……ないだろうな。仕方がない。


「ヘリオス、離れててくれ」

「お、おい!」

「安心しろ。流石に次期ジオトラス子爵家当主を傷つけたりはしない……勝負にならないからな」

「ほぉ?」


 安い挑発だが、簡単に乗ってくれた。

 装飾の施された立派な直剣を片手に、シトリーは俺に剣を抜くように顎だけで促してきた。そういう動作がいちいち貴族らしくないな……まぁ、だから婚約者を叩きのめしちゃうんだろうけど。

 俺は促されるままに魔剣アルマデルを抜き、しっかりと両手で持って構える。


「魔剣アルマデル……新星勲章を与えられたシルビア・マーベルナの持つ魔剣テウルギアの対になる魔剣」

「よく知っている。なら、これを抜いた時の俺がどういう状態なのか、知ってるはずだろ?」

「勿論だ。貴方は本気の時にしか、魔剣アルマデルを抜かないと聞いた」


 なら、話は早い。


「いざ、勝負っ!」


 シトリーは一直線に、俺に向かってきた。

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