第6話 過去の女

「ぐわぁーっ!?」

「よっわ」


 使えなくなった農具の持ち手を削っただけの木の棒を片手に、キマリスの修行に付き合ってやっているのだが……あまりにも弱すぎて泣けてくる。筋力がないとか、そういう問題じゃなくて、何に影響されたのか知らないけど格好良く決めようとして上手く棒を振れていない。


「なぁ、まずは両手で持ってしっかりと縦に振るところから始めた方がいいんじゃないか?」

「そ、そうする」


 片手で剣を振るうなんて、ちゃんと振れるようになってからやった方がいいと思うのだ。まぁ、両手で持っても全く相手にならないから、結局はすぐに地面を転がって俺が1人でアルマデルで素振りすることになるんだけど。


「おつかれー……朝から大変だね、はい朝食」

「ありがとう、サラ」


 キマリスの修行にそのまま付き合っていたら、いつの間にかサラがやってくる時間になっていたらしい。ここ数日、毎日こんな感じの日常を続けているが、いつの間にかサラが俺の朝飯を持ってくるようになった。


「ふふ……結婚しても毎日これくらいの時間に朝食ね、覚えたから」

「あー……うん」


 最初に告白された日から、滅茶苦茶情熱的な告白はまだされていないが……こうして順調に俺のことを堕としに来ているのがわかる。母さんと父さんもいつの間にかサラの味方になっているし……こういうところが田舎って感じだよな。


「キマリスには女とかいないの?」

「へ? なんで、そんなこと聞くんですか?」

「いや、そういうのいるのかなって……帝都の方だと、最近は結婚しない人が増えてるとか問題になってたけど、こっちだとどうなのかな」

「キマリス、実は村長さんのお孫さんといい感じなの」

「本当に? 村長の孫って……あの暴れ娘?」


 ほえー……人間って10年で変わるもんだな。村長の孫って言ったら、相手が年上だろうが大人だろうが誰にでも食って掛かる暴走猪みたいな性格してた女だろ? 確かにキマリスとは年齢が近かった気もするけど、そんな女の子が色恋沙汰に関係してくるとは思わなかったな。


「じゃあキマリスは次期村長か」

「や、やめてくださいよ! あいつとは、別にそんな関係じゃ」

「そんなこと言ってると、フラれちゃうわよ?」


 それはサラの言う通りだ。恋愛は駆け引きが大切って言うけども、あんまり引いてばかりいると女の子は愛想つかしちゃうらしいからな。同僚が前にそれで泣いてた。


「まぁ、アレイスターさんみたいに既にお嫁さんがいる人はいいですよね」

「まだ嫁じゃないけどな」

「もう嫁だよ」


 圧がすごいんだって!


「まだ安定した収入が得られるようなこともしてないのに、いきなり結婚なんてできるか!」

「そんなこと言って、畑仕事だって凄い真面目にやってるし、身体能力だってずば抜けてるから今年は豊作間違いないってお義父とうさんが言ってたよ?」


 いつの間にかお義父さんになってる!?


「そう言えば、植え替えが終わったらアレイスターさんはどうするんですか? 狩りについていったりするんですか?」

「うーん」


 今やっている植え替えが終わると、毎日が基本的に水やりぐらいで終わるからな。後は、雑草を抜くぐらいか。でも、そうすると確かにこの村じゃ他のことをしてないとやることが無さ過ぎるよな。1つだけ、思いついているものはあるんだけど……まぁ、俺がやるしかないかな。


「……ジオニクスまで行って、冒険者の免許だけ取ってこようかなとは思ってる」

「冒険者! この間みたいな魔獣を倒したり、解体したりするんですね?」

「そう。多くないって言っても、年に数十匹は確認されると思うから、それを全部燃やしてたら流石に勿体ないだろ? いつの間にか行商人もそれなりの頻度で訪れてくれるんだし、いっそのこと解体の免許取ってきて売ろうかと思って」


 魔獣は特別な動物なんて言うけど、小型の魔獣だったらそれなりの頻度で発見されるからな。猟師が放つ大きな音とかでさっさと逃げたりもするけど、それを全部狩ればそれなり以上の金にはなるだろうから。


「魔獣の種類にもよるけど、食用にできたりもするからさ。やっぱりなんだかんだ言って、免許持っている人は必要かなって」


 今からキマリスが頑張って成長して冒険者の免許を取りに行くでもいいんだけど、それだと流石に2年は我慢しないといけないしな。魔獣を無許可で討伐することまでは緊急避難の方法として許されるけど、毎回俺が狩って燃やすってのもな。


「ふーん……大変だね」

「まぁな」


 ただの村娘であるサラにはあんまり関係ない話ではあるが、ちょっと淡白な言葉をかけられると苦笑いが出てしまう。

 そんなサラの視線は俺の傍に置かれている魔剣アルマデルに向けられていた。


「その剣、帝都で買ったの?」

「ん? あぁ……聖騎士になったのなら中途半端な剣を持たずに、しっかりとした名剣を持てって同僚に言われてな。俺は正直そこまで乗り気じゃなかったんだけど、何度かこいつに命を救われてるから、あいつには足を向けて寝られないな」

「それ、女?」

「女だな」


 シルビアだから女だけども?


「へー……女からの贈り物ってこと?」

「贈り物じゃないぞ。俺が素材まで吟味して作ってもらった特注品だからな。まぁ、日頃の感謝ってことで、同じ素材で作り出された別の魔剣をそいつにあげたけど」

「へっー! その女と対になる剣を持ってるんだ?」


 な、なんだよ。


「……アレイスターさんて、女心がわからない人ですか?」

「どうみてもそうでしょ。そもそも昔からそういう感じだったし、今更女心がわかるような男になってても私の方が困惑するよ」


 対になる剣、サラの好意、女心。

 あれ、もしかして俺って今、好意を持たれている女に対して別の女からの贈り物を堂々と紹介したことになるのか? そりゃあ、やべーな。


「わ、悪気はなかったんだ。本当にそいつとはただの同僚で、一緒に聖騎士になった同期なんだよ」

「一緒に聖騎士になった同期? もしかして、シルビア・マーベルナですか?」


 き、キマリスは知ってるんだ。


「シルビアさんね、名前を覚えたから」

「あ、すいません……俺、余計なこと言いました」

「気にするな……どう頑張っても過去は消せないからな」


 それにしても、サラは嫉妬してくれているってことで、いいんだよな。うーん……こんな俺に対して真っ直ぐに好意を向けてくれる人がいるなんて初めての経験過ぎてどうすればいいのかわからない。


「……そんなに怒ってないけど、これからは私と思い出を作っていこうね」

「は、はい」


 うん、本当に怒ってない、よね?

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