第2話 幼馴染
帝国騎士団から濡れ衣を着せられて追放され、逃げるようにして帝都から故郷のゲーテ村まで戻ってきた昨日は、精神的な疲れもあってそのまま何もすることなく眠ってしまった。しかし、騎士ではなくなったのだから今日からはちゃんと農民として働かないとな。
布団から起き上がって寝間着から着替え、動きやすい格好になってから階段を下りていく。
「おはよう、母さん」
「あら? もう起きたの?」
「もうって……そろそろ太陽が昇る時間だろ?」
「昔は昼まで寝てたじゃない」
「いつの話だよ」
確かに、子供の頃は昼まで寝ていたけど、帝国騎士としてやっていくにはこれくらい朝早くに起きるのは普通なんだよ。聖騎士になったからって、騎士としての腕前を磨かなくていい訳じゃないからな。
「畑仕事するにはまだ早いわよ?」
「あー……ちょっと外で剣振ってくるよ」
「あらあら……すっかり騎士なのね」
「これでも聖騎士だったからね」
外で剣を振ってくるとだけ伝えて、俺は玄関から外に出る。山の向こう側から太陽の光がぼんやりと上がり、山の輪郭をくっきりとさせている。帝都ではこんな澄んだ空気は吸えない……やっぱり、人間はある程度自然の中に身を置かないといけないのかもしれないな。
靴の紐をきつく縛ってから、手に持っている剣を鞘から抜く。俺が聖騎士になった時、シルビアから半端な剣で戦うのは聖騎士としても恥ずかしいからやめろと言われて買った魔剣アルマデル。
「はぁ……」
半身とも言える相棒の魔剣アルマデルを見ていると、自分が騎士という立場から逃げた人間なのだとつくづく実感してしまう。この魔剣アルマデルと対になる魔剣テウルギアを持つシルビアは、今も騎士として頑張っているはずなのに。
「あれ? 本当にアレイスター、なの?」
「……誰?」
アルマデルを眺めていたら、急に名前を呼ばれたので少しびっくりしながら振り向いたら……滅茶苦茶美人な女性が呆然とした表情で立っていた。ちょっと言い方は悪いけど、俺はこんな人をこの村で見たことがない。父さんや母さん、それに村長なんかは記憶にある姿よりも老けて見えたが、まだ面影があったからわかった。しかし、俺の前にいる女性は全く思い当たらないので、ちょっと困惑している。
「私、サラよ。サラ・コルビナー……昔はずっと一緒に遊んでくれてたじゃない」
「サラ!? あのサラか!?」
嘘だろ。ずっと俺の後ろをついてきていたサラなのか? 昔はもっとこう……自信ない感じで俯いている女の子だったはずなのに、今では普通に背筋がピンと伸びた美しい女性になっていて……全く気が付かなかった。
漆のような美しい黒髪を触りながら、サラは少し恥ずかしそうにはにかんでいた。
「変わった、な?」
「正直に言っていいのよ? 昔は確かにもっと根暗な感じだったものね」
「ま、まぁ……」
俺がこのゲーテ村を飛び出していった時、サラは確か……12歳だったか。あれから10年経って今年で22歳ってことは、垢抜けているのもおかしくはない、のか?
「なんでそんなに変わったんだ? その……言い方は悪いけど、もっと家の中で本読んでるのが好きって感じだっただろ?」
「だから、それを根暗って言ってるのよ。私が変わった理由は……まぁ、変わらないと欲しいものが逃げて行っちゃうから、かな?」
へぇ……なんか、サラの目がちょっとおかしくなった気がしたけど、気のせいかな。
「気のせいじゃないわ。アレイスターがこの村を飛び出して行ってから、私ずっと悲しくて泣いていたんだから……それでね、次に貴方が帰ってきた時に絶対に逃がさないためにも、私は変わることにしたの」
おっと? なんか流れが変わったな。
「私、昔から兄のように私のことを守ってくれた貴方のことが好きだったわ。いなくなってから恋していたことに気が付いたの。いなくなってから初めて、貴方が私にとってかけがえのない人だって理解できて……だから、帰ってきてくれたなら絶対に逃がさわないわ」
あ、これ肉食のモンスターが獲物を見つけた時の目だ! ちょっと気を抜いていたら、いつの間にか俺とサラの間にあった距離がなくなっていて、普通に両腕を掴まれてしまった。
「ね、妻はいないんでしょ?」
「な、なんで……」
「だって、貴方が帰ってきたことは昨日で村中に広まっていたもの。1人で帰ってきたこともわかってるのよ? さっき貴方を見るまでちょっと半信半疑だったけど、本当に帰ってきてくれて嬉しいわ」
やばいって。俺、聖騎士としてそれなりに修羅場は幾つも超えてきた自覚があるけど、女性に対する耐性はついてないの。だって、常に戦いの最前線にいたから、色恋沙汰とか気にしてなかったし! 同期の女はみんなシルビアみたいに自分で戦って女性ばかりだったから、こんな如何にもか弱い村娘ですみたいな人には会ってこなかったの!
ひんっ!? 身体柔らかい!?
「ふふ……顔真っ赤で可愛い」
「さ、サラも顔赤い、ぞ?」
「当たり前よ。だって、こんな誘惑するのは貴方が初めてなんだから」
だ、抱き着きながらそんな心臓に悪いこと言わないで!?
お、おおおお、落ち着くんだ……俺は帝国最強の個人戦力である聖騎士だったんだ。この程度の女性の誘惑如きに屈するほど、俺は弱くないぞ!
「ね……私と結婚、してくれる?」
「た」
「た?」
「助けてーっ!?」
「なっ!? こらっ!」
「わっ!? な、なんだっ!?」
なんとか意表をついてサラの拘束から逃げ出し、そのまま村の中を走って最初に出会った人に助けを求めた。
「お前、キマリスか!?」
「え、アレイスターさん!? な、なんで俺に抱き着いてるんですか!?」
「お前のお隣さんが大変なことしでかしてくるから逃げてるんだよ!」
俺が助けを求めた青年は、これまた幼少期に共に育った若者「キマリス・イェスター」だった。サラよりも更に2つ年下のキマリスは、昔から俺と一緒に騎士になると言っていたが、まだ村に残っていたらしい。
俺がキマリスを盾にすると、サラは美しい笑顔を浮かべながらゆっくりと近づいてきた。
「キマリス、アレイスターをこっちに」
「はい!」
「おまっ!? サラの奴隷かよ!?」
「俺はサラさんには絶対に逆らわないって決めてるんです。アレイスターさんのことは尊敬していますけど、それとこれは別です」
頼れる味方だと思ったキマリスの裏切りによって、俺はサラに捕まってしまった。
これが、10年という歳月が生み出した残酷な現実か。
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