第5話 騎士の実力
「はぁ、はぁ……アレイスター!」
「アレイスターさん!」
「んぁ? どうした、そんなに慌てて?」
「え」
俺が魔獣の死体の上に座り、このそれなりにデカイ死体をどうするかなと考えていたら、息を切らしながらサラとキマリスがこちらに走ってきたが、俺が死体の上に座っているのを見ると口を開けたままポカンとし始めた。
「この、魔獣は」
「倒した」
中型と大型の中間ぐらいの魔獣だったな……こんな辺境の村に出てきたら確かに対処するのが難しいだろうなって感想だ。
「今の短時間で、そんなことが?」
「そりゃあ、できるだろ。いくら中型と大型の中間ぐらいって言っても、所詮は大型だしな……超大型だってそこまで苦労しないぞ」
「これが今の、アレイスターさん、なのか」
超大型の魔獣だからって苦戦してたら、帝国最強の聖騎士なんて名乗ってられないって。まぁ、魔法を撃たれたから周辺の土地はちょっとボロボロになっちゃったけど、これくらいならすぐに直せるから大丈夫だって。畑がやられた訳でも、建物が破壊された訳でもないんだから。
「おぉ……やはり、アレイスターがやったのか」
「村長、怪我人は?」
「門番の奴とそこのキマリスが少し汚したくらいじゃな。しかし……ここまで大きな魔獣を相手にしてその余裕とは、10年帰ってこなかった成果はあったようじゃな」
まぁ……その成果も殆ど捨て去ったようなもんだけどな。でも……確かに今回の魔獣退治でそれなりに心の整理はできた気がする。俺は元々、人々を守る英雄として帝国騎士団に憧れていたんだから、人々を守れるのならば別に騎士である必要はないのだ。確かに、騎士になれば手を伸ばせる範囲は広がるだろうけど……俺は神じゃない。だからこそ、自分の手が届く範囲の人ぐらいは助けたいと思った。
「ふむ……これからもこの村をお前が守ってくれ、なんてことは言わん。ただ、皆を守ってやってくれないか?」
「村のことなら任せてくれ。村の外まで出て、人助けするつもりはないけどな」
「それでいい……それくらいで、な」
言われなくても、もう騎士だった時みたいにそこかしこに走り回って事件解決なんてするつもりはないさ。ただ、自分が暮らしている村が荒らされそうになったら抵抗するぐらいなもんだ。
「今の問題は、この死体をどうするかなんですけど」
「売れんのか?」
「あー……解体すれば売れないこともないと思いますけど、売るには免許がいるはず」
騎士だった時は特になにも考えずに部下に片付けて貰っていたけど、民間人が魔獣の素材を売るには免許が必要だったはずだ。
「免許って……魔獣解体の?」
「いや、冒険者の免許」
「冒険者の、免許」
冒険者が魔獣退治の専門家みたいな扱いをされているのは、冒険者の免許にそのまま魔獣解体と素材売却の免許がついてくるからだ。これは誰がどんな魔獣を殺し、解体して売ったのかを国が分かりやすくするためのものなんだが、鍛冶師になるにも魔獣素材を売るにもみんな冒険者の免許が必要になる。だから、免許自体は持っている人がそれなりに多いんだよな。
「持っとらんのか?」
「騎士は免許取るの禁止なんですよ。基本的に副業禁止なんで……だから、騎士が殺した魔獣は解体されることもなく冒険者協会に持ち込まれることが多いですね」
騎士が副業禁止なのは軍隊だから仕方ないことだ。毎回わざわざ死体を冒険者協会まで運ばなきゃいけないってのも大変だったけどな。
「それは困ったな……うちの村に、冒険者の免許を持っている人間なんぞおらんわ」
「そりゃあ、そうでしょうね。そもそも、ここから一番近い冒険者協会の支部ってどこなんですか?」
「多分、ジオニクスじゃないか?」
ジオニクス……ここら辺の領地を治めているジオトラス子爵が居を構えている町か。確かに、あそこなら間違いなく冒険者協会の支部があるだろうな。しかし、このまま魔獣の死骸を放置していると、その肉を目当てに他の魔獣が寄ってきてしまう可能性があるから、今から冒険者の免許を取るのはちょっと非現実的だな。
「……勿体ないですけど、燃やしますか。燃やすだけなら別に何か言われることもないですし、免許も必要ないですから」
この大きさの魔獣だったら、しっかり解体すればかなりの金になっただろうけど、そんなこと言ってられないからな。
「仕方ないか……わかった、燃やしてくれ」
「はい」
「あ、油とか持ってきた方がいい?」
「いや、魔法でいいよ」
魔法が不得意と言っても、魔獣の死骸を燃やすぐらいの魔法は使える。灰も残さないような火力は出せないけどな。
俺が手から炎を噴出させると、サラとキマリスはまた驚いたような目を向けてきた。理由は……まぁ、単純に俺が魔法を使っていたからだろうな。だって、昔の俺は騎士になるって言ってばかりで魔法なんて全く使えなかったんだから。でも、帝国騎士になるにはある程度は魔法が使えないと話にならないから、基礎的な部分だけはちゃんと使えるようにしておいたのだ。
魔獣の死骸に向かって炎を投げつけると、身体を中心に大きな火柱ができる。
「か、火力高くない?」
「そうでもない……魔獣の体内に残っていた魔力に反応してちょっと激しく燃え上がっただけで、すぐに小さくなる」
魔法によって生み出された炎は魔力を燃料として燃え上がるから、魔獣を燃やすには魔法の炎が一番だ。ちょっと大きい魔獣だとこんな風に激しく燃え上がっちゃうから屋内では使えないけど、これだけ広い場所なら他に燃え移ることもないから大丈夫。
「……こんな魔獣を、1人で」
キマリスが、微妙な表情で俺の持つ魔剣アルマデルを見つめていた。門番と一緒に立ち向かったけどまるで歯が立たなかった相手が、俺によって瞬殺されたことに色々と感じているんだろうが……まぁ、そもそも魔獣退治は素人がやるものじゃない。騎士だって魔獣を倒す方法とか色々と学んでからやるんだから、素人が正義感だけで戦うなんて死にに行くようなもんだ。その心意気は、理解できない訳でもないけど。
「やっぱり、俺に剣を教えてくれ、アレイスターさん」
「だから無理だって。俺は人に教えるのが下手だって散々言われたんだから」
「貴方はただ俺の修行に付き合ってくれるだけでいい! 毎日短い時間でもいい、だから!」
「んー……」
毎日短い時間、ね。
確かに、これからも畑仕事の前に剣を素振りするつもりはあったから、その代わりに相手をしてやればいいんだけど……俺が剣を教えるなんて、本当にできるのかな。騎士であることを、逃げ出した俺が。
「いいじゃん。アレイスターなら大丈夫だよ」
「何を根拠に……まぁ、いいか」
「ほっほっほ……剣を扱えるものが増えるなら大歓迎じゃ」
仕方ないな。俺から助言なんてできないけど、せめて組手の相手ぐらいにはなってやろう。
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