仕事のやる気が無くなって追放された騎士は、生まれ故郷の田舎で早めの隠居生活の送りたいのに、面倒ごとばかりでゆっくり休むこともできない
斎藤 正
第1話 心折れた騎士
「
「ないです」
「…………よろしい、では」
この日、俺は子供の頃からずっと憧れていたくそったれな騎士団から、追放されることになった。
1つの巨大な大陸を全て征服し、強大な軍事力によって支配するザガン帝国。その騎士団の一員として、それなりに仕事をしていた俺は……あっさりと追放されてしまった。
最近は仕事への情熱も失い、ひたすらに言われた仕事だけこなしていたというのに……俺は知らない間に騎士団の資金を横領し、守るべき帝国臣民に詐欺をして、挙句の果てには婦女暴行までしたらしい。ここ最近、仕事場と寝るためだけの家を行ったり来たりしていただけなのに、どうやったら俺が婦女暴行なんてできるんだよ。
裁判の結果、罰金は科せられたが財産の全てを差し押さえられなかったのは、幸運だったと言えるだろう……あるいは、ザガン帝国騎士団において4人にしか与えられない「聖騎士」の称号を持っていた者への慈悲か。なんにせよ、俺は立場も職も失ってしまったが……別に特になにかを思ったりもしない。
俺は……罪を被せられたのだ。誰が俺にそんなことをしたのか、そんなことは最初にこの話を聞いた時には思い至ったが、正直に言って俺は反論する元気もなかった。
子供の頃、俺は無邪気にザガン帝国騎士団に憧れていた。物語の中に登場する英雄たちの活躍を聞いて育ち、いつかは俺もそうなるのだと夢想したもんだが……現実は陰湿で厳しいものだった。
俺には剣の才能があった。帝国の中でも小さい村に生まれた田舎者だったが、剣の腕だけでザガン帝国騎士団に入団し、青春真っ盛りの時期にひたすらに働き、帝国騎士団の中でも4人しかなることのできない聖騎士となった。本当に、俺は自分がこれまで歩んできた道を誇らしく思ったし、これからもその想いを胸に騎士として戦い続けようと思っていた。なのに……大人になれば、汚いものが見えてくる。
子供の頃から憧れていたザガン帝国騎士団は、今では腐敗の温床となっていた。騎士団に入団できるのは突出した成績を残せる者か、貴族に生まれた者だけ。ザガン帝国内において最も偉大な権威を示すことができるザガン帝国騎士団の名前を使って、騎士たちは毎日街で好き勝手に暴れ、挙句の果てに婦女暴行。守るべき帝国臣民を、傷つける。
15歳で田舎を飛び出し、騎士となってから10年……25歳になった時には、俺の中にはザガン帝国騎士団への憧れも、国を守る為に戦うという高潔な意思も消え去っていた。不正をしていないだけで、腐っているのは俺も奴らと同じだ。
荷物を最低限にまとめてから家を出る。多分、もうここに戻ってくることはないだろうけど、支払いは全て終わっているのだから家はそのまま残しておこう。このまま死ぬまで放置したって別に首が回らなくなるほど金欠って訳でもないし、別にそのままでいいかなって。本音を言うと、面倒くさい手続きとかしたくないし、さっさとこの帝都から出ていきたいって感じだ。
「待ってくださいっ!」
荷物を手に、さっさと帝都から生まれ故郷に戻ろうとしたら……背後から声を駆けられてしまった。
「っ! サー・アレイスター・レックス! 貴方はそれでいいんですかっ!?」
「いいもなにも……裁判はもう終わったことだろ? 異議申し立てもしなかったんだから刑罰も確定。収監されることなく済んだのは幸運だったなで終わらないかな?」
「納得いきません!」
俺を背後から追いかけてきた女性は、息を切らしながらも強い感情の宿った赤い瞳を向けてくる。彼女の胸中を表すように、深紅の髪は怒りで燃え上がっている。しかし、俺はそれに対して真正面から向き合えるような情熱はなくなってしまった。あるのは、道半ばで逃げることを選択してしまったことへの罪悪感だけだ。
「……私の名前を、呼んでください」
「名前? いきなり何を……」
「いいから呼んでください!」
前々から、何を考えているのかわからない部分はあったが、ついに本格的に理解不能なことを言い出したな。とは言え、彼女の性格からしてここで簡単に折れてくれる訳もないので、俺が口にしないと一生このままな気がする。
罪悪感を抱えたまま向き直り、なんとか彼女の目を見つめる。
「シルビア・マーベルナ」
「そうです! 私は、貴方の同期で、ずっと一緒に研鑽してきた、仲間です!」
「……俺はもう、そんな立派な人間じゃないし」
「貴方の辛さは、少しは理解しているつもりです。でも、逃げないでください……私が認めた、唯一の同期なんですよ?」
シルビアは、確かに俺と同期でザガン帝国騎士団に入団した……好敵手だ。切磋琢磨しながら互いに腕を競い合い、同時に聖騎士となった仲間で……同時に雲の上にいるような人間だ。なにせ、彼女はマーベルナ侯爵家の1人娘で、俺とはそもそも住んでいる世界が違う。騎士として共に研鑽する仲ではあったかもしれないが、俺が聖騎士の称号を剥奪され、騎士としても追放された一般人になってしまった今……まともに真正面から話すことすら本来ならば難しい立場だ。
彼女は、俺の辛さを少しは理解しているつもりだと言った。なるほど、確かに同期で入団した騎士としてはずっと近くにいただけあって、俺のことを彼女以上に理解している騎士はいないだろう。でも、そもそも住んでいる世界が違うのだ。彼女が言った通り、俺の境遇に関して理解できるのは少しだけだろう。
あぁ……彼女が認めた唯一の同期なんて、とんでもなく名誉なことを言われているのに、どんどんと後ろ向きに考えが進んでしまう自分が嫌になる。今の俺にとって……いや、彼女は俺にとってずっと眩しい人間だったんだ。
「ごめん」
「ま、待ってっ! お願い……私を独りにしないでっ!」
俺は……彼女の期待に応えることが、できない。
つくづく後ろ暗い奴だと、俺は自分を分析しよう。横領をしていた奴を俺は知っているし、帝国臣民に対して詐欺を働いていた騎士も、婦女暴行をしていた騎士も知っている。しかし、俺はそれらの証拠を提示することもなく罪を受け入れた。結局、戦うことが嫌になって逃げてきた訳だ。そんな俺にとって、今はこの故郷が癒しになってくれる。
帝都から離れた山の麓に位置する本当に小さな村。俺が生まれてから15年間、育ってきたゲーテ村だ。
「こんな辺鄙な村に用事があるなんてね」
「はは……確かに辺鄙で、農業やる以外に娯楽なんて何もない場所ですけど……それでも、俺の生まれ故郷なんです」
「おっと、それは悪かったね。辺鄙な村なんて言ったけど、私はゲーテ村にもそれなりの頻度で寄っていますから、入用の時は是非」
「その時はお願いします。乗せてくれてありがとうございました」
少ない金で俺をここまで運んでくれた行商人には礼を言ってから、懐かしき故郷のゲーテ村の前まで歩く。帝国騎士団に入団する為にこの村を飛び出して10年……随分と長い時間が経ってしまったが、ここはちっとも変わらない。
「む? 怪しい奴だな」
「お久しぶりです、門番さん」
「久しぶり?」
「あれ? 覚えてませんか? アレイスター・レックスです」
「……アレイスター? あの騎士団に入るんだって飛び出していったアレイスターかっ!?」
「そのアレイスターです」
どんな覚えられ方してるのやら……まぁ、別にいいけど。
門番さんの大きな声に釣られてか、門の内側から数人が顔を覗かせた。
「急にどうしたんだい?」
「そこの男は……もしや、アレイスターか?」
「ご無沙汰しております、村長」
最初に顔を出した白髪のおじいさんは、ゲーテ村の村長である村長さん。俺が村を飛び出す時に世話になった人でもある。
「なんでお前さんがここに……いや、何も聞かんわ。両親に顔を見せてやれ」
「そう、ですね」
多分、村長は俺の顔を見て何かを察したんだと思う。そういうところは、やっぱり人生経験なのかな。
門をくぐり抜け、村の中に入ると……興味本位の視線を周囲から浴びせられる。まぁ、聖騎士をやっていた時はもっと多くの人間からこういった視線を向けられていたから慣れてはいるけど、自分の生まれ故郷でそんなことをされるとちょっと困惑するな。
「ほれほれ、散った散った。ただ、都会に出てた若者が帰ってきただけじゃ」
村長がしっしっと、俺の周りに群がろうとしていた村人を追い払ってくれた。けど、少し遠巻きに「帝国騎士になるために飛び出したアレイスター」って言われているのが聞こえたので、もはやその呼び名で定着しているらしいことに、苦笑いが浮かんだ。
懐かしき村の中を歩き、俺の両親が住んでいる家の前までやってくる。流石に10年も前に飛び出して行って、一度も帰ってこなかったことに対して色々言われるのかなとか、そういう無駄なことを考えて立ち止まっていたら……偶然扉が開いて中から母さんが出てきた。
「……た、ただいま」
「アレイスター? アレイスターなの?」
手に持っていた籠をその場に落とし、俺に駆け寄ってきた母さんは、記憶の中にある顔よりも少し老けていた。けど、そんなこと関係なく……俺の傍に近寄ってきて俺のことを抱きしめてくれた。
「あぁ……10年ぶりの息子だわ」
「ごめん……もっとちゃんと、帰ればよかった」
「いいのよ。貴方はずっと騎士に憧れていたし、筆不精なことも知っていたから……便りがないのは元気な証拠だと思ってたわ」
う……もっと真面目に手紙書けばよかったかな。
「お父さん! アレイスターが帰ってきたわ!」
「なにぃっ!?」
母さんが何かを思い出したように俺の傍を離れて、玄関から家の中に向かって大声て俺が帰ってきたことを言うと、家の中からドタバタという音を出しながら父さんが飛び出してきた。
「お、お前……立派になって、今更帰ってきたのか」
「立派になってか、今更帰ってきた、どっちかにしない?」
「馬鹿野郎! 俺は息子が帰ってきて嬉しい気持ちと、今まで一回も帰ってこなかったことに怒ってるんだよ!」
それはごめん。
「さ、続きは中でしましょう?」
まぁ……滅茶苦茶見られてるしな。
母さんに促されるまま家の中に入ると……子供の頃を思い出すような内装に、少し感動してしまった。なにより、帝都に買った家とは違ってここには温かさがある。人が住んでいる……家族が住んでいるという温かさが。やっぱり、俺にとっての家はここだけなんだって思える温かさがある。
「それで?」
「ん?」
「何があったんだ? このまま死ぬまで帰ってこないと思ってたんだが……それにお前、聖騎士になったんだろう?」
「知ってたんだ」
「そりゃあ、ここがどんだけ田舎だって言っても、帝国内なんだから情報ぐらい簡単に届く」
そりゃあ、そうか。行商人さんもそれなりの頻度で寄っているって言ってたし、騎士団の情報ぐらい持ってるよな。
「あー、その……騎士、辞めた、んだよね」
正確には辞めさせられたんだけど、あんまりそういうことを言うのは駄目かなと思って、言い訳しているみたいになっている。俺の言葉に母さんと父さんはすぐに2人で視線を合わせてから、一つ頷いてから何も言わないでくれた。バレてると思うんだけど……こういうところは、やっぱり頭が上がらないなぁ。
「これからどうするんだ?」
「まぁ……父さんの畑でも継ぐかな。騎士になるって夢も終わったし……田舎でゆっくりする生活の方が、俺にはあってるかも」
「…………そうか。お前がいいなら、それでいい」
うぐ……まぁ、騎士を辞めたことに未練がないかと言われたら当然そんなことはない。でも、昔みたいに純粋に憧れだけで働けるほど子供ではないし、かと言って悪いことも飲み込んで働けるほど大人でもない。もう25の大人だって言うのに、俺は騎士に対して未だに潔白な憧れを持っているらしく、そういうことに目を瞑ってやっていける自信がなかったのだ。
「金ならあるから、畑だけでなんとかなるかなって」
「金が?」
「まぁ……聖騎士は給料もいいし、でも忙しいせいで全然使えてなかったからさ」
「そうか。都会の暮らしは合わなかったのか?」
「え、どうだろう……合わなかった、のかな?」
確かに、都会のせわしない感じよりも、田舎のこういうゆったりした生活の方が好き、かも?
「お前がこれからどうするのか知らないが、しばらくはゆっくりしてていいんじゃないか?」
「そうよ。まだお嫁さんもいないんでしょう?」
それは関係なくないかなぁ!?
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